あの写真が届いたのは、何の前触れもない昼下がりだった。
「あか、さっき送ってきた写真。あれ何?」
姉からのメッセージには、絵文字も句点もなかった。
「あ、お姉ちゃん見てくれたんだ。見たわよ。なんであなたが純平といるの?」
姉の婚約者と、ベッドの上で。本当に何も考えていない妹、愛花からの挑発的な写真。私はポーチを持つ手を強く握りしめた。
「純平さんの願望、すっごく可愛くなかった?お姉ちゃん、相手だと見せないんでしょ」
「一体何考えてるのよ」
「見たままだけど。お姉ちゃんの婚約者、寝取ってみたみたいな」
「ふざけないで。いくら何でもこれは、ないわよ」
「ああ、そうそう。私、純平さんの子供、妊娠しちゃったから」
「は? 冗談よね」
「ガチガチ。後で検査の結果とか見せてあげる」
心臓が止まるかと思った。頭の中が真っ白になって、言葉が出なかった。すると、愛花はけろっとした声で続けた。
「奪っちゃってごめんね。私、純平さんと幸せになるから。お姉ちゃんの婚約者、いただきます」
「本当の本当なのね」
「嘘はないよ。お腹の子は純平の子で確定」
私は、何度も深呼吸をした。怒りを通り越して、自分の耳を疑った。
「食いつき方、キモい。愛する婚約者を奪われて頭おかしくなった?」
「今はそんなことはどうでもいいの。それよりも、本当に純平の子なの?他の男の子供っていう可能性は?」
「いや、グイグイきすぎ。脳破壊されてるじゃん。最近は純平さん以外とは関係持ってないから確定だよ。お姉ちゃん、これ、検査の結果」
妊娠検査薬の映った写真を送ってきた。陽性のラインが、くっきりと映っている。
「愛花、本当にありがとう。おめでとうね」
「…え? いやいやいや。マジで脳みそ壊れちゃったの? こわ」
「純平の子供ができたんでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ、純平と結婚する気?」
「当たり前じゃん。イケメンで高身長で、高学歴のエリートじゃん。お姉ちゃんにはもったいないと思ってたんだよね」
「そう、おめでとう。私、今本気で嬉しいって思ってる」
「え、いいの? ガチでやばくない?」
「自分から報告してきて、その言い草はないでしょ?」
「それはそうなんだけど…そのリアクションは違うっていうか」
「何? 泣き喚いたら納得行くの? この、よくも純平をって言えばいい?」
「いや、え、自分の婚約者が妹に取られたんだよ。もっとあるでしょ」
どうやら愛花は、私が冷静でいることに腹が立っているらしい。私は、心の中でほくそ笑んだ。
「ああ、はいはい。脳破壊、脳破壊。これダメだわ。しばらく立ち直れないわ」
「ふざけないでよ。純平さんは私みたいに可愛くて愛嬌のある子が好きなの。だからお姉ちゃんを捨てたの。わかる? 捨てられちゃった。ぴえ」
…ああ、そう。
「そうやって強がってんだ。私よりもブスだからしょうがないもんね。男が取られるのも当然っていうか」
「お母さんに連絡入れたら、明日は帰省だって」
「は? なんで?」
「とにかくありがとう。愛花のことは大好きだよ。純平のことは、よろしくね」
「持てない女の負け惜しみ、やばすぎ。言われなくてもよろしくするから、心配しないでね」
その日、私は眠れなかった。しかし、それは悲しみのせいではない。計画を練るためだ。私の中で、ある計算が頭を過ぎっていた。
それから2週間後。私は幼馴染で、今は弁護士をしている瞬に連絡を取った。
「瞬、お前の婚約者、相当やってるみたいだぞ」
「お、さすが仕事が早い。やっぱり弁護士先生は違うね」
「チクショウ。てか瞬って呼ぶのやめろ。よ、葉山。今はお前の雇った担当弁護士だぞ。もうただの近所の兄ちゃんじゃねえんだ」
「はいはい。俊介先生」
「お前に先生とか呼ばれると落ち着かないな」
「知らないよ。てか、純平が相当やってるって何? 愛花だけじゃないの?」
「俺も驚き通り越して呆れたんだが、愛花ちゃんを含めて、不倫相手は4人だ」
「4人? へえ、私を入れて5人にごまかされてたってこと?」
「なんていうか、ここまで来ると一周回って尊敬するわ。しかも、今まで証拠を掴ませなかったんだから。愛花のおかげでようやく証拠を掴んだと思ってたら、まさかの4人って」
「不倫はしてるだろうって、お前言ってたもんな」
「それはうん。結婚してからもう2年になるけど、明らかに様子がおかしかったからな。スマホのパスワードも変えてて怪しかったし」
「なんでパスワード知ってんの? 怖くね?」
「いや、前は私の誕生日だったのよ。そういうことね。でも、今まで探偵を使っても証拠が出なかったよね」
「だな。不倫のプロだわ。お前の婚約者は」
「嬉しくないけどね。なんでそれが急に一気に判明したの?」
「それは、あの子のお手柄だよ。お前に妊娠を暴露したんだろ?」
「え? うん。けど、それだとあの事しか分からないんじゃ…」
「純平も愛花ちゃんの妊娠を焦ったんだろうな。さすがに逃げられないってことで、他の不倫相手を切ろうとして、雑になった」
「つまり…他の女たちを切ろうとして、証拠を残したわけね」
「そこを探偵の連中が写真でパシャリ。ついでに言えば、俺も動けるようになったしな」
「人がどういうこと?」
「やめろ、褒めるな。いいだろ、別に。ね? 愛花ちゃんのおかげで不倫が確定したろ? 妊娠した宣言から、検査結果まで送ってきたからね。そうなると弁護士として開示請求ができるんだよ。銀行やら携帯キャリアやら、クレカやら、色々な」
「それで証拠を掴んだってことか。やるじゃん。なんか、本物の弁護士みたい」
「弁護士なんだよ。本物の」
「でもこれでようやく肩の荷が降りるわ。私も、婚約破棄の前にきっちりと落とし前をつけたかったし」
「あとはこっちに任せておけ。この状況で負けるなら、弁護士引退してやるよ」
「期待してる。愛花には本当に感謝よ」
「後で礼を言いに行っとくよ」
「いい性格してんな、お前」
「ありがとう」
「褒めてないから。じゃ、あとはよろしくね」
数日後、今度は愛花から自慢げにメッセージが届いた。
「あ、もう幸せすぎ。今、純平さんのために晩御飯作ってます。愛の料理」
「愛じゃないでしょ。結婚してないんだから」
「はいはい。負け惜しみね。お姉ちゃんとは別れて、結婚してくれるって言ってたよ。私の婚約破棄は本当ね。おめでとう」
「ああ、うん。良かったね」
「私って、ホームスタイルも良くていい男も捕まえちゃって、人生勝ち組」
「ねえ、そんなくだらないことなら返信しなくてもいい? 私、今日も残業で忙しいんだけど」
「うわ、忙しいアピールですか? キモ。仕事できる女感を出してきてうざい」
「ごめんね。実際に忙しいから。あと、仕事できるアピールはしてないよね」
「高学歴で有名企業勤めの私すっごいって。はいはい、賢い賢い、すごいね」
「…お姉ちゃんは言ってませんけどね。というか、私って頭良くないし」
「はぁ、謙遜うざ。一生懸命勉強していい大学出て、ようやく就職したの。それは愛花だって知ってるでしょ」
「それだけ頑張った結果がこれとか、無駄な努力。お疲れ様~」
「無駄じゃないから、こうして今の仕事してるんだけど」
「学歴あっても有名企業勤めでも意味ないから。女の価値は可愛さが全て。可愛さが正義」
「そんなことはないでしょう」
「実際、お姉ちゃんは有料物件の婚約者を取られてるじゃん。私みたいに顔よし、スタイルよし、愛嬌よしが、結局は最強なわけ。顔普通、スタイル普通のブスには分かんないか」
「そうですか。じゃあ、最強の愛花ちゃんに、ひとつお願いがあるんだけど」
「何?」
「慰謝料、払ってくれるよね」
「は? 慰謝料?」
「不倫した上に妊娠でしょ? 当然だから」
「いやいやいや。そっちに魅力がないのが悪いんでしょ? 不倫される方に問題があるから」
「日本の法律はそうなってないんだよ。200万ね、しっかり払って」
「200万? 嘘でしょ?」
「マジですよ。…なんですよね」
「いや、でも、うん、まあいいけどね。純平さんってかなり稼ぎいいし、お願いすれば払ってくれるでしょう」
「ああ、それは無理」
「なんで? お姉ちゃんが何よ」
「純平はそれどころじゃないから。私を含めて、4人から慰謝料請求されるから」
「は? どういうこと? …4人? 計算合わなくない? あと3人って誰? 私以外の不倫相手?」
「私以外の? …ちょっと待って。純平さん、私以外の女とも関係持ってるの?」
「私も入れて5人同時進行だって。脳みそ下半身についてんのかよって思ったわ」
「え、じゃあ何? 私の慰謝料は誰が払うの?」
「愛花が自分でどうぞ」
「ええ…」
翌日。私は高校時代の先輩で、今は瞬の同僚でもある葉山に久しぶりに会った。
「おわ、久しぶりだな。かおるちゃん」
「うわ、ガリ勉先輩じゃん。うっさ」
「おわ、懐かしいな、その呼び方。てかなんかよ、お姉ちゃんはガリ勉先輩に懐いてたけど、私って、ダサいガリ勉に興味ないんだけど」
「一応昔馴染みだろ。挨拶くらいは、と思ってな」
「挨拶、何の?」
「俺、まみの担当弁護士だから」
「へ? ちょ、マジ? ガリ勉先輩って弁護士になったの? すっごい食いつくじゃん。てか、年収は? 弁護士ってことは、純平さんよりも高収入?」
「いや、教えないぞ」
「ええ、マジか。…昔から他の人とは違うと思ってたんだよね」
「その割には散々馬鹿にしてきてたと思うけど」
「あれは私もガキだっただけですよ。思春期特有の、気になる人には冷たくするアレです」
「あっそ。相変わらずだな。まみとは似てない感じがすごい」
「え、お姉ちゃん? あんなブスが私に似てるわけないじゃないですか。私ってあの頃から可愛かったでしょ? まあ、顔だけはな」
「でも今の方が昔の何倍も可愛いんですよ。スタイルだってモデルみたいって評判なんです」
「あのさ、それを伝えてどうしたいわけ?」
「ああ、下心があるとか思われてます? ショック」
「しらじらしいやつだな。というか、俺がまみの担当弁護士って意味分かってるか?」
「はい? 今それって関係あります?」
「関係あるから連絡してんだろ。愛花ちゃんへの慰謝料請求を、俺がやるから」
「ああ、そっか。そういうことじゃん」
「だからそう言ってるだろう。ちなみに、純平への慰謝料請求も俺がやる」
「じゃあ、敵じゃん…。…いや、でもなんだよ!!そうだ!今日って夜、開いてます?」
「は? ごめん、会話が迷子すぎる。どこから出てきたそれ?」
「私、お寿司食べたいな。カウンターのやつ。はいはい、細かい話はその時にしましょうよ。せっかく久しぶりに連絡取ってるんだから、今日は楽しみましょうね」
「あ、ごめん、無理」
「え? 無理? 無理って何語?」
「日本語。そもそも俺、愛花ちゃんタイプじゃないし」
「は? ちょっと待って。断るの? 私から誘ってあげてるんですけど」
「だから、タイプじゃない人に誘われても嬉しくないだろう」
「私だよ? 可愛くてスタイルもいい愛花ちゃんですよ?」
「知らん。そんなに寿司が食いたいなら、純平と行ってこい」
「はぁ。男のくせに何言ってるんですか? 女の子がご飯食べたいって言ったら、奢るのが普通なの」
「どこの世界の普通だよ。少なくとも日本の普通じゃないな」
「ありえない。モテませんよ」
「モテなくて結構だ。…お前のために言うと、純平みたいな男は、お前のことをちゃんと見てないからな。…飯、食いに行くか? 今は予定があるから、詳しい日程は後でまた連絡する。お前が奢ってくれるなら」
「え、本当? …やった! 俊介さん、大好き!」
数日後、愛花から、またしても自慢げなメッセージが届いた。
「ねえ、お姉ちゃん。本当にありがとうね」
「え? 何が? 急に」
「葉山さんだよ。あの人、お姉ちゃんの担当弁護士なんでしょ? おかげで久しぶりに連絡来てさ。今日、この後2人で食事に行くことになってるの」
「へえ、そうなんだ。…というか、純平は? 浮気じゃないの、それ?」
「ああ、あのクソ男? あれはもういいの。いらない。慰謝料をまとめて請求されちゃって、ゴミだから」
「いらないって…」
「お姉ちゃんが欲しいなら、返してあげるよ」
「いや、ごめん。私もいらない」
「ええ、純平さんかわいそう。というか、愛花も同じでしょ。何が、200万の慰謝料払えるの?」
「それ聞いちゃう? 余裕です」
「そんなに貯金あったの? 意外」
「いや、ないよ。コスメとか服で給料は全部使うし」
「は? じゃあどうやって払うの?」
「葉山さんが払ってくれるから、大丈夫」
「はい?」
「弁護士だよ。200万くらい余裕でしょ」
「いや、問題はそこじゃないから。…何が、払うの? って話ね? いや、お姉ちゃん、私の話聞いてた?」
「何がよ?」
「今日の夜、この後、私、葉山さんと食事に行くの。2人っきりで、って言ったわよね? もう察しが悪すぎる。持てない人生を送ってると、そんなに鈍くなるの? やば」
「だから、なんだって言うのよ」
「男と女が夜に2人っきりで食事に行くんだよ? その後なんて、これ以上言えない。ホテルにでも行こうって思ってるの? って、ちょ、直接すぎるでしょ」
「だから、葉山さんが払ってくれるって」
「払ってくれなくても、お姉ちゃんの弁護士をやめてもらうから。そうなったら、結局払わなくても済むよね」
「おめでたい頭してるね、愛花は」
「嫉妬やめてください。まあ、婚約者を奪った後に、幼馴染の男まで奪ったら、どん引きされるのも分かるけど。…なんで葉山さんが私に惚れる前提なのよ」
「いや、私だよ? 可愛くてスタイル抜群の私だよ? 男が放っておくわけないじゃん」
「そうですね。妊娠してるくせに、どこまで楽観的なの? …葉山さんなら、この子も育ててくれるよ」
「だから、どこから来るのよ、その自信」
「男に相手にされない、枯れた女には分からないでしょ」
「ま、女の幸せは、男にモテることだけじゃないよ。多分、仕事だけやって、一生独身で頑張ってね」
「はいはい。頑張りますよ。私、これから用事があるから」
「ああ、仕事大変だね。私は葉山さんと高級お寿司を食べに行ってくるから、負け犬人生、楽しんでね」
その数時間後。私は、瞬と2人で居酒屋にいた。
「マジで最低、ありえないから」
「急に怒って店を出て行ったと思ったら、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないから。愛花ちゃんがお望みの高級寿司だったのに」
「だから、そこじゃねえって言ってんでしょ。不満があるなら、はっきり言えよ」
「普通、女と食事する席に、他の女を呼ぶ? しかも、この私との食事に」
「呼ぶだろ。そのために食事に誘ったんだから」
「姉を同席させるって何? 3者面談かよ」
「というより、慰謝料についての話し合いな。そっちが飛び出したせいで、お預けだけど」
「やってられるか。こっちはね、メイクして、服も可愛いの選んだの。男と違って、金も時間もかかってるんですけど」
「頼んでないからな」
「持てない男って、マジでキモい。そういうことを言う男は、誰にも相手にされないから」
「相手にされない男との食事に、そんなに気合いを入れてきたのか。苦労なこった」
「誤解を招くようなこと、しないでよ。食事に誘っただけだろ?」
「なんて言ったって、あれはもう告白でしょ」
「飛躍しすぎだろ。怖いわ」
「ああ、もう本当に腹立つ。慰謝料200万、チャラにできると思ってたのに。どうしてくれんのよ」
「逆ギレするなよ。そもそも、タイプじゃないって言っておいたよな」
「だったら、あんたのタイプは?」
「聞いてどうすんだよ。…ああ、まみかな」
「は? お姉ちゃん? あんなブスがいいとか、趣味悪すぎでしょ」
「見た目だけの中身スカスカ女よりはマシだろ」
「は? それ、私のこと?」
「他に誰がいるんだよ。まみは昔から努力家で、それを鼻にかけたりもしなかった。そんな姿を見てたから、俺も頑張れたんだ」
「くそ…女の魅力が欠片もないブスがいいとか、意味不明」
「見てくれだけが魅力だと思ってるお前の方が意味不明だわ」
「な、んですって? てか、今まではっきりと言われてこなかったみたいだけど、お前って、別にモテないからな」
「は? 何言ってんの? そんなはずないでしょ」
「バカな男からしたら、アクセサリーみたいなもんだろう。見た目がいい女を連れて、俺のレベルが上がった気分になる。適当に言わないで。みんな私を愛してくれてたから」
「本気で愛されてたら、純平に寝取られてねえよ」
「それは、お姉ちゃんも一緒じゃん」
「あの純平は、見る目がないんだよな。私にも同じことが言えるでしょ?」
「いや、お前は不倫相手で、妊娠までさせられてるんだぞ。同じじゃないだろ。それだけ、適当に扱われてただけだ」
「うっ…」
「ああ、でも、感謝はしてる。お前のおかげで、まみがいい女だって再確認できたわ。そこだけはサンキューな」
「当て馬…。この私が、当て馬?」
「当て馬にもなってねえだろ。自分に魅力がないって自覚した方がいいぞ。まみと同じ土俵にすら立ててないって」
翌日、愛花からまたメッセージが来た。
「本当に何なの? あのクソ男」
「何? 昨日もせっかくの食事の席から飛び出して行って」
「葉山さんに失礼でしょう」
「失礼? 失礼なのはあの男だから。私に魅力がないって言ったんだよ。ありえなくない? 私が魅力の塊だって、分かってる? …挙句の果てに、私よりもお姉ちゃんの方がいいって言ったんだよ。どんだけ失礼なの? お姉ちゃん、私に対して失礼だと思わない?」
「あ、私に対して失礼だとは思わないのね」
「…お姉ちゃんなんて、私以下なんだから、事実でしょ。そういうとこだと思うけど。というか、文句を言うのはいいけどさ、慰謝料はちゃんと払ってね」
「いや、無理。貯金とかないし」
「だとしても、払うんだよ」
「ねえ、お姉ちゃん。私って、姉妹だよね」
「そうね」
「じゃあ、慰謝料とか、やめない?」
「はい?」
「私って、ほら、妊娠もしてるし、かわいそうだと思わない?」
「思わないけど。なんでよ」
「だって、自業自得よね? 勝手に不倫して、勝手に妊娠したんでしょ?」
「いや、違うよ。悪いのは、手を出してきた純平さんの方でしょ? あと、純平さんに不倫をさせたお姉ちゃん」
「私は悪くないから」
「その主張で、よく泣き落としをしようと思ったね。余計無理だわ。だって私は悪くないもん。…なんで私ばっかり、こんな目に遭うの?」
「なんで被害者ぶってるの? 怖いんだけど」
「お姉ちゃんっていつもそう。学生の頃から、勉強ができて、運動ができて、みんなの中心で。私よりもブスのくせに」
「それは、努力してきたからでしょ」
「努力努力って、そればっか。何もしてない私が悪いみたいじゃん」
「別に悪くはないよ。努力してない人が、努力した人を笑う権利がないってだけ」
「意味わかんない。それに、自分だけが不遇だと思ってるのも、腹立つから」
「は? どういうこと?」
「私が愛花と比較されないで生きてきたと思ってるの? 『愛花ちゃんは可愛いね』『愛嬌があるね』『それに比べてまみちゃんの方は…』って、そういう経験、いっぱいあるよ」
「それは事実だから、しょうがないじゃん」
「じゃあ、努力してこなかった結果も事実でしょ。不倫したのも妊娠したのも事実。男に相手にされなかったのも事実だから、受け入れな」
「嫌だ。200万も払いたくない。貯金もなくて、200万も払って、子供も抱えて、これからどうしたらいいの?」
「真面目に生きればいいと思うよ。…まあ、それができたら、こんなことにはなってないか。お姉ちゃん、お願い、助けて」
「助けたいって思える態度を取ってこなかった自分を恨みな。家柄がどれだけ良くても、性格が悪いと、そうなるのよ」
数日後、私は瞬に礼を言った。
「本当に今回はありがとうございました。愛花ちゃんから、慰謝料を払ってもらったんだって」
「ああ。お袋に土下座して、用意したんだって」
「じゃあ、借金か。うちの母、愛花にブチ切れだったから、借金の取り立ては厳しく行くって言ってたよ」
「そっか。本当なら自業自得だし、放っておくのもありだったけど、子供がいるからな。不倫の末の子供とはいえ、うちの母からしたら孫だし。それに、子供に罪はないからね」
「一応、借金返済が終わるまでは、実家暮らし確定ね。逃げ道もないし」
「それだけ、お母さんも本気ってこと。この機会に、あの腐った性根を叩き直すって言ってたよ」
「お前の元婚約者は、泥沼らしいぞ」
「ああ。不倫相手の中に人妻もいたらしくて、今も絶賛裁判中らしいな。慰謝料請求が殺到してるって話だ」
「泣きついてきたけど、LINEブロックしてやったわ」
「それが正解だろ。…で、次の相手とか、考えてるの?」
「いや、さすがに今はないでしょう。あんなことがあった後だし、しばらくは独身でいいかな」
「そっか。そうだよな」
「何? なんだか言いづらそうね」
「いや、なんでもない」
「本当に?」
「本当に。…たださ、今度、飯とか行かないか?」
「なんで急に?」
「今回の打ち上げ的な」
「うーん。まあいいか。高級寿司にする?」
「愛花ちゃんじゃないから、別にいいよ。居酒屋で飲まない?」
「それがいいな。お前とは、気楽に飲む方が合ってる気がするし」
「安い女で悪うございました。…そうじゃなくて、落ち着くなって話」
「おお、何な? 告白ですか? 愛花ちゃんみたいなこと言うなよ」
「ごめんごめん。瞬はお兄ちゃんみたいなもんだしね。からかっただけ」
「お兄ちゃんか。…お兄ちゃん、か」
「何? ご不満?」
「不満はないよ。…お前さ、今は俺もタイミングが違うと思うし。まあ、いつか、な。それまでは、お兄ちゃんで通すよ」
「うん。これからもよろしくね」
あの後、愛花は、瞬の言った通り、今は実家で暮らしている。とはいえ、やったことがやったこと。母も容赦をする気はないようで、生活の乱れから家事やら何やら、徹底的に教育し直すべく、甘さを一切捨てて接しているんだとか。もちろん、母への200万の借金も返済中。コスメも服も買えない。しかも、毎日怒られてばっかり。そんな生活が嫌だと、愛花は毎日泣いているらしい。これからは出産もして、さらに大変な思いをするだろう。借金の返済が終わっても、コスメだの服だの、とは言えなくなる。それが愛花の選んだ結果なので、しっかりと受け止めて反省してほしいものだ。
ちなみに、私の元婚約者の純平は、泥沼の裁判の真っ最中。会社にもバレてしまい、失職したんだとか。これから慰謝料がさらにのしかかるわけで、あのクソ男には、未来なしといった感じだ。
一方の私は、というと。今は恋愛のことは忘れて、仕事に没頭している。瞬とはちょくちょく飲みに行っていて、今でも仲良しだ。いつかこの件が吹っ切れて、勇気が持てたら、瞬と向き合ってみるのもいいかもしれない。
その時は、ちゃんと、お兄ちゃん扱いをやめて、ね。



