「おい、香織。親父の手術代、400万早く振り込めよ」――離婚して2ヶ月の元夫から、いきなりそんな電話が来た。私は断った。もう他人だもの。でも彼は引き下がらない。「お前は親父が手遅れになってもいいのかよ」って。呆れて、つい本当のことを言ってしまった。「お父さんなら、今、私の隣でベンチプレス100kg上げてるけど?」嘘だと思われた。でも、私はもう我慢しない。あの5年間、怒鳴られて、物を投げられて…

「おい、香織。親父の手術代、400万早く振り込めよ」――離婚して2ヶ月の元夫から、いきなりそんな電話が来た。私は断った。もう他人だもの。でも彼は引き下がらない。「お前は親父が手遅れになってもいいのかよ」って。呆れて、つい本当のことを言ってしまった。「お父さんなら、今、私の隣でベンチプレス100kg上げてるけど?」嘘だと思われた。でも、私はもう我慢しない。あの5年間、怒鳴られて、物を投げられて...

「おい、香織。親父の手術代、400万早く振り込めよ」

電話の向こうの元夫、直樹の声は、離婚した時とまるで変わっていなかった。いや、むしろ前より図々しくなっていた。

「直樹、それはもう断ったわよね。あなたの納得なんて必要ないから」

「バカか。お前は親父が手遅れになってもいいのかよ。家族だろ、俺たち」

「いや、違うけど」

「はあ?」

「私たち、2ヶ月前に離婚済みじゃない?もう他人よ」

「たったの2ヶ月前じゃん。そんなのほとんど家族だろう」

「どんな理屈?離婚した時点で他人よ」

「なんてひどいやつだ」

私は深く息を吸った。この男と5年間も結婚していたと思うと、今では信じられない。彼は決して人の話を聞かない。自分が正しいと思い込んだら、そこから一切動かない。そして、自分に都合の悪いことは全部、私のせいにする。

「お前は親父と仲良かったよな」

「うん。まあ、悪でもなかったし、普通に仲良かったと思うよ」

「だよな。だったら、その親父の命が危ないってなったら、離婚とか関係なく助けるだろう。じゃあなんであなたが払わないの?」

「あ、私とあなたの結婚生活が何年?5年くらいでしょ?」

「それが何だよ」

「お父さんと私の関係も長くて5年ってこと。あなたは?」

「俺はって何が?」

「お父さんの息子やって何年目?」

「そりゃ、生まれてからだから33年」

「じゃあ払いなさいよ」

「はあ。なんでそうなるんだ?」

「たった5年しか関わりがない私に400万払えなんて言うよりも、自分がやった方が早いでしょ。33年間も息子やってるんでしょ?」

「年数なんて関係ないだろう。家族ってそういうもんじゃないからな」

「じゃあ、2ヶ月前に離婚したら他人っていう私の意見も、期間は関係ないんじゃない?」

「ふざけんな。そんなの屁理屈だ」

「屁理屈をこねてるのはどっちよ?本当にお父さんが大事なら、自力で払うでしょ」

「金があったらそうしてる」

「借金してでも払うんじゃないの?」

「借金のためにか?」

「私は自分の親が病気になってお金がいるなら、いくらでも借金して払うわよ」

「それはお前の話だろ。俺には関係ないから」

「じゃあ、お父さんの治療費の話もそういうことでしょう?あなたの話であって、私には関係ない。以上、終了」

「ちょっと待てよ。お前が払ってくれないと、親父が……」

「だから自分で払いなさいって」

「この筋肉女が。女としての魅力もなけりゃ、人の情もないってか。そりゃ俺に捨てられて当然だよな」

「親への情けもなけりゃ、お金もない人に言われてもね」

「なんだと?」

「怒りすぎ。プロテイン足りてないんじゃない?」

「プロテインじゃなくてカルシウムだ」

「入ってるわよ。カルシウム」

「そういうことじゃない」

「たまには筋トレしたら気分転換になるわよ。スクワットがおすすめ」

「黙れ。それよりも親父の治療費を」

「じゃあ黙るから、連絡してこないでね。さようなら」

私は電話を切った。震える手を握りしめる。怒りと、悲しさと、そして呆れ。何度言っても理解しようとしない元夫に、これ以上関わりたくない。私はあの家庭で、もう十分傷ついた。

翌日、会社で上司の島部長から呼び出された。

「直樹君、仕事終わった後にすまないな」

「部長、どうしました?こんな時間に」

「いや、直接話ができればと思ってたんだが、今日は君は外回りだったろ」

「はい。そうでしたけど。あ、もしかしてうちの後輩の資料、駄目でしたか?何回も言ってるんですけど、また言っておきます」

「いや、今日は君のことで話があるんだ」

「俺ですか?何でしょう?」

「直樹君、最近の君の勤務態度について苦情が出てる」

「苦情?そんなバカな。俺はいつも通り真面目に勤務してますよ」

「では聞くが、今日、藤原さんを怒鳴りつけたのはどうしてだ?」

「いや、それは藤原のやつが何回も同じことを聞いてきてて、それでちょっと……」

「中村君の作った資料をゴミ箱に捨てたと聞いたが」

「それもその、あいつの資料の出来が悪くてですね」

「なら、私も君を毎日怒鳴りつけ、捨てることになるな」

「いや、それは違うじゃないすか」

「君がしているのは、そういうことだろ」

「すみません。ついカッとして」

「ちょうど2ヶ月前だったか。奥さんと離婚して辛いのは分かる。そのくらいから目に見えて荒れ始めたからな」

「いや、離婚は関係ないっていうか」

「では、君が抱えている借金が原因か?」

「え?なんで上島部長がそのことを……」

「誰がとは言わないが、当たり垂れ込みがあってな。プライベートのことだ。借金の理由も正確な金額も聞いたりはしない。だが、それを職場に持ち込むなら話は別だぞ」

「安心してください。実は借金の返済の目処は立ってるんです」

「そうなのか。結構長いと聞いてるが」

「職場での態度もすぐに直します。ですから部長、次の評価会議ではどうか?」

「もちろん、私は君の出世を後押しはしている。ただ、今のままではそれも難しい。私は君の誠実な仕事ぶりを評価しているんだ」

「大丈夫です。すぐにご期待に添えるようにします」

「そうなるといいな」

「はい。任せてください」

数日後。また直樹から電話が来た。

「香織、大変だ」

「どうしたの?」

「親父が、親父が倒れた」

「はい」

「治療費、早く入金してくれ。今から緊急手術になるけど、金がないと」

「あのさ、いい加減にしてくれる?」

「お前、この後に及んでなんだその態度は?」

「いや、この後に及んでって言われても」

「お前、親父には可愛がってもらってたよな」

「まあ、父さんって健康志向だったし、筋トレもしてたから、話はあったからね。コミのことだって相当可愛がってた」

「そうね。父親のあなた以上に可愛がってくれてたわね。初孫だからってすごい喜んでて」

「そんな親父が命の危機にさらされてるんだぞ」

「ああ、そうですか」

「そうですか。俺は知ってるんだぞ」

「何よ」

「お前がコミを引き取ったよな」

「あなたが“真剣にいらない”って言ったからね」

「おふくろが気を使って、今も食料品とか送ってんだろ」

「先週も来たわよ。お母さんに“ありがとうございます”って言っておいて」

「そうじゃないだろ。そこまでよくしてもらっておいて、なんだお前は?いざ親父が命の危機に瀕したら無視か。人として最低だぞ」

「お父さんなら、私の隣でベンチプレス上げてるけど」

「は?」

「100kg。あ、最近以前よりもパンプアップしててね。前は90kgだったのが100kgにアップ。もう60歳過ぎてるのにすごいわ」

「いやいやいや。え、お前何言ってんの?」

「何って?合同トレーニングしてるって報告だけど」

「う、嘘つくな。お前は親父の連絡先とか知らないはずだろ」

「お父さんと個人的に連絡取る機会とかなかったしね」

「だろうが。なのに離婚した後に義理の父親と合同トレーニング?休み休み言えよ」

「離婚した後に偶然ジムで会ってね、“筋肉に効かせるトレーニング方法が知りたい”って。今はLINEも交換して、週1で一緒にやってるわよ」

「は?はあ?」

「親父と香織が?どこの誰が病気だって?あ、いや、それは緊急手術で」

「今まさに100kg上げてる人が、ジムで手術するの?冗談言ってるのはどっち?」

「違う。お前が嘘を言ってるだけだ。本当は親父と一緒にいるなんて」

「あ、お父さんからLINE来た。私との写真、届いたかな?」

「いや、え……」

写真には、見事な筋肉を披露するお父さんと、笑顔の私。その隣に写っているのは、意外な人物だった。

「見事なサイドチェストでしょ。お父さん、仕上がってるわ」

「親父じゃなくて、このお前の隣の人……」

「あ、上島さん」

「そうだよ。なんで部長がお前と一緒に?」

「ああ、上島さんも私のトレーニング仲間だから」

「はあ?」

翌日。直樹は上島部長に詰め寄った。

「部長、今日のあれ何ですか?全く納得できません」

「会社で説明しただろう。次の評価会議で君を推すことはできない」

「異常だ。以上だって言ってることが変じゃないですか。俺を推薦してくれるって言ってたのに」

「それは“何も問題がないなら”とも言ってきたはずだ」

「昨日、俺の親父が送ってきた写真、あれ上島部長も映ってましたよね」

「ああ、君のお父様とは筋トレ仲間なんだ。昨日は師匠と写真を撮るとのことだったので一緒にな」

「師匠?直樹君の元さん、香織さんだよ」

「はあ?香織が師匠?一体どういうことですか?」

「いや、彼女はすごいね。筋肉に効かせるトレーニングがとてもうまい。おかげで私も腕回りが太くなったんだよ」

「そんなことはどうでもいいです。つまりあれですか、香織から何か言われたってことですか?」

「まあ、確かに色々と聞いてはいるな。君が家で毎日のように怒鳴り、物を投げ、師匠の作った弁当を捨てることもあったとか」

「上島部長!あんたには失望しました」

「何がだ?」

「“仕事とプライベートは切り離せ”って言ったのはそっちだろ。言ったな?それがなのに、あんたは自分の師匠である香織を優先したわけだ。個人的な感情で俺の出世を邪魔して」

「ああ、呆れ果てたな。本当のことだろうが。前にも言ったが、最近の君の態度は目に余る。部下や君の後輩から苦情が来ていると言ったな。俺は改善すると言いました。できていないだろう。それは香織さんの話を聞いて確信した。直樹君、君が今まで会社で猫を被れてたのは、家庭内で香織さん相手にストレス発散してたからだろう」

「はあ。何を適当なことを」

「事実として、離婚後から君の態度が悪くなっている。それは借金があるからであって、その借金の返済の目処というのがなくなったんだろう。それは、自分の父親が病気だと嘘をついて金をせびる。やっていることは詐欺と一緒だな」

「プライベートのことです。ほっといてください」

「ほっておける内容じゃないだろう。これから人の上に立とうという人間が。だから“仕事とプライベートは切り離せ”って?切り離せていないようだが。それはましてや、切り離す以前の問題だろう。プライベートで詐欺まがいのことをする人間だぞ。そんな人間を安心して出世させる会社はない」

「こんなのおかしい。部長、あんたの個人的な感情でしかない。俺が上に報告すれば……」

「しても意味はない。これは私だけではなく、上層部全体の判断だ」

「上層部全体?嘘だろ?俺の出世は……」

「我が社にいる限り、ないと思っていいだろう。ああ、首にならないだけましじゃないか。首にならずに済んだのが幸いだったな。1円でも金が動いていれば、刑事事件だ」

「いくらなんでも大げさだ」

「大げさじゃないからこうなっている。それは今後はもっと誠実に生きることだ。筋トレ同様、失った信頼は地道に積み上げるしかないぞ」

1週間後。直樹がまた私に連絡をしてきた。

「直樹、ちょっといい?」

「なんだよ。こっちはお前の相手してる暇ねえんだ」

「ああ、出世なくなったんだって」

「上島部長か。何でもかんでも喋りやがって」

「あなた、出世したいってずっと言ってたのにね」

「煽ってんのか。お前のせいでこうなってんだぞ」

「はい」

「なんで私?」

「お前が上島部長に余計なこと言うから」

「いや、上島部長とお前が知り合わなかったら……」

「呆れるわ。なんだと?」

「きっかけはどうあれ、自分のやってきたことの結果でしょ?他人のせいにしないで」

「ふざけんな。こっちはお前のせいでな。出世もなくなって、借金の返済もできなくなった」

「そうだよ。出世も借金の返済も」

「なんでお前が借金のこと?上島さん、全部話したのかよ。何なんだ?」

「そう言わないで。おかげで慰謝料請求できて、助かってるんだから」

「は?慰謝料?何の話だ?」

「あなた、不倫してたんでしょ?」

「あ、はあはあ。急に何言ってんだ。適当なこと言うのはやめろよ」

「じゃあ聞きますけど、その借金、何が原因でできたの?」

「それはお前、プライベートだ。お前には関係ないだろ」

「そうもいかないのよね。キャバクラで使い込んだんだって。しかも私と結婚してる頃からだって言うじゃない」

「いや、ちょっと待て。上島部長だってそこまでは知らないはず」

「最近会社での態度が悪いんでしょ?」

「それとこれとは関係ないだろ」

「関係あるから言ってるのよ。あなた、自分の後輩に自慢してたそうね。“キャバクラでお金を使ってキャバ嬢を落とした”って」

「そ、それは……」

「しかも肉体関係も持ったって。あら、不倫ですわ、これは」

「だからなんでそこまでお前が知ってんだよ」

「それなりに良くしてる先輩のおざけ自慢話は、ああ、うざいけど良くしてくれてるし、不倫っぽいけどまあ黙っとくか、ってなるわよね」

「それが何だって?」

「その先輩が、急に人が変わったように応募(?)になったら、もう黙っとく理由がないと思わない?」

「まさか……」

「上島さんに垂れ込みが来たそうよ」

「また上島部長かよ……」

「そういうわけだから、慰謝料200万請求しますね」

「はあ。200万……」

「借金があって大変だろうけど、よろしくね。出世もできないし立場もないでしょうけど。そんなの私には関係ないから」

数分後。直樹は上島部長に電話していた。

「おい、どうしてくれんだよ」

「口調が荒いな。どうした?」

「荒くもなるだろう。あんた、香織に余計なことを伝えたよな」

「余計なこと?不倫のことか?」

「そうだよ。何やってくれてんだ?出世の目もなくなって、借金もあって、その上で慰謝料だぞ」

「あれは余計なことじゃないだろう。冷静に考えてみろ。自分が親しくしている相手、ましてや師と仰いでる相手が不倫されてたんだぞ。だからなんだよ。その不倫の証拠になりうる話を聞いたんだ。人としてそれを伝えるのは当然じゃないか」

「それが余計なお世話だって言ってんだ。あの筋肉女、200万も請求するとか言ってんだぞ」

「身から出た錆だ。職場のことをベラベラ喋りやがって。あんた部長だろ?会社でのことを外に持ち出してんじゃねえよ」

「これはあくまでプライベートな話だ。会社の話ではない」

「はあ。仕事だ、プライベートだ。都合よく使いやがって。何が切り分けろだ。嘘つき野郎が」

「ああ。都合よく使っているのはそっちだろう。何がだよ。仕事とプライベートを切り離せず、感情で応募(?)な態度。かと思ったら、相手には切り離せと要求する。しかも、自分に都合が悪いからバカバカ」

「なんだと?」

「私はねえ、直樹君のことを本気で評価していたんだ」

「はあ。急になんだよ」

「誠実に仕事に向き合い、部下や後輩を思いやり、そんな君の姿勢を評価し、出世を助けてやりたいと思った」

「何が助けてやりたいだ。言ってることとやってることが違うだろう」

「そうだな。私には人を見る目がなかったということだ。実際こうして本性が見えてみれば、なんてことはない。君は社会人として評価に値する人間ではない。そういうことだ」

「ふざけんな。俺には色々と事情があって、だから職場での態度も仕方なくて」

「事情があるのが君だけだと思ってるのか?」

「どういうことだよ」

「朝、家から出る前に奥さんと喧嘩した。仕事から帰ったら娘に“臭い”と遠巻きにされた。付き合っていた彼氏と別れた」

「おいおいおい。一体何の話だよ」

「生きていれば、家族が不幸に襲われることもあるだろう。むしゃくしゃして、手につかないことだってある。君以外の人だって、みんな何かを抱えてきているんだ。離婚は辛いことだろう。借金があって気持ちの余裕がないのかもしれない。だが、それが自分だけだと思うなよ。それでも社会人は働くんだ。大人の顔をして、人を思いやって働いている。そうやって大人を演じることすらできない。そんな奴が人様に文句を言う資格などない」

「だからってこんな……」

「ましてや一時の感情で、後輩に暴力を振るうなど」

「暴力?」

「昨日、中村君と飲みに行ったそうだな。言った?その際、中村君が君に暴力を振るわれたそうだ。怪我をしていたから問い詰めたら、先ほどそう言っていた」

「は、そんなの覚えてない」

「君は相当酔っていたらしいからな。だが、複数の人間がそれを見ている。一緒に飲みに行っていた他の社員から証言があった」

「そんな……」

「中村君の行為で警察沙汰にはならないが。直樹君は首だ」

「は?」

「世の中、結局は地道な努力をした人間が勝つんだ。筋肉と一緒でな。だが君は間違えた。もう戻れないことを自覚しなさい」

数日後。直樹のLINEが届いた。

「香織、助けてくれ。会社は首になったんだってよ」

「後輩に暴力を振るうなんて、最低ね」

「香織、俺たち家族だよな」

「違いますよね。離婚してるんだから」

「ほんの数ヶ月前じゃないか」

「もう数ヶ月前よ」

「そんなこと言わないでくれ。お前だって俺に未練があるんだろ」

「はい。なんでそうなるの?」

「今こうしてLINEで連絡してるじゃないか。普通、離婚したら即消すだろ。そうしなかったってことは、未練があるってことだ」

「ああ、勘違いさせたんならごめんね」

「勘違い?」

「私が消してなかったのは、不倫してると思ってたからよ。連絡取ってたらボロでも出さないかなって。あ、ちょっと考えれば分かるでしょう。あなた、コミが生まれてから帰りが遅くなったでしょ?」

「ああ、そうだったか」

「その頃に、私のことを何て言ってたか覚えてる?」

「えっと、確か……妊娠してブスになったとか」

「ブスになった妻。帰りが遅くなった夫。これ、不倫以外にあるの?」

「いや、違くて……違くなかったじゃない?キャバクラについても何度も言ったわよね。コミがいるんだから、余計な出費はやめてって。そしたらあなた、何て言った?」「会社の付き合いがあるから仕方ないんだって。で、その付き合いって何?」

「それはその……」

「単純にキャバクラのお姉ちゃんにはまってただけ。お金使って肉体関係まで持って、挙げく裏で借金ですか?」

「うるさいな。こっちだって色々あったんだよ」

「色々って?」

「会社でのストレスが溜まってたんだ。職場で下げたくもない頭下げて、家帰ったらブクブク太ったブスがいるんだぞ」

「だから筋トレして痩せましたけどね。一応、あなたのために頑張ったんだけど」

「やっぱり俺のことを愛してるんじゃ」

「そしたら今度は“筋トレする女ってキモい”だっけ?」

「あ、それはその時に思ったわ」

「ああ、こいつぶっ飛ばそって」

「あ、ぶっ飛ばす?私が単純に筋トレ好きでやってるだけだと思った?」

「いや、そりゃもちろん。はまったのは否定しないけどね。ちなみに、あなた今って体重何キロ?」

「え、70くらいじゃないか」

「私、ベンチプレス80kg上げれるの」

「80kg?」

「つまり、あなたくらいなら余裕」

「いやいやいや、ちょっと待てよ。さっきから何、物騒なこと言ってんだ」

「さらに言ったら、私の握力、60kgよ」

「60kg?」

「適当に握ってもりんごは潰せないけど、握り方を工夫すれば潰せるわよ」

「ちょ、ちょっと、ちょっとマジで待ってくれよ。は、本気?本気じゃないよな」

「あなたに家庭内で暴言吐かれて、物を投げつけられて、作ったお弁当まで捨てられて、どうして我慢できてたと思う?」

「それはほら、夫婦だったしだよな」

「あなたなんて、その気になればいつでも排除できるからよ。『勇気』じゃなくて、『物理的に』ね」

「うえ……」

「もちろんコミがいたってのも大きいけど、私の筋肉があれば、あなたなんて相手にもならないもの」

「怖いこと言うなよ」

「ま、その前に離婚したわけだけど。分かるわよね」

「何がだ?」

「これ以上、私とコミに関わろうとしたら、りんごみたいに潰れるのは一体誰だと思う?」

その後、直樹はこのLINEを最後に、私に連絡してくることはなくなった。

いくらりんごを潰せようが、それは“工夫をすれば”の話。ベンチプレス80kg上げれても、人体を簡単に潰すことはできません。そんなことを知らない直樹からすると、相当怖かったようです。

おかげで、コミとの生活を邪魔されることなく、穏やかな日々を過ごせています。直樹は会社を首になり、慰謝料と借金を抱え込み、さらに養育費もあります。仕事をせずに怠けている時間はなく、日雇い仕事を掛け持ちしているんだとか。この前、トレーニングをした時、お父さんが教えてくれました。出世欲が強く、それだけを目指していたこともあってか、ただ返済のためだけに働く今は、正気のない生活を送っているそうです。そんなに精神的に辛いなら、筋トレがおすすめなんですけどね。精神的なゆとりが生まれて、人生が豊かになりますよ。直樹に筋トレをする根性があるとは思いませんが、私はこの鍛え上げた肉体とトレーニング仲間たち、そしてコミに囲まれ、これからも精神的なゆとりのある日々を送っていこうと思います。

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