「ねえ、京介、この前の旅行のお土産、お母さん喜んでた?」何気ないその一言から、私の人生は音を立てて崩れていった。京介は「さあ、分かんないな」とだけ言って、目を合わせようとしなかった。おかしいと思った。だって、まだ渡していないはずのお土産の話を、彼は先週「持っていく」と言っていたからだ。問い詰めると「言ってない」の一点張り。でもLINEには残っていた。なぜこんな小さな嘘をつくのか。その違和感が…

「ねえ、京介、この前の旅行のお土産、お母さん喜んでた?」何気ないその一言から、私の人生は音を立てて崩れていった。京介は「さあ、分かんないな」とだけ言って、目を合わせようとしなかった。おかしいと思った。だって、まだ渡していないはずのお土産の話を、彼は先週「持っていく」と言っていたからだ。問い詰めると「言ってない」の一点張り。でもLINEには残っていた。なぜこんな小さな嘘をつくのか。その違和感が...

「ねえ、京介、この前の旅行のお土産、お母さん喜んでた?」
「さあ、分かんないな。なんで?」
「だって、まだ持って行ってないんでしょ?」
「え?持って行ってないの?先週持っていくって言ってたよね?」
「いや、言ってないけど。」
「言ったじゃん。生物だからすぐ持っていくって。」
「土産を持っていくとは言ったけど、いつ渡すとは言ってないだろ。」
「あのさ、なんでこんな小さなことで嘘つくの?忘れてたなら忘れてたでいいじゃん。」
「忘れてない。いつ行くか明確に言ってなかっただけだ。その時のLINE残ってるよ。見る?」
「いや、先週はすぐ持っていこうと思ってたんだよ。でも時間がなくてさ。」
「だったら最初からそう言えばいいでしょ。嘘をつく意味が分からない。」
「嘘はついてないから。」
「はい。」
「てか、先週のことだろ。自分が言った内容なんていちいち覚えてなくて当然だ。それを嘘ついたって揚げ足取る方が悪い。」
「覚えてないって言わない方が悪いでしょ。京介ってそういうとこあるよね。」
「どういうとこだよ。」
「とりあえず否定から入って、小さな嘘をつくとこ。」
「はあ。そんなことしてないだろう。」
「してないと思うなら、このLINE見返してみたら?」
「見返したけど、してなかった。」
「また嘘。こんな一瞬で全部読み返したの?速読でも無理でしょ。」
「読まなくても、なんとなく見たら分かるだろう。」
「分かんないでしょ。まあ、もういいや。とりあえずお土産持っていくなら早めにお願いね。」
「言われなくても、明日持っていく気だったよ。」
「そうですか。旅行から帰ってすぐお母さんに連絡入れてたからさ。あんまり遅くなると、私がガミガミ言われるんだからね。」
「分かってるって。」
「本当にお願いね。ただでさえ私はお母さんから嫌われてるし。これ以上変な揉め事とか嫌だから。」

数日後、みさは義母の家を訪ねた。玄関でお土産を手渡すと、義母は少しだけ表情を緩めた。
「みささん、お土産もらったわ。ありがとうね。」
「いえいえ。それよりも、今回も顔を出せなくてすみません。」
「京介から聞いたわよ。仕事が忙しいんだって。」
「はい。望みが生まれてから、一度も顔を出せてなくて。」
「もう生まれて三か月よ。その間、一度も顔を見せないなんて。どうなの?」
「本当にすみません。今やってるプロジェクトが落ち着いたら、必ず。」
「それっていつよ?」
「来月いっぱいは忙しいかと。」
「ああ、そうですか。全く、仕事熱心すぎるのも考え物だわ。」
「すみません。」
「産休や育休だって、最低限しか取らなかったのよね。」
「タイミング的に、仕事を離れるのが難しかったので。」
「そんな仕事仕事ばっかりじゃ、家族との時間も取れてないんじゃない?」
「いえ、先週は家族旅行にも行きましたし。」
「旅行には行けて、うちには顔を見せないの?それって嫁としてどうなのかしら?」
「お声がけはしたじゃないですか。都合が合わなくてご一緒できませんでしたけど。」
「そうだったっけ?京介が誘ったって言ってましたよ。」
「そうだったかもしれないわね。じゃあそれは一旦いいわ。」
「ええ、いいんですか?」
「それよりも、普段の家事や育児はどうなってるの?平日の帰りが遅いって聞いてるけど。」
「確かに残業とかもあって遅い日も多いですけど、家事や育児はしっかりやってますよ。」
「本当かしら?」
「本当ですよ。京介に手伝ってもらうこともありますけど。」
「口で言うのは簡単だけどね。できてると思ってるのは、みささんだけじゃないの?」
「それはどういう意味ですか?」
「京介から相談を受けてるのよ。」
「え?」
「家事のことや育児のことについて、みささんが協力的じゃないって。」
「そんなはずは。私は私なりに仕事と家庭を両立させてるつもりです。」
「両立できてたら、京介が不満を抱くはずないでしょう。離婚を考えることもあるって言ってたのよ。」
「……そうですか。」
「京介にそういう思いをさせてるなら、私の力不足です。お母さんにも心配をさせてしまって、申し訳ありません。」
「謝ればいいってもんじゃないのよ。」
「今後は気をつけます。」
「そうして欲しいわね。あなたは望みの母親で、京介の妻。その前提を忘れないようにしてちょうだい。」

一週間後。京介がリビングに帰ってくると、みさが玄関で待っていた。
「おかえり。今日は望みのお迎えに行ってきたよ。」
「お、サンキュー。それと今日の晩ご飯はハンバーグ。この間京介がいつもと違う味付けしてくれたでしょ?」
「ああ、そうだっけ?」
「うちの味じゃなくて驚いたから覚えてるって。あの時の味が気に入ったから、再現してみたの。」
「へえ、そうなんだ。てか、最近どうしたんだ?」
「ん?どうしたって、何が?」
「いや、やけに帰りも早いだろう。望みのお迎えだって、ここ一週間毎日行ってくれてるし。」
「そりゃ私だって望みの母親だもの。」
「いや、そうじゃなくてさ。仕事も家に持ち帰ってくること増えたよな。何かあったのか?」
「……お母さんから聞いちゃったんだ。」
「お母さんから何を?」
「京介が私に対して不満を持ってるって話。私、京介に甘えてた。これからは迷惑かけないようにするから。」
「いや、違うって。」
「え、違うの?お母さんに何度も相談してるって聞いたけど。」
「そりゃ愚痴を言ったことはあるよ。けど、生きてたら愚痴の一つや二つ出るだろう。母さんがそれを大げさに捉えただけだ。最近のみさが忙しくて余裕なさそう、としか言ってない。」
「え、でも家事とか育児への協力が足りないみたいなこと……。」
「元々母さんは共働きには反対だったんだ。加えてみさは俺よりも働いてるだろ。母さんって考えが古いから、それが不満だったみたいなんだ。」
「嫌われてるとは思ってたけど、そういう理由だったんだ……。じゃあ、私と離婚を考えてるって……。」
「そんなはずないだろ。母さんは昔から話を盛るんだよ。」
「え?お母さんってそういうことする人なんだ。ちょっとショックかも。」
「今回のことだって、勝手に大きく捉えただけだ。俺にそういうつもりは一切ないから。」
「……そうなの。」
「今回のプロジェクト、入社当初からやりたかったんだろ?」
「うん。」
「それが今回ようやく形にできるってなったんだろ。俺さ、仕事を頑張ってるみさが好きなんだよ。」
「京介……。」
「家のことは俺も今までと変わらず協力する。だから、家のことは気にせずやりたいことをやってくれ。」
「ありがとう、京介。私、頑張るから。」
「ああ。あと、今回のことで分かったろ。母さんの言うことをあんまり真に受けなでくれよ。」
「それはうん。お母さんのこと、ちょっと信用できなくなっちゃった。」
「別に悪い人じゃないんだけどな。話を盛ったり、自分の信じたいことに盲目っていうか。そういう人だから、話半分で聞いてくれ。」
「分かった。これからはそうするね。」

一か月後。みさのスマホに、義母から怒声のようなメッセージが届いた。
「みささん、もう我慢の限界よ。いい加減にして。」
「え、お母さん、急にどうしたんですか?」
「どうしたんですかじゃありません。子供を義母に一か月も預けるなんて非常識よ。母親としての自覚がないのは?」
「子供を預ける?何言ってるんですか?」
「この後に及んでとぼけるなんて。息子も最低な嫁をもらったもんだわ。もういいです。息子と離婚しなさい。」
「いや、ちょっと待ってください。何を……。」
「これ以上、息子や孫をあんたなんかに任せてられません。」
「だから、ちょっと落ち着いてください。」
「これが落ち着ける状況ですか?望みはうちにいます。」
「え、今、私の目の前で京介が面倒見てますよ。なんだったら写真でも送りましょうか?」
「一体どういうこと?」
「それはこっちのセリフです。お母さん、一か月も誰の子供を預かってるんですか?」
「望みよ。」
「その望みは私の目の前にいるんですって。ちなみに望みは双子じゃありませんよ。」
「でも、だって……京介が。」
「京介が預けに行かないと預からないでしょうし。というか、望みの顔を間違えますか?」
「そりゃ、生まれてすぐに一度あったきりだし……。」
「あ、一度あったきり?それ、何の冗談ですか?」
「冗談じゃないわよ。出産祝いの時にあったきりじゃない。」
「いや、でも京介が何度か連れて行きませんでした?私は忙しくて同行できてませんが。」
「そっちこそ何を言ってるの?みささんの出産後、京介が来たことはあるけど、いつも一人で来てたわよ。」
「え、そんなはずは。確かに京介が望みを連れて出てたはずで……。」
「いいえ。いつも一人できてました。」

「だとしたら……お母さん、一度整理しましょう。」
「これはいいんだけど、さっきからやけに冷静ね。もっと驚いてもいいと思うんだけど。」
「お母さんが散々騒いでましたからね。逆に冷静になれたっていうか。とにかく、色々と勘違いがありそうです。」
「そうね。私も飛んだ勘違いをしてたみたいだわ。」
「LINEだと細かい部分で誤解が生まれるかもしれませんし、直接会って話しましょう。」
「分かったわ。うちでいいかしら?」
「今日は仕事も休みですし、構いませんよ。すぐにそちらに向かいますね。」

一週間後、京介が望みのお迎えに行くと、保育士に「もうお母さんが来ましたよ」と言われた。家に帰ると、みさがキッチンに立っていた。
「おかえり。今日は私が迎えに行ったのよ。」
「それなら先に行っておいてくれよ。てか、今日の晩ご飯は何?」
「もう作って冷蔵庫に入れてあるわよ。あなたの不倫相手の味付けのご飯が。」
「あ、ああ、そうそう。その不倫相手の三沢さんからレシピもらってね。前回と違って、ばっちりあの味付けのはずよ。」
「いや、さっきから何言ってんだよ。不倫相手、味付け。何の話だ?」
「何のって、そのままの意味だけど。少し前に急に味付けが変わったの。あれって三沢さんが作ってくれたんでしょ?」
「だから、その三沢って誰だ?」
「あら、ひどい。自分が子供を産ませた相手の名前を忘れるなんて。」
「はあ?いや、冗談もほどほどにしてくれよ。」
「さと、あなたの娘、レナちゃんのことも忘れたの?」
「だから知らないって。三沢、レナ、そいつら誰だよ。」
「あなたって変わってるのね。」
「何が?」
「どこの誰とも分からない子をお母さんに預けてたんだ。しかも一か月も。望みだって嘘ついて。いい加減にしろ。」
「俺が不倫してるとか隠し子がいるとか、適当なことばっかり言うな。一体どうしたんだよ。」
「あなたこそどうしたの?そんな風に怒るなんて。気でも触れたの?」
「うるさい。そこまで言うなら証拠はどこだよ。」
「冷蔵庫。」
「そっちのソースじゃねえよ。不倫の証拠だよ。」
「ああ、不倫の証拠だったら、彼女が全部くれました。手帳ももらったから、レナちゃんの父親も確定よ。」
「いや、違くて。何があいつとはそういう関係じゃないんだよ。不倫とか、そういうんじゃないから。」
「そういう関係じゃない人と子供を設けたの?それって逆に怖いんだけど。」
「いや、そうじゃなくて。えっと、そういう関係じゃない。そうじゃなくて、つまりそういう関係ってこと?」
「いや、違くて。」
「とりあえず否定から入りすぎて迷宮入りしてるじゃない。自分の癖のせいで追い込まれるって、何のギャグ?」
「だからその、違うじゃなくてだな。」
「え?今って、どこが違うって話をしてるの?『違う』が崩壊してきたわ。」
「え、今は、あ、何を否定してんだ、これ?」
「オッケー。あなたがバカってことはよく分かりました。」
「いや、今はそういう冗談はいいだろう。というか、俺は……。」
「というかね、私は感動してたのよ。」
「は?感動?何に?」
「私の仕事を応援してくれたあなたに。」
「そりゃ俺はお前の夫として……。」
「でも、それがまさか自分の不倫のためだとはね。」
「は?なんでそうなるんだよ。」
「三沢さんが言ってましたよ。私が仕事で遅い日は、うちで会ってたそうね。」
「いや、それは……。」
「よくもまあ、実の娘の目の前で不倫できるわね。神経を疑うというか、正気を疑う。」
「いや、それには事情があって……。」
「今となっては、あの感動が嘘だったなんて事実を否定できないことが、一番悲しいわよ。」
「ちょっと待ってくれよ。俺の話を聞いてくれ。」
「嘘つき男の話を聞く気はありません。あなたの話なんて、聞く価値もないわ。」

二時間後。京介が実家に駆け込むと、玄関に母が立っていた。
「母さん、みさ、そっちに行ってないか?」
「来てるけど。」
「じゃあ望みも一緒だな。」
「そうよ。さっきから連絡しても返信がないんだよ。母さんの方から帰るように言ってくれ。」
「いや、それだけはないでしょ。」
「なんでだよ。」
「あなた、自分がやったことを並べてみなさいな。どこの誰があなたと夫婦を続けたいと思うの?」
「いや、違うって。みさは誤解してるだけなんだ。」
「ああ、確かにみささんは誤解してたわね。」
「だろ?」
「ついでに私も誤解してたわ。あなたが言うほど、みささんは悪い人じゃなかった。」
「あ、あなた、散々言ってたわよね。みさは家のことをせずに仕事ばっかり。望みの世話もしないし、家事も全部俺に丸投げって。」
「いや、そこまでは言ってないだろう。」
「じゃあ何?私の記憶違い?」
「そうだよ。勘違いだ。」
「なら、私が信じたいことに盲目的で話を盛るっていうのは、みさから聞いたのか?」
「それもみさが大げさに言っただけだ。俺はそこまで言ってないから。」
「これはみささんのLINEに履歴残ってるわよ。」
「いや、確かに言ったけど……。」
「さっきから言ってることが二転三転してるのよ。話の反復横跳びがお上手ね。」
「いや、そんなつもりは……。」
「反射で否定して、嘘で塗り固めて。あげく実の母親に偽の孫を合わせて一か月。あなたのやってることは、人としても親としても最低よ。」
「いや、あれは事情があって……。」
「事情。事情って何よ。みささんが仕事で忙しくて家にも帰れない。あなたも一か月出張。そう聞いてたから預かったのよ。」
「正当な理由だろ。」
「その預かった孫が本当の孫だったらね。しかも、あなた出張なんて言ってないらしいじゃない。」
「最初は出張の予定だったんだよ。それが急遽なくなったんだ。」
「はいはい。また嘘ね。」
「嘘じゃないって。」
「三沢さんが全部白状したことを忘れたの?私にレナちゃんを預けてた一か月間。みささんの帰りが遅いのをいいことに、不倫三昧だったって。」
「いや、それは……。」
「私にみささんのことを悪く言ったのも、不倫を隠すため。そうやって裏で操って、馬鹿にしないでちょうだい。」
「いや、でもこのままじゃ俺、離婚……。」
「いやいやいや、うるさいわよ。『いやいや』は二歳で卒業しなさい。」
「だからそういうことじゃ……。」
「私は卒業するわよ。あなたの母親をね。」
「ちょっと待ってくれよ、母さん。」
「もう母さんじゃありません。私には息子なんていませんからね。」
「いや、さすがにそれは盛りすぎだ。」
「私、話を盛るんでしょ?なら、漏れるだけ漏らしてもらいます。私には義理の娘と孫がいるので、それで十分。あなたのことなんて、もう顔も忘れました。さようなら。」

翌日。京介は実家に足を運んだが、玄関先で離婚届を突きつけられ、追い返された。慌ててみさに電話をかけると、あっさりと繋がった。
「どうなってんだよ。実家に行ったら離婚届渡されて追い返されたぞ。」
「お母さんでしょ。どうせあなたが来ると思ってたから預けてたの。」
「肝心のお前と望みはどこ行ったんだよ。」
「あなたが来るって分かってるわけないでしょ。もう避難済みよ。」
「どこに?」
「言いません。」
「俺は離婚なんて納得してないからな。」
「お好きにどうぞ。離婚届が出されないなら、裁判でもして離婚しますから。」
「裁判って、そこまでしなくても……。」
「そこまでしないと離婚してくれないんでしょ。ならするわよ。」
「俺はお前たちとやり直したいんだ。」
「無理でしょ。」
「……。」
「慰謝料も請求するから。二百万。」
「二百万?」
「私が出産する前からの不倫。しかも不倫相手が妊娠出産。一般的な慰謝料より高くなる条件が揃ってるのよ。」
「そんなの聞いてないぞ。」
「いや、それは違うでしょう。聞いてないから何。あなたのやったことはなくなりませんけど。」
「いや、でもそうだ。三沢さんから証拠を渡されたって言ってたよな。」
「ええ、そうよ。」
「その証拠、本当に信用できるのか?証拠を渡して、自分の立場を自分で悪くするか?」
「ああ、それは大丈夫。間違いなく本物だから。」
「不倫するような女だぞ。信用できるのかよ。」
「それはあなたが言うの?」
「今はそれはいいだろう。というか、三沢さんだからこそ信用できるのよね。」
「は?どういうことだ?」
「彼女、証拠を渡す時に慰謝料の減額を頼んできたのよ。」
「はあ。自分だけ?」
「自分の保身のために渡してきたんだから、信用できるってこと。まあ、減額なんてする気ないけど。」
「騙したってことか。最低だな。」
「私は何も言ってない。あっちが勝手に勘違いしただけよ。」
「いや、でもこれって詐欺とかになるだろう。」
「なりませんから。」
「さっきから何なんだよ。」
「何がですか?」
「いちいち『いや』から入ってくるなよ。気分悪い。」
「ああ、ようやく分かってくれた?」
「は?」
「これ、私があなたと結婚してからずっと受けてた対応ね。」
「いや、それは違うっていうか……。」
「はい。否定入ったね。」
「いや、これは……。」
「追い打ち。」
「とりあえず、『いや』と同じくらい染みついてるのよ。だから意識しないで否定から入るの。」
「細かいこと言うなよ。揚げ足取って楽しいか。」
「そんな欠点も目をつぶれるくらい、他はいい人だと思ってたんだけどね。それも嘘だったと気づいた。今は虚無感がすごいわ。」
「そんなこと言うなよ。確かに俺にも欠点があるかもしれない。でも、それはみんなそうだろう。」
「ここまででかい欠点は、そうそうないでしょ。なんとか取り繕おうとしてるみたいだけど、船に穴が開いてるレベルの欠点よ。取り繕えるサイズじゃないから。」
「だからって、こんな離婚して慰謝料請求されて親から縁されて、俺には何も残らないんだぞ。」
「嘘で積み上げてきたんだから、バレたらなくなる。そんなの当然でしょ。」
「でも、俺にはお前たちしかいないのに。」
「あら、そう。家事もしない。育児もしない。仕事一辺倒な嫁。それがあなたから見た私なんでしょ?」
「いや、それは母さんに言った方便であって……。」
「そんな最低最悪な嫁と離婚できたんだから、喜べばいいじゃない。離婚したいって言ってたんでしょ?」
「だから、それもただの嘘で……。」
「嘘から出た誠って言葉もあるよね。良かったね。あなたの嘘が真実になったよ。」

一週間後。みさのスマホに義母から連絡が入った。
「みささん、京介が離婚を受け入れてくれましたよ。」
「そうですか。裁判までこじれなくてよかったわ。」
「本当に。これでようやく息がつけます。」
「みささん、今までごめんなさい。」
「え?何がですか?」
「京介の言葉を鵜呑みにして、あなたを責めてたわ。みささんが努力家なことは知ってたはずなのに。」
「それを言うなら私もですよ。京介は嘘をつくけど、小さな嘘だけ。本当に致命的な嘘はつかないって信じ込んで、お母さんのことを苦手に思ってました。すみません。」
「そんなの、悪いのは京介。みささんは悪くないわ。」
「なら、お母さんにも同じことが言えますね。悪いのは嘘をついてた京介であって、お母さんじゃありません。」
「そうね。じゃあ、お互い様ってことでどう?」
「いいですね。勘違いしてた者同士、お互い様です。」
「そういえば、京介には慰謝料だけ請求したの?」
「養育費もちゃんと請求しましたよ。月に六万円で。」
「確か、三沢さんからも養育費請求されたのよね?」
「ですね。不倫とはいえ、子供が生まれてる以上は避けられません。元夫ながら、本当に情けないです。」
「元夫ながら、本当に情けないわね。」
「そうそう。みささんたちは今、ご実家?」
「はい。両親の協力もあって、なんとか仕事と育児を両立してます。」
「みささんは立派ね。ご両親の協力があっても、簡単なことじゃないわ。」
「来年、両親も連れて旅行に行くんです。」
「そうなの。楽しめるといいわね。」
「お母さんも一緒に来ませんか?」
「え?いいのかしら?私、みささんと京介が離婚してもう他人なわけだし……。」
「私と京介が離婚しても、望みはお母さんの孫ですよ。それに、こうして今もお母さんって呼んでるんです。気持ちとしては、まだ娘ってことで。」
「そうね。じゃあ、ご一緒させてもらおうかしら。」
「お互い、家族を失くしたばかりなんです。残った家族はより一層大事にしないと。」
「本当ね。お母さんとの家族旅行、楽しみにしてます。」

その後、京介は今回の件で妻と娘、そして実の母親まで失った。手元に残ったのは、慰謝料と二人分の養育費という負債だけだった。自分のついた嘘が、自分の人生そのものを壊してしまったのだ。心理学的には、否定から入るのは防衛本能や自信のなさが原因だと言われている。小さな嘘を重ねてしまうのも、その場の保身のための行動だ。京介の否定も嘘も、最初は自分を守るためだったのかもしれない。しかし、小さな嘘をつき、その嘘を隠すためにさらに嘘をつき、雪だるま式に大きくなった嘘は、自分でも制御できなくなっていた。

みさは今回のことで、嘘の怖さを身にしみて知った。嘘は一瞬自分を守ってくれるようで、実際には何も守ってくれない。むしろ、自分の首を締めることの方が多い。だからみさは、望みに同じ道を歩ませないよう、母親としてその怖さをしっかりと伝えていきたいと思っている。

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