40年働いて、退職金が30円。銀行の窓口で笑われた瞬間、私は静かに決めたんだ。労働法を知っていますか、ってね。その一言が全てを変えた。

40年働いて、退職金が30円。銀行の窓口で笑われた瞬間、私は静かに決めたんだ。労働法を知っていますか、ってね。その一言が全てを変えた。

中央労働委員会の事務局から電話がかかってきたのは、午後も遅い時間だった。手川氏は、退職金規定の改定が労働法違反の疑いがあると告げた。被害は退職者100名、家族を含めれば400名規模に及ぶという。江崎健一郎は、30円という振込額を記した書類を机の上で見つめていた。40年間勤めて、たった30円。それが彼に与えられた評価だった。

翌朝、健一郎は東洋精神銀行の本店ロビーに立っていた。カウンターの係員、霧山は相変わらず慇懃無礼な態度で対応する。「ご納得いただけなかったということでしょうか? 」彼は昨日と同じ言葉を繰り返した。健一郎は答えず、ゆっくりと胸ポケットから万年筆を取り出した。師匠から受け継いだ、40年使い続けた万年筆だった。「労働法、ご存知ですよね」彼の声は低く、静かだった。

その瞬間、ロビーの自動ドアが開き、白髪の紳士が秘書を連れて入ってきた。中央労働委員会の紹介状を差し出すと、霧山の手が空中で止まった。タッチペンが床に落ち、乾いた音を立てて転がった。健一郎は静かに言った。「30円分の働きしかしてないってことですよ、と昨日おっしゃいましたね。全部で30円です、と」

午後1時、紅葉正規本社の役員会議室で臨時取締役会が開かれた。社外取締役の桐先生が、退職金規定の改定は無効だと主張した。特別利害関係人である戸孝社長に退席が求められ、解職決議は賛成多数で可決された。会議室の外には、退席した社長の前に、東洋精神銀行の元行員である霧山秀夫が立っていた。彼は、自分の息子の責任だと言い、顧客の依頼はなかったと告げた。

数日後、中央労働委員会から追加の紹介状が届いた。厳選徴収表の偽造記載による税法違反も指摘されていた。桐先生は記者会見を開き、株主代表訴訟の見通しを説明した。1週間後、東洋銀行は霧山早斗主任の懲戒解雇処分を決議し、父親の秀夫も自己都合で退任した。銀行は全責任を認め、健一郎と退職者100名への謝罪文を発出した。

退職者たちも動き出した。「40年務めて30円の働きしか言われた」彼らは侮辱罪で刑事告訴を東京地検に提出した。受理されたという。半年後、戸孝社長の妻は娘を連れて実家に戻った。離婚届が届いたと、関係者は語った。彼の再就職の試みは全て断られ、株主代表訴訟は健一郎が原告となって東京地方裁判所に受理された。

合意書の署名は、翌年3月に行われた。健一郎は40年の万年筆で署名し、静かにペン先を動かした。彼の隣には、退職者会の代表として白髪の老人たちが並んでいた。「人の値打ちは勤続年数じゃねえ」師匠の言葉が、今日ここに辿り着いたのだ。基金の設立も進められ、投石患者のための支援が始まることになった。

半年後、紅葉正規本社の喫茶コーナーで、王野が新入社員に語りかけていた。「40年、お前らの先輩100名、誰1人30円の働きしかしてねえなんて人はいなかった。そういう人間になるな」その頃、健一郎は東京の墓地で、師匠と妻・自勢の墓前に立っていた。春の風が桜の花びらを一枚、墓前の万年筆の上にそっと落としていった。

Thumbnail