公園でユイナと砂場遊びをしていたら、突然「バーバ、ママには言わないでね」と5歳の孫が震える声で囁いた。その瞬間、私の背筋が凍りついた。それから7年、誕生日も入学式も、みさからは「物はいらない、現金で」と言われ続けた。ランドセル代として送った20万円。でもユイナが背負っていたのは、近所のお姉ちゃんからもらった古いピンクのランドセルだった。「水色が欲しかったのに」と呟く孫の言葉に、みさは笑いなが…

公園でユイナと砂場遊びをしていたら、突然「バーバ、ママには言わないでね」と5歳の孫が震える声で囁いた。その瞬間、私の背筋が凍りついた。それから7年、誕生日も入学式も、みさからは「物はいらない、現金で」と言われ続けた。ランドセル代として送った20万円。でもユイナが背負っていたのは、近所のお姉ちゃんからもらった古いピンクのランドセルだった。「水色が欲しかったのに」と呟く孫の言葉に、みさは笑いなが...

母さん、お願いがあるんですけど。明るい、何の気なしの声だった。ゆいへの誕生日プレゼントは現金で5万円でお願いします。電話の向こうで、息子の浩司がそう言った。5万円? はい。ユイナ、貯金が趣味なんですよ。当時、孫のユイナはまだ5歳だった。少し変わっているとは思った。でも、本人が欲しがっているのなら。私は言われた通り、お金を送った。その後も、誕生日や入学、何かあるたびに、物はいらないので現金でと言われるようになった。私は疑わなかった。あの日、孫が描いた一枚の絵を見るまでは。

私の名前はさち子、62歳。夫を5年前になくし、今は一人暮らしだ。一人息子の浩司は、妻のみさと娘のユイナと、車で1時間ほどの町に暮らしている。ただ、浩司は仕事の都合で海外へ単身赴任中で、みさが一人で子育てをしていた。だから私は、何かあったら遠慮なく頼ってね、と何度も伝えていた。ところが、なぜか合わせてもらえない。今週遊びに来ない? すみません、予定があって。来週は? そこも予定があって。誕生日プレゼントを直接届けたいと言っても、送っていただければ大丈夫です、とだけ返ってくる。

一人で育児をしているのだから、疲れているのだろう。私はそう思っていた。みさはいつも笑顔で、言葉遣いも丁寧。私はよくできたお嫁さんだと信じていたのだ。

孫が5歳になる少し前、みさから電話があった。今年のプレゼントなんですけど、おもちゃじゃなくてお金が欲しいみたいで。本人が、はい。貯金するのが楽しいらしいですよ。私は驚きながら、じゃあ1万円くらい?

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と尋ねた。すると、5万円で大丈夫です、と返ってきた。5万円? 今は電子マネーで送れますし、さち子さんも楽ですよね。少し引っかかった。でも、孫のため、ユイナのため。そう思って、私は送った。

翌年には、ランドセルをお母さんからプレゼントして欲しいです、と言われた。それを聞いて私は喜んだ。もちろんよ。一緒に選びに行きましょう。ところが、もう予約するので来てもらわなくて大丈夫ですよ、と言われた。そして、現金20万円でお願いします、と。20万円。高い。あまりにも高い。でも、6年間使うものだ。それに、たった一人の孫だ。私はすぐに振り込んだ。

その年の年末、久しぶりに浩司が帰国し、三人で遊びに来た。私は孫のユイナに尋ねた。ランドセルは何色にしたの? するとユイナは、ピンク、と答えた。でも、続く言葉で私は耳を疑った。近所のお姉ちゃんにもらったの。え、本当は水色が良かったんだけどね。その瞬間、みさが割って入った。お母さん、違うんですよ。注文したランドセルがまだ届いてないだけです。

でも春になっても、ユイナが背負っていたのはそのピンクのランドセルだった。水色の方は? と聞くと、まだ届かなくて、と言いながら、みさは笑った。私は初めてはっきりと疑った。では、あの20万円はどこへ行ったのだろうか、と。

ユイナの7歳の誕生日。また現金を指定された。私は言われた額を送りつつ、こっそり可愛い文房具も送った。すると電話口でユイナが大喜びした。バーバ、これ欲しかったの?

お友達も持ってるやつ。声が弾んでいた。一方、現金のお礼は、バーバ、お小遣いありがとうございました。まるで覚えた文章を読んでいるような声だった。私は思った。この子、本当にお金が欲しいの? そして年末、単身赴任していた息子の浩司の帰国に合わせて、三人が泊まりに来た。私はユイナとトランプをした。私が続けて勝つと、バーバ、勝っちゃやだ、とユイナが頬を膨らませた。普通の7歳らしい反応だった。でも次の瞬間、ユイナは母親であるみさの方を見た。そして急に姿勢を正し、ごめんなさい、と言った。ジュースを渡した時も、まずみさを見る。みさが何も言わないことを確認してから、ありがとうございます、と言った。私は胸がざわついた。この子は礼儀正しいんじゃない。いつも母親の顔色を見ている。

その夜、みさと浩司が近くのコンビニへ出かけた。ユイナも誘われたが、お腹が痛い、と言ってトイレへ。でも、二人が出た途端、すぐにユイナが顔を出した。バーバ、ママたちもう行った? 行ったよ。少し黙った後、突然、お絵かきしよう、と言ってユイナはクレヨンを出した。

描いたのは、真ん中に小さな女の子。その周りに、何人もの黒い人。笑っている人は一人もいない。この女の子は? 私。周りの人は?

ユイナは私の目をじっと見た。ママのお友達? 私はしゃがんだ。ゆいな、こっちを向いて。何か隠してるの? 返事はなかった。バーバはユイナの味方だよ。するとユイナの目に涙が溜まった。本当? 本当よ。誰かに言っても、ママいなくならない?

その言葉で、背筋が冷たくなった。

ユイナは少しずつ話してくれた。浩司が海外へ戻ると、みさは頻繁に家を開ける。夜遅くまで帰らない日もある。知らない人が家へ来ることもある。そして、もし誰かに言ったらママがいなくなるよ、と言われていた。だから学校の先生には、もちろん父親にも私にも言えなかった。パパに言いたい、とユイナは泣き出した。その瞬間、私は抱きしめた。分かった。バーバが一緒に言うから。

翌日、私は浩司だけを買い物へ誘い、車の中で全て話した。浩司は信じられないような表情をした。でも何か察していたようだ。実は俺も、海外から電話してもみさが出ないことが増えていた。家計の口座からまとまった金額が何度も消えていた。理由を聞いても、いつも言うことは同じ。生活費が足りない、と。でも何より浩司を傷つけたのは、ユイナがパパや先生に言っちゃだめと口止めされていたことだった。母さん、確かめたい。

私たちはユイナを危険にさらさない方法で、事実を確認することにした。浩司が家を開ける口実を考え、子供用の携帯を買い、家に帰った。数日後、浩司は仕事の都合で予定より早く海外へ戻る、とみさへ伝えた。翌日の朝には家を出る、と。もちろん嘘だ。あまりにも急な予定だったが、みさは疑わなかった。そして、ユイナへ子供用の携帯を密かに渡した。

翌日の午後、ユイナから着信があった。みさが誰かへ電話している、とのこと。今なら大丈夫。お父さんが戻ったって言ってた。私と浩司は近くで待機していた。そして夕方になると、一人の男性が家へ来た。しばらくして、またユイナから着信。バーバ、と声が震えていた。私と浩司はすぐ家へ向かった。

玄関を開けると、知らない男性とみさ、そして部屋の隅にユイナが立っていた。みさが青ざめた。浩司、どうしてここに? 浩司は低い声で尋ねた。この人、誰だ? 友達よ。友達がどうして家にいるんだ? みさは答えない。テーブルには、明らかに現金の入った封筒。男性は居心地悪そうに立っている。

事情を話さないみさに代わって、男性が答えた。どうやらみさは、遊びや買い物で借金を作っていたそうだ。返済を待ってもらう代わりに、ユイナを何日か男性側へ預ける約束をしていたらしい。こんな話、到底認められない。ちょっと預かってもらうだけよ、とみさは叫んだ。私は言った。なら、どうしてゆいは震えてるの?

どうしてこの子に、誰にも言うなと教えたの? そして私は尋ねた。ユイナの誕生日に送ったお金は? 貯金が楽しいって話は? みさは黙った。ランドセルの20万円は?

沈黙。それが答えだった。私は怒りを何とか抑え、みさの目を見た。返しなさい。みさが顔を上げた。何を? お金を返せってこと? 私は首を振った。違うわ。5万円でも20万円でもない。ユイナの方を見て言った。この子が、誰の顔色も見ずに笑っていられた時間を返して。

みさは何も言えなかった。浩司が静かに言った。俺を裏切ったことなら、俺とみの問題だ。でも、ユイナを怖がらせたことだけは、父親として許すことはできない。

その日、ユイナは私と一緒に家を出た。その後、みさとは離婚へ向けて話し合うことになった。必要な手続きは専門家に任せ、何よりユイナが安心して暮らせることを最優先にした。浩司は仕事の整理がつくまで、しばらく私がユイナを預かった。

すると、あんなに静かだったユイナが、喋る喋る、とにかく喋る。バーバ、聞いて。今日ね。それでね。トランプで負ければ、もう1回。ピーマンを出せば、嫌い。私は笑った。なんだ、普通の7歳じゃないの。しっかりしていたのではなかった。ユイナは、しっかりしていなければ安心できなかっただけなのだ。

しばらくして、ユイナは浩司と一緒に海外で暮らすことになった。見送った後の家は、驚くほど静かだった。寂しいな。そう思っていたある日、一通の手紙が届いた。差出人はユイナ。開いてみると、なんと英語。全てローマ字で書いてあった。私は学生の頃に使っていた英和辞書を引きながら、時間をかけて読んだ。最後には、I love you grand mama、バーバ愛してるよ、と書かれていた。

それを見て私は笑った。負けてられないわね。翌日、英会話教室へ申し込んだ。私は今年で62歳です。今更?

いいえ、62歳だからこそ、まだやってみたいことがあります。英語を話せるようになったら、今度は私からユイナに会いに行くつもりだ。そして、驚かせてやるんです。ゆいな、バーバ来ちゃった。そして、それを英語で言えるように。