「お前みたいな役立たずは出ていけ」――義母は笑いながら、勝手に離婚届を出したと言い放った。私を毎日のようにいびり、部屋を汚し、夫に作り話まで吹き込んでいた義母。夫も母の味方で、私は誰にも理解されないまま我慢を重ねていた。あの日、夫と義母は、私が泣きついてくるとでも思っていたのだろう。でも私は笑顔で言った。「本当ですか?…

「お前みたいな役立たずは出ていけ」――義母は笑いながら、勝手に離婚届を出したと言い放った。私を毎日のようにいびり、部屋を汚し、夫に作り話まで吹き込んでいた義母。夫も母の味方で、私は誰にも理解されないまま我慢を重ねていた。あの日、夫と義母は、私が泣きついてくるとでも思っていたのだろう。でも私は笑顔で言った。「本当ですか?...

28歳の斉藤洋子です。夫の工事と結婚して、もうすぐ1年が経とうとしていました。出会いは友人に誘われて参加した婚活パーティー。特に結婚願望が強かったわけでもなく、何となく行ったパーティーで私はすっかり浮いていました。そんな私に気さくに話しかけてくれたのが、夫でした。感じが良くて話しやすい人で、何度か会ううちに交際に発展。彼は平均よりも高い収入があり、仕事も安定していました。私も働いていたので、お互いに支え合っていければと思っていました。

しかし、現実はそんなに甘くありませんでした。夫は対等な関係を築けるような人ではなかったのです。交際中は気づきませんでしたが、彼は何でも一人で決めてしまうタイプでした。デートの場所も、食べたいものも、すべて夫が決め、私はそれに合わせるしかありませんでした。義母は「グイグイ引っ張ってくれる頼もしい男性」と夫を評していましたが、私の意見はまったく聞いてくれません。

結婚の決め方も同じでした。交際して半年ほどのプロポーズは嬉しかった。しかし、結婚する日も、結婚式を挙げないことも、すべて夫が一人で決めてしまったのです。式を挙げないこと自体は構いませんでしたが、少しは私の意見も聞いてほしかった。そんな悲しさを抱えつつ、私は少し後悔しながらも結婚を決めてしまいました。

最悪だったのは、結婚と同時に義両親との同居が決まっていたことです。同居といっても、義両親が勝手に用意していた二世帯住宅でした。私は結婚した当日、夫にその家へ連れて行かれ、初めて知らされたのです。すでに完成していて、義両親の引っ越しも済んでいました。

「どういうこと? お母さんたちと一緒に住むなんて聞いてないよ」
「住む家は決めておくと言ったじゃないか。何がそんなに不満なんだ」
「そうよ。こんな立派な家を用意してもらって、何が不満なのかしら。工事は長男なんだから、親と住むのは当然でしょ」

義母が平然とした顔で口を挟んできました。もう家も完成し、引っ越しも済んでいる。断ることなどできませんでした。

義母は頻繁に私の住むスペースにやってきては、あれこれ文句を言うようになりました。朝早くから、夜遅くでも、突然現れてはパジャマ姿の私を「だらしない」と責めるのです。私の服装、髪型、化粧、ネイル、持ち物まで、すべてチェックされました。新しい化粧品を買えば「無駄遣いをするな」と説教される。自分の給料で買っているのに、なぜこんなことを言われなければならないのか。

「嫁としてなってないわ。家事もろくにしていないから、そんな服装や爪をしていられるのね」

私は在宅で仕事をしていて、会議や打ち合わせがあるため、身だしなみには気を遣っていました。ですが義母は、私が専業主婦だと思い込んでいて、話を聞こうともしませんでした。

最初は時間が経てば仲良くやっていけると思っていました。しかし義母の嫌味はエスカレートし、暴言や嫌がらせをするようになります。

「お前なんか、どうせ金目当てで結婚したんだろ」

そう言われた時は、本当に悲しかった。毎日、義母がいつ来てもいいように掃除を念入りにしていたのに、義母は来るたびに部屋を汚すようになりました。カーペットに飲み物をこぼしたり、私が作っていた料理をひっくり返したりするのです。最初はわざとじゃないと思いましたが、「ごめんなさい」と嬉しそうに言う顔を見て、わざとだと確信しました。

さすがに耐えられず、夫に相談しました。
「最近、お母さんが来るたびに家を汚していくの。それだけじゃない。毎日暴言も吐かれてる。工事からも話してくれない?」
「何を話すんだ? どうせお前の勘違いだろ」

案の定、夫は私の話を信じてくれませんでした。
「気にしすぎなんだよ。母さんはそんな人じゃない」
「お前がしっかり掃除していないのを、母さんのせいにするな」
「日中家にいなくて何も見ていないのに、決めつけないでよ」

夫は、私が嘘をついているかのように言いました。反論しても「はいはい」と呆れたように去っていくだけ。義母のせいで、夫婦関係も険悪になっていきました。新婚の2人の時間を大切にしたいのに、子供を作る気にもなれませんでした。義母に監視されている感覚に陥り、くつろぐことも、眠ることもできなくなっていきます。

数ヶ月が経っても状況は変わりませんでした。夫は仕事中にわざわざLINEで「母さんにあんまり迷惑かけるなよ」と忠告してくるほどです。義父はほとんど会話をしたことがなく、空気のような存在でした。私は「嫁としてしっかりしなければ」と思い、義母の言うことを素直に聞き、夫にも文句を言わないようにしていました。しかし、ふと疑問に思うのです。どうして自分がこんな思いをしてまで、この生活に縛られなければならないのか。

そう思うようになってから、義母の言いなりになるのが馬鹿らしくなりました。何を言われても「はいはい」と軽く流すようになったのです。
「あんた、何なのその態度!」
「すみません。気をつけます」

どれだけひどいことを言われても、私は気にしないようにしました。以前は悲しんでいたのに、私が気にしなくなると、義母は今度はすべて夫にチクるようになりました。そして、夫が私を問い詰めます。
「今日、母さんにひどいこと言ったらしいな。せっかく母さんが作った料理をまずそうだからいらないって言ったんだろう?」
「何の話? お母さん、私に料理を作ってくれたことなんてないけど」
「とぼけても無駄だぞ。お前の言動は全部、母さんから聞いたからな」

話を盛っているとは思っていましたが、まさか完全な作り話をしているとは驚きでした。夫は毎日のように義母に対する態度が悪いと文句を言うようになります。何度「違う」と伝えても、聞く耳を持ちません。私の話はまともに聞かないのに、母親の話はすんなり信じるのか。夫に期待することもなくなり、私は最低限の会話しかしないようになっていきました。

それから1週間後、義母がニヤニヤしながら私の部屋へ入ってきました。いつもは眉毛を吊り上げているのに、その日は不気味なほど笑っています。後ろには、仕事に行ったはずの夫の姿もありました。険しい顔をした夫が口を開きます。
「たった今、俺たちは他人になったから、今すぐ出ていけ」

意味が分からず首をかしげる私に、義母が言い放ちました。
「今、あんたの代わりに離婚届を出してきたわ。お前みたいな役立たずは出ていけ」

義母は笑いながら、私の反応を待っていました。私は笑顔で答えました。
「本当ですか? ありがとうございます」

万歳をして喜ぶ私に、義母と夫は呆気に取られていました。きっと、私が許しを請うて泣きついてくるとでも予想していたのでしょう。私はすぐに荷物をまとめました。「今までお世話になりました」。呆然としている2人にそう伝えて、私はそのまま家を出ていきました。一刻も早く出たかった。もしあの場で本当のことを言ったら、何を言われるか分からなかったからです。

それから10日後、夫から鬼電がかかってきました。そろそろ電話が来るだろうと待ち構えていた私は、ウキウキした気持ちで電話に出ました。しかし、電話の相手は夫ではなく義母でした。
「ちょっと、裁判ってどういうこと?」

義母は慌てふためいていました。私は2人のことを弁護士に相談し、訴訟を起こす準備をしていたのです。その書類が届き、慌てて連絡してきたのでしょう。義母は意味が分からないと大声で喚き散らしました。一通り言いたいことを言い終えて静かになった瞬間、私は口を開きました。
「当たり前です。離婚届を勝手に出されたんですから」

私は冷静に説明を続けました。私のふりをして離婚届を作成した場合、有印私文書偽造罪。私の許可なく勝手に提出した場合は、偽造文書行使罪。だから弁護士に相談して、訴訟を起こさせてもらったと伝えました。

義母はスピーカーにしていたのか、後ろで夫が「そんなの身内なんだからありえない」と喚いています。
「身内だろうと犯罪は犯罪。だからお母さんも工事くんも、逮捕されるレベルのことをしたんだよ」

「逮捕」という言葉に、義母の息を飲む音が聞こえました。
「あなただって、離婚届を出したって言ったら喜んでいたじゃない」
「あなたたちが馬鹿すぎて嬉しくなっただけです。そんなことをしなくても、普通に言ってくれたら離婚に応じたのに。自ら罪を背負おうなんて」

そう言いながら、私は思わず吹き出してしまいました。夫や義母にいいようにされてばかりだった私にも、こんな日が来るとは思いませんでした。あの日、離婚届を勝手に出された時も、あまりの馬鹿さに笑ってしまいそうでした。でも、反論したら何を言われるか分からない。一刻も早く家を出たかったので、何も言わずに去ったのです。

義母はまだ食い下がりました。
「離婚したかったんなら、手間が省けて良かったじゃない。あなた、仕事もしてなくてお金もないでしょ。訴訟なんてお金がかかるわ」
「そういう問題じゃありませんし、私は働いているので心配には及びません」

最後の最後まで私を専業主婦と思い込んでいる義母に、呆れてしまいました。私の本気度が伝わったのか、夫も後ろから義母に賛成して、なんとか説得しようとしているようです。
「裁判なんてなったら会社にバレるだろ。そうしたら俺は首になるじゃないか」
「勝手なことをして悪かったわ。示談に済ませましょう」

今まで聞いたこともないような、優しい口調で謝罪してくる義母。こんな状況になっても、自分たちのことしか考えていない2人に腹が立ちました。もう話すのは無駄だと思った私は、きっぱりと伝えました。
「示談に済ませる気はありません。あと、直接連絡を取り合うのはこれで最後にしてください。決まり次第、弁護士から連絡をしてもらいます」

私はそう告げて電話を切りました。

その後、本格的に裁判になりました。結局2人は高額弁論で和解を希望し、通常よりも多めの慰謝料を払ってくれました。お互いに二度と関わらないという念書にもサインをして、ようやく斉藤家と離れることができました。

その後、訴訟のことが会社にバレた夫は、出世コースとは無縁の部署に移動させられたそうです。給料も減り、コピーや掃除などの仕事しか与えられないらしい。今までバリバリ働いていた人からしたら、地獄でしかないでしょう。

義父は今回の件で初めて大激怒し、家を出て行ってしまったそうです。義母が私のところに頻繁に来ていたのは、仲がいいからだと思っていたらしい。状況を知っていながら何も口出ししていなかったのではなく、2人が勝手に離婚届を出したことなどまったく知らされていなかったのです。義母は慰謝料の支払いで貯金もなくなり、今はかなり大変な思いをしながら夫と2人で生活しているそうです。

私は思いがけないタイミングで斉藤家を離れることになりましたが、まったく後悔していません。むしろ今は毎日が楽しくて仕方がありません。家でくつろいだり、ゆっくり自分の時間を楽しんだり。そんな当たり前のことができるようになったのです。

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