「お母さん、今度の正月のことなんですけど」——その一言から、私の正月は地獄みたいになった。十二月の終わり、いつも通り夫の実家に電話を入れただけだった。なのに義母は「けど何?まだ優香さんのターンでしょ」と畳みかけてきて、会話はキャッチボールだの何だの、まるで尋問だった。私はもう臨月で体調も優れず、「正月の集まりには参加できません」と伝えると、「断る立場なのにLINEで終わり?失礼だと思わないの…

「お母さん、今度の正月のことなんですけど」——その一言から、私の正月は地獄みたいになった。十二月の終わり、いつも通り夫の実家に電話を入れただけだった。なのに義母は「けど何?まだ優香さんのターンでしょ」と畳みかけてきて、会話はキャッチボールだの何だの、まるで尋問だった。私はもう臨月で体調も優れず、「正月の集まりには参加できません」と伝えると、「断る立場なのにLINEで終わり?失礼だと思わないの...

「お母さん、今度の正月のことなんですけど」

「けど何?まだ優香さんのターンでしょ」

「ターン?」

「会話ってキャッチボールなのよ。お互いに言葉を投げ合うものなの」

「いや、分かりますけど……」

「けどじゃ何が言いたいか分からないでしょう。言葉が続くんでしょ。あなたの言葉をもらったら私も返すわ。はい、どうぞ」

「え、あ、はい。その、私もう月ですし、体調が優れないことも多いんですよ」

「はい。それで?」

「だから、ちょっと顔を出せないかもなって」

「ちょっとって何分?数分だけ顔を出せないってこと?一時間くらい待ったら顔出すの?」

「あ、いや、そういうことじゃなくてですね……」

「物事ははっきり伝えなさい。曖昧な言葉じゃ何が言いたいのか分かりません」

「……月でしんどいので、正月の集まりには参加できません」

「あのね、それってLINEで言うこと?そういうのは直接顔を見ながら言うべきでしょ」

「ですから、体調が優れなくてですね」

「そういう言い訳は要りません。断る立場なのにLINEで終わり。それって失礼だと思わないの?」

「前々から思ってましたけど、お母さんって話が通じない性格してますよね」

「何?私に文句でもあるの?」

「あ、いや、こっちの話です」

「うちに来るの?来ないの?」

「じゃあ、明日にでも一度そちらに顔を出させていただきます」

「来れるの?」

「断るなら直接なんでしょ。明日来れるなら正月も来れるでしょ」

「お母さんが言い出したことじゃないですか」

「あと私のところにだけ来ても駄目よ。正月は親戚も集まるんだから、私やお父さんも含めて三十人もいるの。全員に直接断りを入れて来なさい」

「無理ですって」

「だったらちゃんと出席しなさい。優香さんは高志と結婚して一年目の新妻なのよ。他の方に迷惑をかけるなんて許されないわ」

「はあ……」

「あと、うちの集まりでは嫁がおせちを作るのが伝統よ。三十人分のおせちはあなたが作るんだからね」

「聞いてませんけど」

「今言いました。当日はうちの台所を使っていいから、よろしくね」

その夜、高志が仕事から帰ってきた。

「優香、今日母さんに連絡入れたんだろ。どうだった?」

「駄目。全然駄目」

「ああ、お疲れ」

「お疲れさま。ねえ、お母さんってあんな感じだったっけ?話が通じないっていうか」

「母さんのお得意の言葉がかりだな。俺もあのモードの母さんの相手は苦手だよ」

「言葉がかりっていうか、魔女裁判。私が行く前提で話してるじゃん。こっちの話を聞く気なんて最初からないじゃん」

「分かる。結局正月は行かないと駄目みたいだ」

「無理しなくていいぞ。俺から断っとこうか。最近体調が悪いことも多いんだろ」

「いいよ、大丈夫」

「本当か?俺は正月の集まりとか行かなくてもいいけど」

「大丈夫だって。それに、高志とお母さんが話したらまた喧嘩するでしょ」

「そこはほら、頑張るというか」

「それ絶対するやつじゃん。私、ああいうの苦手なんだよね」

「俺は別に……」

「それにさ、お母さんは大事にしないと。高島で私みたいになって欲しくないし」

「優香、お母さんのことまだ気にしてるのか?」

「そりゃしてるよ。だから高志は私みたいになったら駄目」

「そうだな。気を使ってくれてありがとう」

「いえいえ、それほどでもあります」

「はいはい、調子のいい奴だな。てか、本当にしんどかったら遠慮なく言えよ」

「はーい。じゃあ当日はさくっとおせち作っちゃいますか」

「俺はその日朝から上司の家に挨拶に行くからな。昼頃には戻るけど、何かあったら連絡してくれ」

「そんな心配しなくても大丈夫。おせち作った後はゆっくりできるでしょうし、親戚の目があるんだからお母さんも大人しいでしょ」

「だといいんだけどな。じゃあ、これから帰るわ」

「はーい」

正月当日。高志の実家では朝から慌ただしかった。優香は午前五時から台所に立ち、三十人分のおせちを一人で作り上げた。ようやく一段落ついたところで、義母が戻ってきた。

「優香さん、おせち料理三十人分はちゃんと作ったの?」

「はい。朝五時から作ってましたからね」

「それにしても……」

「何よ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」

「お父さんは足が悪いのでご実家にいましたが、お母さんは朝からどちらへ?」

「朝の散歩よ」

「え、妊婦の嫁に料理を丸投げしてお散歩ですか?酷くないですか?」

「悪い?私が悪いとは言いませんけど……」

「だから『けど』って接続詞でしょ。そこで切ったら文法としておかしいと思わない?」

「……何でもないです」

「だったら最初から言葉を濁すんじゃありません。とにかくおせちは作り終わりました。自分が悪いのに何怒ってるんだか」

「優香さん、あなた情緒不安定だって言われない?」

「それはお母さんでは?」

「何ですって?」

「何でもありません」

「ああ、もういいわ。それじゃあ私はゆっくりさせてもらいますね」

「じゃあ高志の部屋にでもこもってなさい」

「高志の部屋、まだ残ってるんですか?」

「そこに親戚が帰るまでずっといなさい」

「ずっと?何でですか」

「他人のあなたは正月のお祝いに参加する権利ないのよ」

「他人?」

「そもそも体調の悪い妊婦とかも迷惑だしね。お祝いの空気を邪魔しないよう、見せないでちょうだい」

「さすがにその言い方はないんじゃないですか?」

「何よ。文句でもあるの?私は高志の妻です。他人って言い方はないですし、おせちだって全部私が用意したんですよ」

「言い方が悪いって言ってるのよ。言い方を指摘できるほど、あなたに国語力あるの?」

「今はそんなこと関係ありませんよね」

「全く、これだから……」

「だから何ですか」

「あのね、これでも私は気を使ってあげたのよ。あなた体調が悪いんでしょ?ずっとそう言ってますよね。だからゆっくりさせてあげようって」

「それとも何?あなた、月の実で親戚のところにお酌して回ったりしたいわけ?」

「いや、それは……」

「それはって続きは?」

「何でもありません」

「そうじゃないでしょ。こういう時は感謝の言葉を言うのが普通じゃない」

「感謝?私がですか?義理の母親があなたを気遣ってあげてるのよ。感謝の言葉以外に何があるの?その程度の常識もないの?」

「……そうですね。ありがとうございます」

「はい。結構。じゃあ大人しく部屋にこもってなさいね。私たちは楽しくお正月を祝いますから」

数時間後。優香は高志の昔の部屋で布団にくるまっていた。スマホが震えて、高志からだ。

「もしもし、優香、大丈夫か?」

「ごめん、ちょっと寝てた。高志、電話くれてたんだ」

「いや、寝てたんなら仕方ないよ。てか、寝てたって大丈夫なのか?」

「うん。母さんは?文句言ってこないか?」

「大丈夫。私はあなたの昔の部屋に隔離されてるから」

「は?隔離?どういうことだ?」

「なんか『他人は正月のお祝いに参加する資格はないんだって』」

「他人?どういう意味だ?」

「他の人の邪魔になるからこもってろってさ」

「は?何だそれ」

「まあ、ゆっくりはできてるから」

「そうは言っても、その扱いはないだろう。妊婦の優香におせち作らせて、自分は何もせずに、祝いの席には参加もさせない。やってることありえないだろ」

「私もそう思う」

「それよりも、高志はそろそろこっち来る?」

「ああ、上司への挨拶は終わったからな。すぐに行くよ」

「そっか。待ってる」

その時、優香の声が急に曇った。

「え、どうした?」

「部屋のドアが開かないんだけど」

「開かない?鍵でもかけてるんじゃないか?」

「いや、かけてないけど。そういう感じじゃなくて、何か引っかかってる」

「引っかかってる?何が?」

「どうしよう。高志、今度はどうした?」

「寝起きだからかな?なんか気持ち悪くなってきた」

「大丈夫かよ」

「トイレ行きたい」

「母さんは?連絡してるけど既読無視だ」

「じゃあ親父は?」

「お父さん、お酒飲むって言ってたから。親父弱いもんな、使いものにならないか」

「他の親戚の人の連絡先とか、知らない?」

「家に親戚の人がいるんだろう。声出せば誰か来ないか?」

「ここ二階だし、大声出したら吐きそう。正直、LINEを打つのもしんどいかも」

「分かった。すぐに行く。俺が行くまで横になってろ」

数日後。病院の待合室で、優香のスマホに義母から着信が入った。

「お母さん、どうも」

「どうもじゃないでしょ。何回も連絡したって言うのに。正月から高志も優香さんも連絡返さないんだから」

「色々と忙しかったので」

「あのね、あなたたちのせいでこっちは大変だったのよ。高志が急に帰ってきたと思ったら、私たちや親戚の方に挨拶もせずにどかどか入ってきて、あなたを連れてさっさと帰っちゃったんだもの」

「ああ、それですか。せっかくのお祝いの日だったって言うのに空気が悪くなって、早々に解散よ。それもこれもあなたたちのせいだからね」

「お母さん、私は今病院にいます」

「病院?どうして?」

「どうしてか分かりますか?」

「どうしてって……さあ、体調悪いって言ってたし」

「それ、お母さんが部屋に閉じ込めたせいですよ」

「私が悪いって言うの?」

「お母さん、ドアに物を挟んでたでしょ」

「さあ、何のことかしら。というか体調は大丈夫?妊婦でしょう?お腹の子は?」

「昨日、出産しました」

「え?どうして言ってくれなかったの?おめでとう。よかったわね」

「あの、正気ですか?」

「とはいえ、それはそれ、これはこれよ。あなたたちのせいで正月が台無しになったんだから、そのことについてはしっかりと反省しなさい」

「ああ、ここまで来ると、呆れるというか……」

「呆れるというか、というか何よ。言葉を途中で切るなって何回も言ってるでしょ。続きはまだあなたのターンよ」

「私って、他人なんですよね」

「話の途中で別の話をしないでください。答えていただけますか?」

「何よ、全く。そうよ。入って一年経ってない嫁なんて、他人よ」

「そうですか。なら私も、今後は他人扱いしますね」

「何それ?仕返しのつもり?どうぞどうぞ、好きにしてちょうだい」

「では他人なので、もう我慢も遠慮もしません」

「勝手にすれば。私には関係ないことだわ」

「先に確認したいんですが、お母さんの言う『他人』って何ですか?」

「他人は他人でしょ」

「妊婦の嫁におせちを作らせて、部屋に閉じ込めて。そういう扱いも、他人だからってことですね」

「それが何よ」

「つまり、他人には気遣いも思いやりも必要ないと」

「それはそうでしょ。他人は家族じゃないんだから」

「なら、これも確認させてください。ご実家のリフォーム代、私たちが払ってますよね」

「それが何?」

「他人には気遣いも思いやりも必要ないなら、他人のリフォーム代を払う必要はありませんね」

三十分後、高志の実家でもう一つの電話が鳴っていた。

「ちょっと高志、あなたの嫁はどうなってるの?」

「優香が何だって?」

「リフォーム代を払わないって言い出したのよ。総額五百万だぞ。今まで我慢して払ってやっただけありがたいと思えよ」

「そういう問題じゃないでしょ。嫁にあんな口を聞かせるなんて、旦那の責任よ。恥ずかしい話なの、これは」

「はあ。恥ずかしいのは、あんたの方だろ」

「何ですって?母親に向かって『あんた』とは?」

「そもそもリフォームはあんたのためじゃない。事故で足を悪くした親父のためにやったんだ」

「そんなの分かってます。バリアフリーでしょ。提案したのは俺たちの方だったが、親父は納得してなかったよな」

「お父さんは現実が見えてないのよ。息子夫婦に払わせるなんて心苦しいって言いながら、自分はリフォーム代を出せないんだから」

「だから親父に黙って、母さんが話を進めた。そのことで俺と喧嘩になったの、忘れたのか」

「でも結果的にはあなたたちが払うことで決まったわよね。自分たちで言い出したことでしょ。吐いた唾を飲み込むなんて最低よ」

「話を聞いてたか。俺たちが金を払ってたのは親父のためだ。だから、そのお父さんが困るでしょって言ってるんだ」

「それなら心配ないわ」

「え?」

「お父さんと離婚するから」

「は?離婚?」

「お父さん、母さんがリフォームのことを勝手に進めたって知ったらしくてな。もう我慢の限界だとな」

「何言ってるの?お父さんがそんなことを言うわけないでしょ」

「元々、母さんの言葉がかり的な言動もしんどかったんだろう。親父、母さんに詰められるたびに、宇宙猫状態だったし」

「宇宙に猫はいないわよ。とにかく、もうリフォーム代を払う理由がなくなったんだ」

「ちょっと待って。ローンの名義は私よ。親父に黙って勝手に話を進めたんだから、そうでしょう。なら私が払うの?一人で?」

「親父の同意を得ずにローンを組んでるんだ。共有財産としては扱われないだろうから、そうなるな」

「無理だわ。私は専業主婦なのよ。高志、こんなの間違ってるわ。母親をこんな目に合わせていいと思ってるの?」

「俺が今までどれだけ我慢してきたか、気づいてないのか?」

「我慢?何を?」

「母さんの優香への言動は、ずっと気に触ってた。でも優香が、俺と母さんの喧嘩を望んでなかったんだよ」

「優香さんが?」

「優香は実の母親と喧嘩別れして、それっきりなんだ。仲直りする前に、去年亡くなった。だから俺に同じ思いをさせたくないってさ。けど、今回のことで、あんたにその価値がないって分かったよ」

「価値がない……私が?」

「あんたは優香だけじゃなく、お腹の子も巻き込んだ。妊婦の優香を部屋に閉じ込めて、連絡が来ても既読無視。何かあったらとは思わなかったのか。嫁を大事にしない。孫の命を危険にさらす。そんな奴は、もう俺の母親じゃない」

「ちょっと待ちなさい、高志」

「『ちょっと』って何分だ?言葉は正確に使えよ。自分で言ってることだろう」

「いや、これはそういう意味じゃ……」

「まあ、何を言われたところで意味ないけどな。もうあんたを待つ気なんて、こっちには少しもないんだから」

翌日、再び病院の待合室に電話がかかってきた。

「ちょっと、義理の母親が連絡してるのよ。早く返事しなさい」

「ああ、すみません。ちょうど親戚の方が出産祝いに来てくれてたんですよ」

「そんなことは今はどうでもいいの。問題はこっち。お父さんと離婚されるんですよね」

「そうよ。お父さんが急に離婚届を突きつけてきて、ローン五百万の支払いも私だって。本当にもうどうしたらいいのか……」

「あの、お母さん。まだお母さんのターンですよ」

「ターン?」

「だってそうですよね。『どうしたらいいか』で終わったら困ります。だからどうしたいんですか?どうして欲しいんですか?」

「あのね、人が落ち込んでる時に、何その言い草は?」

「そういうのは今は必要ないんで。言葉を途中で切るなんて、相手に失礼ですからね。続きをどうぞ」

「その……あれよ」

「『あれ』って曖昧な言葉を言われても分かりませんよ。私、エスパーじゃないんですから」

「だからその……ローンとか、払って欲しいなって」

「いくらですか?ローン『とか』って疑問系ってことは、ローンじゃなくてもいいんですか?」

「さっきから何なの?こんなの会話にならないじゃない」

「ああ、お母さんは知らないんですね」

「何をよ」

「会話ってキャッチボールなんです。なのに会話の途中で急に怒り出すとか。これじゃあバッティングセンターじゃないですか?駄目ですよ」

「あのね、そっちがふざけてるから怒ってるのよ。私と会話する気がないの?」

「ああ、それセルフデッドボールですね」

「デッドボール?」

「自分の発言が、思いっきり自分に当たってますよ」

「何の話よ」

「お母さんがずっと言ってきたことですよね。なのに自分が同じことをされたら『会話する気がない』って。それって、今まで会話する気がなかったってことですか?」

「いや、それは……」

「『それは』って続きがあるならどうぞ。会話が下手なお母さんのことも、ちゃんと待ちますよ」

「もう本当に何なの?あんたのせいで全部めちゃくちゃじゃない?」

「私が何かしましたか?」

「あんたが高志と結婚してから、私の立場が狭いのよ。親戚の連中から影口を叩かれてるの。『優香さんはいい人なのに、私はひどい』って。私が優香さんに意地悪してるとか言われて」

「それは事実ですよね」

「しかも『会話するのもしんどい』とか言われてるの。あんたが被害者面ばっかりするから、私だけ損してるみたいじゃない」

「お母さんとの会話がしんどいのは、前からです。さっきいらっしゃってた親戚の方が言ってました。昔からお母さんの言葉がかり的な会話は辛かったって」

「昔から?それって優香さんが来る前からってこと?」

「そうですね。そんな今回の私への言動も、お母さんならやりそうだって。親戚の方は皆さん、どこか納得されてました」

「ちょっと待って。『今回の』って言いましたね。それって何のことかしら?」

「正月のことですよ。皆さん何があったか気にしてらしたんで、私の方から全て説明させていただきました」

「全て?」

「妊婦なのに、おせち三十人分を作らされたことに始まって、物理的に閉じ込められたことも、全部ですね」

「なんてこと……」

「皆さん、お怒りでしたよ。もう二度とお母さんの顔も見たくないそうです」

「私の味方は……いないのね。じゃあこれからどうしたらいいの?夫にも捨てられて、ローン五百万。味方になる人もいないなんて」

「そうですね、私には分かりません。だって私たちはもう他人なんですから。他人には気遣いも思いやりも必要ないですもんね」

数日後。病院の入り口で、高志が車を止めて待っていた。

「優香隊員、おめでとう。親父と一緒に迎えに行くよ」

「ありがとう。お父さんも一緒なの?足は大丈夫?」

「親父は助手席に座ってるだけだから平気。てか、親父が迎えに行きたいってさ」

「それは嬉しいけど、何でまた」

「ほら、母さんのことで迷惑かけたろ。改めて謝りたいんだと」

「そんな、別に大丈夫なのに」

「こういうのは気持ちの問題だからな。謝られて困るってこともないんだし、謝られとけ」

「それはそうだけど……」

「てか、母さんなんだけどな。親父と離婚して、ローンもあるからって家を売ったらしい」

「へえ」

「そのローンの支払いがきついらしくてな。親戚中に金貸してくれって頼み込んだらしいぞ」

「誰も貸さないでしょ」

「だから今は、泣く泣くパート生活だってさ。昼も夜も働いて返済してるらしいわ」

「そっか。まあ、自業自得だね」

「だな。それよりも、お父さんの家は見つかった?」

「ああ、うちの近くで見つけた」

「よかった。お父さん、足が悪いから心配で」

「これからは孫の顔をちょくちょく見にくるってさ」

「そう。それで、子供の名前は決まったの?」

「え、いや、まだ悩んでてさ」

「もう生まれたんだから、早く決めてよ」

「候補からいくつか絞っといた。帰ったら一緒に決めよう」

「了解。あ、忘れてた」

「どうしたの?」

「昨日、優香のおばさんがうちに来たんだ。で、手紙を預かった。亡くなった優香のお母さんからって」

「手紙?」

「手紙は見てないけど、優香のお母さんは、とっくの昔に優香を許してたってさ」

「そっか……お母さんが」

「だから今度、墓参り行かないか。孫の顔も見せてあげたいしな」

「そうだね。でもその前に、名前は決めないと。初孫が名前なしの子じゃ、お母さんが困っちゃうからね」

それから時間が過ぎた。義母は今も実家に一人で暮らしている。離婚や五百万のローンといった現実的な問題よりも、一番堪えているのは、誰も自分の話を聞いてくれなくなったことだろう。今まで言葉で人を責め続けてきたお母さん。そんなお母さんは、もう自分の言葉さえ受け取ってもらえなくなった。これが、誰かを責める言葉を選んできた報いなんだと思う。

一方、優香は退院後すぐに母の手紙を読んだ。そこには、すれ違っていた間の言い訳も、私への恨み言もなかった。ただ私のことを心配し、ただ私の幸せを願ってくれていた。そして最後には、「これから何があっても、あなたの母親だったことを誇りに思う」という言葉。

誰かを責めるための言葉じゃない。母からの優しさだけを感じた。そんな偉大な母の背中に向かって、私は約束を一つだけした。

きっと、あなたに負けない母親になります。

この約束を胸に、私はこれから立派な母親になりたいと思う。

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