「お姉さん、うちの駐車場に車を止めてますよね?」
「はあ?何を根拠に言ってるのよ?」
「証拠もあります。契約したお客さんから写真ももらってます」
「止めてないけど」
「紫の車体に、ダッシュボードのファー、後部にぬいぐるみ。この令和の時代にその特徴の車を乗ってるのは、お姉さんしかいません」
「友達にもいるわ」
「それは類が友を呼んでるんです」
私はママ友の花さんから、義理の姉の駐車場トラブルを聞かされた。花さんは私の父が経営していた駐車場を借りていて、そこに義姉が無断で車を止め続けていた。義姉は夫と離婚してマンションを追い出され、車を止める場所がなくなった挙句、花さんの駐車場に居座っていたのだ。
「身内なんだから私が優先されて当然じゃない?」
「身内が駐車場やっててラッキーって思って止めたことの何が悪いの?」
「先に契約したいと言えばよかったじゃないですか」
話が通じない。何度言っても、義姉は「無理」の一点張りだった。最終的に私がレッカーを宣告すると、ようやく「移動すりゃいいんでしょ」と渋々従った。花さんは「厄介な義姉でしかないよ」と苦笑していた。幼稚園の運動会にすら呼んでもないのに来て、特攻服で一緒に走り出すような人だと。
あれから半年後、花さんから連絡が来た。旅行から帰ってきたら、また駐車場が埋まっていたと。私は「今度こそ、ちゃんと対応する」と決めた。花さんには何度もこういうことがあったらしい。ずっと黙っていたのは、私を困らせたくなかったからだと言う。
「何か具体的な解決策がない限り、今後も続くと思う。口で言って通じる人じゃないし」
「夫が駐車場でずっと待ってて、戻ってきたところを捕まえてくれたんだけど…脅しみたいなこと言われたの。『仲間読んでくるぞ』とか『家族どうなってもいいのか』とか…最低すぎる」
私は腹が立った。ルールを守らない義姉が悪い。すぐにレッカーを呼び、半年分の保証も請求すると花さんに伝えた。すると義姉は、私の弟を使って私の元に現れた。弟は義姉の連れ子で、私のことは「お姉さん」と呼んでいる。義姉が私に対して文句を言いに来たのだ。
「非常識だろ、元ヤン婆あ」
「あんた誰に向かって口聞いてるか分かってんの?」
「非常識代われ元ヤン婆あだよ」
私は怒りに任せて言い返した。すると義姉は、なぜか私のヤンキー時代の話に興味を示し始めた。「どこに所属してたの?」と。私は咄嗟に嘘をついた。
「私は5代目早朝」
義姉は目を輝かせた。伝説の5代目早朝、その名前に脳内を支配されていた。私はその反応を見て、逆に呆れてしまった。だが、この嘘が後の大きな波紋を呼ぶことになる。
そのやり取りの後、私は花さんに連絡した。
「順にお姉さんの情報を聞いておいてよかった。姉モって名前を出した瞬間、態度が変わったよ」
「だろ?姉貴のヤンキーへの憧れは異常だからな。俗に入ってないのに特攻服作るとか相当だよね。俺の貯金箱から金盗んで作ったんだよ」
花さんは笑っていたが、私は心の中で冷や汗をかいていた。バレたら終わりだ、と。
それから1週間後、花さんから突然の連絡が入った。
「はなさん、何度もごめんなさい。やっぱり駐車場解約させてもらうね」
「どうして?もう紫の板者は止まってないでしょ?」
「うーん。そうなんだけど、毎日ボンネットにゴミが置いてあるみたいなの。他の車にはないし、明らかにうちだけみたいで」
私は絶句した。義姉は「話がついた」と思ったのに、今度は嫌がらせを始めていたのだ。花さんの夫が毎朝ゴミを捨てなきゃいけなくなり、もう限界だと。
「次の駐車場はもう見つかったの?」
「うん。少し金額も上がるし距離も遠くなるけど、夫が見つけてきてくれた。そこにかかる初期費用と半年分の料金は私が出す」
私は花さんに詫びた。トラブルが長引いたのも、義姉の暴走を止められなかったのも、全て私の責任だと。花さんは「はなさんがやったわけじゃないでしょ」と優しく言ってくれたが、私はどうしても納得できなかった。数分後、私は義姉に電話をした。
「おい、約束はどうなったんだよ」
「何がだよ」
「嫌がらせでゴミ置いただろ」
「知らねえよ。防犯カメラ見れば分かるからな。てかお前が嘘つくからいけないんだろ。何が姉の5代目だよ。昔の雑誌引っ張り出してみたら、初代早朝はお前に似ても似つかない人だったんだよ」
嘘がバレていた。義姉は弟から聞いたらしい。私は「すみません」と謝るしかなかった。
「姉の仇を取ったつもりで、しおりさんの名を語るなんてやっていいことと悪いことがあんだろ」
「それは悪かったと思ってます。でも、そうでもしないとお姉さんは私の話なんて聞こうともしないじゃないですか」
義姉は一転して、自分の身の上話を始めた。親や弟から煙たがられ、離婚した旦那には「昭和の化石みたいで痛々しい」と捨てられたと。さらに衝撃的な事実も明かした。
「旦那の髪を寝てる間に金髪にしようとして、ぶち切れさせちゃったの」
「何やってるんですか?お兄さんはサラリーマンですよ」
「だって、その方がかっこいいと思ったんだもん」
私は呆れるを通り越して、逆に冷静になった。
「自分を貫くのはいいことだと思います。好きなものも自由です。でも、人様に迷惑だけはかけちゃいけないんじゃないですか?」
「私だって、どうしてこうなったのか分かんないの」
「それは言い訳です。ご両親も常識的な方ですし、同じ親を持つ夫も、いて普通の人間です」
「私ね、社中生活してるの。行くところも頼れる人もいないのよ」
義姉は私に「うちに来ませんか?」と言われたかったようだが、私はキッパリ断った。
「それは無理です」
「なんで?」
「今の話だって道場引きしようとしてるの見え見えだし、うちの子の髪の毛まで染めちゃいそうだし」
「そんなことしない。どうして信じてくれないの?」
「人の信頼は積み重ねだからです。お姉さんは人の信頼を裏切り続けたという実績しかないんですよ」
義姉は「うるさい」と怒鳴り、逆に「このまま駐車場は借りるから」と言い放った。だが、花さんはとっくに新しい駐車場を借りるはめになっていた。私は義姉に告げた。
「人に損害を与えて責任を追わずに住むと思わないでくださいね」
「黙れ!嘘つきケチケチ女!」
翌日、私は義姉に振り込んだ。半年分の使用料、新しい駐車場の初期費用、そして迷惑料として少しだけ。花さんは「そんな迷惑料なんていいのに」と言ったが、私は譲らなかった。
「実際に止めてた期間もあったんだから、全部じゃなくて良かったんだよ」
「これだけは譲れない。受け取ってください」
花さんは「ありがとう」と受け取ってくれた。私はほっとしたが、義姉の暴走は止まらなかった。数日後、今度は花さんから「義姉が家の前で車を止めてる」と連絡が来たのだ。
私は義姉の元に向かった。すると、義姉は車の隣に立っていた。
「お前が花子ってやつか」
「誰だ、てめえ」
「姉も5代目早朝のしおりだ」
義姉は一瞬、固まった。嘘がバレたと思ったが、私は構わず続けた。
「アイコン見てみろ。若干、吹かせてもらったけど、あの頃の写真はこの通り。私しか持ってない。これが証拠だ」
私は昔の写真を見せた。そこには確かに若き日の私と、伝説のレディースの霊下さんが写っていた。
「これで分かったか?」
「はい…信じます」
義姉はすっかり大人しくなった。私は畳みかけた。
「私の大事な友達が花さんだ」
「え、うちのケチケチ義妹とお知り合いなんですか?」
「そうだよ。それで、彼女の言うことを真面目に聞いてほしい」
「何のことでしょうか?」
「知らばっくれてんじゃねえよ。私もある程度は花さんから話を聞いた。どうひきめに見ても、あんたが間違ってる」
義姉はまだ言い訳をしようとしたが、私は続けた。
「私だってあの頃は人様にいっぱい迷惑かけたよ。爆音鳴らして道路走って、夜中まで騒いでさ。後悔はしてないけど、反省はしてるんだ」
義姉は黙り込んだ。私は、伝説の霊下さんが今は独立して会社を経営していること、ひょっとしたら働かせてもらえるよう頼んでやってもいいことを伝えた。義姉は目を輝かせた。
「本当ですか?行きたいです。会いたいです」
「じゃあ、まずはてめえのケツを吹いてからだ」
義姉は素直に「吹きます」と答えた。さらに私は、損害賠償として100万円を請求した。義姉は「高すぎるでしょう」と文句を言ったが、私は聞かなかった。
「駐車場だけだったら10数万で済みましたよ。でも、修理費用が結構かかったみたいで。物をガンガン投げつけて車の窓にも傷ついてるし、やってることめちゃくちゃすぎます」
義姉が「払わない」と言い張ると、私は一つの切り札を出した。
「霊下さんにちっていいですか?」
義姉は顔色を変えた。憧れの人に根性を叩き直してもらえるという話に揺れていた。私は、霊下さんを経由して損害賠償の請求を送らせてもらうと伝えた。
「給与引きにしてもらおうかと思って」
義姉は「このどけちぎま!」と怒鳴ったが、私は「お支払い待ってます」とだけ言い残して電話を切った。
それから1ヶ月後、花さんから連絡が来た。
「しおりさん、うちの義姉どうなったか知ってる?」
「知ってるよ。霊下さんに引き取られて、肉体労働してるらしいね」
「そうなの。2度逃げ出そうとしたらしいよ。でも、霊下さんががっちり掴んで離さないみたい」
「当時の彼と起業して、今じゃ従業員50人を抱える建築会社だってね」
「本当、霊下さんは頼りになるわ。昔からかかりには厳しい人だったからね」
私は笑ったが、心の中では少しだけ安堵していた。義姉も、ようやく人としての形になりつつあるのかもしれない、と。
それから1年後、私は花さんと変わらず仲良くしていた。父の駐車場は、私がしっかりと受け継いで経営している。花さんもまた、新しい駐車場を経由してではなく、また私の駐車場を借りてくれている。
「今後は心を大きくして止めちゃってくださいね」と笑う花さんに、私は感謝の言葉しかなかった。義姉は霊下さんの会社で働き続け、1年ほどかけて損害賠償を完済した。借金も総額300万円を超えていたが、霊下さんに「ここで働けば確実に返せる」と言われ、今も現場仕事を続けているという。
あの紫の車は車検代も払えず、駐車場でナンバーを外されたまま放置され、最終的には廃車になったそうだ。義両親には借金の存在が知られ、実家への出入りも禁じられている。霊下さん曰く「体を動かすと余計なことを考える暇がなくなるからね」とのことだった。義姉は少しずつだが、人間らしくなってきているらしい。
私は今日も、父が遺した駐車場を掃除し、管理を怠らずに守り続けている。花さんと過ごす日常は、あの騒動が嘘のように穏やかだ。



