結婚式場の受付に立った瞬間、「席がない」と言われた。何かの間違いだと思って確認を頼むと、受付にいた姉は冷たい目で言い放った。
「間違いじゃないわ。招待状は送った。でも、それは印刷ミスよ。消しておいて。」
「でも、私の名前も書いてありましたし、招待されたから来たんですけど……」
「ああ、マジ?……考えれば分かるでしょ。私の結婚式に、中卒の女が来られるわけないじゃない。」
私は呆気に取られた。学歴による入場制限なんて、初めて聞いた。
「じゃあ、夫に伝言をお願いできますか?この件についてどう思うか、連絡してほしいって。」
「神父を伝言板に使わないでよ。……でも、今日は気分がいいから伝えてあげるわ。」
その態度に、私はある事実を思い出した。
「お言葉ですが、お姉さんも中卒でしたよね?」
姉の顔色が変わった。
「はあ?なんであんたがそんなこと知ってるのよ。」
「夫から聞きました。高校の時に問題を起こして退学になったって。」
「で、それが何?」
「だったら、学歴を理由に私を追い出すのは違うんじゃないかと思って。」
「バカ。私は結婚後に高卒認定を取ったのよ。あんたとは核が違うの。」
「でも、お母さんも中卒ですよね。」
「うるさいわね!昔の人なんだから珍しくないでしょ!」
「正直に言ってください。私のことが嫌いなだけですよね?」
「うん。大嫌い。」
その言葉を聞いて、私は全てを悟った。夫の姿を探したが、いない。親族の控え室にいるのだと言う。
「分かりました。では帰ります。」
「ねえ、追い返された気分はどう?」
「……はい。何でそんなことを聞くんですか?」
「勉強頑張っておけばよかったって後悔してる?」
「いえ。むしろ、学歴なんて意味がないのだと改めて実感した次第です。」
「強がっちゃって。親族みんな爆笑してるわよ。『風呂の水を出しっぱなしにしてるから帰った』って言っておいたから。」
「嘘じゃないですか?」
「そりゃそうでしょ。中卒だから追い出したなんて言ったら、私が怒られちゃうもん。」
私は頭が真っ白になった。夫への伝言だけを頼んで、式場を後にした。
数分後、夫から電話がかかってきた。
「姉貴から連絡しろって言われたんだけど……俺、追い返されたらしい。」
「お姉さんから聞いてる?ひどいと思わない?」
「ちょっとは思ったけど、空気読めよ。主役が嫌だって言ってるんだぞ。楽しい式に水を差さなくていいだろ。」
「私が何をしたのか、自覚がないのよ。学歴だけで追い返すなんて……」
「多分、顔じゃね?」
「どういう意味?」
「いや、前に姉貴から『今後はナミを親族の集まりに呼ばないでくれ』って言われたんだ。」
「なんで?」
「顔合わせの時に、姉貴の婚約者が俺の奥さん綺麗な人だねって言ったらしいんだ。事実だけど、それは良くないよな。」
「……じゃあ、本気で私の容姿が原因で式への参加を拒否したの?」
「多分そうじゃないかな。俺はそう思ってる。」
「この日のために服も買ったし、美容室にも行ったのに……」
「家でゆっくりしてろよ。……まあ、身内の方が大事だしな。」
「今、何とおっしゃいました?」
「家族が大事だろ?」
「ああ、そうですか。私は家族じゃなかったんですね。知りませんでした。」
「いや、そうじゃなくてさ。過ごしてきた時間が違うって話だよ。」
「もういい。帰ります。」
その日から、私は夫と別居することにした。実家の親戚が貸してくれているマンションで、ひとり暮らしを始めたのだ。
1ヶ月後、義兄の賢介さんから突然連絡が来た。
「結婚式の件、本当にすみませんでした。」
「いえ、もう済んだことですから。」
「親族席に君が座っていないことに気づいて、妻に問い詰めたんだ。そしたら『風呂の水を出しっぱなしにした』とか意味不明なことを言ってた。あれは嘘ですよね?」
「……ええ。まあ、そうですね。」
話を聞くと、賢介さんも以前から姉が私を悪く言うことが気になっていたらしい。そして、私が聞いた「私の容姿を褒めたのが原因」という話も、彼は否定した。
「僕はそんなに無神経じゃありませんよ。父が母に失礼なことを言うのを見て育ってきたので、自分はああはならないと決めていたんです。」
「じゃあ、なんでお姉さんはそんな嘘をついたんでしょうか?」
「邪推でしょうね。気に入らないというより、自分に注目が集まる理由が欲しかったのかも。」
その会話の後、賢介さんは本題を切り出した。
「実は、連絡したのはそれだけじゃないんです。……孝太君と別れてるんですよね?」
「はい。あの結婚式以来、大喧嘩になってしまって。私を守ってくれない人と一緒にいても幸せになれないと思うようになったんです。」
「あの、駅の裏手にあるコンビニが入ってるマンションに住んでいますか?」
「はい。そうですけど……なぜご存知なんですか?」
「すみません、不気味でしたよね。実は、結婚後、妻の外出が多いのが気になって、一度後をつけたことがあるんです。そしたら、そのマンションに出入りしてるのが分かって。それで何度か見ていたら、ナミさんも出入りしてることが分かったんです。」
「お姉さんが、そのマンションに?」
「はい。でも、妻とナミさんがお互い知り合いだとは思えない。どちらも相手が出入りしてることを知らない様子だったから。」
「……誰に会ってるんですか?」
「分からない。でも、僕に言えない人であることは確かだと思います。」
結婚したばかりで秘密を抱えるなんて、と賢介さんは言った。姉は、浮気をしているのではないか。それを確かめるためには、私が協力するのが都合がいいらしい。
「協力させてください。私もお姉さんには、言いたいことがたくさんありますから。」
数日後、夫から電話がかかってきた。
「お前さ、いい加減機嫌直せよ。」
「無理。」
「そんな遠くに住んで、金の無駄だろ?」
「私が住んでるマンションは親戚が貸してくれてるから、月3万しかかかってないの。自分で払えるわ。」
「そういう問題じゃないだろ。」
「それより、この間忘れ物を取りに行ったら、すごい汚かったわね。掃除もできないのね。」
「忙しいんだよ。……俺は、姉貴からお前を守れなかったことを海の底より深く後悔してるんだ。」
「はあ。今ので嘘だって分かったわ。あなた、『海の底』とか『地球』とか『宇宙』って言葉を信じない主義でしょ。」
「単なる例え話だろ!」
「とにかく、まだ怒りは収まらないし、このまま一緒にいていいかも分からない。」
「せっかく結婚したんだぞ。親とか友達とかに祝福された以上、簡単に離婚するのも違うと思うし、冷静に考えなきゃと思ってるよ。そのための冷却期間でしょ。」
「分かった。その間に、俺変わるよ。」
「私がそう感じたら、また戻れるかもしれない。」
「そうなるよ。頑張るから。」
その後、賢介さんから連絡が来た。
「ナミさん、探偵に依頼したところ、孝太君も同じマンションに出入りしてることが分かりました。」
「え?……私は一度も見かけたことはないですけど。」
「孝太君は23時以降に出入りして、朝の6時くらいには出てるみたいです。ナミさんが家にいる時間帯だから、気づかなかったんでしょうね。」
「兄弟で同じマンションに出入りするなんて、何かの間違いじゃないですか?」
「調べたところ、賃貸の登録もない。レンタルルームとしても登録がないそうです。……5階だということは分かってます。」
「うちの2階下ですね。」
「探偵には、孝太君の動向も同時に見張ってもらうよう頼んでおきました。」
2週間後、私は動き出した。
「ちょっと、あんた何してくれてんのよ!」
姉から電話がかかってきた。怒り狂った声だ。
「さて、どれのことでしょうか。」
「招待客全員に、余計な写真を送ったでしょ!」
「だって、来てくれた人全員に対する裏切りですから。皆さんが渡したご祝儀は無駄ですよって伝えたくて。」
「男性と一緒に歩いてただけでしょ!あんな写真送ったら誤解されるじゃない!」
「あは。あれは第1弾ですから。まだまだ証拠、ありますよ。」
「はあ?何言ってるの?」
「お姉さんがしょっちゅう通ってるマンション、私が住んでるんですよ。」
「はあ?浮気部屋ですか?随分手の込んだことしますね。確かにホテルなら言い逃れできないけど、マンションなら後から何とでも言えますもんね。」
「違う!あそこは友達が海外に行くって言うから、たまに使わせてもらってるだけで……!」
「そうですか。でも、あそこに男が出入りしてるのは確認してますよ。お姉さんが部屋から出てくるところを、何度も見ました。」
「だから、それは……!」
「私はね、せっかく同じマンションに住んでるんだから、たまには一緒にワインでも飲もうかと思って、お姉さんの部屋の前に行ったことがあるんです。そしたら、男女の声が聞こえてきて。邪魔しちゃいけないなって、引き返したんですけど。」
「あんた……まさか録音してるんじゃないでしょうね!」
「それはさすがに盗聴って言われかねないので、してませんよ。……ただ、賢介さんと電話しながらだったので、あちらが録音してるかどうかは分かりませんけど。」
「はあ!?」
「元々、賢介さんがお姉さんを疑って、私に連絡をくれたんです。私も同じマンションに出入りしてるものだから、自分の家に来てるんじゃないかと思ったらしいんですよ。」
「適当に話を合わせておいてくれたら良かったのに!」
「すみません。結婚式で追い返されて以来、ずっとむかついてたので、お姉さんの味方になるなんて発想が1ミリもありませんでした。」
「あんたねえ!」
「私、今まで点と点が結びつかなかったんですけど、今回のことで全部繋がりましたよ。両家の顔合わせの時、お姉さんが私の兄の話になった瞬間、顔が曇りましたよね。兄が探偵やってるって言った時。」
「そんなことない!」
「賢介さんのお父さんとお母さんは興味深そうに質問してましたけど、お姉さんだけは話題を変えようと必死でした。今思えば、探偵はお姉さんにとっての天敵ですもんね。」
「誤解なの!友達の家で、男女で飲むこともあっただけ!あんたが聞いた音声は、DVDとかだと思う!」
「認めない場合、裁判所に判断してもらうしかないみたいですけど、大丈夫ですか?」
「なんでそんな大げさな話になるの!?」
「認めて示談にするか、法廷で争うかの2択なんですって。で、裁判は原則公開されるから、みんなそれを嫌がって示談を選ぶんだって、兄が言ってました。」
「そんな顔合わせの時点で私を警戒してたなら、結婚前から関係が続いてたってことですよね!」
「違う!私は被害者なの!あの男に脅されてたのよ!」
「言ってることが違いますね。お相手の男性は、本命はあなた。旦那はATMって言われてたらしいですけど。」
「え、なんでそれを……!」
「賢介さんが、ですけどね。慰謝料請求ですよ。弁護士同士で話し合いしたそうです。もう2度と会わないという誓約書も交わしたみたいなんで、連絡は取れないと思いますよ。」
「何てこと……!」
「あとは賢介さんと話してください。私は、夫と話すことがあるので。」
「待って!音声は絶対に──」
「あ、すみません。もうテキストファイルで皆さんに送りました。」
30分後、私は夫と顔を合わせた。
「賢介。」
「……もう謝罪とかいいよ。」
「本当、許してくれるの?」
「そういう意味じゃない。許すつもりはないから、うわべだけの言葉はいらないってこと。」
「そんなこと言わないで。……ATMから大したお金を引き出す前に終わっちゃって、残念だったね。」
「違うの。あなたを愛してた。」
「はいはい。で、今後の話なんだけど。まず、しなくて良かった結婚式の費用を返してもらうね。あと、浮気したことの慰謝料。それから、新居にかかった費用も返してもらうね。」
「待って!お願いだ、話を聞いてくれ!」
「待たない。こっちは手を緩める気はないから。あなたは、言い訳するんじゃなくて、何もしてない証拠を探しなさいよ。」
「賢介!」
「あと、招待客に申し訳ないから、ご祝儀もお返ししたいの。そのお金も請求するね。」
「嘘でしょ?いくらになると思ってるんだよ!」
「じゃあ、僕からは以上。さようなら。」
翌日、義兄から連絡が来た。
「姉貴たち、離婚することになったらしいよ。」
「ええ。姉貴が浮気してたんだって。」
「何のために結婚したんだって話だよな。……ナミが来なくて正解だったじゃん。」
「うん。俺らはあんな風に別れたりしないよな。色々あったけど、俺も反省してるし、やり直したい。いい加減、機嫌直してくれないかな。」
「むしろ、怒りメーターのメモリは振り切れてるんだけどね。」
「え、なんで?」
「お姉さん、友達が海外に行ってる間に、浮気部屋として使ってたらしいのよ。最低だよな。」
「……あなたも、その恩恵受けてなかった?」
「はあ?何言ってるんだ?」
「私が使わない日は使っていいよ、って言われてたんじゃないの?」
「そんなわけないだろ!どこにあるかも知らないよ!」
「1階にコンビニが入ってるマンション。」
「そんなの、どこにでもあるだろ!」
「あなたと女性が腕を組んで入っていく写真があるの。」
「え、まさか……俺も同じマンションに住んでるなんて、思いもしなかっただろ?」
「……本当に、あなただったんだね。」
「嘘だ!」
「私の兄が、なぜ探偵をやってるか、話したことがあるよね。うちの父はひどい人だったの。母は、たまに帰ってくる父に都合のいいように使われてた。兄や私がいくら『離婚しなよ』って言っても、『証拠もないし』って笑ってたの。お金さえあれば、探偵に頼んで慰謝料をもらって、さっさと離婚できたのに。母は我慢に我慢を重ねて、たったの40歳で病気で亡くなった。」
「その話は、今関係ないだろ!」
「私は、浮気して家庭を壊す人間が許せないの。あんな優しいお兄さんを裏切ったお姉さんも、私が一番嫌いなことをやり遂げたあなたも、許せない。」
「ごめん、謝る!本気じゃないんだ!発散というか……ほら、ジムに行く感覚と同じだよ!」
「さて、何のフォローにもなってないね。『本命はナミだけ』って言いたかったの?結構です。今後は勝手にジムだろうとホテルだろうと、好きに発散しまくってください。」
「そんなこと言うなよ!俺の気持ちはどうなるんだよ!」
「ここに来て自分の心配?さすがですね。姉妹そっくりで驚いちゃうわ。」
「頼む!もう一度だけやり直そう!小遣いも月2万でいいし、飲み会も行かない!家のことは全部俺がやる!掃除も洗濯も食事も!」
「……マジで言ってる?」
「ああ、本当だ!」
「書面にできる?」
「か、書けるなら書くよ!」
「分かった。じゃあ、離婚しないであげる。」
「いや、ありがたいけど……さっきのはちょっと大げさに言っただけっていうか。」
「ん?どっちなの?離婚したいのか、再構築か。」
「そりゃ、一緒にいたいよ。」
「じゃあ、自分が提示した条件は守れそう?」
「できるだけ頑張るけど。」
「じゃあ、約束破ったら即離婚で。」
「ええ……。」
「うん。悪くないわ。月2万で家政婦を雇ったと思ったら安いものだし。」
「そういう言い方はちょっとどうかな。」
「まずは自分が散々人を傷つけておいて、被害者ぶるのやめようか。」
「……はい。」
「じゃあ、私が戻るまでに、部屋を全部掃除して。今から戻るから、終わらせておきなさい。」
「分かった。」
数日後、家に戻ってみると、部屋は相変わらずのゴミ屋敷だった。何でもやると言った男の住まいとは、思えなかった。その後も「仕事が」「姉貴が」「実家が」と言い訳を並べたため、私はその場で離婚届を書き、すぐに提出してきた。
財産分与はなし。お互いの貯金を持っての解散となった。慰謝料は、賢介と浮気相手の双方に請求。よほど裁判を避けたいのか、2人とも300万円ずつで示談が成立した。
一方、賢介さんたちの離婚も成立した。姉は、賢介さんが請求した全ての損害を支払うことは難しかったようだが、慰謝料としては高額の請求で決着したらしい。今は実家に戻り、朝から晩まで働きながら、親に借りたお金を返済する毎日だそうだ。
賢介も、慰謝料の返済で一人暮らしが厳しくなり、実家に戻った。いい年の娘と息子が同時に帰ってきて、ご両親は「世間体が悪い」と頭を抱えているとか。
私は今、同じ傷を抱えた賢介さんと、飲み友達になった。お互いの結婚式は絶対に呼んでね、と約束している。
信じていた相手に裏切られるのは辛いし、傷の回復にも時間はかかるものだ。私だって、賢介さんの前で何度泣いたか分からない。でも、必ずいつか笑える日が来ると信じて、その間の時間をどう過ごすかは自分次第なのだと、今はそう思えている。



