姉から突然電話がかかってきたのは、休日の昼下がりだった。用件を聞いて、私は言葉を失った。
「なおこちゃん、ちょっと謝らないといけないことがあって。昨日あなたの家に行ったのよ。それで庭でバーベキューしてたら、家が燃えちゃった」
「は?何ですって?」
「本当にごめんね。でもわざとじゃないから」
わざとじゃないとか、そんな問題じゃない。しかもよりによって、なぜこんな日に。姉は続けた。
「どうしてもバーベキューがしたかったのよ。ちょうどあんたの家があったから使っただけ。でも私たちには何の怪我もないから安心して」
「そういう問題じゃないでしょ」
「冷たいわね。家族なんだからこれくらいで怒らないでよ。一応こうして報告してあげたんだから。それにちょっと庭が燃えて、家の壁が焦げたくらいのことよ。あとはそっちで何とかしてね」
「ちょっと待ってください。お姉さんたちは責任を取らないんですか?」
「私たちに何の責任があるのよ?これは単なる事故よ。私は悪くない。私を悪者にしようって、そうはいかないからね」
そう言って姉は一方的に電話を切った。私は混乱したまま、今度は兄に電話をした。すると兄は「今回は運が悪かったと思うんだな」と、まるで他人事のように言い放った。
「ふざけないで。そもそも勝手にうちの敷地に入るなんて非常識なことをしないでよ」
「兄弟なのに家に入るのに許可がいるのかよ」
「当たり前でしょ。あそこは私だけのものじゃないんだから」
「何をわけのわからないことを言ってるんだ。とにかくお前はきちんとした処理をしろ。家の持ち主としての責任を果たせ」
自分のことは棚に上げて、よく言えるものだ。兄は「望美がやりたいと言い出したんだ。夫として妻の願いを叶えるために知恵を絞った結果、お前の家が一番いいと思ったんだよ」と続けた。そして、信じられない言葉を口にした。
「そもそもお前が家を買うなんて百年早かったんだ。一体どうやって買ったんだ?宝くじでも当たったのか?悪いことでもしたんじゃないのか。だから今回のような天罰が下ったんだよ」
「自分たちでやったことを勝手に神様のせいにするのはやめなさいよ。まともに大学に入ることすらできなかったくせに、家を買う金が貯められるわけがないだろう」
兄は私の学歴を引き合いに出して贬した。私たち夫婦は生活を切り詰めて、コツコツ貯金して家を買ったのに。それを「不必要な浪費をしてるからじゃないの?」と逆に責められた。そして兄は「とにかく話はこれで終わりだ。こっちは仕事で忙しいんだ」と、これまた一方的に電話を切った。
次に母に電話をすると、母も驚いていた。母は「あの子たち、どうしてそんなことをしたのよ」と怒ってくれたが、私は家に帰って状況を確認すると伝えた。
家に向かう途中、姉からまた電話がかかってきた。今度はどうしてそんなことをしたのか、真正面から問い詰めた。
「お姉さん、どうしてこんなことをしたんですか?私はお姉さんのこと、妹のように可愛がってもらってたと思ってたのに」
「ぶっちゃけたことを言うと、むかついたのよね」
「何か気に触ることをしましたか?」
「したわよ。なんで家なんて買っちゃってんの?私たちよりもいい暮らしをするなんて許せないわよ」
「それが理由なんですか?」
「そうよ。私があんたを可愛がってたのは、私よりも出来損ないだったから。見下していい気持ちになれるから。なのに私たちよりも上に行こうとしたでしょう。そんなの裏切りよ。裏切り者にはしっかりと制裁を与えないとね」
姉はさらに続けた。「あんたの夫だって陽介と比べたら大したことないわ。中堅会社の課長でしょ。その程度で生意気なことをしないでよ。あんたたちは私たち夫婦よりも質素な生活をしてるから可愛いなって思ってたのよ」
「だから家に火をつけたんですか?」
「そこまではしないわよ。やっても良かったけどね。あくまで家をめちゃくちゃにしてやろうと思っただけ」
私は震える声で、一つだけ確かめたいことがあると言った。
「お姉さんがバーベキューをしたのは、庭付きの家だったんですか?」
「そうよ」
「うちはタワマンで、庭なんてありませんけど」
「え?」
「とりあえず今言えることはそれだけです。残りは追って連絡します」
私は電話を切り、そのままマンションに到着した。しばらくして、姉からまた電話がかかってきた。
「本当にマンションだったの?だって私は庭付きの一軒家を買ったって聞いてたわよ」
「どうやら勘違いがすっぽり抜けていたようです。確かに一軒家を買うつもりで動いていましたし、お姉さんにはその時に話をしてました。でも実際はその一軒家を買うのはやめたんです。都心にあるタワマンを購入したんですよ」
「なんでよ」
「今はそれは関係ないです。とにかく私たちが引っ越すところは、お姉さんたちに相談していたあの家ではありません。つまりお姉さんたちがバーベキューをしたのは、赤の他人の家だということです」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないですし、誰の家であれやったことは変わりませんよ」
「あんたがちゃんと説明をしてたらよかったのよ。そうしたら私たちのマンションで嫌がらせをしていましたか?」
「そうよ。ふざけないでください。私たちの家ならOKなんて、そんなことはないですよ。私たちは結婚してからずっと素敵な家に住みたいねと話してました。そのために生活を切り詰めて貯金をしてきたんです。それを生意気だとか、そんなわけのわからない理由でめちゃくちゃにしていいわけないでしょ」
「そんなに家が欲しかったのなら、あなたたちだって家を買えばよかったんです」
「こっちだって色々と事情があるのよ」
「そんなの知りませんよ。だとしても私たちに嫌がらせなんてしないでくださいよ」
姉は怒鳴った。「高卒のくせに偉そうなことを言うんじゃないわよ!」
「学歴は今関係ないでしょ。それに私と喧嘩してる場合じゃないですよ。あなたが火事を起こしたのは他人の家です。きっと今頃大騒ぎになってるわ。大事になる前に、素直に警察に行った方がいいんじゃないですか?」
「警察?」
「それじゃあ私たちは引っ越しの準備をしないといけないので、これで失礼します」
「待ちなさいよ。あんた、変なことをしないでよね。余計なことを言うなって言ってるの」
「でももう母には話はしちゃいましたよ」
「あんたね!」
「そりゃこんなことをされたんだから、話すに決まってるじゃないですか。もういい。そっちは陽介に対応してもらうから」
数分後、今度は母から電話がかかってきた。兄が母に連絡をしたらしい。母は兄に「本当にバカなことをしたわね」と叱った後、私にこう言った。
「なお子、お前の新居には庭なんてないのに、どうしたんだろうと思ってたわ。どうやら別の人の家でバーベキューをしてしまったようだ」
「やっぱりそうみたい。それで、お母さんはどうするの?」
「一軒家の方にはまだ行ってないけど、おそらく騒ぎになってると思う」
「そりゃそうでしょう」
「でも昨日は暗くて誰にも見られてないだろうから、足がつくってことはない」
「まさか逃げるつもりなの?」
「そもそもはあんたたちがちゃんと俺に説明をしてないのが悪いんだろう。俺たちはあの家を購入するんだと聞いてたんだ」
「言い訳しないで。人の家で火事騒ぎを起こしたあんたたちが悪いに決まってるでしょう。責任転嫁をするんじゃない」
「このことを知ってるのはあんたたち家族だけなんだ。余計なことをするんじゃないぞ」
「あんたは自分の親を脅すのかい?」
「息子を守るのが親の務めだろ。犯罪者の話になんて、時間を捨てられないわ」
「やっぱりあんたは俺のことなんて何とも思ってなかったんだな」
「何を言ってるのよ。私はあなたたち兄弟をどちらも愛してたわ」
「そんなの不公平だ。俺の方が勉強もできたし、大学にも入れたんだぞ。なんでそれで俺となお子が同等の扱いなんだよ。しかもあいつは浪人までしてあんたたちに迷惑をかなりかけていたじゃないか。なのにあんたはあいつにも愛情を注いでいた。そんなことがあっていいわけないだろう。あんな出来損ないにかける時間や労力や金があったら、全て俺に注げよ」
母は静かに言った。「私はただ自分がお腹を痛めて産んだ子供が可愛いだけよ。あなたのように勉強ができる子も愛してるし、なお子のように不器用ながらも努力をできる子も愛しくてたまらないってだけ。私もお父さんも優劣なんてつけるつもりはないけど、それがあなたは不満だったのね」
「そうだ。あんたたちはおかしいんだよ」
「あなたに嫌われてたとしても、私たちは陽介のことを愛していたわ。そしてあなたの幸せを願っていた。でも状況が変わってしまった。あなたたちをかばうことなんてできない。もし出頭しないというのなら、私から警察に通報するわ」
「おい、ふざけるなよ。さっき愛してるとか言ってたのは何だよ」
「たとえ子供であっても、犯罪は見逃せない」
「俺はなお子に制裁を加えたかっただけだ。こんなバカが一軒家なんておかしいって思ってな」
「なお子たちは頑張ってお金を貯めていたのよ。その努力をぶち壊しにするなんて、絶対に許さないわ」
「なんであいつはタワマンに引っ越すんだよ。俺たちには庭の広い家に住むのが楽しみだとか言ってたくせによ。あいつが変な心変わりしなかったら」
「それは私たちのせいなの。お父さんが先々月に倒れたのよ」
「そうなのか」
「単なる貧血だったんだけどね。なお子は家からすぐに駆けつけてくれたんだけど、新しい家に引っ越したらそれもできなくなるって思ったらしいの。だから万が一の状況でも対応できるように、家から近い方のタワマンに決めたんだって」
「そういうことだったのか」
「だから本心では一軒家に引っ越したかったはず。でもそれだけ優しい子なの。だからあなたみたいに出来損ないだと馬鹿にするのを、私は許すことができないわ。これは親として最後のお願いよ。罪を認めて自ら出頭して。これ以上私たちを悲しませるようなことはしないで」
その後のことは、もうわかっていた。私は姉に最後の電話をかけた。
「お姉さん、出頭する準備はできましたか?」
「だからあんたたちが黙ってたら、それで済む話でしょ」
「バカなことを言わないでください。犯罪者の話なんてできません」
「でも放火しようとか、そんな気持ちはこれっぽっちもなかったわ。だから大げさに騒ぐ必要はないの」
「失火という罪があるんです」
「そんな法律があるの?」
「はい。しかも建造物損壊罪もプラスされますからね。それなりに重い罪が下ることを覚悟してください」
「だったらなお子のこと、黙っていてよ。今まで可愛がってあげたでしょう。私はあなたのことを妹だと思ってたのよ」
「あなたは単に私を見下して気持ちよくなってただけでしょ。そんなものを可愛がってるとは言わないんですよ」
「違うのよ。同じ苦しみを持ってるから可愛がっていたの。私も受験で失敗した過去があるのよ。だから同じ傷を持つあなたに親近感があって」
「それで私が家を買ったから逆恨みですか?馬鹿げてる」
「お願い。警察にだけは言わないで。もう二度とこんなバカなことはしないわ」
「遅いですよ。このままでは話が終わりません。被害者だっていることですし、私の方から警察に通報しましょう」
「ちょっと待って!」
「お願いですから逃げないでくださいね。これ以上罪を重くするようなことはしないでください」
それから三ヶ月後、兄がマンションの前に現れた。管理人の人から注意するように連絡が回ってきたのだ。私が直接会いに行くと、兄は憔悴しきった顔で言った。
「助けてくれ。もう生活ができない状況なんだ」
「生活ができないの?仕事は首になったってこと?」
「首になったはなったけど、また別の仕事をしてる。でももう生活がきついんだ」
「損害賠償とかそういうこと?」
「そうだよ。家の修理費とか慰謝料とか払わないといけないんだ。でもそれがさすがに高すぎてさ」
「保険とか効くんじゃないの?」
「無理だって言われたよ。事故なら仕方ないけど、今回のことはあまりにも俺たちに過失がありすぎるからって」
「仕方ないわね。悪意に満ちた行為だったから」
「そこまで考えてなかったんだよ」
「知らないわよ」
「頼む。少しだけ金を貸してくれないか?」
「無理よ。マンションを買ったことで貯金も使っちゃったし」
「俺を見捨てないでくれよ」
「見捨てられるようなことをした覚えはない。悪いけど、これ以上私たちに突きまとうなら警察に突き出してやるからね」
「待ってくれよ。俺たちは兄弟だろ。家族にそんな酷いことをしていいと思ってるのか?」
「家族がお金を貯めてやっとの思いで買った家をめちゃくちゃにするのは、いいことなの?」
「お前が俺よりも先に家を買うから」
「それが何だっていうの?私は両親に迷惑をかけた分、しっかりと仕事を頑張って二人を安心させたかったの。いつまでも私のことを心配させるのは申し訳ないと思ったからね。だから貯金して家を買おうと思ったのよ。持ち家さえあれば生活にそこまで困ることはないからね。そのために節約をしてお金を貯めていたのに、あなたたちはそれをくだらない理由でめちゃくちゃにしようとしたでしょう。そんな酷いことをしようとしたくせに、今更被害者ぶらないで」
「いや、それは悪かったよ。だから謝ってるだろう」
「謝罪の言葉なんて一度も聞いたことないわ」
「それはブロックされてたから」
「手紙でも何でも、やりようはいくらでもあるでしょ。つまりそんな気持ちがなかったってこと」
「違うって」
「それにこっちはあんたと絶縁したと思ってる。あんたは兄でも何でもない。だから助ける義もないのよ」
「そんな……」
「あんたは許されないことをしたから不幸になるの。それがあんたの大好きな公平ってことじゃないの?」
その後、兄は高額の慰謝料や修繕費の支払いを請求され、工事現場の仕事をするようになったと聞いた。あれほど学歴にこだわっていた人にとっては、肉体労働で苦労が耐えないそうだ。そのストレスから酒に溺れ、暴力事件を起こして逮捕された。前科がなかったこともあり即刑務所行きになった。兄が大好きな公平な裁判での結果なので、仕方ないですよね。
ちなみに一人になった望美さんは、頼れる人も相談できる人もいないまま、古びた風呂なしアパートで返済に追われているそうです。生活的にはとても苦しく、美味しいお肉を食べる機会もなくなってしまったようです。最近はスーパーに行って高いお肉を見るのが唯一の楽しみになっているそうです。バカなことをしなければ、今もバーベキューを思う存分できてたんですけどね。
一方の私はタワマンでの生活を満喫しています。自然豊かな場所での暮らしを夢見ていましたが、都心でインフラも整った今の生活も便利でとてもいいものだと思いました。実家にすぐ帰れる場所にあるというのも、やっぱり良かったと思います。
そして、どこに住むかを悩んでいましたが、大切な人と一緒ならどこでも幸せなんだなと分かりました。だからこれからも家族と末永く一緒にいられることを、心から願っています。


