義両親が突然、私たちの新居に引っ越してきた。管理人さんから会社に電話がかかってきた時、私は何が起こっているのかさっぱり分からなかった。
私、吉田美紀、36歳。会社員で、5年前に2歳年上の夫・サトシと結婚した。2人暮らしのつもりだった。子供は欲しいと思って頑張ったけれど、なかなか授からず、2人で病院に行った結果、原因はサトシの方にあると分かった。私は何が何でも子供が欲しいというわけでもなかったので、不妊治療はせずに自然に任せようと話がまとまった。
私の実家は地方の農家で、兄が後を継いでいるので問題はない。一方、サトシは一人っ子で、義両親は別の地方に住んでいた。特に義母はサトシに全ての期待をかけて依存していて、私のことを快く思っていなかった。サトシ本人が「子供ができない原因は自分にある」と何度説明しても、義母の中では私のせいに変換されて、周りにも「嫁のせいで孫を抱かせてもらえない」と愚痴を言っていた。これには息子であるサトシもお手上げで、私たちは自然と義実家と距離を置くようになっていた。
ある日、突然の不幸が訪れた。私の両親が旅行中に事故に遭い、揃って亡くなってしまったのだ。言葉にできない悲しみの中、なんとか葬儀を終えた後、兄に呼び出された。遺産についての話し合いだった。兄は家業である農業を継いでいるから、土地や家、設備などを相続し、私は現金を相続するようにと言った。両親の遺産は貯金だけで、それなりの額があった。私は兄に遠慮したが、兄は「自分はそれ以上の資産価値がある機械類を相続するし、貯金もあるから心配するな」と押し切った。
こうして税金を差し引いても9桁の遺産を相続した私は、この際だからマイホームを買おうとサトシに提案した。いつかは2人で家を買おうとお金を貯めていたが、遺産を使えばすぐにキャッシュで買える。サトシは驚いていたが、家を買うこと自体は賛成してくれた。ただ、「遺産は個人が相続するものだから、自分のために使うのが良い」と遠慮した。でも、私からすれば家を買うことは私の希望でもあるし、私たちが幸せになるために使うなら両親だって賛成してくれるはずだと自信があった。サトシの反対が本当に遠慮だけだと分かったので説得し、納得してもらえた。
私たちはお互いの通勤の兼ね合いと老後の利便性を考慮して、都会のタワーマンションを購入した。それぞれの家族や親族に引っ越しの報告を済ませ、新しい生活を始めた。駅へのアクセスも良く、何よりも自分たちの家だという満足感が大きかった。
しかし、ある日、会社で仕事をしていた私に電話がかかってきた。マンションの管理人さんからで、「私たちの部屋に引っ越してきたという人がいる」と言うのだ。部屋の契約者は私なので、緊急連絡先として会社に連絡が来るのは当然だが、心当たりがなく困惑した。それでも相手方が引っ越し先を私の家で間違いないと言っている以上、管理人さんに迷惑をかけているのは事実なので、私は上司に事情を話して急いで帰宅した。
タワーマンションのエントランスで管理人さんと言い争っているのは、義両親だった。義両親は引っ越しトラックを待たせているから早く中に入れろと怒鳴っている。管理人さんに「なんとかしてくれ」と言われた私は、なぜ義両親がここにいるのか分からないが、まずは2人とその荷物を私たちの部屋に受け入れるしかないと思った。
これが全ての始まりだった。押しかけてきた義両親と、私たちの梨し崩し的な同居生活がここから始まったのだ。
部屋に帰った私が焦って送ったLINEを見たサトシは、その日は残業を断って急いで帰ってきてくれた。しかし、義両親の主張は斜め上で、話し合いは平行線のままだ。義両親は「一人っ子のサトシが親の面倒を見るのは当たり前。マンションを買ったということは、自分たちを引き取る準備ができたということだ」と、同居を待ち望んでいたかのようなことを笑顔で言う。同居の話なんて私たちにとっては寝耳に水で、サトシは慌てて反論した。
「私たちには同居の意思はない。この家は夫婦で暮らすことを考えて買った家だ」
しかし、義両親はサトシの否定などどこ吹く風だ。「もう家は売ってしまったから帰れない」とケロリとして言い放つ。そして義母は「母親を捨てる気か」とサトシに詰め寄り、「結婚してから変わってしまった。嫁に洗脳されて親をないがしろにするようになって、孫も産めない。こんな嫁のどこがいいのよ」と泣きながら訴える。サトシはうんざりしてため息をついた。
「何度も説明したけど、子供ができないことは俺の方に原因があると診断が出ている。それに、勝手に引っ越してきたことは感情的にも許せないので受け入れられない」
しかし、義両親はそれでも納得しない。自分勝手な主張を繰り返すので、呆れたサトシが「そもそもこの家は妻の持ち物だ」とはっきり言い切った。
「そんなわけがあるか。嫁の稼ぎでこんなマンションが買えるはずがない。本当はお前の稼ぎで買ったんだろ。美紀さんをかばっているのね」
義両親はそう言ってサトシの話を信じない。私は最初から義両親がサトシにしか話していないと分かっていたので、黙っていた。2人はサトシに「同居は子供の義務だ」と言い聞かせるのに忙しく、私はまるで家の外だった。
サトシは何を言っても聞く耳を持たない両親の代わりに私に謝り、「すぐに自分が義両親に部屋を手配するので、追い出す準備が整うまで2人をこの家に置いて欲しい」と頭を下げた。住む場所もないのに追い出すわけにはいかないし、他に手立てが思いつかない私は、しぶしぶ了承するしかなかった。
次の日からサトシはすぐに行動を開始してくれたが、同居当然だと思っている義両親は、遺老の身でわがままのオンパレードだ。サトシは「人の家に世話になるのだから、自分たちの食費分くらいはお金を入れろ」と言うが、義両親は「子供が親の面倒を見るのは当たり前だ」と言って1円足りとも払わない。2人とも年金をもらっている年で1日中家にいるのに、家事には一切手を出さず、掃除や自分たちの洗濯物すら私たちに丸投げだ。さらには「自分たちは手厚くもてなされるべきだ」と思っているのか、私の作った料理にはいちいち味に文句をつける。
この現状に私以上に腹を立てたサトシは、自分の親だからと義両親の世話を率先して引き受け、約束通り2人のためにマンションを探してきた。しかし、義両親はサトシの「引っ越せ」という言葉を無視して、我が者顔で私たちの家に居座り続ける。
義両親の仮住まいとして提供した客間は、いつしか壁に釘が打ちつけられて古い時計が掛けられ、画鋲では見た目が悪いからとポスターが接着剤で壁に貼られた。私たちが仕事に出ている間に、家が勝手に義両親の城として改造されていく。悪夢としか言いようがない。
「どんなに他人に迷惑をかけようとも、あの日に引っ越しトラックごと義両親を追い返せばよかった」と考えるほど、私の精神は日に日に削り取られていった。サトシは常に平謝りだが、私はもうこの時には限界だったのだと思う。
ある日、私が仕事を終えて帰宅すると、家の様子がガラリと変わっていた。サトシと一緒に家具を選んでおしゃれな雰囲気に統一したはずのリビングは、ローテーブルもソファーも撤去され、中央にはこたつが存在感を放っている。驚きで声も出ない私に、義両親はこたつの中から笑顔を向けた。
「この方が落ち着くわよね」
義母の「してやったり」という顔を見て、私は頭の中で何かが弾けた。こちらを見る2人を無視して、私は自分たちの寝室に引きこもり、サトシの帰りを待った。そして帰ってきたサトシに、もう心の底から限界だと訴えた。
サトシは今まで義両親の方を持ったことはなく、今回も平謝りで「自分の力不足で申し訳ない。離婚されても文句は言えない」と悲壮感に沈んでいる。しかし、私はサトシと別れたいなどとは考えていなかった。
「サトシには申し訳ないけど、やり返さなきゃ気が済まない」
私はサトシに「義両親が困ることになるだろうが許して欲しい」と頼んだ。今まで強硬手段に出られなかったサトシは深く後悔しているようで、「どんなことでも従う」と全てを任せてくれた。私はすぐに準備に取りかかった。
翌日には、このタワーマンションを買った時にお世話になった不動産屋に連絡を取り、部屋の売却を相談した。事情があったので仲介ではなく、不動産会社が買い取る方向で話はまとまり、数日間で全ての準備が整った。そして明日には引っ越し業者も来ることになっている。ついに私たちが義両親に行動を渡す日がやってきたのだ。
私は2種類の契約書を用意して、何も知らない義両親に渡した。1つはこのタワーマンションの売買契約書で、もう1つは義両親が売り払った元義実家の賃貸契約書だ。元義実家は建物が古く地元の不動産屋に二束三文で買い取られていたが、運良くまだ解体されずに残っていたので、私はそれを買い戻すことにした。それを知ったサトシが「自分の貯金からお金を出す」と言ってくれて、元義実家の現在の所有者はサトシになっている。
ここまでの前提を話した時には、義両親はまだ私が何を言いたいのか分からないようでポカンとしていた。私は「明日には引っ越し業者が来るので、ここを立ち退く必要がある」と伝える。そして、契約書を見ても理解していない義両親に、この部屋の所有者はすでに不動産会社であることを丁寧に教えてあげた。
「ここを不動産会社から買い取って住み続けるか、元義実家をサトシから借りて暮らすのか、どちらか選んでください」
義両親は勝手に押しかけてきてから私たちにお金を払うことはしなかったが、通販や遊びに使うようにお金を使っていたのを私は知っている。初めから私たちに全ての負担を押し付けるつもりだったのだから、義実家を売却したお金は惜しみなく使っているだろうと推測した。そこで、義両親の手元にまとまったお金がないことを分かった上で、あえて義実家の売却ではなく賃貸契約を提案したのだ。
私に選択を迫られた義両親は、血管が切れそうなほど顔を真っ赤にしてわめく。
「そんな身勝手なことが許されるのか。夫の親に対してなんて態度なの?」
私では拉致があかないと、詰め寄られたサトシは「何度も説明しているが」と毅然とした態度で口にし、このタワーマンションが私の個人資産だったことを再度突きつけた。
「俺に売却を止める権利はないだろう。持ち主が売ると決めたのに、何が問題なんだ」
サトシはそう言い放ったが、自分たちの思惑と全然違う方向に話が進みそうで焦っている義両親は引き下がらない。そこで先ほどの提案だ。
「義実家なら今は俺の持ち物なので、条件さえ飲めば貸してやるぞ」
サトシはもう1度義両親に提案する。しかし、義両親は「住んでいるものの方が強い」と主張して、自分たちは引っ越すつもりはないと言い放った。こうなることを予想していた私たちは説得を諦め、話を終えて勝ったと勘違いして満足そうな2人をよそに、翌日自分たちの荷物だけを運び出した。
引っ越しの朝、業者の人は事前の打ち合わせ通りに家具や家電の全てをトラックに積み込んだ。義両親は何を甘い考えでいたのか、家電を持ち出すことに文句をつける。「これからどうやって暮らせばいいのか」と言われても、これらは元々私とサトシが買い揃えたものなので持っていくのは当然だ。
「どうやってとは、必要なら自分で買えばいいんじゃないですかね」
挙句がどうあれ高圧的な態度を続けるなら、私が遠慮する必要はない。吠える2人に構わず、私たちはタワーマンションに別れを告げた。
私とサトシは引っ越し先でざっくりと荷物を整理した後、不動産屋に連絡して予想通りの結果になったことを報告する。あの2人が居座っていることも報告したが、不動産屋は「慣れているので大丈夫」と明るく答え、法的な手続きを進めると言った。事前に義両親の取りそうな行動を相談しておいたのだが、不動産屋はこういった場面に対応した経験もあるようで、法的な対策は万全だからと一手に処理を引き受けてくれたのだ。
その後、不動産屋は早速弁護士を立てて義両親に立ち退きを迫ったらしい。義両親は応じなければ不法占拠で訴えられ、滞在期間が伸びるほどに賠償金が膨れ上がると説明された。そこでようやく自分たちの非が悪いと悟った義両親は、退去承諾せざるを得ず市に連絡する。この時には私たちが本気で義両親を締め付けるつもりだと理解していたのか、なんとかサトシの機嫌を取ろうとするばかりで、無茶な要求はなかったようだ。
しかし、やはり義実家を買い戻すだけのお金は残っておらず、サトシは不動産屋を挟んで義両親と正式に賃貸契約を交わした。契約書には滞納があった場合の対応として財産の差し押さえなども明記されているので、義両親は家賃を踏み倒すこともできないだろう。2人は最後までサトシからの援助や家賃の撤廃を期待してすり寄ってきたが、サトシが意思を曲げることはなく、「きちんと約束を守るように」と冷たく警告してその場を立ち去った。
あれから義両親はおとなしく義実家に帰っていった。周囲には「都会にいる息子がタワーマンションで一緒に暮らそうと誘ってくれた」などと自慢していたらしく、何があったのかと近所からの詮索の目が厳しいようだ。その頃、サトシは親戚から「義両親に借金を申し込まれたが、何があったのか」と問われ、心配してくれる親戚を持ち、包み隠さず答えたために、非常識な義両親は他の親戚も含めて縁を切られたらしい。地元ではすっかり孤立しているそうだが、こちらへ来る資金もないのか突撃されたことはなく、私たちは以前のような穏やかな生活を取り戻した。
サトシは自分の両親の非常識さに辟易しており、家賃が振り込まれることで生存確認をする程度で、自分から連絡を取ることはないようだ。たまに向こうから電話が来ることがあっても、いつもそっけなく返してすぐに切ってしまう。義両親は引っ越しと家電を揃え直したことでわずかな貯金を使い切っていたが、サトシは義母の涙ながらの要求をこくこく却下した。
「慎ましく暮らせば年金で足りるし、それで不満なら働け」
と反論され、義両親は毎回撃沈している。義両親の暮らしぶりに以前ほどの余裕がないのは明らかだが、困窮しようとも自業自得だと、サトシはもう一切援助しないつもりのようだ。サトシは「次に会うのは葬式だ」と本人たちに伝え、私にも一切義両親と関わらせないようにしてくれるので、頼りになるし信頼もできる。
最近は生活も落ち着いてきたし、近々旅行にでも行こうかと相談している。私たち夫婦は今日も仲良く暮らしている。



