「パパに、私の大学の学費300万を盗まれた。しかも、その金で不倫相手とレストランを開くって言い出した。『みゆにはお前から謝っといて』って、何が何だか分からないまま、パパは家を出て行った。涙も出なかった。ただ、目の前が真っ暗になった。でも、その日の夜、ある決意をして、パパの元恋人に『1年だけ時間をください』って土下座して頼んだ。あの時パパは気付かなかった。私がただの“恥ずかしい娘”じゃなかった…

「パパに、私の大学の学費300万を盗まれた。しかも、その金で不倫相手とレストランを開くって言い出した。『みゆにはお前から謝っといて』って、何が何だか分からないまま、パパは家を出て行った。涙も出なかった。ただ、目の前が真っ暗になった。でも、その日の夜、ある決意をして、パパの元恋人に『1年だけ時間をください』って土下座して頼んだ。あの時パパは気付かなかった。私がただの“恥ずかしい娘”じゃなかった...

「大地、今どこ?」
「どこって会社だけど。今日は残業で帰りが遅くなるって言っておいただろう」
「嘘よね」
「はあ? 嘘ってなんだよ」
「私の友達が偶然見たって言ってたの。大地が知らない女の人とホテルに入っていくところ」
「ああ……あれか。あれは飲み会で酔ってたから、介抱してただけだ」
「飲み会? 残業じゃなかったの?」
「飲み会も残業みたいなもんだろう」
「じゃあ聞くけど、介抱ってラブホで?」
「……そこまで分かってたのかよ。もったいぶった言い方しやがって」
「何その言い方? 開き直る気?」
「逆に聞くわ。男女でラブホに入って、何もないと思ってるのか?」
「大地、あなたね……私と再婚して、まだ3年よ。たった3年で不倫?」
「しかも、みゆちゃんが大学に合格したばかりなのに」
「いや、みゆは関係ないだろ」
「ついこの間、家族でお祝いしたばかりじゃない。みゆちゃんに何て説明する気よ」
「みゆだってもう18だろ。この程度のことでガタガタ言わないって」
「そんなはずないでしょ。年頃の女の子が、父親の不倫なんて知ったら……」
「ああ、はいはい。お前には分かんないか。まあ、初めから血のつながらない母親だもんな」
「どういう意味?」
「みゆはこれくらい慣れっこだってことだよ」
「慣れっこ?」
「俺がみゆの母親と離婚したのも、不倫が原因だしな」
「何それ? 私には教育方針の違いだって言ったじゃない」
「そんなの嘘に決まってんだろ。不倫して離婚しました、なんて正直に言ったら、お前は俺と結婚しないだろ」
「……そういうことなのね」
「てか、みゆで思い出したわ」
「今度は何?」
「みゆの学費。不倫相手と店をやるための資金に使ったから」
「は? 店に? 300万全部?」
「学費の支払いはすぐなんだよ。俺とあいつの夢の店だから、理解してくれよ。ああ、みゆにはお前から謝っといて」
「ふざけないで。あのお金は私が独身の頃から貯めてたお金よ。夫婦共有の通帳に入れてたから、共有財産だろ?」
「そんなバカな話が通るわけないでしょ。店だって、私とやるって言ってたじゃない」
「ああ、俺は最初からお前とする気なかったけどな」
「え?」
「ああ、そうそう。お前が一生懸命作ってたレシピも、もらってくから」
「そんな……」
「じゃあ、俺は今日からそっちに帰らないから。後のことはまるっと任せたぞ」

十分後。

「みゆちゃん、バイト終わった?」
「優香さん、どんぴしゃ。マジで今さっき終わったとこ」
「みゆちゃん……本当にごめんなさい」
「何? 急にどうしたの?」
「みゆちゃんの大学の学費、無くなったの」
「あー、まあ、それは……やば」
「実は大地が全額使っちゃったみたいで。さっきネットバンクを確認したら、残ってなくて」
「うわ、パパ終わってんね。らしいっちゃらしいけど」
「マジで勘弁してよ。せっかく合格したのに」
「いや、別になんとかなるっしょ。バイト代も貯めてるし」
「でも、300万よ?」
「たか、300万だって」
「はあ……まあ、でもなんとかするわ」
「なんとかって?」
「私の両親に借金してでも払うから、安心して」
「いや、いいって。それよりも、パパは300万も何に使ったん?」
「えっと……すごく言いづらいんだけど」
「これ以上に言いづらい? マジで何やったん?」
「不倫相手と店を始めるんだって」
「……それ、ガチ?」
「ガチみたい」
「てかさ、店って優香さんとやるって言ってなかった? レストランだっけ? 優香さん、元々料理人なんでしょ?」
「独身の頃からの夢だったからね。結婚した後は老後に一緒にやろうって言ってたんだけど……それも全部、反故にして」
「不倫相手と、娘の学費を使って」
「そう……私がコツコツ書いてたレシピも、持っていかれちゃった」
「ああ……」
「ねえ、みゆちゃん。ちょっと聞きたいんだけど、その300万って誰のお金?」
「私が独身時代に貯めてたお金よ」
「なるほどね」
「なんていうか……さっきから軽くない?」
「軽くないよ。普通に草も生えないレベル」
「草も生えない?」
「女装薬でも盛られたんかと思ったもん」
「そうなの? 笑えないくらいやばいってこと?」
「それでも明るく振る舞ってる優香さん。私、本当にショックで……離婚しかないなって」
「ああ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「優香さん、1年でいいから時間をください。いや、マジで腹立つのは分かってるとは思うけど、マジでお願い。1年だけ」
「立つのり? 誰?」
「あ、ごめん。“腹立つだろうけど”って意味」
「ああ、なるほど。じゃなくて、なんで1年? その1年でどうするの?」
「まあまあ、そこは私にお任せってやつで。悪いようにはしないよ」
「なんでそんな怪しい感じ出してくるの?」
「奥さん、お手を汚しますよ」
「……はいはい。じゃあ、騙されてあげるわ。1年でいいのね」
「あ、離婚も禁止でお願いします」
「え?」

一週間後。

「おっす、みゆ。元気か?」
「いや、元気かじゃなくない? 人の学費、何勝手に使ってんの?」
「あれな、マジで助かったわ。サンキュー」
「サンキューじゃない。ガチでありえん。パパ、節操なさすぎ」
「ああ、はいはい。すまん、すまん」
「謝る気ある?」
「てかさ、お前SNSやってたよな」
「無視とかマジでうざい。やってるけど」
「それが、フォロワー多かったろ」
「一応、1万人だけど」
「でかした。さすが下品なダンス動画を上げてるだけはあるわ」
「あのさ、マジで言葉に気をつけなよ。実の娘相手に“下品”とか言うの、ありえなさすぎ」
「いや、実際そうだろ。父親としては、娘があんなのやってるの、恥ずかしいわ」
「あっそ。どうせおっさんとかに媚び売ってんだろう。若い女はいいよな。適当に露出して踊るだけで人気になれるんだから」
「クソリプかよ。で、その恥ずかしい娘に何の用?」
「今度さ、店やるんだよ。レストラン」
「優香さんから聞いてる。私の金を使って、不倫相手とやるんでしょ」
「そうそう。聞いてんなら話は早いな。その前に、やってることがやばいって自覚ある? 父親として、というか、人として終わってるからね」
「そういうのいいから。その店の宣伝してくれよ」
「は? 宣伝?」
「実は結構前から準備しててさ、来月にはオープンするんだよ。だから、インフルエンサー様から宣伝頼むわ」
「この状況で、そんなこと普通頼む? 心臓、鉄でできてんの?」
「大学も経営学部選んだんだったよな。なら、SNS戦略的なの知ってんだろう」
「いや、まだ大学行って何も学んでないし」
「大丈夫、できるって」
「どっから来た自信なの? その大学だって、優香さんのおかげで行けるんだけど」
「ああ、やっぱりちゃんと300万用意したんだ。優香さんのパパママに借りてくれた。マジで申し訳なくて、頭が上がらないからな、これ」
「大学行けるならいいじゃん」
「良くないでしょ。てか、マジで分かんないよ、経営とか。受験勉強くらいはしたでしょ?」
「経営の受験とかないけど」
「とか言って、昔から熱心に勉強してたじゃん」
「そりゃ、経営には興味あるし」
「なら、できるってことだな」
「マジで言ってる?」
「いいだろ。別に減るもんじゃなし。パパの頼みなんだからさ」
「……分かった」
「お、マジ?」
「それ、今SNSで宣伝してバズらせたらいいんでしょ?」
「おお、それそれ。バズバズ」
「じゃあ、店のアカウントを共有して。後で送る」
「いやあ、やっぱ持つべきものはできた娘だわ」
「はいはい。せいぜいバズり散らかしますよ」

一年後。

「大地、300万返して」
「ああ、しつこすぎ。1年前のことをいつまで言ってんだよ」
「1年前とか関係ないから。毎月のように連絡してくるなって言われても、返してくれないあんたが悪いんでしょ」
「てか、こっちは忙しいんだよ。分かるだろ? 店が繁盛してんの」
「繁盛してるなら、300万も返せるんじゃないの?」
「そもそも、返す返さないの問題じゃないだろ。あれは夫婦の共有財産だ。俺がどう使おうと、俺の勝手だ」
「違います。あの300万は私が独身時代に貯めたお金。私個人の資産であって、共有財産じゃありません」
「夫婦の共有口座に入ってたんだから、共有財産だろ」
「どこに入れてても、私個人の財産よ。それを無断で、しかも不倫相手との店の資金に使うなんて、論外です」
「耳にタコができるわ。何回もその説明は聞いた」
「だったら、早く払ってください」
「払わない。以上、終わり。これも何度も言ってるだろう」
「あのね、返還するのは当たり前なの。日本の法律で決まってることよ」
「はいはい、そうですか」
「法的手段に訴えてもいいんだけど」
「どうせしないじゃん」
「どうしてそう言えるの?」
「じゃあ逆に聞くけどさ。なんで俺とお前がまだ離婚してないわけ? それは、お前が俺に頼んだからだよな。離婚したくないって泣きついてきたのは、どっちだよ?」
「泣きついてはません。ただ、もう少し待ってほしいって言っただけで」
「もう1年ですけど。離婚、まだ?」
「俺はいつでもいいぞ」
「……もうちょっと待って」
「出た出た。結局、俺に未練たらたらなんだろ? モテる男は辛いね」
「違います。強がってるわけじゃない」
「いいっていいって。まあ、俺も今は店が忙しいし、それが落ち着くまでは夫婦関係を続けてやるよ」
「……ありがとう」
「関係を維持したいなら、だるいこと言ってくんなよ」
「まあでも、一応は3強な」
「何が?」
「お前のレシピのおかげで、大繁盛してるから。バイトでも作れる簡単レシピで、味は最高。俺の目は間違ってなかったわ」
「そうですか」
「あと、みゆにも礼を言っとかないとな。あいつのおかげでバズってるし。ああ、忙しい忙しい」
「私は300万も、不倫の事実も、認める気はないから」
「言ってろ言ってろ。お前には何もできないんだよ。俺の勝ち組人生、見てろ」

数日後。

「パパ、レストラン開店1周年おめでとう」
「おお、みゆ、サンキュー。みゆの宣伝のおかげだわ」
「まあ、相当バズってくれたからね」
「お前、思った以上にやるじゃん。なんなら、このままうちで雇ってやろうか」
「うん、ノーサンキュー」
「せっかく俺が誘ってやってんのに。水希も可愛がってくれると思うぞ」
「水希? それって不倫相手?」
「不倫相手じゃなくて、将来のお前の母親な」
「うわ、マジでいらない」
「そう言うなって。てか、俺って経営センスあったんだな。こう、トントン拍子ってやつ。まあ、才能だわ」
「パパ、やばい。才能あるわ」
「だろ?」
「うん。マジでお笑いの才能あるよ」
「は? お笑い?」
「経営センスが、だけど。マジで言ってんの?」
「当たり前だろ。たった1年でこの繁盛具合だぞ」
「優香さんのレシピを盗んで、私のフォロワーにタダ乗りしただけっしょ。バカでもできるから」
「はあ? お前な、父親に対してバカってなんだ」
「ガチだからしゃあないじゃん。経営センスとか、マジで皆無」
「実際、こうして成功してるだろうが」
「成功? 勘違いもいいとこ。レビューはサクラを入れて操作してるんでしょ」
「は? そんなのしてねえし」
「実際、SNSではひどいもんよ。“料理はうまいけど女店員の接客態度が最悪。二度と行かない”って」
「女店員って、水希のことか。口コミが広がって、すぐに人が来なくなるね」
「なんだよ、それ」
「今の時代、店舗経営するのにSNSを見ないとか、やば。次からは気をつけた方がいいよ。次があるとは思えないけど」
「お前がなんとかしろよ。SNSは担当だろ?」
「別に雇われてないんですけど」
「それでもやるんだよ。早くしろ」
「まあ、安心して。すぐに対応するから。来月にはこの評価も逆転するって」
「なんだよ。それを先に言えよ。焦って損したわ」
「その時、パパはもうオーナーじゃないけどね」

数日後。

「おい、みゆ。なんだよ、これ」
「ああ、SNS見た? パパ、やっぱり炎上してんね。受ける」
「受けねえよ。店を乗っ取ったとか盗んだとか、心当たりのないことで色々言われてるんだけど」
「SNSでバズるのって、ストーリー性も大事なんよね」
「ストーリー性? どういうことだ?」
「パパと私のLINEでしょ? それと、パパと優香さんのLINE。全部SNSに上げちゃった」
「は? お前、何やってんだよ」
「娘の学費300万を盗んで、不倫相手と開店。優香さんは元プロの料理人で、そのレシピまでパクった。マジ無理。父親がこんなことしてるとか、耻ずかしい」
「バカじゃねえのお前。そんなのしたら、こうなるのは分かりきってただろ」
「自覚あるの、逆にやば」
「笑い事じゃねえんだよ。どうするんだよ、これ」
「お前、すぐになんとかしろ」
「は? 無理だよ」
「無理じゃないだろ。お前のせいでこうなってんだぞ」
「いやいや、パパのせいでしょ。私、一言も嘘を投稿してないけど」
「そんなの知るか。こっちは迷惑してんだよ」
「それな」
「は?」
「私は、パパの娘に生まれてから、ずっと迷惑してんの」
「なんだと?」
「パパさ、私が経営学部を受験した理由、知らないでしょ?」
「ああ、知らねえよ。興味もない」
「私の実のママ、今も入院を繰り返してんの」
「実のママ? あいつが? てか、なんでお前がそんなこと?」
「今も連絡取ってるもん。当然でしょ」
「俺はそんなの聞いてないぞ」
「そりゃそうでしょ。誰のせいでママが入院してると思ってんの?」
「あれは、あいつが勝手に倒れたんだ」
「倒れるまで追い込んだのが誰か、って話。元々体が弱かったのに、パパが何度も不倫して精神不安定になって、挙げ句の果てに病気で入院して離婚。ざけんな」
「じゃあ、なんでお前は俺についてきたんだよ。あいつのそばに行ってやればよかっただろうが」
「そばにいられる状態じゃなかったじゃん。治療費もかかって働けない状態で、おじいちゃんたちもママの治療費でカツカツ」
「それはそうだけど」
「そんなママを助けたくて、経営学部に入ったの。お金があれば、一緒に暮らせるから。パパの言う“下品な踊り”も、そのため」
「だからって、これは関係ないだろう。稼ぎたいなら勝手に稼いで、あいつのとこ行けよ。俺を巻き込むな」
「は? ママを追い込んだ人を、私が許すと思ってるの?」
「じゃあ、まさかお前……」
「ママの分も、仕返ししてやろうと思ってたんだよね。優香さんには悪いけど、利用させてもらった。あんたが再婚して、何もしないとは思えなかったから」
「このクソガキが。父親に対してこんなことして、許されると思ってんのか」
「クソガキに、おんぶに抱っこだったのはどこの誰だよ」
「あ? 俺はお前なんていなくても、自力でこれくらいはできたんだよ」
「無理だから。そんな頭があったら、最初からこんなバカなことしてない。優香さんを利用して、私を利用して。全部、他人の力じゃん」
「どうする気だよ、みゆ」
「お前な……」
「下品な踊りを踊ってる、恥ずかしい娘に頼ってたんでしょ。恥ずかしいのはどっちだ、って話。やってることが気持ち悪いんだよ」
「……二度と、その汚い面を見せんな」

十分後。

「優香、お前、これ知ってたんだろ?」
「SNSの炎上? そりゃそうよ。私とのLINEも晒されてるんだから」
「何勝手に言ってくれてんだ。このままじゃ、俺は破滅だぞ」
「ねえ、大地。あなたに学費を盗まれた日、みゆちゃんが私に何て言ったか分かる?」
「知るか、そんなこと」
「あの子、私に“1年ください”って言ってきたの」
「は? 1年?」
「LINEではふざけた感じだったけどね。家に帰ってきてすぐに土下座して、頼んできたの」
「土下座? あのみゆが? 何の冗談だよ」
「そう思うでしょう。いつも笑ってて、表面上は軽いみゆちゃんが、真剣な顔で“取られた300万は取り返します。それ以上のものもあげますから、力を貸してください”って」
「ちょっと待てよ。300万を取り返す以上のもの? どっから出てくるんだ、そんなもん」
「もちろん、あなたからよ」
「俺から?」
「まず、利息として言ってきたけど、あの300万は私のもの。それを返還請求します」
「それは言ってたけど」
「1年間、私は繰り返し返還を求めたわね。知っててあなたは拒否してきた。それを悪意のある履行遅滞と判断して、延滞金も請求しますね」
「はあ? 延滞金?」
「加えて、慰謝料300万」
「ふざけんな。そんなの相場以上だろ。不当請求だ」
「何のために、1年間婚姻関係を続けたままにしてたと思ってるの?」
「それは、お前が俺に未練があったからだろ」
「あら、やだ。気持ち悪い。1年間、私は一度も不倫を認めてないわよね」
「なんか言ってたな。認めてないって」
「それを知っていながら、1年間不倫を続けたでしょう。相場以上の金額になる理由は、それ」
「じゃあ、離婚しなかったのは?」
「あなたなら、どうせ払わないし不倫もやめない。なら、そっちの方がお得だって。みゆちゃんが考えたのよ」
「あのガキ……」
「あと、婚姻関係を続けた理由がもう1つ」
「まだあるのかよ。勘弁してくれ」
「別居中も、収入の多い方が婚姻費用を払う義務があります。収入の多い方、あなたね。お店、随分と繁盛してたみたいじゃない。あなたの収入なら、1年分で150万だそうよ。全部合わせて、770万の請求になります」
「770万? そんなの無理だ。水希が……最近揉めてたし、店を売って、やっとだ」
「お店、くれない?」
「え?」
「お店の権利を770万で売るか、お店を維持して支払うか。あなたの選べる道は、2つに1つです」
「なんだよ、これ。どうなってんだよ、これは」
「お店の評価、かなり落ちてるんでしょ? 炎上したばかりだものね」
「あの炎上も、これを狙ってたのか?」
「ストーリー性が重要らしいわね」
「それ、みゆが言ってた」
「盗まれたお金とレシピを取り返して、お店を手に入れる。オーナーが正しい人になれば、評価は逆転する。“来月には逆転する”って、あなたに言ったそうじゃない」
「1年前から、こうなることが決まってたのか。俺がお前を裏切ったから」
「違うわよ。みゆちゃんの実のお母さん、前の奥さんを捨てた。5年前から決まってたの。その時に、あなたは娘に捨てられたのよ」

一ヶ月後。

「優香さん、お店の準備は順調?」
「みゆちゃんのおかげでね。SNSでも、随分と応援されてるのよ」
「知ってる。悪い評価は、全部パパが持ってっちゃったから」
「みゆちゃん……これは、聞きたくないと思うんだけど。大地のこと」
「うん。パパ、どうしたの?」
「お店を私に渡した後、貯金もなかったみたいだね。不倫相手の水希さんと一緒に、借金生活らしいわ」
「ざまあ、って思うでしょ?」
「そう言うと思った」
「そっちはどう? お母様とは?」
「ママ、最近になってようやく退院できてさ。一緒に暮らすことになったみたい」
「そうなの? 良かったじゃない?」
「おじいちゃん、ママのお父さんね、にもすごく謝られちゃった。“孫が苦しんでるのに助けられなかった”って」
「そう……ママの治療費があって、それどころじゃなかったのにね」
「私が迷惑かけたくなくて、頼らなかったのも悪いし」
「一番悪いのはパパじゃん。それでも、力になりたかったのよ。それが複雑な大人心ってやつ」
「でもまあ、真綿で首を絞めるみたいに、ゆっくりと追い詰めて正解だったわね」
「良かったけど……うーん」
「どうしたの?」
「優香さんさ、マジでごめんね」
「え? 何が?」
「利用しちゃったし、迷惑かけちゃったし。私の都合で振り回してさ。マジごめん。私……3年だけだったけど、あなたの母親だったわよね?」
「あ、うん。あなたも、3年だけは私の娘だったでしょ?」
「それはそうでしょ」
「なら、迷惑かけたとか、巻き込んだとか、全部どうでもいいよ」
「え、でも……」
「みゆちゃんは、お母さんと暮らせるようになって幸せ?」
「それは……うん。幸せ。パパとのことも、決着がついてすっきりしたし」
「それで十分。こんなのでも母親だったんだから、娘が幸せなら、それでいいのよ」
「優香さんって、そういう性格してるよね」
「え、本当? どこが?」
「そういうとこ」
「どういうとこ?」
「うん。なんでもない」
「あ、そうそう。私って、1年の時間をみゆちゃんにあげたでしょ? 急に」
「うん。そうだけど」
「じゃあ、次はみゆちゃんの1年、もらっていい?」
「へ? マジ?」
「あと1年だけでいい。仲良くなる時間が欲しいの。母親として、なんてわがままは言わない。だから、お願い」
「ずるいって。それは……ぶっちゃけ、優香さんって私のこと苦手でしょ?」
「う……ぶっちゃけるじゃん。たまに何言ってるか分かんないし、グイグイ来る感じもちょっと苦手よ。私、こう見えて控えめな性格してるから」
「なのに、仲良くなりたいの?」
「私は料理人ですから、食わず嫌いはしないようにしてるの」
「何それ?」
「今度さ、うちに遊びに来てよ。ママに紹介したい。私をもう1人のお母さんだよって」
「だめ」
「ずるいのは、そっちでしょ。……でも、行く。絶対」
「そっか。ありがと。これからもよろしくね、みゆちゃん」

その後、大地と水希さんは、お店を失った後は絵に描いたような転落人生だった。お店が繁盛していたことに味をしめ、豪快にお金を使っていたようで、裏では借金まで作っていたらしい。300万の返還に一切応じなかったのも、そういう事情があったようだ。SNSで盛大に炎上したこともあって、知らない人から後ろ指を刺される日々。しかも多額の借金まで背負い、喧嘩の耐えない生活だったという。それでも離れないのは、離れたら余計に生活が苦しくなるからだろう。最後まで打算と感情だけで動く、寂しい人たちだなと感じる。

私は、というと。無事にレストランを開店し、売上も順調だ。両親に借りた、みゆちゃんの学費300万も、すでに返済済み。元々資産価値で770万以上のお店だったので、私は大きく得をした形になる。SNSでみゆちゃんが宣伝してくれて、バイトとして働いてくれてもいる。今ではうちの看板娘として大人気で、フォロワーの方が会いに来たり、みゆちゃん目当ての常連さんができたりする。みゆちゃんの店、なんて言われないように、私も日々一生懸命だ。

みゆちゃんのお母様は、最近は体調が上向いてきたらしい。娘と一緒に暮らせること。それが何よりも力になっているのかもしれない。

私はもう、みゆちゃんの母親ではない。血のつながりもなく、大地とも離婚して、他人になってしまった。それでも、みゆちゃんが“お母さん”と呼んでくれるなら、私はいつまでも、あの子の母親の一人として生きていきたいと思っている。

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