「あんたが奥さん?私のぶりんの彼女です。」…

「あんたが奥さん?私のぶりんの彼女です。」...

「あんたが奥さん?私のぶりんの彼女です。」

玄関を開けた瞬間、見知らぬ若い女が仁王立ちしていた。頭には「バカそう」という言葉が浮かぶくらい、軽いノリの見た目だった。

思わず「は?」と声が漏れた。

「マジむかつくんだけど。何の用ですか?」

「最後だから挨拶くらいしておこうかと思って。のぶりんのスマホ見て連絡したの」

「何が最後なんですか?」

「あんた、もうすぐ捨てられるんだよ」

私は平静を装った。でも心臓はバクバクしていた。

「そうなんですか。知らなかったです」

「ブリンはエリートだから海外赴任が決まったの。で、選ばれたのが私ってわけ」

「初耳です」

「あんたなんかと遠距離するのもだるいから別れて、私を連れてってくれるんだって」

「なんで本人が言わずに、あなたが連絡してくるんです?」

「そのうち言われると思うけど、私からも一言かましてやりたくてさ」

「私があなたに何かしました?」

「私の大事なのぶりんを独占したでしょう」

「結婚してましたからね」

「1年も気づいてないのに何が妻だよ」

「知ってましたよ」

その言葉に、女の表情が初めて固まった。

「へ?」

「探偵も入れてとっくに特定してます。浜田ももかさん、26歳。高校中退。実家は宮崎県で、父と母と兄が住んでるんですね」

「なんでそんなことまで調べてんの?」

「だってあなた、仕事もろくにしてないみたいだし。その様子じゃお金も持ってないでしょう。だったら、あなたが慰謝料を支払えない時は、いずれご両親に相談しないといけないかもと思って、調べさせていただきました」

「慰謝料って何?なんで私が払うわけ?」

「若いから…いや、頭がよろしくないからご存知ないんでしょうけど、あなたが今やってることは不貞行為と言います」

「何それ?不貞行為、意味わかんない」

「奥さんがいる人と関係を持つことです」

「好きになって一緒にいることの何が悪いの?」

「だったら順番を守らないと。行列に横入りされたら、いらっとするでしょ?」

「そりゃそうだけど…」

「離婚してから付き合えばよかったんです。順番を守らないから、こういうことになるんですよ」

女は言葉を失っていた。私は続けた。

「私が弁護士を通して慰謝料の請求をします。払っていただけないようでしたら、ご実家に連絡します。それでも決着がつかなければ、裁判になりますね」

「へ?無理なんだけど」

「しかも、夫と一緒に海外赴任についていくんですよね?」

「そのつもりよ」

「そういう計画を離婚前から立てているのは悪質ですね。そこら辺も慰謝料の額に反映されるかもしれません」

「それって大体いくらくらいなの?20万とかなら友達が貸してくれるかも」

「0が1つ足りませんね」

「は?」

「200万が最低ラインってだけです。私の心のダメージはそんなに安くありません。だって15年も夫婦でいたんですよ。息子だって中学生の多感な時期です」

「じゃあ、海外赴任ついていかなければいい」

「行かなくていいんですか?」

「だって裁判とか無理だし。何より実家に言われるのは絶対ダメなの」

「厳しいご両親みたいですもんね。まさか東京でOLとして真面目に働いてると思っていた娘が、既婚者と交際してるなんて。田舎のご両親が知ったら、さぞかし驚くでしょうね」

「お願いします。言わないでください。言われたら連れ戻される。あんな山奥で暮らすのは絶対に嫌なの」

「あなたが社会人として自分で責任を取れるのであれば、連絡する必要はありません」

「わかりました。のぶりんとは別れます」

「あっさり切り捨てるんですね」

「海外もついていかないし、今すぐにブロックします」

「そこまでしていただけるのであれば、こちらも慰謝料については交渉に応じましょう」

「本当ですか?」

「近いうちに弁護士から連絡があると思います。そこはしっかり対応してくださいね」

「わかりました。本当にすみませんでした」

「若いんだから、同世代の素敵な人を見つけてください」

「ですよね。あえておっさんに行くことなかったです。色々買ってもらえるし、行ったことないお店ばかり連れてってくれるから、夢見てるみたいで」

「魔法は解けましたか?」

「はい、もういいです」

「気づけてよかったです。では失礼します」

その数時間後、夫が帰ってきた。

「何?離婚したい」

「どうして?」

「海外赴任が決まったし、もう離婚しかないかなって」

「なんでそうなるのよ」

「遠距離ではやっていけないだろう」

「意味が分からない。私がついていくという選択肢はないの?」

「ごめん。正直に言うわ。好きな人ができた」

「…誰のこと?」

「言ってもわからないだろう」

「浮気してたのね」

「そうなるな。お前との生活は終わり。とっとと離婚してくれ」

「嫌よ」

「頼む。もうお前に愛情はないんだ」

「15年も支えてきたのに、あんまりじゃない。剣斗だってもうすぐ受験なのよ」

「養育費も慰謝料も払う。それでどうにかなるだろう」

「そう言われたって、剣斗だって愛のない夫婦の間で育ってもいいことないと思う」

「そんなに私のことが嫌いなのね」

「そうじゃない。もっと好きな女ができただけだ。だから悪く思わないでほしい」

「あなたは本当にそれでいいのね」

「どういう意味だ?後悔しないかってこと?俺も覚悟は決まってるから、それでいい」

「分かった。あなたの言う通り、冷め切った夫婦関係を見せてもよくないわ。海外赴任はむしろいいチャンスかもしれない。剣斗の受験に影響しないよう、タイミングを見て伝えるわ」

「そうしてくれ」

「出発はいつなの?」

「前任者が病気になったから急がないといけないんだ。1ヶ月後か2ヶ月後くらいかな」

「分かった。荷物は自分でまとめてね」

「え?手伝ってくれないの?」

「私を裏切った人の顔なんて見たくないわ。剣斗を連れて、しばらく実家に帰る」

「学校はどうすんだよ」

「徒歩10分で同じ区内だけど」

「あ、そっか」

「父と母は怒り狂うと思うけど、覚悟してね」

「え、分かった。謝罪しておく」

「じゃあ、海外赴任頑張って」

「ありがとう。ごめんな。本当に」

「責任だけ取ってくれたらいいから」

「それは分かってる。ちゃんとするよ」

「離婚届は置いておくわ。書いておいてくれる?」

「分かった。ごめんな」

翌日、私は河野部長のもとを訪れた。

「突然すみません。今、お時間少しよろしいでしょうか?」

「おお、久しぶりだね。また剣斗君連れて遊びにおいでよ。妻も会いたいと言ってたんだ」

河野さん夫妻には結婚式以来、家族ぐるみでお世話になっていた。

「河野さんや奥様には、結婚式の時からずっと家族ぐるみでお世話になっているので、1番にご報告をと思いまして」

「何かあったの?」

「離婚しました」

「え?さっき離婚届を提出してきたんです」

「それはまた急だね。何があったの?」

「まあ、よくあるパターンのやつですかね」

「あいつ、浮気したの?」

「はい」

「え、ちょっと待ってよ。海外赴任に一緒に行くんじゃなかったの?」

「そう言ってたんですか?」

「うん。剣斗君は受験だから実家に預けて、奥さんだけ連れて行くって」

「そんなこと私がするはずがありません」

「だよな。俺もてっきり1人で行くものだと思ってた。だからさすが仲のいい夫婦だなって、妻とも話してたところなんだよ」

「連れて行くのは、私じゃないみたいですけどね」

「どういう意味かな」

「若い女性と付き合ってるみたいなんです。私と別れて、その子を再婚するつもりなんでしょう」

「なんだよそれ。あんまりだろう」

「ですね。海外赴任はいわゆる栄転のようなものだし、出世の近道でもある。だから俺はあいつに…と思ったのに。目にかけていただいたことは存じていました。だから余計に心苦しいです」

「話にならないな。海外赴任は別の人間に頼むか」

「あ、いえ、それは可能であればおやめください」

「でも、あいつが誰かと籍を入れて妻ですって言えば、赴任許可しないわけにはいかなくなるんだよ」

「はい。それでも構いません。でもこれから剣斗には学費がかかります。高校、大学となれば、私1人では背負えません」

「確かにそうだね。子供に負担がかかるのは俺も本意ではないが」

「しかも不倫でもなさそうですし、このことは河野さんの心の中だけにとめておいていただけたら、本当に…」

「こんなにいい奥さんを裏切るなんて、あいつは。これからも年賀状などでご挨拶はさせてください」

「そう言ってくれて嬉しいよ。嫌じゃなければ、またうちに来てくれないかな」

「もちろんです。ありがとうございます。奥様にもよろしくお伝えください」

「何か困ったことがあったら連絡してな」

「はい。ありがとうございます」

数日後、ももかから電話がかかってきた。

「奥さん、すみません。ももかです。彼が毎日マンションに来て、インターホンを鳴らし続けるんです」

「迷惑な男ね」

「警察に行ってもいいですか?」

「それはちょっと待って。でも、言われた通りブロックしてるだけだから、シンプルに心配してるだけだと思うんです」

「分かった。じゃあ、次家に来たら別れ話をして」

「はい」

「よろしく」

「あの、内容証明ってやつが届いて、慰謝料300万って書いてあったんですけど」

「そうよ。ここからあなたの協力と態度次第で減額はあり得るから」

「わかりました。言う通りにします」

「このことを誰にも言わないように。言えば、私とあなたの約束はなしになるわ」

「はい」

数分後、ももかの元に彼から連絡が来ていた。

「ももちゃん、どうしたの?既読もつかないし、電話も出ないじゃん。ねえねえ、ももちゃん寂しいよ。会いたいよ。アメリカ行きの準備もあるでしょ?」

ため息。

「部屋に入れて。お願い」

「もう家に来ないで」

「1時間インターホン鳴らすとか異常だよ」

「やっと返事くれた。心配したんだぞ。下で待ってるから、早く中に入れて」

「もう会わない」

「なんで?俺と一緒にアメリカ行くんだろ?」

「行かない」

「急にどうしたの?早く籍を入れて、会社に報告しないと一緒に行けなくなっちゃうよ」

「それでいい」

「なんで?楽しみにしてたじゃん」

「別れたい」

「は?」

「もう好きじゃない。会わない。消えて」

「ちょっと、いきなりなに言うの?」

「しょうがないでしょ。気持ちが消えたんだから」

「あんなに愛し合ってたのに、何言ってんだよ。俺はももちゃんのために何もかも捨てたんだぞ」

「頼んでない」

「そんな冷たいこと言うなよ。俺、ももちゃんがついてきてくれるって言うから、海外赴任の話受けたんだよ。1人じゃ耐えられないよ」

「知らない」

「なあ、考え直してくれ。何か不安があるなら、俺が全部取り除いてやるから」

「やだ。実家には絶対に帰りたくないの」

「何の話?」

「とにかくもうのぶりんには関われない。それだけわかって」

「ああ…」

「あと、次インターホン連打したら警察呼ぶ」

「ももちゃん、何があったの?」

「ごめんね。バイバイ」

「待ってよ!」

数日後、夫は会社で部長に呼び出されていた。

「部長、すみません」

「どうした?」

「海外赴任の件なんですけど、辞退ってわけにはいきませんか?」

「何言ってんだよ。お前が前から願ってたことだろう。だから俺がプッシュしてやったんじゃないか」

「そうなんですけど、実は離婚しまして」

「そうみたいだな」

「え?なんでご存知なんですか?」

「河野さんからご丁寧に連絡をいただいたよ。いつお前から言ってくるかと思ってたら、まさか奥さんからLINEで言われるとはな」

「なに度までしていただいたのに、合わせる顔がなくて」

「なんで別れた?」

「性格の不一致みたいなところです」

「そうか。長年夫婦やってりゃ色々あるよな」

「そうなんですよ」

「で、それと海外赴任がどう関係ある?」

「息子の受験も近いですし、離婚したとはいえ父親ですから、できるだけ近くで支えてあげたいというか」

「それなら心配いらないだろう。あんなしっかり者のママがついてるんだから」

「そうなんですけどね」

「今さら辞退なんて無理だぞ」

「ですよね」

「それにお前が蹴れば、次の候補は山田だが。いいのか?お前、同期のあいつには負けたくないってずっと頑張ってきたじゃないか」

「はい。あいつには抜かれたくないです」

「たった2年の辛抱だ。帰ってきたらいいポジション用意して待ってるからさ」

「はい、わかりました。頑張ります」

「その意気だ。失礼します」

1ヶ月後、彼は私に連絡してきた。

「来月、アメリカに発つよ」

「そうですか。わざわざ報告は不要です」

「受験落ち着いたら、剣斗と遊びに来ないか?」

「なぜでしょう?」

「いや、社会勉強にもなるし、お前のこと、海外旅行なんて連れていけなかったから」

「別れた妻に対して、そんなこと思わなくていいんですよ」

「でも、一緒に若い女性と行くと言ってませんでしたっけ?」

「ああ、あれは終わった」

「あら、まあ。やっぱり若い女はダメだな。気分がコロコロ変わってついていけないや」

「家庭を壊しておいて、笑い話にしないでください」

「ごめん」

「あなた、小麦粉や乳製品が体質的に合わないから、なるべく自炊した方がいいですよ」

「俺が何もできないの知ってて、嫌味かよ」

「掃除も洗濯もしっかり頑張ってくださいね。物価も高いようなので贅沢はできませんよ。剣斗の学費のことも考えて、節約してください」

「ごちゃごちゃうるせえな。不安なんですか?」

「そりゃそうだろう。海外暮らしなんてしたことないし」

「だとしても、今後私に連絡してきて、ぐちぐちアドバイスを求めるようなことはしないようにお願いします」

「冷たいなあ」

「剣斗のこと以外では関わらないと約束しましたよね」

「分かってるよ」

「では、検討を祈ります」

2年後、彼は会社で部長に詰め寄られていた。

「部長、どういうことですか?ちゃんと説明してください」

「何を怒ってんだよ」

「なんで山田が部長に昇進してるんですか?」

「この2年、よく頑張ってくれたからだが」

「これで俺が宮崎の支店に左遷って、なんでですか?」

「うん。俺に言われてもなあ。人事の最終決定は上に権限があるから。文句があるなら、直接言ってくれるか?」

「約束が違うじゃないですか。帰ってきたらいいポジション用意するって言ってくれましたよね」

「そりゃお前が全力で頑張ってたら、の話だろう。アメリカに行ったじゃないか。結果出てないよな。現地のクライアントからクレームが何度入ったか分かってるか?」

「それは…運というかな、何というか」

「その上、妻と子供ほったらかして浮気した挙げ句、その女を海外赴任に連れて行こうとしてなかったか?」

「してません」

「おかしいなあ。ももちゃんが言ってることと違うんだが」

「え?何です?その名前を」

「河野さんはももちゃんと繋がってたんだ。それで色々とお前と付き合ってた頃の話を聞いて、どうもおかしな点が出てきた。いや、お前が絶対交際費で上げてきた領収書と、ももちゃんとのデートの日がことごとく同じなんだよ」

「それはたまたまではないでしょうか」

「納得の行く説明をしてくれよ。他にも証言はある。出張にも同行させてたな。会社の経費はお前の不倫に使うためのものじゃない」

「すみません」

「今まで横領した分は、今後の給与から天引きする」

「はい」

「首にならなかっただけありがたいと思えよ。子供への養育費が滞ったら、河野さんが困るから、俺が上に頭を下げてやったんだ」

「そうだったんですか。本当にすみませんでした」

「アメリカに続き、宮崎でも1人ぼっちだな。お前が選択した道だから同情はしないが、ちゃんと反省して見つめ直した方がいいぞ」

「はい、わかりました。大変申し訳ございません」

翌日、彼は私の部屋に来ていた。

「帰ってきたよ」

「あら、お帰りなさい。なんか機嫌良さそうだな」

「そう、俺、今度は宮崎に移動になった」

「あ、そう」

「この2年で色々考えたんだ。女遊びもしなかったし、1人で頑張った」

「それが何?」

「もう一度一緒になってくれないかな?」

「無理」

「そっか…だよな」

「宮崎、いいところじゃない?ももちゃんの実家でもあるし、きっと気に入るわよ」

「奥さんも言ってたが、なんでお前とももちゃんが繋がってんだよ」

「元々はあっちから連絡してきたのよ。あなたと一緒に海外行くってマウントしてきたの」

「で?」

「それ以前に、すでに私はあなたたちの関係は把握してたから。親に言われたくなければ別れろって言ったら、すんなり言うこと聞いてくれた」

「え、ちょっと待て。お前が仕組んだのか」

「だってこっちは離婚することになるのに、仲良くアメリカ暮らしなんてさせるわけがないでしょ」

「なんだよそれ。俺は突然振られて、1人で海外に行ったんだぞ」

「だから何よ。家事も手探りで、どんなに大変だったかお前に分かるか?」

「うん…」

「私は1人でずっとやってきたからね。その大変さをあんたに味わって欲しかった」

「じゃあ、河野の部長にももちゃんを紹介したのもお前か?」

「その通り」

「お前のせいで、俺は同期に出世で負けて左遷されることになったんだぞ」

「私のせいじゃないでしょ。自分が浮気して若い女にうつつを抜かしたのが原因よ。何アホなこと言って責任転嫁してんの?」

「でもさ、私はあなたの浮気に気づいてた」

「そうなの?」

「お風呂やトイレまでスマホを持ち込むようになったら怪しいって、ネット記事を見たことがあったけど、まんまその通りで笑っちゃったわよ」

「その時に言えばよかっただろうな」

「何なんだろうね。泣きつくのもキャラじゃないし、負けを認めるのが怖かったのかも」

「プライドかよ」

「そうね。制裁としてのプライドはあったかもね。剣斗には両親揃った家庭で育って欲しいという固定観念もあったかもしれない」

「そう思うなら、一緒に暮らそう」

「おかずを一品増やしたり、レシピも改良したわ。でもあなたは何にも気づかなかった」

「それくらいで分かるわけないだろう」

「でもね、気づいたのよ。剣斗と一緒にいられるのは残り数年しかないのに、母親の偽りの笑顔なんか見せていいのかなって」

「本当の笑顔を俺がプレゼントするよ」

「剣斗が言うのよ。よく笑うようになったねって。俺がもっと楽しくなるんじゃないか。素敵な人にも出会えたし、剣斗の勉強も見てくれる」

「おい、まさかお前、もう男がいるのか?」

「私はちゃんと手順を踏んだわ。離婚して、剣斗の受験が終わって、自分の気が合う人と楽しくご飯行ったりしてるだけ」

「この裏切り者!俺は認めんぞ。お前が俺以外の男と一緒になるなんて」

「河野さんは俺の女だ。どこの誰だ?合わせろ」

「あなたは通りすがりの女性に『お前は俺の好みの女だ、隣の男と別れろ』って言うわけ?言うわけないでしょ。やることは同じよ」

「なんでこんな目に遭うんだよ」

「ももちゃんは素直に自分の罪を認めて、慰謝料額のために私に協力してくれたわ。300万のところを150万まで値引きしてあげたの」

「俺は300万払ったぞ」

「それがあなたの謝罪の気持ちだったんでしょ。おまけに養育費だって月に6万も払ってる」

「当然ね。あなたは父親なんだから」

「俺の金でぬくぬくと暮らしやがって」

「300万は大学の学費で消える。たった6万で私たちが贅沢できると思ってんの?高校の学費、部活、お小遣いでとても足りないわ。だから私も本業と副業で稼いでるんでしょ」

「そんなに苦しいなら、一緒になればいいだろう」

「天秤にかけるまでもなく、今の生活を選ぶわ。いつまた浮気されるかもしれないと怯えながら、あなたと暮らすのは嫌」

「もうしないって言ってんだろ」

「結婚した時も同じことを言ったよね。覚えてる?『俺は絶対に裏切らない』そう言ったのよ」

「あの時は確かにそう思ったんだけど…」

「昔の話なんてもうどうでもいい。私たちはもう未来を向いてるの」

「本当にもうダメなのか?」

「顔も見たくないほどには嫌いよ」

「そんな…」

「じゃあ、孤独な生活を引き続き堪能してね」

その後、彼は海外赴任から帰国したが、手当ては増額されたものの、自炊ができず外食を繰り返していたようで、さほどお金も残らない状態だった。

貯金は慰謝料と財産分与で底をついており、宮崎に左遷されたことで減給。さらには横領分の返済や養育費もあり、相当厳しい生活を送っているとか。

息子との面会は、本人の意思を尊重した結果、「別に会わなくてもいい」とのことだったので、実現することはしばらくなさそうだ。

同期の山田さんは、その後に海外赴任をして、見事な出世コースに乗り安泰のようだ。それを遠い場所から指を加えて眺めるのは、どんな気分なのでしょうね。

我が家には縁のないトラブルだと思っていた。でも、いつ自分が当事者になるか分からないものだ。

我ながらよく冷静に対処できたなと思うが、子供のために感情的にしないようにしようと意識した結果だった。

今は、彼と息子が野球観戦や買い物に行っている間に、のんびりカフェで過ごすのが最近の楽しみだ。こんな平穏でありがたい日々が続きますように。

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