「おい、今月の家賃30万円はまだか?嫁のくせに何サボってるんだ?さっさとしろ。こっちはお前のせいで朝から競馬場に来てるんだぞ。」
電話の向こうで義父が怒鳴っていた。私は仕事中だった。
「お父さん、何の話ですか?私は今、仕事中なんですが。」
「お前は義理の両親と仕事、どっちが大切なんだ?」
「今の状況なら、仕事です。」
「白無垢の嫁の面目丸つぶれだ。このままじゃ家を追い出されるんだぞ。」
「私が住んでるわけじゃないので、自分たちでどうにかしてください。では、これから会議なので。」
「ああ、待て。まだ話は終わってないぞ。」
私は電話を切った。
2時間後、今度は義母から連絡が来た。
「旦那から聞いたわよ。あなたって本当に冷たい嫁ね。息子の敬語と結婚できたのは、私が産んだおかげなのよ。このことに感謝する意味でも30万円は払いなさい。あなたのせいで私のおやつのランクが下がったんだから。」
「お母さんとお父さんの家ですよね。私の名義ではないので、お二人が払ってください。」
「だからなんとかしようと旦那が稼ぎに行ってくれたけど、現時点で、もうすでに5万円負けたらしいのよ。これ以上義両親が困ってもいいの?」
「私が困るわけではないので。というか、それこそ敬さんに頼んだらいいですよね。あなたが家計を管理してるんでしょ。」
「だからお金のことはあなたに聞いて言ってたわよ。」
「それは前の話です。今はもう財布を分けてますよ。」
「だから敬語だけに負担させようって。」
「はい。そうしてください。」
「まあ、悪魔みたいな女だこと。」
「あの、もういいですか?会議が終わって忙しいんです。失礼しますね。」
「30万円払いなさいよ。」
仕事が終わって、敬語から連絡が来た。
「敬語、仕事終わった。あの嫁、駄目だわ。私たちを助けようという意思が全くないのよ。」
「え?リンカが?それは困ったね。俺の方からリンカに連絡しておくよ。」
「連絡って、あなたたち同居してるんだから直接話し合えばいいじゃない。」
「実は今、別居してるんだよね。」
「別居ですって。まさかあの女、不貞行為でもしてたの?」
「違う違う。リンカって大手の外資系企業の課長さんだろ。仕事で忙しいから出張が多くてさ。俺も俺で早朝出勤したりで生活リズムが合わないんだ。」
「あらまあ。それじゃあいつまで経っても子供ができないわよ。」
「それはゆくゆくね。」
「まあ、そういうわけだからさ、一時的にルームメイトと同居してるんだ。落ち着いたらまた同居するつもりだから心配しないで。」
「何もあなたが家を出なくてもいいじゃない。」
「いやあ、仕事で忙しい時のリンカってピリピリしてるから家にいづらくてさ。もっと家庭的な女と結婚すればよかったのに。」
「まあ、そんなリンカが俺は好きだからいいんだけどね。」
「本当、敬語はよくできた夫ね。じゃあ30万円の件は頼んだわよ。」
「うん。任せて。」
5分後、敬語から電話が来た。
「ご両親から30万円払えって言われたんだけど。」
「え?父さんと母さんが?なんでだろう?」
「あなたも働いてるよね。一緒に住んでないの?」
「いや、今はルームメイトと暮らしてるんだ。母さんにも言ったんだけどな。」
「そうなんだ。生活費は仕送りしてないの?」
「渡してるよ。ちゃんと毎月30万。」
「30万も。じゃあ足りてるはずじゃない。」
「でも食費や光熱費などの生活費はそうもかからないだろう。2人の年金で賄えないの?」
「俺もそう思うんだけど、散財がひどくてさ。」
「だから私を当てにしてるの?もう離婚したのに。」
「父さんも母さんもリンカのこと実の娘のように可愛がってたからな。」
「そうだっけ?」
「だからついついリンカに頼っちゃうんじゃない?」
「そうだとしても、私たちはもう他人だからね。」
「でも父さんはギャンブル癖、母さんは老舗癖があるから、さすがに俺だけの援助じゃ足りないみたいでさ。」
「そこまでひどいなら精神科で直した方がいいと思うよ。病院を調べるくらいなら私も協力するから。」
「俺の両親を頭おかしい人間呼ばわりするのか。いくらなんでもそれは失礼すぎるよ。」
「私は本気で心配しているだけだよ。」
「なら、少しくらい援助してあげてもいいんじゃない?」
「だから、私たちはお互い他人でしょ。」
「離婚したこと、本当に伝えたの?確か敬語から伝えるって言ってたよね。」
「当たり前じゃん。隠す理由ないし。」
「でも親が『リンカさんいい人だったのに』って未だに未練がましくてさ。」
「だとしても私に払う義務も責任もないわ。」
「でも、それだけしつこくされて困ってるんなら、いっそのこと払っちゃった方が丸く収まるだろう。」
「そしたらまた払えって言われるでしょ。もう駅に着いたから降りなきゃ。」
翌日、また敬語から聞かされた。
「俺たちは他人だから払わないって。冷たい嫁だな。血の繋がりはなくとも家族だろうが。」
「お父さん、平日のこの時間、私は仕事中なんです。控えてもらえたらありがたいのですが。」
「俺だって忙しいんだよ。お前が払わないから。今日は足腰が悪いのに夜にまで足を運んで稼ぎに来たんだ。恒例の義父にここまでさせて、お前の胸は痛まないのか?」
「そこまで辛いならパチンコではなく病院に行くべきです。なんと言われようとも私は払うつもりありません。」
「敬語と結婚した時、支えるって言ったじゃないか。これからは家族だから困ったことがあったら助けるって、この耳で確かに聞いたぞ。金銭的な援助もするとも言った。」
「それは結婚した時の話ですよね。」
「だからその約束は守るべきだと言ってるだろうが。話が通じないやつだな。いいから黙って払え。そうそう、今月分も追加するから60万円だぞ。」
「へ、なんで増えて?」
「家賃の振込期限の27日までに振り込んどけよ。」
5分後、今度は義母から。
「あなた、払わないつもり?いい加減にしなさい。」
「今度はお母さんですか?2人揃って仕事の邪魔をしないでもらえますか。」
「今それどころじゃないのよ。今日、電気が止まっちゃって。冷蔵庫の中のものを早く消費しなきゃいけないの。」
「それは大変ですね。」
「あ、昨日せっかく1個5000円の切り箱入りメロンを買ったのに。」
「そのお金を電気代に当てればよかったのでは?」
「何言ってるの?これもあなたが払うのよ。」
「え、納得いきません。電気代を催促するために連絡してきたんですか?」
「それもだけど、実は私見ちゃったのよ。昨日の夕方買い物してたらね、敬語が他の女性と歩いているところを。とっても親しげに腕を組んで歩いてたわよ。」
「そうなんですか。」
「それだけ?他に言うことはないの?」
「そう言われましても、私は何とも思ってませんし。」
「ああ、これだから家庭より仕事を取る女は。あなたね、ちゃんと家事してあげてるの?そんなんだから敬語も他の女性と仲良くするんでしょ?」
「別に他の女性と仲良くしても、私はもう気にしません。」
「何よ、その態度。せっかく教えてあげたのに。ひとまず電気代だけでも払いなさいよ。早くメロン完食しなきゃだから、また後で連絡するわ。」
仕事が終わって、私は敬語に言った。
「ねえ、今日もご両親から連絡が来たんだけど、私は一切払うつもりないから、もう連絡してこないよう敬語の方から言っておいてくれない?」
「あれだったらブロックしていいよ。俺から説明しとく。」
「そんなことしたら、性格的に逆上して職場に来ちゃうんじゃないかな。そう思うと怖くてブロックなんかできないよ。」
「それもそうだね。もうさあ、いっそのこと払ってあげたら。数十万で社会的立場を守れるなら安いもんでしょう。」
「無理です。私にも私の生活があるし。新しい同居人にお金がかかるの。」
「そっか。そこまで言うなら分かったよ。ところで新しい同居人って何?もしかして彼氏?」
「敬語が言ってたルームメイトみたいなものよ。」
「そうなんだ。楽しく過ごせてるようで何よりだよ。そうそう、お母さんから聞いたんだけど、ルームメイトって女性なの?」
「そうだよ。でも全然そういう関係じゃないから。」
「そうなんだ。」
「何?もしかして今更嫉妬してるの?」
「そんなんじゃないよ。少し気になっただけ。それよりお金の件はご両親に伝えておいてね。」
「分かったよ。ちゃんと伝えておくから心配しないで。」
翌日、また義父から電話。
「いい加減にしろ。意地を張ってるつもりだ。」
「またお父さんですか?今日も仕事なのですが。」
「俺だって今日は競輪場まで来たんだ。今日こそは当てないと生きていけないんだよ。」
「そのギャンブルをやめればいいんですよ。」
「口答えするな。これ以上払わないって言うなら、お前の職場に電話かけてやるからな。」
「どうしてそうなるんですか?さすがにそれはやめてください。お父さん。」
昼休み、私は義父に電話をかけ直した。
「お父さん、あんなことはもう2度とやめてください。まさか1分おきに電話してくるなんて。業務が滞って上司から厳重注意を受けたんですよ。」
「現に、お前が悪いんだろう。俺は何も間違ったことはしてない。」
「どこの世界に、嫁が仕送りをサボってるとか、ちゃんと給料払ってる会社なのかとか、文句を言う人間がいるんですか?」
「事実だろうが。」
「常識がありませんよ。」
「ならさっさと払え。次は直接行くからな。レースが始まるから連絡は後にしろよ。」
「言われなくとも、こちらから連絡することはありません。」
5分後、義母から。
「リンカさん、ようやく払う気になってくれた。お父さんはやると言ったら本当にやる人なのよ。」
「知っていたなら、どうして止めなかったんですか?」
「うちの大黒柱なんだから、私が口出せるわけないじゃない。」
「普通の大黒柱は、ちゃんと働くと思いますが。」
「働いてるでしょうが。で、払う気になったの?」
「何度言われようとも、私が払うことはありません。」
「こんちくしょう、わからないなんて。親御さんから一体どういう教育を受けてきたの?」
「少なくとも、知り合いの会社に電話するような迷惑をかけるようなことはしてはいけませんと教わりました。」
「じゃあ、払うべきものは払わないといけないってことは、ちゃんと教えてもらってないのね。」
「それはお母さんたちの方では。」
「分かった。仕方ないから私の方から親御さんに連絡する。そしたらあなたもさすがに分かるでしょう。」
「それもやめてください。お母さん。」
仕事が終わって、私は敬語に怒りをぶつけた。
「ねえ、ご両親に本当にちゃんと伝えてくれた?」
「いきなりなんだよ。何をそんなに怒ってるんだ。」
「怒りたくもなるでしょう。お父さんは会社にまで何度も電話してくるし、お母さんは私の実家にも連絡してきたんだよ。」
「え、父さんと母さんが?」
「私の両親から聞いた話だと、『義両親を助けないとは一体どういう両親だ?ケチ臭いのはあなたたちのケチな育て方のせいだ』って言ってきたらしいのよ。」
「母さんも結構怒ってるなあ。」
「呑気にそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。自分だけならまだ我慢できるよ。でも私の両親まで侮辱するなら話は別だから。敬語のご両親に忠告しておいて。」
「何を?」
「これ以上職場や実家に連絡するなら、弁護士を通して正式に対応しますって。」
「分かった。ちゃんと言うから。」
「昨日もそう言って、ちゃんと伝えてなかったじゃない。」
「ごめんって。あの後俺も家に着いて疲れてたから、そのまま寝ちゃってさ。今日ちゃんと言います。」
「本当にお願いします。離婚したこと、お金は払わないこと。絶対に今日伝えて。」
「もちろん。ああ、そうそう。話変わるけどさ、リンカって俺らが住んでたマンションから引っ越した?」
「私の名義だから引っ越してないけど。」
「んで?」
「いや、実はそっちに忘れ物があったみたいでさ、今度お邪魔してもいいかな。」
「えっと、どんなものか教えて。私が探して郵送するよ。」
「説明するのも難しいな。俺が行ったら一発だと思うから頼むよ。」
「もう離婚したんだし、あんまり入って欲しくないんだけど。」
「すぐ帰るからお願い。」
「似たものを画像で検索して送っておいてくれる?そしたら私でも分かると思うから。」
「電車から降りるから、これで。」
1週間後、義父から電話。
「お前がいつまで経っても払わないから、敬語の方から振り込んでくれたぞ。それも100万円。夫の手を煩わせるとは一体どういう了見だ?」
「100万円。それは良かったですね。なら、もう私に連絡する必要はありませんよね。では。」
「待て待て。謝罪の気持ちはないのか?」
「え?何を謝るんですか?」
「金がなくて生活できなくなるかもしれないという不安を毎日煽ったことに対する謝罪だよ。謝罪の意を込めて、お前からも金を振り込め。」
「むしろ私は慰謝料を請求したいくらいなのですが。」
「俺が何をしたって言うんだ?とにかく来月の家賃を振り込まないと、息子と離婚させるぞ。30万今すぐ振り込め。」
「もしかして、何も聞いてませんか?」
「何をだ。」
「ああ、何も伝えてないんだな。」
「何なんだ?もったいぶらないではっきりしろ。」
「もう離婚してますが。」
「え?」
「2ヶ月前に離婚しています。なので、もう私が払う必要も関係もないんですよ。これで分かってくれましたか?」
義父は「昼寝した後、敬語に確認する。嘘だったら承知しないからな。」と言った。
「嘘じゃありませんから。」
5分後、義母から。
「あなたが全く払わないから、敬語が自分の貯金から立て替えてくれたわよ。嫁として何とも思わないの?」
「思いません。離婚して嫁ではありませんので。」
「え?離婚してたの?そんな話、敬語から一言も聞いてないわ。」
「ああ。」
「だからよそに女ができても興味なさそうにしてたの。」
「実際興味ないので。」
「ああ、一体どこの女なんだか。」
「ルームメイトのことかもしれませんね。この間、ルームメイトは女性だと言ってたので。」
「あの子、母親である私に嘘をつくなんて。」
「そういうわけなので、今後払うことは絶対にありません。そんなに生活が厳しいなら、敬語の彼女さんに払ってもらってください。では。」
仕事が終わって、敬語から電話。
「聞いたぞ。離婚してたってどういうことだ?リンカさんから聞いて初めて知ったぞ。嘘ついてたのか?」
「ごめん。言いづらくて。色々と価値観の相違があって別れたんだ。」
「お前は自分が何をしたのか分かってるのか?俺と母さんに貧乏生活をしろと言ってるのと同じだぞ。」
「ごめんってば。これからは俺が仕送りするから。」
「お前にそんな金があるのか。中小企業の会社員だろ。」
「心配しないで。俺、今は金あるからさ。」
「本当か?また嘘じゃないだろうな。」
「嘘じゃないよ。本当だから、俺を信じて。」
「本当に頼むぞ。嘘だったらただじゃ置かないからな。」
5分後、義母から。
「あなた、離婚してたのね。嘘つくなんて。ルームメイトも嘘だったのね。彼女じゃない。嘘ばっかりつくような子に育てた覚えはないわ。」
「心配かけたくなかったんだ。本当にごめんなさい。」
「分かればいいわ。じゃあ今度、新しい彼女を連れてうちにいらっしゃいね。再婚するんでしょ?」
「いや、再婚はしないかな。」
「どうして?今は離婚してるんだからいいじゃない。」
「彼女、職場の後輩なんだけど、お金遣いが荒くてさ。家事もそんなにできないし。」
「あら、それはお嫁さんには向いてないわね。ならやっぱりリンカさんの方がいいんじゃない?」
「え?どういうこと?」
「だから、リンカさんとまた結婚すればいいじゃない。大手企業に務めてるんだから将来有望よ。あなたがお金なくなっても、リンカさんが助けてくれる。」
「そっか。もう一度。」
「同じ人と結婚しちゃダメっていう決まりはないもんね。」
「そうよ。私の知り合いにもそんな夫婦がいるわ。」
「リンカへの愛情がなくなったわけじゃないし。もう一度やり直してみようかな。」
「そうしなさい。義両親を助けるのは嫁の勤め。うまいことやるのよ。応援してるわ。」
「ありがとう、お母さん。」
3日後、敬語が私の家に来た。
「リンカ、大事な話があるんだ。」
「今更何のよ。敬語が嘘ついてたことはもう分かってるからね。」
「それについては本当にごめん。俺、心のどこかでリンカとの離婚を認められなかったんだ。だから俺と再婚してほしい。」
「無理。それにルームメイトって彼女さんでしょ?彼女さんと再婚しないの?」
「この間、別れたよ。彼女、お金がかかるんだよね。デートはいつも高級レストランかテーマパークだし、プレゼントだってハイブランドのものばっかり。リンカはそんなものを求めなかったよね。」
「興味ないからね。」
「だから気づいたんだ。俺にはやっぱりリンカしかいないって。」
「それも嘘だよね。」
「なんでそんなこと言うんだよ。こんなに思ってるのに。」
「大方、ご両親に言われたんでしょ。生活が窮しているみたいだしね。だから私と再婚して振り込ませようって魂胆でしょ。」
「それは違う。確かに嘘ついたのは悪かった。でもリンカを失ったことを認めたくなかったんだ。本当はリンカを愛してる。それだけは信じてくれ。」
「そう。愛してるんだ。」
「分かってくれた?」
「うん。」
「わからない。だって、それが本当なら、人のキャッシュカード盗まないよね。」
「え?何言ってるの?」
「また嘘つこうとしても無駄だから。」
「何が言いたいかよくわからないよ。」
「昨日、銀行から連絡があったの。100万円の引き落としが2日連続であったって。私の口座から200万円、勝手に引き落としたでしょう。」
「本当に何言ってるの?俺がそんなことするわけないし。リンカが自分で下ろしたんでしょ?」
「今、私の手元にキャッシュカードはないの。もしかして盗まれて、勝手に引き落とされたんじゃない?早くカード止めた方がいいよ。」
「もう止めたよ。」
「よかった。早く犯人が捕まるといいね。」
「敬語だよね。」
「だから俺じゃないって。証拠もないのに勝手に決めつけないでよ。」
「証拠ならあるよ。ペットカメラに。」
「へ?ペットカメラ?もしかして同居人って猫?」
「ああ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないし。俺が入った時にはいなかったよ。」
「猫だもの、どこかに隠れてたんでしょ。ていうか『俺が入った時には』ってどういう意味?」
「あ、いや、夢の中で入ったんだ。」
「もうそういう嘘はいいから。カメラにばっちり映ってたから。敬語が私の財布からカードを抜き取る姿。これでもやってないって嘘つくの?」
「無防備な方が悪いんじゃ。」
「やっぱり敬語だったんだね。」
「リンカってゴミ出しの時に鍵を持ってかないでしょ。だからその隙を狙って家に入ったんだ。前と変わってなくて安心したよ。」
「どうやってうちに入ったの?鍵は離婚した時に私に返したはずだよね。」
「簡単なことだよ。あらかじめ複製しておいたんだ。何かあった時のためにね。」
「まるでこういう時のために複製したみたいね。」
「そんなつもりはなかったんだけど、リンカがあまりにも払わないから、親がうるさくてさ。」
「だから盗んだの。最低だね。」
「最低なのはどっちだよ。あんなに貯金持ってたのに、うちの親に1円足りとも払わないなんて。」
「私のお金だもの、当たり前でしょ。そのお金はちゃんと財産分与で俺にも分けてある。臨時の稼ぎでも、婚姻中の給与は俺のお金でもあるんだよ。」
「毎月30万円も払って、貯金なんかあるわけないじゃない。」
「じゃあなんであんなにあったの?」
「離婚した後、ちょうどボーナスだったの。営業成績が良かったのとプロジェクトの成功で、今回は多めにもらえたんだよね。」
「うざ。自慢かよ。」
「聞いたのそっちでしょ。そういうわけで、敬語のお金ではありません。それと、ちょうど今回の件でさっき警察に相談してきました。」
「は?何余計なことしてるの?」
「被害にあったんだから当たり前でしょ。警察は不法侵入に当たる可能性があるって。」
「俺、元夫だよ。民事不介入とかで不発になるって。」
「だから、私たちもう離婚してるから他人なんだよ。罪に問われるに決まってるでしょ。警察もこれから調査するって言ってくれてるから、捕まるのも時間の問題だね。」
「分かった。お金は返すよ。だから被害届は取り下げてくれる?俺たち愛し合った仲じゃん。」
「敬語はご両親にも私にも嘘ばっかりついてたよね。」
「そんなことないだろ。」
「離婚したこと伝えたのも嘘。毎月30万仕送りしてるのも。ルームメイトも嘘。リンカを愛してるのも。」
「彼女はある意味ルームメイトじゃん。」
「ルームメイトならプレゼントする必要はないよね。全部その場しのぎの嘘で取り繕ってきただけ。でも嘘は必ずバレるよ。」
「もう2度と嘘つかないから。だからお願いだ。俺と再婚してほしい。」
「嘘つきは泥棒の始まりって本当だね。犯罪者の身内になりたくないので、他を当たってください。さようなら。」
1ヶ月後、義父から電話。
「リンカさん、今すぐ90万円立て替えてくれ。」
「『仕事中です』って言っても連絡するんですもんね。今回は何の用ですか?」
「実は家から追い出されてしまったんだ。あの100万円で家賃を払わなかったんですか?」
「そのギャンブルで倍にして増やそうと思って。まさか全部吸われたんですか?」
「頼む。倍にして返すから、家賃の金だけでも貸してくれ。」
「お父さんがギャンブルで勝った試し、ないですよね。」
「パチスロの必勝法を買ったんだ。だから今度こそは絶対に勝てる。」
「私、勝てない賭けはしないんです。だからお父さんに投資はしません。」
「絶対に損はさせない。だから頼むよ。」
「嫌です。これからは私に頼らないでください。では。」
5分後、義母から。
「敬語が住んでる家に行ったら、もぬけの殻だったわ。あなた何か知らない?」
「ああ、警察から連絡がありましたよ。身柄を拘束して捜査しているとのことでした。」
「え?どういうことなの?」
「私の自宅に無断で入り、金品を持ち出した疑いで、警察に対応してもらっています。」
「敬語が犯罪者って言いたいの?」
「そうなる可能性が高いとのことですよ。」
「どうせあなたが罠にはめたんでしょう。ああ、散々だわ。」
「家を追い出されたから敬語の家に行こうとしたら、敬語は逮捕されてて家の中に入れないなんて、残念でしたね。」
「そうだ。あなた、苦手だったわよね。私のご飯、美味しいって言ってくれたでしょ。振る舞うから、私を家に置いてくれないかしら。」
「結婚してた頃、私の料理まずいって言ってましたもんね。」
「私、負けず嫌いなので、あれから料理教室に通って上達したんです。なので、お母さんが作る必要はありませんよ。」
「そんな無慈悲な。頼れる人もお金もないのよ。全ての判断をお父さんに委ねた結果です。これからどうやって生きていけばいいの?」
「これを機に、少しは自分で考えたらどうですか?私はもうあなたたちの手助けをしません。もう関わることはないでしょう。」
「待って。見捨てないで、リンカさん。」
その後、留置所に入れられていた敬語は、不法侵入の容疑で正式に逮捕されました。鍵を複製して住居侵入し、さらに窃盗に及んだ行為は悪質として、執行猶予付き懲役2年の判決が下されました。会社にも事件が知られ、解雇にもなりました。再就職も難しくなり、敬語は収入源を完全に失います。あまりのお金のなさにスーパーで食料を窃盗し、敬語は刑務所へ行くことになりました。
住む場所を失った義父と義母はネットカフェとなります。しかし義父のギャンブル癖は治らず、ネットカフェもままならなくなりました。義母が親戚中に頼りますが、息子が逮捕されたことで敬遠され孤立。とうとうホームレス生活になったのだとか。
一方、私は義父のせいで失った会社での信頼を回復。仕事にもさらに打ち込み、海外赴任の話が出ました。敬語の件があってちょうど引っ越したかったので、これを機に海外へ引っ越します。以前は自由に使えなかったお金。今度こそ好きなものを買ったり食べたりして、猫と幸せに暮らします。



