式の最中、私の人生で一番大切な日が、たった一瞬で地獄に変わった。
ウェディングケーキが、ま衣さんの体がぶつかった拍子に、私のドレスごと床へと崩れ落ちた。クリームが飛び散り、せっかくの白いドレスが台無しになった。
呆然とする私をよそに、夫になるはずだった鉄平は言った。
「どうしてこんなことで怒ってるんだよ。ま衣もわざとじゃないって謝ってるだろ?心が狭いぞ、じこ」
「心が狭いですって? あの人、わざとやったに決まってる。私を睨んでたの、何度も気づいてたわ」
「お前の被害妄想だろ。早く式に戻ろうぜ。俺たちの門出なんだからさ」
私はドレスの手入れのため、その場を離れた。しかし、その数分後の光景が、すべてを変えた。
「お久しぶりです。じこです。夫から連絡先を聞きました。ま衣さん、どうしてあんなことをしたのか、説明してください」
私が問い詰めると、ま衣は意外なことを口にした。
「私もずっと鉄平と付き合ってたのよ。それなのに、ある日突然、別れたいって言われた。理由を聞いたら『じこと結婚するから』って言われたわ。あなたに幸せを奪われたんだから、ケーキを倒すぐらい、する権利はあるでしょ」
私の頭は真っ白になった。鉄平は私と付き合いながら、ま衣と二股をかけていたのだ。
「それにね、ケーキを倒す提案をしてきたのは、鉄平の方なのよ。『写真撮影の時に倒したら面白い』って、彼が言い出したの」
ま衣はそう言って、含み笑いを浮かべた。
嘘。そんなの絶対に嘘だ。私はそう信じたかった。
式が終わり、私は家に帰らず、自分のアパートへ向かった。鉄平からは着信が何度も入っていたが、無視した。数時間後、玄関のチャイムが鳴った。鉄平がいた。
「じこ、子供みたいなことするなよ。俺がどれだけ心配したと思ってるんだ?」
「ま衣さんと話したわ。あれ、あなたの指示だったのね?」
鉄平の顔色が一瞬で変わった。
「まあ、悪かった。ちょっとしたイベントだと思ってさ。式に盛り上がりポイントが欲しかったんだよ」
「イベント? 私の大事なケーキを倒して、ドレスを汚して、それがイベントだって言うの?」
「そこまで怒らなくてもいいだろ。それに、あのケーキ、俺の会社が取引している有名パティシエの作品だったんだ。あの人と繋がりができたら、仕事がもっとうまくいくと思ったんだよ」
私は冷めた目で彼を見た。
「あのケーキを作ったのは、た野さんよ。私が高校からバイトでお世話になっている、パティスリー・クラフトのオーナー。あの人に、今回のことを全部話したわ」
鉄平の顔が青ざめた。
「た野さんは、あなたのことも知ってるみたいよ。式であなたの会社の紹介があったからね。彼女は、もうあなたの会社との取引を白紙に戻すって言ってたわ」
「ふざけるな! 何でそんなことをしたんだ!」
「ケーキを壊したのは、あなたでしょ?」
鉄平はその場で動揺しながら、た野さんに電話をかけた。た野さんは、電話口でも冷静だった。
「私は、じこちゃんへのお祝いの気持ちでケーキを作りました。それをぶち壊したお宅の会社を、信用することはできません。取引は白紙にさせてもらいます。もし私の作ったケーキだと知っていたら、あなたはこんなことをしなかったでしょうね。でも、知らなかったのではなく、大事にしなかった。それが私にとっては問題なのです」
鉄平は謝罪を繰り返したが、た野さんの心は動かなかった。
「じこちゃんは、私が両親以外で一番尊敬している人です。あの子を悲しませるような人間に、私のスイーツを扱ってもらう気はありません。これ以上、彼女の周りをうろつかないでください」
そう言って、た野さんは電話を切った。
その後、私はま衣に弁護士を介して、ケーキ代とドレスクリーニング代、慰謝料を請求した。ま衣は最初は逆ギレしていたが、私が応じる気がないと分かると、最後は「鉄平の指示でやったのよ!」と叫びながら、鉄平との話し合いを求めてきた。
そして、一週間後、私は鉄平に言った。
「婚約は解消するわ。慰謝料も請求するから」
「そんなことしないでくれ! 頼む! 俺が悪かった! お前のために何でもするから!」
「何を言っても無駄よ。あなたは私を裏切り、私の人生で一番大切な日を台無しにした。加害者はあなたよ。あなたもま衣さんも」
「心の傷なら、俺と一緒に直していこう。それが一番いい方法だ」
「黙りなさい。あなたは知ってるでしょ、私がどんなに心の狭い人間か」
結局、私は鉄平との婚約を解消し、慰謝料を受け取った。鉄平はその後、た野さんとの取引を白紙にされた責任を取って、会社の窓際部署に飛ばされたそうだ。ストレスで女性関係がさらに奔放になり、それをストーキングしていたま衣に見つかって襲われ、揉み合いになって足を骨折し、入院したという。ま衣はその後、警察に逮捕され、接近禁止命令が出て、二度と鉄平に会えなくなったらしい。
私は今、再び一人でアパートで暮らしている。両親は心配しているけれど、結婚する前で良かったと、今は思っている。傷はまだ残っているけど、そんな時はた野さんの作ったケーキを食べて、心を癒している。た野さんは「いつでもおいで。好きなだけ食べていいよ」と言ってくれる。次の休みが待ち遠しい。



