病院に行ってきました。結果は「うつ」だって言われました。はあ、私って本当にメンタル弱すぎですよね。
先生にはとにかく休めって言われました。でも、そんなことできるわけないんです。
結婚して8年、それなのに私はまだ甘えてるんでしょうか。義母には「気合いを入れて動けば、そんなの吹き飛ぶわよ」って言われました。起き上がるのも辛いし、吐き気もひどいのに。
「私が若い頃は、そんなの病気じゃなかったわね」って義母は続けました。
思わず聞いてしまいました。「お母さん、私がこうなった原因、分かってますよね?」
「まさか私のせいだって言うの?」
8年間、ずっと耐えてきました。「立派な嫁になれるように教育してあげたのよ。感謝しなさい」って、いつもそう言われて。
確かに結婚したのは23歳で、何もできませんでした。でも、あんなに厳しくされなくても、自分で努力することだってできたはずです。
「これが愛の鞭ってやつよ。ありがたく思いなさい」って言われても、顔を見るたびに容姿をネチネチ言われ、野菜の切り方が悪いと手を叩かれ、お風呂に入ってると電源を落とされる。そんなの、愛の鞭なんかじゃない。
「口答えするのが元気な証拠でしょ」って義母は笑いました。でも、私は医者に言われた通り、休む必要があったんです。
「休む?誰があんたの代わりに家事をやるのよ?」
「私たちは家族じゃないですか?こういう時こそ支えてくれてもいいんじゃないですか?」
「いい加減にしなさい。余計なこと言わないで」
夫は海外出張中で、頼れる人なんて誰もいません。「実家に帰るなんて許さないわよ」って言われて、私は言葉を失いました。
「お前、いい年して母親と喧嘩してるんだっけ?」って、義母は揚げ足を取るように言いました。
「すれ違いがあっただけです」とだけ言って、私は「分かりました。薬飲んで頑張ります」って返事をしました。
そして翌日、実家から父が電話をかけてきました。
「みほ、元気にやってるか?」
「お父さん、珍しいね。どうしたの?」
「そろそろ母さんと仲直りしたらどうだ?」
「別に喧嘩したわけじゃないよ。お母さんが勝手に怒ってるだけ」
「お前、全然帰ってきてないじゃないか。あれからもう3年も経つんだぞ」
確かにその通りでした。でも、私が帰りたくても帰れなかった理由を、父は知りませんでした。
「実はな、母さんが病気なんだ」
「え?」
「明日から入院することになった」
「大丈夫なの?」
「胃を摘出するんだよ」
「なんで言ってくれなかったの?」
「みほには言うなって言われたんだ」
「いつまで怒ってるのよ?」って私が言うと、父は「それは違う。母さんは怒ってなんかないよ」と否定しました。
「は?私は2度と帰ってくるなって、お茶までぶっかけられたんだよ?」
「あれはわざとだったんだ」
父は続けました。「あの日まで、お前は頻繁にうちに来てたよな。そりゃ、息抜きに実家に帰るのが楽しみだったんだろう。でも、お前の義母さんがそれをよく思ってなかったらしい」
「ある日、電話がかかってきたんだ。『実家に帰ってばかりで困ってる。そのせいで子供もできないし、嫁としての自覚がなさすぎる』って」
「何それ?」
「母さんだって当然言い返したさ。『娘が実家に帰るくらい、いいじゃないか』って。そしたら、お前の義母さんがこう言ったんだ。『だったら、娘さんのことをたっぷり可愛がってあげないといけませんね』って、脅してきたんだ」
「嘘…」
だから母は、あの日突然「もう帰ってくるな」って言ったんだ。
「そうだ。『あんたのご飯作るのめんどくさい』とか散々言われたけど、全部嘘だったってこと?」
「ああ。母さんは不器用な女なんだよ。大事な娘を遠ざける方法なんて、他に思いつかなかったんだ」
「お父さんも知ってたなら、もっと早く教えてよ」
「俺が聞いたのは昨日だよ」
父は、母が手術に備えて、もしもの時のために隠していたことを全部話してくれたそうです。
「お前が義母さんに大事にしてもらえるなら、自分は会えなくなっても構わないと思ったんだろう。飛んだひねくれもんだ」
「本当だよ…」
「母さんは後悔してる。『3年間、話したいことがたくさんあったのに、忘れちゃったわ』って怒ってたよ」
「私だって、いっぱいあったのに…」
「病院に顔出してやれ。きっと喜ぶぞ」
「もちろんよ。必ず行く」
「頼んだ」
そして、私は父に言いました。「お父さん、私も正直になるね」
「どうした?」
「私…うつになったの」
「え?」
「詳しくは帰ってから話す。ただ、体調があまり良くないから、明日すぐには行けないかも」
「修平君は帰ってこれないのか?」
「…」
私は何も答えられませんでした。だって、夫はまだ何も知らないんです。
これからどうすればいいんだろう。母に会いたいけど、今の私の姿を見せたら、きっと心配させるだけです。



