「お父さんが亡くなった日、葬式にも来なかった妹からLINEが来たの。『遺産いくら?』って。10年間、一度も連絡もしてこなかったくせに。あの日に私の婚約者を奪って駆け落ちした、あの妹が。それから始まったのは、お金を巡る家族の醜い争い。お母さんは妹の味方で、私の遺留分さえも否定しようとした。ところが、弁護士さんが私にだけ教えてくれた、お父さんの遺言書の存在。『相続人から除外する理由が記載されてい…

「お父さんが亡くなった日、葬式にも来なかった妹からLINEが来たの。『遺産いくら?』って。10年間、一度も連絡もしてこなかったくせに。あの日に私の婚約者を奪って駆け落ちした、あの妹が。それから始まったのは、お金を巡る家族の醜い争い。お母さんは妹の味方で、私の遺留分さえも否定しようとした。ところが、弁護士さんが私にだけ教えてくれた、お父さんの遺言書の存在。『相続人から除外する理由が記載されてい...

葬儀の日、私はまだ涙も乾かないうちに、スマホに見知らぬ通知が届いたのを覚えている。10年間、一度も連絡をしてこなかった妹・美代からのLINEだった。内容は、私が遺産をいくら受け取ったのかという、それだけのものだった。お父さんが息を引き取って、まだ数時間しか経っていないというのに。

「お姉ちゃん、お疲れ様。大変だったみたいね。ところでさ、お父さんって遺産いくら持ってたの? 5億くらい? 不動産とかもあったんでしょ? 」

私は自分の耳を疑った。お父さんの葬式にも来なかったくせに、何を言っているんだ。あの日、私はこの妹に最低なことをされた。私の婚約者を奪ったのだ。しかも、二人で駆け落ちするようにして家を出て行った。話し合いにすら参加せず、10年間、音信不通のままだった。

「私にしたこと、忘れたの?

Thumbnail

「そんな昔のことまだ根に持ってるとか、受ける。浮気をとやかく言うけどさ、あの人が私を好きになったんだから仕方ないじゃん。そんなことより、お父さんいくら持ってたの? 早く教えてよ」

あの時の生活を忘れられない、と言った。私の元婚約者と暮らしていた頃の、あの贅沢な生活を取り戻したいのだと。だからもう豪邸を契約したらしい。手付金も払ったと。そのお金は、あの男と離婚する時に「ぶんどった」お金だと、何の恥ずかしさもなく言い放った。そして、残りは遺産で払うから、早く手続きをしろと迫ってきたのだ。

私は言った。あなたに相続権はないよ、と。すると美代は、法律上の「遺留分」があると主張し始めた。娘なのだから、必ずもらえる権利があると。本当に図々しいにもほどがある。お父さんが生きていた間、一度も顔を出さなかったくせに。それなのに、お金の話になると、急に「娘」を名乗るなんて。

「お母さんは、どう思ってるの? 」

「ママもお金の話聞いたよ。私が慰謝料請求するって探し回ってたの見てたよね」

「見えたけど、私に娘を売れって言うの? 」

「私も娘なんだけど。とにかく手続きを早くしてちょうだい」

「なら、お母さんがやればいいじゃない。介護はあなたがしてたんだから、最後まで責任持ちなさいよ」

私は母親に連絡をした。すると、母は何食わぬ顔で「手続きを早くしなさい」と言った。まるで私が悪者みたいに。私は我慢の限界だった。そして、村瀬さんというお父さんの弁護士で、友人の男性に相談することにした。葬儀の日にLINEが来たこと、遺産を請求されたこと、全てを話した。

村瀬さんは深くため息をついて、こう言った。

「蒼いさん。お父さんはあなたに、あるものを預けていました。あの人は何十年も、一人で抱え続けてきたんです」

私はその言葉の意味が、その時はまだ分からなかった。

数日後、美代が村瀬さんの事務所に乗り込んできた。遺留分があるはずだと、また同じことを繰り返した。しかし、村瀬さんは淡々と告げた。

「遺留分は、相続人に認められる権利です。あなたにその権利があるかどうかが、まず問題になります」

「どういうこと?

娘なんだから相続人に決まってるじゃない」

「それが、そうとは言えない事情がありまして。遺言書があるのです」

その瞬間、空気が凍りついた。お父さんは遺言書を残していたのだ。しかも、開封は「遺産の話し合いが始まった時」と指定されていた。つまり、お父さんはこうなることを予想していたのだ。私たち家族が、お金を巡って争うことを。

私だって知らなかった。母も知らなかった。村瀬さんだけが、お父さんから直接預かっていたのだった。母に問い詰めると、母は「ご主人の意思だった」とだけ言った。その時、私はようやく気づいた。この家族には、私が知らない何かが隠されていると。

そして、遺言書が開封された。私は相続人から除外されていた。理由は、はっきりと記載されていた。私の「不貞行為」によるものだと。私は浮気なんてしていないと叫んだ。しかし、村瀬さんは突きつけた。DNA鑑定の結果を。

美代は、お父さんの子供ではなかった。私は、今まで妹だと思っていた子が、母が他の男との間にもうけた子だったのだ。信じられなかった。

「そんなの昔の話でしょ! 今の制度とは違うはずです! 鑑定のやり直しを要求します! 」

「現在の鑑定技術との差は誤差の範囲です。覆りません。そして、不貞行為を理由とした除外については、遺留分の主張も著しく制限されます。勝ち目はありません」

私は泣き叫んだ。母のせいだ、と。母が浮気をしたから、私はこんな目に遭ったんだと。しかし、村瀬さんは違った。

「蒼いさん。今からお伝えするのは、弁護士ではなく、あなたのご主人の友人としての言葉です。あの人はね、全部知った上で、あなたと結婚したんです。浮気のことを知っていながら。それでも家族を壊したくなかった。あなたを愛していたから、全てを飲み込んで、黙って耐え続けたんです」

私は言葉を失った。あの人は、私の全てを知っていたのだ。それでも、私のそばにいてくれた。なのに私は、あの人が病気になった時、見舞いにも行かず、あまつさえ家のローンを押し付けて、逃げるように離婚した。あの人がどんな気持ちでいたか、想像もしたくなかった。

私は母のところへ行き、全てを問い詰めた。すると母は、泣きながら謝った。私はあなたを傷つけたくなかったから黙っていたんだ、と。しかし、その謝罪は私の怒りをさらに煽るだけだった。

「お母さんのせいで、私の人生はめちゃくちゃだ。お父さんに冷たくされて、理由も分からないまま家を出て、お母さんの言葉を信じて豪邸なんか契約して、手付け金まで失った。どうしてくれるの?

「それは、村瀬さんに聞いてみたんでしょ? 抜け道はなかったんでしょう? 」

「私のせいじゃない。お母さんのせいでしょ! 」

家を飛び出したその夜、私はお姉ちゃん、つまり義理の姉のところへ行った。すると姉は、全てを知っていた。お父さんから、生前直接聞かされたのだと。

「どうしてお姉ちゃんだけに教えたの?

不公平じゃない? 」

「お父さんの決めたことよ。あの人はね、全部知った上であなたを育てたの。あなたが、あの人の子供じゃないって知りながら。でも、あなたがお父さんを蔑ろにしたのは、あなた自身の選択よ。『臭い』とか『気持ち悪い』とか言ったこと、覚えてないの? 」

私は何も言い返せなかった。お父さんの葬式の日、私は来なかった。お墓参りにも行かなかった。あの人が亡くなる直前、一度でも会いに行っていれば。いや、死んだ後も、私は一度も会いに行かなかった。ただ、お金のことしか考えていなかった。

姉は、静かに言った。

「お父さんは、最後まであなたが来てくれるのを待っていた。でも、あなたが来たのは、お父さんがいなくなってからよ。いや、違うわね。お墓にも来ていないから、会ってすらいない。これは、あなた自身が選んだ結果よ」

その後、母が私に泣きついてきた。もうあなたしかいない、助けてくれと。しかし、私は言った。

「お母さんは、若い頃、誰にも助けてもらえなくて辛かったって言ってたよね。長女だから全部やって当たり前、って家族に押し付けられてきたって。その話を聞いた時、私は本当に辛かったと思った。でも、すぐに気づいたの。お母さんが私にしてきたことは、それが全部お母さんのされたことと、同じだって」

「そんなことない! あなたには感謝してた!

「感謝してたとしても、やってることは同じよ。誰にも助けてもらえなかった辛さを、一番よく知っているはずの人が、私に同じことをした。その言葉、そっくりそのままお母さんに返すわ。誰にも助けてもらえない辛さを、お母さんも今から思い知りなさい」

私は家を出た。その後、母は相続から除外され、住む家も失った。美代は豪邸の契約も破棄され、手付け金も戻ってこず、貯金を全て使い果たした。無職のまま、今はアルバイトで食いつないでいるらしい。二人は、家事も介護もままならず、かつて誰にも助けてもらえなかった母の状態と、まったく同じ場所に立っている。そして、美代は母を責め続けている。母のせいで人生が狂ったのだと。二人の間には、修復できない亀裂が入ってしまった。

私は、全てが終わった後、村瀬さんからある言葉を聞かされた。

「蒼いさん。お父さんから、預かっていた言葉があります。『蒼いだけが、ずっと本当の家族だった。ありがとう』と」

お父さんは、最後まで不器用な人だった。その言葉を、直接言いたかったのだろう。なのに、私はその場にいなかった。今となっては、何を言っても遅い。

お父さんはもういない。しかし、私の思い出の中で、あの人はいつも笑っている。認知症になる前の、優しいお父さんの顔を、私はしっかりと覚えている。それだけが、今の私の救いだ。