妻が買った25万円分の正月食材を、母は弟嫁の家へすべて持ち去った――私は妻に「家族全員分のカップ麺を一箱だけ買って。俺は君を守る」と囁いた。正月当日、母は顔面蒼白になった。

第2部

翌朝。

元日の静かな空気を切り裂くように、玄関のチャイムが鳴った。

しかし、そこに立っていたのは母ではなかった。

扉を開けると、一人の老人が立っていた。

母の兄。

高橋叔父だった。

親族の中で唯一、母が頭の上がらない人物。

「少し早かったかな」

叔父は静かに笑った。

私は深く頭を下げ、家へ案内した。

弓も丁寧に挨拶をする。

叔父はすぐに気づいた。

弓の目が赤く腫れていることに。

「何かあったのか?」

私は黙ってテーブルの上へ一枚の紙を置いた。

50万円の引き出し明細。

叔父はそれを見た瞬間、表情を変えた。

「……母さんが?」

私は頷いた。

「それだけではありません」

「昨日、弓が買った正月の食材も全部持っていきました」

叔父の顔に怒りが浮かんだ。

しかし私は続けた。

「僕は10年間、黙っていました」

「父さんとの約束があったからです」

10年前。

父が亡くなる直前、私の手を握って言った。

「けい一、お前は長男だ」

「母さんを頼む」

その言葉を、私は重く受け止めた。

母を守ること。

家族を支えること。

それが自分の役目だと思っていた。

だから母が少しずつ変わっても我慢した。

最初は小さな要求だった。

「長男なんだから助けて」

次第に金銭的な要求になった。

弟の工事が困っている。

美香が欲しがっている。

母はいつもそう言った。

そして弓は、自分の欲しいものを全て我慢した。

新しい服も買わない。

旅行にも行かない。

家族のために、自分を後回しにした。

それなのに母は、弓を利用した。

私は3年前から密かに証拠を集めていた。

口座履歴。

送金記録。

弟夫婦の浪費。

全てをまとめていた。

叔父は静かに頷いた。

「今日、終わらせるんだな」

「はい」

その時。

外から車の音が聞こえた。

母と弟夫婦が来た。

「お兄ちゃん、開けてよ」

美香の明るい声。

彼らはまだ何も知らない。

自分たちが奪った正月料理がないことも。

叔父がいることも。

玄関を開ける。

母は笑顔で入ってきた。

「明けましておめでとう」

しかし、リビングへ入った瞬間、顔が固まった。

テーブルの中央にあるもの。

それは豪華なおせちではない。

一箱のカップ麺だった。

「……何これ?」

母の声が震えた。

私は静かに答えた。

「今年の正月料理です」

工事が怒鳴る。

「ふざけるなよ!」

「母さんから豪華な料理があるって聞いてきたんだぞ」

私は母を見る。

「母さん」

「昨日、弓の25万円分の食材を持って行きましたよね」

母は一瞬黙った。

しかし、すぐに言い訳を始めた。

「家族なんだから当然でしょう」

「工事たちが困っていたから助けただけ」

その時、私は明細を出した。

「では、これは何ですか?」

50万円の引き出し記録。

母の顔が青ざめる。

「それは……」

言葉が続かない。

さらに私は証拠を出した。

工事の借金。

美香のブランド品。

母が使ったお金の流れ。

全て。

「工事、お前は本当に困っていたのか?」

工事は黙る。

腕には高級時計。

美香はブランドバッグ。

生活が苦しい人間の姿ではなかった。

叔父が静かに立ち上がった。

「わこ」

母の顔が強張る。

「お前は何をしているんだ」

叔父は全てを聞いていた。

母が弓を見下していたこと。

お金を使い込んでいたこと。

全て。

「長男の嫁を何だと思っている」

母は反論できない。

そして私は最後の証拠を出した。

「母さん」

「これも説明してください」

古い手帳。

そこには昔から続いていた工事への送金記録が残っていた。

母は工事を守るために、私のお金まで使っていた。

工事のためなら何でも許されると思っていた。

しかし、工事本人が口を開いた。

「母さん」

「俺のためだったって言うけど……」

「俺を利用していただけじゃないか」

その瞬間、母の顔から力が抜けた。

家族だと思っていた関係。

しかし実際は、全員が誰かを利用していただけだった。

その時、弓が前へ出た。

「お義母さん」

母が顔を上げる。

「私はずっと我慢しました」

「怖かったからではありません」

「家族だと思っていたからです」

弓の声は震えていなかった。

「でも、もう終わりです」

「私たちの人生を返してください」

母は何も言えなかった。

かつて無料の存在のように扱った女性から、初めてはっきり拒絶されたのだ。

その日。

母と弟夫婦は家を出た。

もう私たちから奪えるものは何もない。

弓と二人になった家。

冷蔵庫は空っぽだった。

でも、心は満たされていた。

私は弓とスーパーへ向かった。

豪華な食材ではない。

安い肉。

野菜。

豆腐。

二人分の小さな買い物。

「これで十分ね」

弓が笑う。

私は頷いた。

本当に大切なのは、高価な料理ではない。

誰にも怯えず、愛する人と過ごせる時間だ。

夜。

二人で小さな鍋を囲む。

温かい湯気が部屋を満たす。

「美味しいね」

弓が笑った。

その笑顔を見て、私は思った。

父が残した言葉の本当の意味。

長男として守るべきだったものは、母のわがままではない。

自分の家族だったのだ。

これからは違う。

誰かのために犠牲になる人生ではなく。

弓と二人で、自分たちの幸せを守っていく。

新しい一年は、ようやく本当の意味で始まった。