義母は、私のことを「血のつながらない赤の他人」だと言い放った。我が家のことに一切関わらないで、と。それが、義父が要介護になった途端、手のひらを返したように「家族でしょ」と言い出したのだ。
私はイコマユウ、27歳。介護施設でパートとして働いている。元々は正社員だったが、妊活に専念するためパートに変えてもらった。しかし、なかなか成果は出ない。おそらく、義母からのストレスが原因だろう。結婚してからずっと、義母は私に陰湿な嫌がらせをしてきたのだ。
幸い、同居はしていない。新居と義実家は距離が離れているため、直接会うのは年末年始やお盆、お彼岸、母の日や父の日など、年に十数回程度。回数は少ないが、義母の攻撃は私をとことん他人扱いするというものだった。精神的なダメージは計り知れない。
例えば、夫が両親を誘って家族旅行を計画した時。義母は私の参加を阻もうとした。「これって家族旅行よね。なんでユウさんも一緒なの?赤の他人なのに」と。その頃はまだ嫌がらせに慣れておらず、私はひどく傷ついた。夫が義母をなだめて旅行には出かけたものの、義母は終始私を無視。帰宅後、私は三日間寝込んだ。
それ以来、夫は義両親との旅行の話を一切しなくなった。
義父が自宅の階段で転んで足首を骨折した時も、お見舞いに駆けつけた私に義母は冷たく言い放った。「何しに来たの?あなたは他人でしょ。嫁は血が繋がってないんだから。この家の人間じゃないの。家族じゃないんだから。我が家のことに一切関わらないで」
さすがにこれには夫も激怒し、その場で義母を叱りつけてくれた。義母は渋々謝ったが、それもその時だけ。すぐにいつもの嫌味な義母に戻ってしまった。
義父は義母と違い、控えめな性格で妻に頭が上がらない。嵐が過ぎるのを待つように、いつも体を小さくしているだけだ。頼りにはならないと思った。
無視されたり嫌味を言われたりするのも辛いが、一番困るのは、私に関する悪い噂を親戚中に言いふらされることだ。私が義母をいびっているとか、暴力を振るうとか。そのせいで一時期、私は夫の親戚全員から孤立する事態に陥った。噂は根も葉もないものだとすぐに誤解は解けたが、中には義母の話を鵜呑みにする人もいる。今でも親戚の集まりは、私にとって胃が痛くなる行事の一つだ。
どうしてここまで義母は私を嫌うのか。理由は単純明解だった。可愛がって育てた一人息子を、私が奪ったことが許せないのだ。義母と私は性格が真逆で、食べ物の好みから考え方まで、何から何まで合わない。私だって、関係がなければ義母のようなタイプの人とわざわざ絡みたくない。それでも、結婚したばかりの頃は仲良くなろうとあれこれ試みた。しかし、全て失敗に終わった。義母はどうあっても私を受け入れる気はないようだ。こちらが努力しても疲れるだけだと悟り、今ではほぼ諦めている。
幸運なことは、夫が義母に全く似ていないこと。義母と対立しても、夫は全面的に私の味方になってくれる。それを支えになんとかやっている。
骨折事件から数ヶ月後、私が仕事を終えて帰宅すると、タイミングを見計らったかのようにスマホに着信があった。夫からで、義父が仕事中に倒れたと義母から連絡があったという。夫は切羽詰まった声で、自分もすぐに駆けつけるから先に病院へ行ってほしいと言った。私は着替えもせず、病院へと向かった。
病院で医師から告げられたのは、義父は一命を取り留めたが、全身に麻痺が残り、日常生活を送るためには介護が必要だということだった。病院には介護職員がいないため、体が安定すれば退院するしかない。介護施設を探すか、ヘルパーを雇って自宅で療養するかは、家族に任せるとのことだった。
一命を取り留めたと聞いてほっとしたのも束の間、全身に麻痺とはなかなか厳しい現実だ。義父はこれまで病気一つしたことがなく、直前まで元気に仕事をしていただけに、ショックも大きい。夫もすっかり肩を落としていた。
そんな中、一緒に説明を聞いていた義母が放った一言に、私は軽く意識を失いかけた。
「大丈夫です、先生。息子のお嫁さんは介護の資格を持っているんです。家族に頼もしい人がいて、本当に良かったわ」
今まで散々「赤の他人」だと冷たく突き放してきたくせに、どの口が言うのだろう。見れば、隣の夫も開いた口が塞がらない様子だった。
「む、無理ですよ。確かに資格はありますけど、私にだって家庭はあるし、働いてもいるんです」
ここで踏ん張らないと、義父の介護を丸ごと押し付けられてしまう。私が断ろうとすると、義母がそれを遮った。
「デイサービスで他人の介護はできるのに?そんなの、やめたらいいじゃない。どうせパートでしょ」
義母のあんまりな身勝手さに呆れて、私はとっさに言葉が出ない。私の代わりに夫が答えてくれた。
「父さんの介護は大事だよ。でも、うちにだって生活がある。父さんの介護なら、家にいる母さんができるだろう?」
義母は一瞬、痛いところを突かれたような顔をしたが、すぐに持ち直してわめき始めた。
「老いた母親に介護なんて重労働をさせるつもり?私が怪我をしたら、それこそ家が回らないわよ」
確かに、全身に麻痺が残る義父の介護は重労働だ。着替えや入浴、排泄の介助はコツを知らないと難しい。
「ヘルパーさんを雇って、やり方を教えてもらえばいいんじゃないですか?」
私がそう助言しても、義母は聞く耳を持たない。
「ヘルパー?冗談言わないでちょうだい。昨今のヘルパーが一日いくらするか知ってるの?」
知っています、介護職ですから。とは言わずにおいた。
「なんでそんなこしょくたいことするのよ。我が家には現役の介護職員がいるのに」
そう花を咲かせる義母は、どうしても私に介護を押し付けたいらしい。ヘルパーを雇うお金をケチるために。腹立たしく思っていると、義母は急に気持ちが悪いくらいの笑顔を作って、私の手を握った。
「私たち、家族でしょ。家族の危機には助け合わないと」
心の中で私はのけぞった。義実家のことに一切関わるなと言ったのは、一体どの口だったのか。
結局、その日は義母に介護の話を断り切れないまま、自宅に戻ることになった。正しくは、こちらがはっきり断っているのを義母が受け入れないだけのことだが。帰り道、夫が言った。
「とにかく、俺は親父の介護はノータッチでいいよ。明日もう一度病院に行ってくる。親父のことだし、親父の意見も聞きたいからね」
義母の顔を思い出すと意地でも拒絶したくなるが、義父の介護に全くタッチしないわけにもいかない。義とはいえ、私の父親でもある。私にできる範囲のことなら、やってあげたいのが本音だ。だからノータッチという部分には首を振ったが、義父の意見を聞くことには賛成した。
そして、まさか夫のこの判断が、義母に泡を吹かせる結果につながるだなんて、この時の私も夫も夢にも思っていなかった。
二日後、私は夫と共に再び病院を訪れた。義父は私たちの姿を見ると、にっこり笑った。一時期、危篤の境を彷徨った割には元気そうで、ほっとする。
個室には義母も来ていたが、忙しく動いているのは看護師さんだけ。義母はパイプ椅子にふんぞり返ったままで、義父の掛け布団がめくれているのも気にしない。私が手に持った花束をちらりと見て、傲慢に鼻を鳴らした。
「のしにもならない花束なんて買ってきて。介護のことは考えてくれたの?」
それは先日断ったはず、と心の中で文句を言ったら、全く同じことを夫が声に出して言ってくれた。すると義母は途端に顔を真っ赤にして、ヒステリックに怒鳴り出す。
「なんて冷たいこと言うのよ。私たちは家族でしょうが。家族が困ってたら助け合うのが常識でしょ」
夫はため息をついて言った。
「よく言うよ。これまで散々、ユウを他人扱いしてたのは誰だよ」
「私が言ってたのは、嫁は血の繋がりがないってこと。血が繋がってないんだから、他人なのは本当じゃないの」
それは屁理屈だと、私はがっくり肩を落とす。夫が今話していることは、そういうことではないと義母だって分かっているはずだ。
「ねえ、母さん、そんなへ理屈なこと言って恥ずかしくないの?」
息子の言葉に、義母はぐっと口を閉じる。
「俺と結婚したのに、ユウのこと家族じゃないなんて。ユウがどれだけ傷ついてたか、母さんには分からないんだね」
そう言われると、義母にも少しは心というものがあったのか、目を泳がせ始めた。
「ち、違うわよ。私はただ……」
愛する息子に責められて、さすがに親妙になるかと思ったが、甘かった。義母は身勝手さを貫いた。
「分かったわ。まあ、ユウさんも家族ね。家族だって認めたんだから、これでいいでしょ。家族を助けなさいよ」
私は盛大にため息をつきたいところを我慢して、夫を見た。夫は無言で頷く。それを確認した後で、ベッドに横たわる義父の方にも視線を向ける。義父も夫と同様に、小さく頷いた。
私も小さく頷き返し、大きく息を吸い込んでから、義母に向かって言い放った。
「あなた、誰ですか?」
その瞬間の義母の呆けたような表情は、きっと一生忘れられないだろう。
「何を言ってるの?」
私はわざとらしく首を傾げて見せる。
「あれ?あなたはさっき言いましたよ。私は血のつながりのない、全くの赤の他人だって。そう言われれば、私、あなたのこと知らないかも」
すると義母は顔を引きつらせながら笑い出した。
「何それ?私を言いかしたつもり?ちょっとリョウヘイ、嫁に注意してよ。親に変なことを言うなって」
しかし、義母が顔を向けた先で、夫もまた私と同じセリフを吐いたのだった。
「あなた、誰ですか?」
義母はついに怒り出し、「自分を馬鹿にするな」だの「場所を間違えなさい」だのとまくし立てる。そこで、それまで沈黙をしていた義父がその口を開いた。
「場所を間違えていないのは、君の方だろう。君のことは私も知らない。私の家族は、そこにいる息子とお嫁さんだけだ」
「な、なんだの?あなたまで悪ふざけに乗って」
「悪ふざけではない」
一呼吸置いた後、義父は静かに、しかし力強く説明した。
義母が私を他人だと言い、冷たく対応していたことに、ずっと心を痛めていたこと。離婚するのは簡単だが、ただ離婚しただけでは私への罪滅ぼしにもならない。むしろ逆恨みした義母は、私の立場を悪くするような出たらめな噂を親戚中に言いふらすだろう。どうにかしてこの家から追い出そうと画策するに違いない。だから義父は長いシナリオを考え、自分が亡き後のことを遺言書として残していたのだ。
遺言書には、義父の預貯金、家、土地、全ての財産を息子夫婦に残すという内容が記されている。義母には何も残さない。というより、自分が召された時点で、義母には離婚を言い渡すように弁護士に頼んであるという。
実は昨日、夫が義父のもとを訪れた際に、遺言書の存在とその内容を教えてもらっていたのだ。義父は私に申し訳ないことをしたと何度も謝り、義母をこらしめる作戦に協力してほしいと夫に言った。夫は承諾し、その話は帰宅した夫から私へ伝わり、もちろん私も喜んでOKしたというわけだ。
義父の話を聞いた義母は、目と口を大きく開けたまま固まっている。こんな形で私や夫、義父までもが反撃してくるとは想像もしておらず、何が起きているのか把握できないでいるのだろう。
「こんな体になったからね。遺言書の公開を早めようと思う。君とは離婚する。つまり、君は私たちとは他人だ」
義母はようやくそこで、わなわなと震える口で反論してきた。
「何を言ってるか分かってるの?そんなことできるわけないじゃない」
「確かに離婚は双方の同意がないと難しいだろう。でも、どちらにしたって遺産は君に渡らない。今出ていくか、後で困るか。それは君が決めればいい」
義父の言葉に、義母は呆気に取られた様子だ。義父は最後に、それまでの頼りない印象を払拭するような力強い声で言い放った。
「君のような人間に、私は幻滅したんだ。赤の他人は、さっさと荷物をまとめて出ていけ」
義母は漫画のように飛び上がり、青い顔でバタバタと病室を出ていったのだった。
それから一年の月日が流れた。夫と私は今、義実家で暮らしている。義母が出ていった後、義父の介護をするために新居から引っ越したのだ。新居は売ることも考えたが、私が仕事をやめたため、他人に貸して不動産収入を得ることにした。ありがたいことに、借り手はすぐについた。
義父は最初、私たちが義実家に引っ越して介護するという提案を断ってきた。義母と別れた後、施設に入居するつもりで、自身の退職金だけは手元に残していたのだ。私にこれ以上迷惑をかけたくなかったのだろう。しかし、私は義父に言った。
「あなたは私の父親です。娘が介護するのは当然のことです」
義父は目に涙を浮かべた。
家を出ていった義母とは、その後一度も会っていない。風の噂で聞いたところによると、突然に家も家族も失い、途方に暮れた義母は親戚を頼って歩いたという。何事もなかったなら親戚に身を寄せることは可能だったのだろうが、そこは身から出た錆。私の悪口や出任せを吹聴していた義母を、誰もが人間的に信頼できず、ことごとく断られたのだとか。今はどこでどうしているのか全くわからないが、苦労していることは確かだろう。
義父の介護は体力的には大変だったが、義父はいつも私を労ってくれていたので、精神的には楽だった。驚いたことは、義父は意外に情が深く、多くのためになる話を私に聞かせてくれたこと。最後は穏やかに眠るように息を引き取った。
私のお腹の中に新しい命が宿っていると分かったのは、その後間もなくのこと。きっと義父の魂の生まれ変わりに違いないと信じ、私と夫はその子に会える日を楽しみに待っているところだ。



