式場に着いたら、受付で「席がない」と言われた。何かの間違いだと思って確認を頼んだ。
「すみません、招待状をいただいたんですが…」
「何も間違いじゃないわ」
「え、でもお姉さんから招待状が届きましたけど」
「ああ、アレ?印刷ミスよ。消しておいて」
私は自分の名前が書いてあったので来たのだと言った。それでも彼女は鼻で笑った。
「考えれば分かるでしょ。私の結婚式に中卒の女が来られるわけないじゃない」
学歴による入場制限なんて、そんなシステム初めて知った。夫の孝太も一緒に来ていたので、私だけ追い返すわけにはいかないだろうと思った。
「お言葉ですが、お姉さんも中卒でしたよね」
彼女の顔色が変わった。
「はあ?なんであんたがそんなこと知ってるのよ」
「夫から聞きました。高校の時に悪さをして退学になったって」
「で、それが何?」
「だったら、学歴を理由に私を追い出すのはおかしいんじゃないかと思って」
「バカにしてるの?」
姉は怒り狂った。自分は結婚前に高卒認定を取ったのだと、私とは格が違うのだとわめいた。母も中卒だと言えば「昔の人は珍しくないでしょ」と一蹴された。
「正直に言ってください。私のことが嫌いなだけですよね」
彼女はためらわずに言った。
「うん。大嫌い」
私は夫を探したが見つからなかった。親族だから控室にいるのだろう。妻がこんな目に遭っているのに、夫は私を放置している。
「夫に伝言を頼めますか。この件についてどう思うか、直ちに連絡してくれと」
彼女は気分がいいから伝えてあげると言い、私は帰ろうとした。すると彼女が引き止めた。
「ねえ、追い返された気分はどう?」
「はい?」
「勉強頑張っておけばよかったって後悔してる?」
「いえ、別に。むしろ学歴など意味がないのだと改めて実感しました」
すると彼女は笑い出した。親族みんなが爆笑していると言う。
「私がね、ナミさんはお風呂の水を出しっぱなしにしてるから帰ったって言ったのよ」
私は呆れた。
「嘘をつくんですね」
「そりゃそうでしょ。中卒だから追い出したなんて言ったら、私が怒られちゃうもん」
数分後、夫から連絡が来た。姉に「連絡しろ」と言われたらしい。私は追い返されたことを告げると、夫は言った。
「ちょっとは思ったけど、空気読めよ。主役が嫌だって言ってんだぞ。楽しい式に水を差さなくていいだろ」
私は衝撃を受けた。自分の妻が学歴を理由に追い出されたのに、それが空気を読めないことだと?彼は「身内の方が大事だ」と言い放った。
「私は家族じゃなかったんですね。知りませんでした」
「そうじゃなくて…過ごしてきた時間が違うって話だよ」
もういい。私は帰ることにした。
一ヶ月後、夫の兄である賢介さんから突然連絡が来た。結婚式のことを詫びたいと言う。彼は姉に真相を問いただしたが、彼女は「水を出しっぱなしにした」などと意味の分からないことを言ったらしい。
「あの、実はお兄さんが私の顔を褒めたのがきっかけだと聞いたんですけど…」
賢介さんは首をかしげた。彼はそんな無神経なことをする男ではないと言う。幼い頃、父がテレビの女優を見ては母に「お前もこのくらいの顔ならな」と言うのを見て、自分はやるまいと決めていたらしい。
ではなぜ、姉はこんな嘘をついたのか。私を「気に入らない」ということではなく、何か別の理由があるのかもしれない。賢介さんはそれを調べたいと言った。そして、驚くべき事実を告げた。姉が頻繁に出入りしているマンションが、私の住んでいるマンションだというのだ。
私は結婚式以来、姉とは接点がない。探るには好都合だと思い、協力することにした。
その頃、夫との関係は冷め切っていた。私は別居していた。彼は帰ってきてほしいと懇願したが、私の怒りは収まらなかった。
「姉貴からお前を守れなかったことを、海の底より深く後悔してるんだ」
私は笑った。海の底だの地球だの、そんな大げさな表現は信じない主義だ。彼の本心なのかどうかも分からない。
数日後、賢介さんから新しい情報が入った。彼が探偵を雇って姉を調べたところ、夫の孝太も同じマンションに出入りしていることが分かったのだ。私が出社している間の時間帯に。
「兄弟で同じマンションに出入りするって、何なんですかね」
「さあ、意味不明ですね」
部屋の号室までは分からないが、5階であることは判明している。私の部屋は2階だ。何か不気味な感じがした。
二週間後、私は行動を起こした。招待客全員に写真を送ったのだ。姉が男性と腕を組んでマンションに入っていく写真だった。
「ちょっと、あんた何してくれてんのよ!」
「さて、何のことでしょうか」
「招待客全員に余計な写真を送ったでしょ!」
姉は男性と一緒に歩いていただけだと怒鳴った。私は静かに言った。
「あれは第一弾です。まだまだ証拠がありますよ」
「は?何言ってるの?」
「あのマンション、私が住んでるんです。よく出入りしてますね」
姉は言葉を失った。私は続けた。
「部屋の前まで行ったことがあるんです。そうしたら、外まで聞こえるような男女の声が聞こえてきてね。これは邪魔しちゃいけないと思って引き返しました」
姉は青ざめて、「まさか録音してるんじゃないでしょうね」と聞いてきた。私はしていないと答えた。ただし、賢介さんと電話しながらだったので、向こうが録音していたかどうかは分からないが。
元々、賢介さんが姉を疑って私に連絡をくれたのだ。私が同じマンションに出入りしているものだから、姉は私の家に来ているのかと思ったらしい。真実が分かって、点と点が繋がった気がした。
私は思い出した。両家の顔合わせの時だ。私の兄が探偵をしていると話した時、姉の顔が一瞬曇った。今思えば、探偵は姉にとって天敵だったのだろう。
「認めない場合は、裁判所に判断してもらうしかないようですけど、大丈夫ですか?」
姉はついに折れた。彼女は「あの男に脅されてたのよ」と言い始めた。相手の女性もいるらしい。賢介さんの調査では、その女性は姉に「本命はあなた、旦那はATM」と言ったとか。
結局、姉は慰謝料を支払うことになった。相手の男性とも二度と会わないという約束もしたらしい。
私は最後に夫と話すことにした。彼に言った。
「まずは、しなくて良かった結婚式の費用を返してもらうね。あと、浮気の慰謝料。新居にかかった費用も返してもらうわ。ご祝儀もお返ししたいから、そのお金も請求するね」
夫は「待って」と叫んだが、私は聞かなかった。
「こっちは揃った証拠で淡々と手続きを進めるだけだから。言い訳するんじゃなくて、何もしてない証拠を探しなよ」
翌日、夫から連絡が来た。姉が離婚することになったらしいと。彼は「俺たちはあんな風に別れたりしないよな。やり直したい」と言ってきた。
私は彼に言った。
「お姉さんが友達のマンションを浮気部屋として使ってたらしいの。あなたもその恩恵を受けてなかった?」
「は?何言ってるの?」
「1階にコンビニが入ってるマンション。あなたと女性が腕を組んで入っていく写真があるの」
夫は言葉を失った。彼は姉と同じマンションに通っていたのだ。何のために?本当に浮気をしていたのか、それとも別の理由があったのか。
私は彼に言った。
「私は浮気して家庭を壊す人間が許せない。あんな優しいお兄さんを裏切ったお姉さんも、私が一番嫌うことをやってのけたあなたもね」
夫は謝った。「本気じゃなかった。発散というか、ジムに行く感覚と同じだ」と。
そんな言い訳が通じるわけがない。私は離婚を決意した。
彼は必死になって条件を並べた。お小遣いは2万円でいい、飲み会も行かない、家事は全部やる、掃除も洗濯も食事も。書面にできると言う。
「分かった。じゃあ、離婚しないであげる」
彼は一瞬喜んだが、私は続けた。
「ただし、約束を破ったら即離婚よ。月2万円で家政婦を雇ったと思えば安いもんだわ」
彼は渋々承諾した。しかし、数日後に家へ戻ると、部屋は相変わらずのゴミ屋敷だった。彼は約束を守る気などなかったのだ。
私はその場で離婚届を書かせ、すぐに提出した。財産分与はなし。お互いの貯金を持って解散となった。慰謝料は夫と浮気相手の双方に請求し、それぞれ300万円ずつで示談が成立した。
賢介さん夫婦も離婚が成立した。姉は実家に戻り、朝から晩まで働きながら親に借りたお金を返済する毎日だという。私の元夫も慰謝料の返済で生活が厳しくなり、実家に帰ったらしい。
今、私は賢介さんと飲み友達になった。同じ傷を抱えた者同士、お互いの結婚式には絶対に呼んでねと約束している。信じていた相手に裏切られるのは辛いし、傷の回復にも時間はかかる。私だって賢介さんの前で何度泣いたか分からない。
でも、必ずいつか笑える日が来ると信じている。それまでの時間をどう過ごすかは、自分次第なのだ。



