海外出張から帰ってきた夜、スマホに母から着信があった。「あんた、カイトを家から追い出したんですって?あんまりじゃないの」。私はホテルのベッドで一瞬、頭が真っ白になった。なんで母が私の家のことを知ってるの?しかも、その数分後には元夫からも連絡が来た。「お前、母さんを勝手に家にあげただろ。出張なのに旅行って嘘ついたのかよ」。意味が分からなかった。私は海外にいる。なのに、なぜ二人が私の家にいる?ハ…

海外出張から帰ってきた夜、スマホに母から着信があった。「あんた、カイトを家から追い出したんですって?あんまりじゃないの」。私はホテルのベッドで一瞬、頭が真っ白になった。なんで母が私の家のことを知ってるの?しかも、その数分後には元夫からも連絡が来た。「お前、母さんを勝手に家にあげただろ。出張なのに旅行って嘘ついたのかよ」。意味が分からなかった。私は海外にいる。なのに、なぜ二人が私の家にいる?ハ...

海外出張の知らせは、上司に呼ばれて告げられた。二ヶ月、ニューヨーク行き。十日後には出発だ。

家に帰ってカイトに伝えると、彼は驚いた顔をした。

「マジか。二ヶ月も家空けるのかよ」

「そうなるね。私がいなくて大丈夫?」

「俺もう三十だぜ。飯くらいどうにでもなる」

「そっか。じゃあ、オルスバンよろしくね」

カイトはミュージシャンを目指してバイトをしながら音楽活動を続けていた。私が働いて家計を支え、毎月三十万の生活費を渡している。彼が夢を追いかけられるように、そう決めた生活だった。

「なあ、モネ。俺、ミュージシャンの夢、諦めるわ」

「え? そんなに努力してきたのに、急にどうして?」

「周りにも現実見ろって言われてさ。もういいんだ」

「……そっか。カイトが決めたことなら、尊重するよ」

「これからは就活して正社員になる。今まで俺の夢を支えてくれた分、今度は俺が支えるから」

「その気持ちだけで十分嬉しいよ。何か手伝えることあったら言ってね」

「じゃあ早速なんだけど、スーツ買ってくれない? 就活用に必要なんだけど、俺スーツ持ってないからさ」

「それは大事だね。いくらくらい必要?」

「五万あれば足りる」

「分かった。帰ったら渡すね」

「おう、ありがとな」

一週間後の夜。カイトが面接から帰ってきた。

「どうだった?」

「ダメだった。手応えゼロだよ」

「まだ結果出てないでしょ」

「絶対落ちてるって。それに、就活って交通費もバカにならないんだよ。次の面接にも行けるか分かんない」

「困るね。いくら必要なの?」

「一万円くらい」

「PayPayで送ってくれる? 今すぐ欲しいんだ」

「一万も? 都内なら電車代だけで二千円くらいでしょ。新幹線で遠くに行くわけでもないのに」

「就活ってお金かかるんだよ。新卒で受かったお前には分かんないかもしれないけど」

私も新卒時代、それなりに出費があったから気持ちは分かる。スーツはもちろん、メイク道具も揃えなきゃならなかった。

「男はさ、整髪料とか制汗シートとか、タバコの匂い消すスプレーも必要だし、香水も大事だろ」

「香水はやめておいた方がいいと思うよ。面接で匂いがきついと逆効果だって聞くし」

「とにかく必要なもんがいっぱいあんだよ。貸してくれよ」

「……分かった。必要なものなら貸すよ。でも必ず返してね」

「もちろん。出世したら十倍にして返してやるよ」

「頼もしいね。楽しみにしてる」

「あと今日は遅くなるから夕飯いらない。まだ面接が何件かあるんだ」

「張り切ってるね。頑張って」

その日、私は仕事中にあるものを見てしまった。スマホの画面に写る写真。カイトが昼間から外で飲んでいる。女性と一緒に。しかも、ホテルに入っていくところまである。

八時間後、彼が帰ってきた。

「カイト、今日どこにいたの?」

「面接終わったとこ。今帰った」

「嘘だよね。私、写真見たよ。昼間から女の人と飲んで、ホテルに入るところも。どういうこと?」

「他人の空似だろ。しかもそれ盗撮かよ。消せって」

「どこからどう見てもカイトだよ」

「気になる相手だったから話しただけだ。そういうことはしてない」

「あの一万円、今日の飲み代とホテル代に使ったんじゃないの?」

「めんどくせえな。はいはい、行きましたよ。就活のご褒美だよ。悪いかよ」

「悪いに決まってるでしょ。就活の費用として貸したお金よ」

「あくまで予定だろ。必ずしもその通りに使うわけないじゃん」

「そんな言い訳、社会では通用しないよ」

「説教するなよ。お前は俺の上司か? 大体、会社の金じゃなくてうちの金だろ」

「同じことよ。結婚してるんだから、二人で協力して家庭を運営するのは当然でしょ」

「だるいな。そんな真面目に考えて結婚生活送ってたのかよ」

「それを言うなら、カイトのそのいい加減な態度を直した方がいいと思うよ」

「じゃあ、俺らの価値観は合わないってことだな」

「そうみたいね。嘘ついてお金を借りて、妻がいるのに他の女性とご飯に行ってホテルに行って」

「嫉妬してんの?」

「私が働いて得たお金を、そんなことに使うなんて許せない」

「分かったよ。後でちゃんと返すから」

「もうそういう問題じゃない」

「めんどくせえ。浮気はしてねえよ。そんなに旦那を信じられないのかよ」

「だって嘘ついてお金借りたじゃない」

「だから予定通りじゃないって言ってるだろ」

「もういい。そんなに俺を疑うなら、離婚だ」

「本当にいいの?」

「ああ、お前との生活にはもううんざりだ」

「分かった。じゃあ今から離婚届を印刷して書いておくね」

「勝手にしろ」

「ダイニングテーブルに置いておくから、帰ってきたら記入しておいて」

「偉そうに指示しやがって。そういうところも嫌だったんだ」

「じゃあ、今月中に荷物をまとめて出て行ってね」

「なんで俺が出て行かなきゃならないんだよ」

「当たり前でしょ。この家の名義は誰? 私よ。だから出て行くのはカイト」

「……ちょっと待って。離婚は一旦保留にしてくれない? 俺まだ就職先決まってないし、せめて仕事と家が見つかるまでは置いておいてほしい」

「じゃあ、二ヶ月の猶予をあげる。私が海外に行ってる間に出て行ってね。離婚届だけは三日以内に書いておいて。私のタイミングで役所に出すから」

「それでいい?」

「はい。分かりました」

一週間後、海外のホテルで夜中にスマホが鳴った。母からだ。

「ちょっとモネさん、あなた全然なってないわね」

「お母さん、いきなり何の用ですか。こっちは夜中ですよ」

「このキッチンにある意味不明な調味料は何? カルダモンにアニス? わけが分からないわ」

「なんでうちの台所を知ってるんですか」

「日本人なんだから味噌を置きなさいよ。これだから料理ベタは。まさかと思うけど、うちにいらっしゃるの?」

「そうよ。カイトが海外旅行に行ってるって言うから、心配になって来てあげたのよ」

「ちょっと待ってください。旅行じゃなくて出張です」

「嘘をおっしゃい。カイトがそう言ってたわよ」

「本当に出張なんです」

「本当だとしても、夫をほったらかして外国に行くなんて非常識よ。女は家に入って家庭を守るのが仕事でしょ」

「時代が違いますよ。それを言うなら、お母さんの息子さんも外で働くべきですよね」

「黙りなさい! ああ、こういう生意気な嫁だから夫に逃げられるのよ」

「私、何も間違ったこと言ってませんけど」

「カイトがね、ご飯も着るものも何もないって、私に助けを求めてきたのよ。かわいそうに」

「通常運転ですよ。私にもしょっちゅうお金を無心してきます」

「口答えしないの! かわいそうだから私がわざわざ来てあげたのよ。感謝しなさい」

「本当に出張なんですけど、私への謝罪はないんですか?」

「この期に及んでまだ嘘をつくの? とんでもない嘘つき嫁だわ。帰ってきたらお説教よ。覚悟なさい」

「ええ、結構です。ではおやすみなさい」

通話を切って五分後、今度はカイトから連絡が来た。

「お前、母さんを勝手に家にあげただろ。しかも出張なのに旅行だって嘘ついて。どういうつもりだ?」

「謝らないからでしょう」

「じゃあ俺のどこが悪いんだよ」

「まずお金の使い道がいい加減なところ。それから、私をほったらかして海外に行くと言ったところ」

「俺は何も間違ってない」

「間違ってない? 妻がいるのに他の女とホテルに行って、就活費用を飲み代に使って、それで何も間違ってないの?」

「モネは下げ妻だよ」

「何それ?」

「知らないのか? 男の運気を下げる女のことだよ。お前と結婚してから、俺の音楽活動は全然うまくいかなくなった」

「自分の努力不足を人のせいにしないで。私が夢を応援してきたのは、あなたが真面目に努力していたからよ」

「いや、お前のせいだ。もう決めた。絶対に離婚して、運気を上げてくれる彼女を作って結婚する。この家での暮らしもどうでもいい」

「分かった。私が帰国するまでに、そこから出て行ってね」

「言われなくても出て行ってやるよ。いい部屋だったけど、お前の方が苦痛だわ。じゃあな」

一ヶ月後、今度はカイトからしつこい連絡が来た。

「おい、モネ。今月の生活費三十万が振り込まれてないぞ。今すぐ払わないなら離婚だぞ」

「えっと、私もうあなたの妻じゃないんだけど。それに今から寝るところだから邪魔しないでくれる?」

「何言ってんだよ。生活費を渋るために嘘ついてるんだろ」

「先月、離婚しましたよ。LINE見返して。私のタイミングで出すって言ったら、分かったって言ったよね」

「あれは喧嘩した時の勢いで言っただけだ。本心じゃない」

「でも、離婚を口にした時点で、少しはそういう気持ちがあったんでしょ」

「嫌だよ。俺、お前と別れたくない」

「揚げの彼女を作って結婚するって言ってたじゃない」

「あんなの嘘だ。嫉妬させたくて張っただけだよ」

「本当に好きなら、傷つけるようなことは言わないよ」

「本当なんだ。頼む、これで終わりはあんまりだ」

「私だってこんな形で終わらせたくなかった。でももう終わりだから。後で保険証返してね」

「なんで俺が?」

「私の扶養に入ってたでしょ? 離婚したら扶養義務はないから返してもらうよ」

「もしもの時の保険がなくなるじゃないか」

「国民健康保険に自分で入ればいいでしょ。私の会社から資格喪失証明書が届いてるはずよ」

「ああ、あの意味の分からない書類か。採用通知かと思った」

「それよ。国民健康保険の手続きに必要だから捨てないでね」

「でも、この間病院で普通に使えたぞ」

「まさか、使ったの?」

「喉の調子が悪くてさ。歌手にとって喉は大事な仕事道具だから」

「ミュージシャン目指すのやめたんじゃなかったの?」

「もし売れた時のために二刀流で行こうかなって。大谷みたいだろ」

「大谷さんに失礼だよ。それで、健康保険証を使ったら三割負担だったの?」

「そう。普通に安く済んだぞ」

「信じられない。離婚したその日から扶養は外れてて、保険証は使えないのよ。もし使ってしまったら、残りの七割を後で請求されるから。ちゃんと払うのよ」

「ふざけんなよ。詐欺だろうが」

「それともう一つ。生活費の連絡をしてくるってことは、まだ家にいるの?」

「当たり前だろ。ここは俺の家でもあるんだ」

「離婚したから、もうカイトの家じゃないよ。部屋の名義は私。出て行って」

「まだお前は帰らないだろ。それまで俺が家を守ってやるよ」

「オートロックがあるから大丈夫。むしろ今はカイトが不審者だよ」

「仮にも夫だったのに」

「元でしょ。これ以上居続けるなら、不法侵入で警察を呼ぶからね」

「分かったよ。出て行きゃいいんだろ。ありがとう、今まで」

翌日、また母から連絡が来た。

「ちょっと聞いたわよ。カイトを家から追い出したんですって? あんまりじゃない?」

「お母さん、まさかうちにいるんですか?」

「息子が困ってるのよ。当たり前じゃない」

「勝手に住まないでください。それに私、今から寝るところなんですけど」

「何なのその言い方は? 私だって買い物中にわざわざ連絡してあげてるのよ」

「お気遣い結構です。どうぞお買い物を続けてください」

「その前に感謝しなさいよ。あなたの代わりに家のことをやってあげてるんだから」

「私の家です。余計なお世話です」

「まあ、なんて可愛くない嫁。そんなんだから掃除もなってないのよ」

「掃除ロボットも使ってますし、人を呼べるくらいには綺麗にしてるつもりですが」

「ロボットなんか使ってサボってんじゃないわよ。雑巾で拭きなさい。それが一番綺麗になるんだから」

「フルタイムで働いてるものですから、そこまでの余裕はありません」

「もう、あなたにこの家はもったいないわ。私にちょうだい。私ならちゃんと綺麗にできるわ」

「分かりました。家賃二十万円払ってくれるならいいですよ」

「たったの二LDKで二十万? 高くない?」

「駅から五分ですし、二十階とまあまあ高層階なので。それで、住みますか? 住むなら大家さんに伝えますけど」

「大家さん?」

「このマンションのオーナーは、私の両親です。不動産経営をしてるんですよ。ちなみにこのマンションに親も住んでます」

「……結構よ。前からあなたの両親とは会いたくなかったの。やっぱり帰るわ。さようなら」

五分後、今度はカイトから母に愚痴の電話が入っていたらしい。母が説得しても、カイトは聞く耳を持たなかった。

「マジかよ。母さんが言ってもダメなら、どうやって暮らしたらいいんだ」

「実家に帰ってくればいいじゃない」

「でも、あんな田舎の一軒家より、もネのマンションの方が良くない?」

「それはそうだけど。あら、今日は挽き肉が安いわよ。ニンニクたっぷり餃子を作るわよ。好きでしょ」

「食べる。……って、今はそんな場合じゃないんだよ。二十階の高層階の部屋を追い出されるんだぞ」

「あのマンションは親の持ち物でしょ? 同じフロアに空き部屋があるらしいわ。そこに住みましょう」

「そうなの?」

「ネットに出てたから間違いない。鍵は内装業者が出入りしてる時に差しっぱなしだったのを拝借して、合鍵を作っておいたのよ」

「母さんすごい。そうと決まれば引っ越しだ」

三日後、今度は父から連絡が来た。

「モネさん、今お時間大丈夫かな?」

「お父さん、お久しぶりです。仕事終わりなので大丈夫ですよ。どうかしましたか?」

「それが、妻とカイトがいつまで経っても帰ってこなくて」

「それは心配ですね。二人とも出ていくとは言ってましたけど、まさかうちにいるんじゃ……」

「まさか。でも一応、両親に連絡してみますね」

「すまない。離婚したというのにまた迷惑をかけて。妻とカイトに変わって謝罪するよ。申し訳ない」

「お父さんは何も悪くないですよ」

「いや、あんなになるまで放っておいた私にも責任がある。カイトはな、不妊治療の末にようやく授かった子でね」

「そうだったんですか」

「妻には痛くて辛い思いをさせたから、その分、息子に関しては好きにさせてきたんだ。それがいけなかったんだな」

「育児の正解は誰にも分かりません。だから、そんなに自分を責めないでください」

「いや、今回の件はやりすぎだ。モネさんに頼りきりの生活をしてただけでも情けないのに、離婚してもまだモネさんの家に居座るなんて。それを許す妻も妻だ。あれでは母親とは言えない」

「お父さんのお怒りはごもっともだと思います」

「モネさん、私は決めたよ。今まで我慢してきたが、妻とカイトにはほとほと呆れた。二人を見捨てることにした」

「そうですか」

「今まで苦労された分、お父さんは自由になってください」

「モネさん、ありがとう。ひとまず両親に確認してもらいます。何か分かったらまた連絡します」

「面倒をかけてすまない。よろしく頼む」

「はい。こちらこそ、何かあれば力になります」

翌日、父と母の間で激しい言い争いがあった。母は父が自分たちを裏切ったと怒り狂った。

「お父さん、あなたの差し金でしょ? 私たちがまだそっちに帰ってないって」

「帰ってこない妻と息子の心配をして、何が悪い」

「あなたのせいで警察を呼ばれたのよ。空き部屋に住んでたのがバレて、恥をかいたわ」

「勝手に他の部屋を使うなんて、何を考えてるんだ」

「空き部屋を使って何が悪いのよ。あれはただの不法侵入だ」

「味方までしてくれないっていうの? 最低だわ。離婚よ」

「ああ、構わないぞ」

「え? 本当に言ってるの? 誰のおかげで生活できたと思ってるのよ」

「そういうのはお互い様だろう。確かに家事は感謝してる。だが今だから言うが、君の味付けは単調で、あまり美味しいとは言えなかった」

「何ですって? 私の料理がまずいって言いたいの?」

「そこまでは言ってない。ただ、家事にしても育児にしても、お金がなければ成り立たない。君は一度でも私に感謝の気持ちがあったのか?」

「あったわよ。でも、少ない月給でやりくりするのは大変だったんだからね」

「足りない時は都度、お金を渡していただろう。言うほど困窮してなかったはずだ」

「それはそうだけど……」

「離婚の話を進める。家は売って財産分与しよう」

「当然の権利ね。いくらくらいになるの?」

「駅もスーパーも遠くて利便性が低い。田舎の市街地の外れで立地も良くないから、高く見積もっても三百万円ぐらいじゃないか」

「財産分与したら、たったの百五十万? それじゃ一生遊んで暮らせないわ」

「働けばいいだろう」

「嫌よ。今までずっと専業主婦だったのに。というか、あなたの貯金だって財産分与の対象でしょ?」

「残念だが、婚姻中の貯蓄はほとんどないよ。君が毎回、俺の給料のほぼ全てを使い果たすからね」

「でも、足りない時はポンと出してくれたじゃない。それって貯金があるってことでしょ」

「あるにはあるが、それは結婚前からの貯金だ。財産分与の対象は婚姻中に築いた財産。それに、何より私の貯金は親から相続した遺産だ」

「遺産? そんなの聞いてないわ。いくらもらったの?」

「一軒家を買ってもお釣りが来るくらいかな」

「そんなにあるのに、どうして妻の私にはもらえないのよ」

「遺産は特有財産だからね。財産分与はできない。そんなにお金が欲しいなら、自分で稼ぎなさい。私とモネさんがどれだけ努力して働いてきたか、身を持って知るといい」

「待ってよ。じゃあパートを始めるから。だから離婚するなんて言わないで。私、あなたに離婚されたら帰る場所がないのよ」

「そんなものは知らん。帰る場所は自分で作るんだ。私もモネさんもそうしてきた。これからは自分の力で生きていきなさい」

「待って。愛してるから。だから離婚だけはやめて」

同時刻、カイトが私に最後の電話をかけてきた。

「モネ、俺が悪かった。母さんに旅行って嘘ついたことも、母さんを家にあげたことも、空き部屋に隠れて住もうとしたことも、全部謝る。だから俺と再婚して、もう一度やり直そう」

「一度壊れたものは、もう元には戻らないよ。私はカイトと再婚する気はない」

「俺が主夫になって、お前を支えるから」

「なんで自分から働いて支えるって気にならないの?」

「俺も働こうとしてたじゃないか」

「私が貸したお金を飲みに使って、知らない女性とホテルに行ったよね。一度くらい見逃してくれても良かったんじゃないかって、本気で思ってるの?」

「就活って息が詰まるんだよ。ネクタイが苦しくて。面白くないんだ」

「とにかく、カイトとは再婚しない。分かったら、もう二度と連絡してこないで」

「待てよ。俺のこと好きなんじゃなかったのかよ」

「夢に向かって真面目に努力するカイトが好きだったよ」

「だったら、なんで最後まで応援してくれなかったんだよ」

「夢を目指すか諦めるかは、私が決めることじゃない。自分で決めたことでしょう」

「だから、俺が諦めるって言った時、引き止めなかったのか」

「そういうところだよ。お前が引き止めてくれたら、こんなことにはならなかった。やっぱりお前は下げ妻だ」

「それを言うなら、カイトは下げ夫だね」

「俺が何をお前から下げるって言うんだよ。俺がいてやるから、お前は海外出張に行けるんだろ」

「うん。私の努力が認められたからよ。部長にもそう言われたわ」

「間に受けちゃって。そんなの社交辞令に決まってるだろ」

「じゃあ、カイトは何か努力したの?」

「人に認められるような頑張りはしたさ。家でボイトレとか」

「ああ、あれで騒音苦情が来たよ」

「未来の歌手の歌声を騒音扱いするなんて失礼だな。ギターだって毎日弾いてた」

「その割には、綺麗な手をしてるね。練習してる人の手じゃないよ」

「できにくい体質なんだよ」

「もう言い訳はいいよ。努力をしなくなったカイトと一緒にいたって、何も変わらない」

「そんなことない。俺は次は立派な主夫になれるよう頑張る。だからお願いだ」

「カイトが夢を諦めることは、想定内だったんだ。だから、叶わなくても離婚するつもりはなかった。でも、離婚したでしょ。なんでだと思う?」

「俺が嘘ついて、勝手なことしたからだろ。謝ったじゃないか」

「それもあるけど、一番は現実に向き合わなかったからだよ。努力家だったカイトなら、夢を諦めても頑張ることをやめず、新しい道を切り開いて成功すると思ってた。なのに今は、夢も就活も中途半端にやめて。せっかく努力の才能があったのに、それを自分で潰してしまった。もう、何も叶えられないよ」

「ああ、そうかよ。アドバイスありがとうございます。言っとくけど、本気出したらすぐ売れるから。下げ妻のせいでやる気が出なかっただけだ」

「ああ、そう。じゃあこれから売れるといいね」

「近々売れるさ。俺がビッグになった時、離婚しなきゃよかったって後悔しても知らないからな。覚えておけよ」

「はいはい。そうそう、医療費の請求が届いてたから、後でちゃんと払ってね。あと、私に貸したお金も」

「えっと、それは少し待ってくれ」

「出世したら十倍にして返してくれるんだっけ? じゃあ、楽しみに待ってるね」

「いや、売れるかどうかはまだ分からないよ」

「さっき、すぐに売れるって言ったじゃない」

「……俺はお前がいないと生きていけない。お願いだ、もう一度好きになってくれ。何でもするから」

「ごめんね。今だから言うけど、カイトって前から体臭が気になってたのよ。もしかして、それも嫌だった理由の一つ」

「コロンをつけるから。だから見捨てないで」

「体臭もだけど、口臭の方も気にした方がいいよ。それは肝臓の病気のサインらしいから、病院に行った方がいいって。健康保険はもうないけどね。でも、もう養う気はないから。さようなら」

その後、事態はさらに悪い方向へ転がった。

カイトは母と一緒に、私の両親が所有するマンションの空き部屋に住んでいた。私の両親が通報し、二人は住居侵入罪で逮捕された。罰金は十万円。

父は母に離婚を告げた。母はカイトと一緒に安いアパートへ引っ越した。カイトのアルバイト収入はわずか十万円で、月々の固定費ですぐに消えてしまう。二人はこれまで養われることに慣れていたから、好きなものを買う生活ができず、ストレスから毎日のように喧嘩していた。

カイトは母に働けと詰め寄るが、長年専業主婦だった母はまともに働けない。スーパーのレジで若い店員に怒られている姿が目撃された。あの様子では、すぐに辞めるだろう。財産分与で得た百五十万も、すぐに尽きるに違いない。

カイトはもう一度ミュージシャンを志し、路上ライブを開催したが、立ち止まる人は一人もいなかった。彼が有名になることは、もうないだろう。

父は遺産でマンションを購入し、自由な暮らしを楽しんでいたが、そこにもカイトと母が押しかけてきたらしい。また警察を呼ばれ、二度目の警告を受けることになった。

そんな中、私は海外にある支社の社長として異動が決まった。今度は海外のマンションに引っ越す。昔は夢もなく、言われたことだけをこなす日々だった。でも今は違う。

自分の頑張りが、必ず誰かのために繋がっている。それを糧に、これからも仕事を頑張る。

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