「離婚届、出してきたわ」
私がそう言うと、元夫のまさかずは軽く流した。「そっか。お疲れさん」
「お疲れさんって、誰のせいでこうなったと思ってるの?」
「はいはい、俺のせい。俺のせい」
「不倫して、相手を妊娠させて、その態度?」
「だから悪かったって言ってるだろ」
「ユナはまだ4歳なのに。こんなことになるなんて」
「だから、ユナの親権はお前にやっただろ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「そもそも、お前が悪いんだぞ」
「私が?」
「女のくせに、俺より稼いでる。そのせいで家でも肩身が狭いんだよ」
「は? そんな理由で不倫してたの?」
「大事なことだろ。こっちは毎日お前に気を使ってたんだぞ」
「気を使ってた? 会社の飲み会って言って、毎週飲みに行ってたじゃない」
「あれだって、家にいたくなかったからだよ。疲れて帰って、家でも気を使いたくないだろ」
「私、あなたを疲れさせるようなこと、何もしてないわ。家事も育児も全部私がやってた」
「空気ってあるだろ。お前がそうじゃなくても、俺は気にするんだよ。正直、お前と一緒に暮らすのは息が詰まる」
「そんな言い方…」
「帰っても仕事してたりしてさ」
「それは仕事が終わらなかっただけで…」
「何? 俺への当て付けか? 俺なんて、弱小企業の万年係長だもんな。大企業勤めの部長様からしたら、ゴミ同然だろ」
「なんでそんな言い方するの? 私はそんなこと一度も思ったことない」
「お前が思ってなくても、そういう空気があるんだよ」
「まさかず…」
「その点、花はよくできた女だよ。ほどほどにバカで、愛嬌があって、一緒にいてしんどくない。顔も可愛いし、お前より6歳も若い」
「あなたね…」
「あいつが俺より稼ぐようになるなんて、ありえないしな」
「そんな言い方、花さんにも失礼でしょ」
「気にするような女じゃないから、問題なし」
「ああ、そうそう。養育費の件、あれで決定でいいんだよな。月50万で、公正証書も作成する」
「そうね。私は構わないけど、あなたは本当にあれでいいの?」
「いいから言ってるんだろ。それとも、何か不満でもあるのか?」
「不満ってわけじゃないけど…」
「不倫の慰謝料は、まあ、そっちで適当に頼むわ」
「分かった。じゃあ、そういうことで。可愛い嫁が待ってるから、今日も仕事頑張ろう」
「そうですか。さようなら、まさかず」
数日後、私は花さんと会っていた。
「今日は公正証書の作成、お疲れ様でした」
「あの、花さん。一体何の用ですか?」
「旦那さんに捨てられた惨めな香織さんに、最後のご挨拶みたいな感じです」
「随分と性格が悪いんですね」
「いいえ、性格が悪いのはそっちでしょう」
「何を…」
「私、まさかずさんに言われましたよ。香織さんは夫を立てない、出来の悪い嫁だって」
「夫を立てる? 夫に家で気を使わせるとか、家でもストレスを溜めるとか、可哀想。私だったら絶対にそんなことしませんよ。家事も育児も全部私がやって、家では夫の仕事の愚痴もちゃんと聞いて、休日も家族の時間を作ってました」
「そこまでやって、出来の悪い嫁ですか?」
「うわ、それで大丈夫だと思ってたんですか?」
「はい?」
「男の扱い方を分かってませんね。男ってのは、自分が上だって思いたいんですよ。だから上手に立ててあげないと。女はちょっとバカくらいがいいんですよ」
「それ、自分で言いますか?」
「事実として、私より賢い香織さんは捨てられましたよね。正直、気分がいいです」
「あの、私とあなたの接点って、ほとんどありませんよね。あなたはまさかずの部下で、私はまさかずの妻で。連絡先を交換したのも、成り行きだったし」
「酔ったまさかずさんを連れて帰った時に交換しましたっけ?」
「なら、どうしてそこまで目の敵にするんですか?」
「いや、前々から気に食わないと思ってましたよ。家にお邪魔するたびに、完璧な奥様って感じで」
「それのどこが悪いんですか? 私は私なりに、いい妻、いい母親でいようと努力して…」
「そういうの、作り物って言うんですよ。仕事もできて、幸せな家庭を持ってて、美人で上品な奥様。うっ、吐き気がする」
「何を言ってるんですか?」
「私、初めて香織さんを見た時から思ってたんですよね。私と人生が違いすぎて、腹が立つなって。だから、旦那さんを頂いちゃいました」
「花さん…」
「私よりいい人生を送ってた女が捨てられるの、最高。ありがとうございました。旦那さんだけじゃなくて、私の気分まで良くしてくれて」
「最低ですね」
「最低な女に旦那を取られた挙げ句、金も取られるんですよ。ざまあみろ」
「お金は自分で合意したくせに、何言ってるんですか? まあ、せいぜい残りの負け犬人生、頑張ってくださいね」
2ヶ月後、まさかずから電話がかかってきた。
「おい、香織。離婚してから一度も養育費を振り込んでないぞ。早く今月の50万を払え。給料差し押さえするぞ」
「は? どうやって?」
「公正証書の存在を忘れたのか? ちゃんと給料差し押さえの項目も用意しただろうが」
「うん。だから、どうやって?」
「お前、話を聞いてるか?」
「聞いてるけど、先月分は待ってあげたんだ。離婚したばかりで、お前も大変だろうってな。けど、それに甘えるなら、もう知らないぞ」
「あのさ、さっきから何言ってるの?」
「だから、養育費についてだよ。お前からの50万を当てにして、車を買ったんだ。急いで入金してくれないと困るって言ってるんだ」
「いや、お前が払うんだよ」
「あ? 養育費50万でしょ? 先月待ってあげたのはこっち」
「いやいや、お前、何言ってるんだ? 払いたくないからって、くだらない嘘をやめろよ」
「花さんの反応を見て、まさかとは思ってたけど…まさかず、あなた、自分が養育費をもらえると思ってたの?」
「当たり前だろ」
「なんでよ? 養育費は子供の養育のためのお金じゃない?」
「それくらい知ってる」
「じゃあ、ユナを引き取った私がもらうよね。普通」
「バカかよ。あのな、子供は俺にもいるんだぞ」
「あ、花さんのお腹の子でしょ。それが?」
「俺よりもお前の方が給料が高い。だから、養育費をもらうのは俺だろ」
「なんでよ? 子供の養育をしてて、お前よりも金がないんだ。バカでも分かる、当然の結論だろう」
「あの、その子って、私の子じゃないんだけど。どうして他人の子供の養育費を私が払うの?」
「花が妊娠したのは、俺とお前がまだ夫婦の時だ。つまり、お前にも養育義務がある」
「いや、ないでしょ」
「知らないのか? 婚姻関係がない子供でも、養育義務はあるんだぞ」
「それは連れ子とかの場合でしょ。あと、認知とかしてないとダメじゃなかった? 私も詳しくないけど、少なくとも不倫相手の子供に養育費を払えなんて法律はないからね」
「いやいや、何言ってるんだ? 冗談やめろよ」
「冗談じゃないけど」
「じゃあ、何だ? 俺は自分が払う養育費の額を釣り上げてたのか? 月50万まで」
「ただのバカじゃん」
「そうよ。ただのバカ。私と弁護士さんは何度も確認したわよ。本当にこの条件で大丈夫かって」
「おかしいだろ! お前の方が稼ぎがあるのに、なんで俺が払うんだよ」
「私がユナの親権を持ってるからよ」
「そんなの認められるか! 月50万なんて無理だぞ。さっきも言った通り、車のローンだってあるんだ」
「あと、忘れてない?」
「何をだよ」
「慰謝料」
「あ、いや、待て。それはなしだろう」
「なしって、何が?」
「ほら、慰謝料は養育費で…」
「いや、でも、養育費を俺が払うなら、慰謝料は…」
「こんがらがってきた」
「それはこっちのセリフなんだけど。ちなみにだけど、仮に私が養育費を払うとしても、慰謝料は別に養育費の支払いでチャラにはならないから」
「でも、ネットの通信料とか工事費とかさ、なんか月々の支払いでお得に、みたいなのあるじゃん」
「慰謝料や養育費はキャンペーンとかやってないから。養育費と慰謝料は別問題」
「ちなみに、慰謝料って、その、いくら?」
「4歳の幼い子供がいる中での不倫。しかも不倫相手が妊娠。相場よりも高くなって、400万くらい」
「400万? 無理、無理、無理、無理だって」
「知りません」
「加えて、養育費が月に50万だろう。絶対に払えない。俺は払わないからな」
「公正証書あるの、忘れてない? ああ、給料の差し押さえも可能だからね。早く払わないと、差し押さえちゃうわよ」
30分後、まさかずは花さんに電話していた。
「まずいことになった」
「まずいこと?」
「養育費は払うって言ってた」
「その、についてなんだよ」
「え? 養育費もらえなくなった」
「は? もらえないって、月50万が?」
「そうなんだよ。なんか思ってたのと違ってさ」
「はあ? 何言ってるの? あんだけ自信満々に言ってたじゃん」
「しかも、慰謝料も請求されるみたい。400万」
「え、400万? でも、慰謝料は養育費でチャラにできるって」
「なんか、別らしいよ」
「らしいよ、じゃなくない? これ、どうすんの? 月50万もなくなって、400万の慰謝料とか」
「あ、その月50万な。なくなっただけじゃなくて、こっちが払うらしいわ」
「はあ? 払う? 私たち、2人の給料を合わせても足りない額を」
「いや、マジで言ってる」
「笑い事じゃないから。なんでさっきからそんな余裕ぶってるの? 大ピンチじゃん」
「そう思うだろ」
「思うよ」
「ところがどっこい。俺、思いついちゃったんだよ」
「思いついたって、何よ? この最悪な状況をどうにかできるの?」
「いや、冷静になって考えてみろよ。養育費は子供のためのものだろ」
「え? うん。でも、私のお腹の子には払ってくれないんでしょ?」
「そう。俺の子ではあるけど、香織の子じゃないからってさ。俺と香織で決めた養育費は、ユナの分ってわけだ」
「なら、ユナちゃんの親権を持ってる香織さんの勝ちじゃん。こんなの、どうやってもひっくり返せるわけない」
「そう。ユナだよ」
「は? ユナちゃん?」
「今は確かに香織が親権を持ってるけど、俺が持ったら…」
「それは、月50万の養育費をまさかずさんがもらえる?」
「そうそう、そういうこと」
「養育費の内容はもう決定してるんだ。つまり、ユナさえ手に入れれば…」
「いや、でも、香織さんが渡してくれるわけないよね」
「正面から言えばな。けど、俺はユナの父親だ。その父親がユナと暮らすのは自然なことだろう」
「えっと、つまり…」
「香織が保育園に迎えに行く前に、迎えに行くって話。ユナさえ手に入れれば、こっちのもんだからな」
「ねえ、それって本当に大丈夫なの? 養育費の誤解があったばかりだよ」
「大丈夫だって。父親が娘を迎えに行って、誰に文句を言われるんだよ」
「それはそうだけど…」
「安心しろ。花は俺に任せておけばいいんだよ。そしたら、幸せウハウハ生活だ」
「まさかずさん、信じるからね」
「おう、大船に乗ったつもりでいろ」
翌日、私は花さんに電話をかけた。
「花さん、ユナはどこですか?」
「どこって? そりゃもちろん、うちにいますよ」
「やっぱり。保育園の先生が、まさかずが迎えに来たって。1時間くらい前ですかね。そのために、今日は早めに仕事を上がったんで」
「目的は何ですか?」
「目的、分からないんですか?」
「分かりませんね」
「まさかずはユナの親権を最初からいらないと言っていました。それがなんで今になって…」
「そんなの、養育費のために決まってるじゃないですか」
「は? 養育費?」
「今日からユナちゃんは私たちが育てます。なので、養育費、月50万、しっかりと払ってくださいね」
「そんなことのために、こんな誘拐みたいなことをしたって言うんですか?」
「こんなことって、大事なことですよ。こっちは生活がかかってるんです」
「ふざけないでください。今すぐユナを返して」
「話、聞いてました? 返してって言われて、返すわけないじゃないですか」
「そうですよね。そりゃそうです」
「ああ、分かってくれました」
「少し頭に血が登ってました。あなたと会話したおかげで、冷静になれましたよ」
「それはどうも」
「で、冷静になった上で言いますね。今すぐユナを返しなさい」
「だから、それは無理だって」
「無理だと言うなら、警察に通報します」
「え? 何言ってるんですか?」
「私はあなたたちの家の位置を知りません。ユナを取り返したくても、自力では無理です。ですので、娘が誘拐されたと通報させていただきます」
「いや、本当に何言ってるんだ? 誘拐通報、冗談でしょ?」
「このLINEを見れば、きっと動いてくれるはずです」
「まさかずはユナちゃんの実の父親ですよ。父親が娘を連れて行って、誘拐扱いなんてされますか?」
「父親だろうが何だろうが関係ありません。ユナの親権をまさかずが持っていない以上、これは誘拐です」
「そんなバカなこと…」
「嘘だと思うなら、どうぞご自由に。そのまま警察が来るのを待っていてください」
「ちょっと待ってください。私は、私は関係ないじゃないですか。悪いのは連れて帰ってきたまさかずさんで、私は知らなくて…」
「知らなくて、は通りませんよ。同じ家に住んでて、知らなかったでは済まない。主犯でなくても、罪に問われる可能性はありますよ」
「いや、私、妊婦ですよ」
「だから?」
「妊婦を逮捕なんて、それ、最低じゃないですか?」
「子供を誘拐してるくせに、最低はどっちですか? 妊婦を逮捕したらダメなんて法律はありません」
「嘘でしょ?」
「良かったですね。拘置所でも出産はできますよ」
「そんなの絶対に嫌」
「どうしたら…」
「とは言いましたが、私としても通報するのは不本意なんです。ユナは4歳です。両親が離婚したとはいえ、実の父親が目の前で逮捕。そんな経験をさせたくはありません」
「じゃあ、通報なんてやめていいですよ。本当に」
「ただし、ユナが何事もなく私の元へ帰ってきたらです。もしユナに何かあれば…」
「分かった、分かったから。けど、養育費は…」
「ちなみに言っておきますけど、ユナがそちらにいても意味はありませんよ」
「意味ないって、どういうこと?」
「親権を持ってる私が養育費を払う理由がありません。そんなの、仮に親権をまさかずが持ったとしても、今の養育費の内容はまさかずが払うと同意したものです。私が払う場合、内容は再検討になります」
「じゃあ、通報されるだけ損か?」
「そういうことです。分かったら、早くユナを返してください。娘のためなら、元夫を通報することに抵抗はありませんからね」
翌日、まさかずが私の家に来た。
「香織、ユナを返せ」
「返せって、親権は私が持ってるのよ。今のあなたに返せなんて言われる筋合いはありません」
「うるさい! 花を使ってユナを奪いやがって。そのせいで、花も出ていったんだぞ」
「え? 花さんが?」
「ユナが手に入らないってことは、養育費を払うってことだ。加えて慰謝料に車のローン。そんな借金まみれの男とは結婚できないとさ」
「それは、なんていうか…自業自得」
「ふざけんな! 香織。お前はいつもそうだよな」
「いつもって、何よ?」
「俺がやることなすこと、何でも邪魔しやがって。俺が今も出世できないのも、お前のせいだ」
「いや、なんで私のせいなのよ?」
「女のくせに、男の俺よりも稼ぎやがって。そんなのが嫁だったから、俺が成長できなかったんだ」
「だから、なんで私のせいなの? 私とあなたは会社も違うでしょ? 因果関係が意味不明なんだけど」
「お前の旦那ってだけで、俺がどんな目で見られてきたか。できる嫁と、できない…」
「そりゃ、やる気もなくなるわ」
「何を言い出すかと思えば、そんなの自業自得じゃない?」
「なんだと?」
「私のせいでやる気が出ない? 最初からやる気がないだけでしょ」
「そんなことない! お前がもっともっと俺を支えてくれてたら…」
「支えてきたじゃない。家事も育児も全部私がやって、会社での愚痴も聞いて、仕事の相談にも乗ってた」
「お前くらい賢いなら、出世の手助けくらいできたろ」
「何それ? 例えば、俺の仕事をお前が代わりにやるとか?」
「は?」
「そうだよ。プレゼンの資料とか作ってくれたらよかったんだ。そしたら、俺だって…」
「なんだと?」
「それって、あなたの実績じゃないでしょ。そこまでして出世したいの?」
「女に見下されるよりはマシだ」
「ああ、そうだった。あなたは自分が見下せる女が好きなんだっけ? だから、花さんと不倫したんだもんね」
「お前も花くらい男を立てる女だったら、俺はこんな目に遭わずに済んだのに」
「その男を立てる女さん、あなたを捨てて出ていったんでしょ?」
「それもお前のせいだろ?」
「いやいや、単純にあなたが見下されてただけ。花さん、言ってたわよ。『立ててればいい』って」
「立ててる?」
「花さんをバカだって見下してたみたいだけど、本当に見下されてたのはあなた。『立てたら言うことを聞く』程度に思われてたのよ」
「そんな…」
「だから、捨てられたんでしょ。自分で言ってたわよね。『万年係長の俺はゴミ同然だろ』って。あなた、本当にゴミだったみたいね」
数日後、花さんに通知が届いた。
「ちょっと、これ、どういうことですか?」
「花さん、これがどういうことですか?」
「慰謝料ですよ。慰謝料」
「なんで私のところにこんな通知が?」
「そりゃ、あなたにも請求したからですけど」
「私はもう、まさかずさんとは何の関係もありません」
「はあ、そうですか」
「だから、こんな通知を送られても困ります」
「いや、あなたが不倫したんですよね」
「そうですけど…」
「だから、慰謝料を請求したんです。お分かりですか?」
「そんなの、400万全額、まさかずさんに請求してください」
「何言ってるんですか? どっちも悪いんだから、どっちにも請求しますよ」
「だったら、これ、変ですよね」
「何が?」
「金額ですよ。金額。なんで私が300万請求なんですか?」
「ああ、そのことか」
「仮にどっちにも請求するなら、私が少なめでしょ。妊婦ですよ、こっちは」
「妊婦は別に無敵のバリアじゃないですからね。子供の鬼ごっこじゃないんで」
「うるさいですね。ともかく、内容が間違ってます。間違ってます。私、100万です」
「なんで?」
「正直に言えば、別に200万ずつでも良かったんです。でも、支払い能力に問題がありまして」
「支払い能力?」
「ほら、まさかずはローンもあって、養育費もあるでしょ。月の給料が30万もないまさかずには、これ以上は無理です」
「そんなの、知りませんよ」
「ねえ、そこだけは同意です。私としてはそんなの知ったこっちゃないんですが、法律的な問題があるんですよ」
「だからって、なんで私が300万も…」
「まあ、あなたもまさかずも、どっちもどっちなんで、諦めてください」
「私、これから子供を産むんですよ。なのに、こんな大金を払うなんて…」
「自業自得です」
「ねえ、香織さん。あなただって母親なら分かりますよね。子供を育てるのって、お金がかかるんです」
「分かりますよ。服とか靴とかの日用品はもちろんですが、突然の風邪や健康診断、補助があるとはいえ、出費は多いです」
「なら、同じ母親として、少しは遠慮してくださいよ」
「ねえ、花さん。何ですか?」
「同じ母親として、女として、分かりませんか? 突然、夫や父親を奪われた家族がどう思うか」
「それは…」
「ユナは4歳で、父親がいなくなったんですよ」
「うちの子だって、生まれる前から父親がいません。同じですよ」
「違います。あなたは自分で捨てたんでしょ? 私とユナは奪われたんです」
「じゃあ、再婚でも何でもしてください。あんな男、私はもういらないんで」
「そういう問題じゃないんですよ」
「私が鼻についたでしたっけ?」
「は?」
「そんな理由で人様の家庭を壊しておいて、自分はもう関係ないで逃げられると思ったんですか?」
「そんなこと言われたって、私はもう本当に関係なくて…」
「それで言うなら、ユナは最初から関係ありませんよね。けど、父親を奪われて、一時は誘拐までされました」
「それは…」
「でも、今ならあなたの気持ちが少しだけ分かります」
「どういう意味ですか?」
「あなたみたいな自分勝手な女に関わってるだけで、吐き気がしますよ」
「そんなこと言わないで。お願いです。助けてください」
「あなた、言ってたでしょう。私が気に食わなかったって。それ、私も同じなの」
「は?」
「人の家庭を踏みにじって笑ってられる。そんな女、気に食わなくてしょうがないわ」
「助けて…」
「助ける? 冗談やめてよ。そのまま地獄まで行ってらっしゃい」
その後、まさかずは買ったばかりの車を泣く泣く売り払い、ローンを返済。とはいかず、足りなかった分は自身の親に借金して返済したそうです。養育費に関しては、月50万も払えるはずもなく、こちらは内容を見直し、月10万という相場よりも高い金額で決定しました。もちろん、公正証書も改めて作り直し、支払いが滞れば強制執行です。
慰謝料400万については、月5万の20回払いという形に。結果として、まさかずは月に15万の出費と、両親への借金を抱えました。月の給料が30万もないので、半分以上を毎月支払いに当てる計算です。ボロアパートで大学生並みの節約生活。不倫して、不倫相手を妊娠させて、妻と子供を捨てた末路としては、妥当でしょう。
花さんは300万の慰謝料とお腹の子を抱えて、シングルマザーへ。ご両親の元で暮らしながら、財布の紐をしっかりと握られ、返済も滞りなく行われています。どうも花さんのご両親は、生まれてくる孫のことを考えて実家で暮らすことは許しつつも、慰謝料返済を助けるつもりはないようです。あくまで自分が働いた不始末の罰として、出産後は昼も夜もなく働き、ひいひい言いながら慰謝料を払ってくれています。
私はといえば、ユナと2人でのんびりとシングル生活を送っています。仕事が忙しいのはありますが、ありがたいことに金銭的な余裕はあります。なので、少し仕事をセーブして、早めに帰れるようにしてもらいました。皮肉なことではありますが、離婚後の方がユナとの時間は増えています。その時間を使って、父親がいないことをユナが不幸に思わないよう、これからもユナの母親として一生懸命過ごしていこうと思っています。



