「お母さん、結婚式代600万円、支払ってくれてありがとうございます」
「いいのよ。ちょっとでもいい式になればね」
「これでとってもいい式ができそうです。でも、家族の同意のもとで、お母さんは式には呼びません」
「え?何を言ってるの?」
「とってもいい式にしたいと思ってるんですよね?」
「そうよ。そのために炎上したんだから」
「でしたら、式には来ないでください。お母さんが来ると式が台無しになるので」
「ちょっと待ってよ。私が参加できないなんてありえない。私は弘樹の式に参列するのを心から楽しみにしてるんだから」
「申し訳ないですけど、あなたに参加の資格はありませんよ。そもそも弘樹の親を名乗るのもおこがましいんですから」
「どういうこと?」
「あなたは離婚して、弘樹とは別々に暮らしてたんですよね」
「そうね」
「弘樹のお父さんは、そこから一人で育ててたんです。だからお父さんは参列していいですけど、あなたにはその資格はないですよ。もしかして、お金を払えば参列できるとでも思ってました?そんなわけないですよね。親としての責任をあなたは全て放棄してたんです。そんな人を親とは呼べませんよ」
「離婚をしたのは私が悪かったの。それは確かに認めるわ。でも放棄をしたわけじゃない。私だって弘樹のそばにいたかったわ」
「今更そんなことを言っても意味ないですよ。あなたは実際に弘樹を見捨てて、一人で生活をしてた。結婚式費用の600万を用意したのは偉いなと思いますけど、だからと言って参列させるわけにはいきません。どんな方法でお金を集めたのかはあえて聞きませんよ。でも、どうせ借金しまくって集めたんでしょ。そんな貧乏人に私たちの式に来て欲しくありません。ですので、どうぞ不参加でお願いしますね」
「待ってよ。それは弘樹も知ってるの?」
「弘樹には私から説明しておきます。あなたもどうか弘樹のことを思うのなら、不参加でお願いしますね」
***
五分後。
「弘樹、さっき由美さんから連絡があったの」
「もしかして、お金のことかな?本当にありがとうな。こんな時に親を頼るなんて、社会人として情けないよ」
「そんなのはいいのよ。私としては、役に立つことができて嬉しかったんだから」
「あんな大金を払わせるなんて、申し訳ない」
「それは別にいいんだけど……由美さんから、式には参列して欲しくないって言われて」
「え、なんで?」
「私にはあなたの親を名乗る資格はないって」
「そんなバカな。あいつは何を言ってるんだ?」
「そう言われた最初は私も反発したわ。だって、あなたの式に参列できるのを心から楽しみにしてたから。でも、ちょっと冷静になって考えたら、由美さんも間違ってないなって思ったの。確かに、どんな顔して参列すればいいか……」
「母さん、何をバカなことを言ってるんだ。父さんと離婚したのは確かに残念だったよ。でも、俺は今でも父さんも母さんもどっちも大好きなんだ。父さんには感謝してるし、母さんのことは尊敬してるんだよ。今の俺があるのは、母さんがいたからってのがとっても大きいんだ。俺にとって母さんは目標でもあるし、そんな母さんには、俺が結婚した姿をちゃんと見て欲しいと思ってる」
「嬉しいわ。そう言ってくれるのなら、私もやっぱり式には参列したい。あなたの一生に一度の晴れの舞台だから」
「それに600万なんて大金を出してもらっておいて、そんなことを言うなんて、どうかしてるよ。向こうの方からすると、600万は大金じゃないんじゃない?だって、そっちのお父さんって会社を経営されてるんでしょ?」
「それはそうかもしれないけどさ。分かったよ。とりあえず式のことは俺に任せて」
「いいの?」
「当たり前だよ。母さんには絶対に参列してもらう。だから、そのつもりで準備しておいて。招待状も必ず送るからさ」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」
***
翌日。
「突然の連絡、申し訳ありません。由美の母の秋子です。由美から連絡先を教えてもらいました」
「初めまして。いつも息子がお世話になっております。それで、今日はどういったご要件で?」
「それが、ちょっと困った事態になってましてね。由美と弘樹君が今、喧嘩をしてるんですよ。その原因、あなたはもちろん分かってますよね」
「私が式に参列することでしょうか?」
「そうですよ。本当に困ったことになりました。私としては、どうしても式に参加したくて」
「その気持ちは分かりますけど、あなたはその資格がないんです」
「確かに私は長らく弘樹とは別々に暮らしてました。でも、親子の絆は今もしっかりあるんです。ですので、どうか認めてはもらえないでしょうか?」
「いえいえ。私たちが言ってるのは、そういうことじゃないんです。うちの夫は会社の社長をやってるんです。それはもちろん聞いております。そして、結婚式には色々な業界のVIPたちが参列してくれることになっています。だからこそ、参列できる人間は選ばないといけません」
「選ぶ?」
「感じが悪いですね。底辺は来ないでと言ってるんです」
「底辺ですって?」
「だって、そうでしょ。ばあさんで今も一人暮らしをしてるんですよね。どうせパートか小さな会社で会社員をしてるだけの底辺に決まってます。そんな人間を娘の晴れの舞台に来させるわけにはいきません」
「どうしてそんなひどいことを言うんですか?私がどんな仕事をしていようと関係ないでしょ。参列者の人たちだって、そんなことは気にしませんよ」
「あなたは何も知らないんですよ。私たちのような上流階級の人間たちは、そういう肩書きなどをとにかく気にするんです。だから私はあなたに来て欲しくないと言ってるんですよ。何のリスクもないのなら、わざわざこんなこと言いません」
「あなただけが気にしてるんじゃないですか?」
「そんなことないと言ってるでしょ」
「一応、今回の式のために600万を援助したんですよ。それでも底辺だなんて言うんですか?」
「どうやってお金を集めたかなんて知ってますよ。コツコツ貯金をしてたらしいじゃないですか。それはそうですけど、涙ぐましい努力で貯めたお金でしょ。私たちだったら、この程度のお金は一日で稼ぎます。だから、こんなことで偉そうに言ってこないでくださいよ」
「だったら、全額そちらが出されればよかったじゃないですか」
「結婚式で新郎側が全額出すなんて、恥ずかしいことできますか?こっちが結婚に前のめりみたいで、見苦しいわ。そうならないように、新婦側に多めに出してもらっただけのこと。お金を出すのが嫌だったとか、そういうことじゃないから」
「それは分かりましたよ。ですが、私はどうしても式に出たいんです」
「あなたのわがままで、どれだけ迷惑がかかってるのか理解できますか?」
「迷惑?」
「あなたのせいで娘と弘樹君が喧嘩してるんです。もしかしたら、このまま式も挙げずに婚約解消なんてこともありえますよ。え、そこまでしてあなたはわがままを言うんですか?息子を不幸にしてまでやるべきことですか?」
「私のせいで婚約解消なんてして欲しくないです」
「だったら、どうすべきか分かりますよね」
「じゃあ……欠席で」
「そう言ってくれると思ってましたよ。代わりに、式の写真や動画はそちらに送ります。それでどうか納得してください。何度も言いますが、あなたと私たちでは住む世界が違うんです。ですので、こちらに近づくようなことは絶対にしないでくださいね」
***
三十分後。
「お母さん、欠席を受け入れてくれてありがとうございます。これで仲直りはできそうかしら?」
「もちろんですよ。これで私たちは幸せな結婚式を挙げることができます」
「それは良かった」
「ついでに、絶縁でいいですか?」
「は?」
「あなたと弘樹は、今後一切連絡を取らないようにしてもらいます」
「ちょっと待ってよ。そんなの絶対に嫌よ」
「そもそも、そんなに会わないんでしょ?だったら絶縁しても何の問題もないはずです。あなたは親でも何でもないんだから」
「違うわよ。あなたにそう言われて、私は間違ってるとは言いきれなかった。でも、弘樹に言ったら、私のことを母親だと思ってくれてるとはっきり言ってくれたわ。弘樹がそう言ってくれてるのなら、私は胸を張って母親だと名乗れる。式には確かに行かないわ。それは弘樹の幸せを願ってるから。でも、絶縁までは絶対に認めない。だって、親としてあの子を見守る義務があるから」
「ふざけるな。そんなこと、誰が許すか?」
「なんでよ」
「弘樹は私と二人で幸せになるのよ。私たちの関係に親がしゃしゃり出ると、誰も幸せにならないの。だから、絶対にあんたとは絶縁させる」
「弘樹が絶縁に反対するはずよ」
「そんなの許さない。弘樹は私のものなの。私のものなんだから、私の言うことを聞かせる。どんな手を使ってでも言うことを聞いてもらうから」
「あなた、変よ。ちょっと考えを変えた方がいいわ」
「他人のあんたに、そんなこと言われたくない。とにかく私の言う通りにしろ。もし約束を破ったのなら、お父さんに言って、あんたに痛い目に会ってもらうからね」
「何よ、かなり……」
***
一時間後。
「由美、話があるんだ」
「何?」
「参列に関しては、お母さんが譲歩ができたってことで欠席になるのよ。だから、これで無事に式が行えるわね」
「くだらない。嘘はよせ」
「もう、そんな話じゃ済まないんだよ」
「どうしたの?何か起こってるの?」
「母さんから連絡があったよ。お前らが母さんに欠席をするように指示をして、しかも絶縁までさせようとしてたらしいな」
「あの人から聞いたのね」
「当たり前だ」
「やっぱり、あの人は私たちの関係を断ち切りたかったんだ。こうやって邪魔してきて、もう許さない」
「許さないとかじゃないだろ。どうしてこんなバカなことをするんだよ」
「私はあなたのためを思って、絶縁させようとしたの」
「どうしてそうなる?」
「あの人は絶対にお金が目当てで近づこうとしてるだけだからよ」
「は?」
「私と結婚するってことは、あなたが次期社長になるって思ってるのよ。そんな弘樹からお金をもらって甘い汁を吸うために、あの人は母を出し抜いて式に参加しようとしてるの」
「そんなわけないだろ。前にも言ったけど、俺は会社を引き継ぐつもりないし。それに、そういう考えの人がわざわざ式のために600万なんて出すわけがないだろう。あれは……」
「得るための初期投資よ」
「ばあさんはそんなことを考える人じゃない」
「でも、あの人はあなたのことを捨てたのよ」
「違う。バカなことを言うな。確かに俺たちは別々に暮らしていたよ。でも、ずっと俺たちの生活を支えてくれてたんだ」
「どういうこと?」
「俺の出身大学は知ってるよな?」
「もちろんよ。超一流大学だからね」
「でも、私立だったんだ。父さんは男手一つで俺のことを育ててくれた。でも、さすがに私立の大学に行かせられるだけの余裕はなかったんだよ。そんな時に、学費を全て出してくれたのは母さんだった。母さんはずっと俺のことを見守ってくれていたんだ」
「大学の学費で?底辺パートのくせに?」
「お金がどうこうという話とはちょっと違うよ。どんな時でも俺のことを気にかけてくれてたのが、嬉しかったんだ。例え離れ離れであっても、俺と母さんは心で繋がってたんだよ。お前はそんな俺と母さんの関係を断ち切ろうとした。そんなことさせてたまるか。絶対に許せない。婚約を解消させてもらう」
「ちょっと待ってよ。私の気持ちも聞いて」
「気持ち?」
「うちの家計は代々会社を経営していた。今は父がやってるけど、その前はおじいちゃんが社長をしていたのよ」
「それは知ってるよ」
「うちの祖父母は、とにかくわがままで暴虐無人な人だった。自分たちの思い通りにするために、平気で周りを振り回してしまう人だったのよ」
「だから、なんだって言うんだよ」
「もちろん、その影響をもろに受けたのが私の両親だった。そうなると、どうなると思う?休みの日も、うちの両親はずっと二人の世話をしないといけなかったのよ。そのせいで、私は一度も親と外出して遊びに行った記憶がないの。二人ともぽっくりと行っちゃったから良かったけど、今も生きてたら、きっととんでもなく辛い毎日を送ってたわ。それは、夫であるあなたにも影響があったと思う」
「でも、二人はもういないんだろう」
「だめよ。だって、お父さんはあの二人の血を受け継いでるのよ。正直、二人に似た感じにどんどん……お母さんだってわがままになってるんだから」
「どうして私があなたと結婚をしたか分かる?真面目で仕事ができるってことだけじゃなくて、うちの後継ぎにはならないってはっきりと言ってくれたから。それなら、父のように振り回されることもないと思ったの。私はいずれ、うちの両親とも縁を切るつもりよ。私はあなたと子供だけで、一緒に幸せな生活をしたいのよ。だから、邪魔な人を排除しようとしただけなの」
「由美の考えはよく分かったよ」
「本当?」
「でも、そんな考えにはついていけない」
「なんで?」
「君の両親はそうだったのかもしれない。でも、うちの両親はそんな人じゃないよ。父も母も思いやりがあって、俺の幸せを大事に考えてくれる人だ」
「そんなことないわ。親ってのは、子供をとことん利用する人種を自分の都合のいいようにね」
「だとしたら、君もいつかは自分の子供を好き勝手に利用するってことか」
「いや、私は……」
「そうなるかもしれないね。だって、その祖父母の血を受け継いでるから」
「そうならないわよ」
「現に今、俺のことを好き勝手に振り回そうとしたろ。俺と母さんの縁を切らせようとしたじゃないか」
「違う、違うわ」
「そんな人とは、やっぱり一緒にはなれない」
「嘘よ。私のことを見捨てるの?」
「さようなら。もう二度と会うことはないだろう」
***
翌日。
「あんたのせいで、こっちは大恥をかくわ」
「え?大恥?どうかしたんですか?」
「由美とあんたの息子が婚約解消したのよ。おかげで結婚式も中止になったんだから。すでに参列者の人たちには話をしてあったから、なしになったってお伝えしないといけないの。こんなの、恥の何者でもないわ」
「まあ、二人が選んだことなので」
「あんたのせいよ。あんたが出しゃばってくるから、こんなことになったの。そのことをちゃんと反省しなさい」
「私も反省しますけど、あなたも反省した方がいいです。少なくとも、うちの息子はあなたたちにも嫌悪感を抱いてるようですから」
「私たちの何が悪かったっていうのよ。貧乏人を式に来させないようにするなんて、当然じゃない」
「その考え方が嫌だったと言ってるんですよ」
「まあ、いいわ。別に結婚相手なんてどこにでもいるから。あんたも残念だったわね。せっかく貯めたお金が水の泡になっちゃって。残念だけど、お金は返ってこないからね」
「まあ、仕方ないです」
「生活は大丈夫?底辺パートさんには厳しいでしょう」
「問題ないですよ。600万くらいなら、すぐに稼げます」
「そんな強がらなくてもいいじゃない」
「強がりじゃないですよ。そちらと同様に、こちらも会社を経営していますから」
「え?」
「株式会社劇場ってご存知ですか?」
「当たり前でしょ。確か、全国に学習塾を経営している会社の……」
「そうです。私はそこの会社の社長です」
「そんなバカなことがあるわけないでしょ」
「嘘だと思うなら、ホームページでも何でも調べてみたらどうですか?私の名前が出てきますから」
「名前は確かに同じだけど……」
「信じられないなら、それでもいいですよ。ただ、私は学習塾を昔からやっていて、それをどんどん大きくしていったんです。その途中で前の夫と知り合って結婚をし、弘樹を授かりました」
「なんで離婚なんてしたのよ。そんな金持ちなら、旦那さんが見捨てるわけが……」
「仕事ばかりで、私が家族の時間を全然作れなくって。そこから夫婦の距離が少しずつ広がってしまって、そして離婚をして別々に暮らすようになりました。それからは、辛い過去を振り払うように仕事をして、さらに会社を大きくし続けたんです」
「結局、あなたは家族よりもお金を取ったんでしょ?そんな人間が家族思いみたいなふりをしないでよ」
「お金のために仕事をしていたわけじゃないです。私は家庭の事情で満足に勉強ができませんでした。勉強は好きでしたけど、大学に行くことも叶わず。だから、私は自分のような子供を出したくなくて、どんな子供でも勉強ができる場を提供したかった。そのために会社を起こしたんです。だから、私は子供たちのために仕事をセーブするということができませんでした」
「その結果が今ってこと?」
「そうです。ですので、600万という額は惜しくありません」
「どうして弘樹君は、そのことを黙ってたの?」
「私は社長だとか、そういう色眼鏡で見られることは好きではありません。そのことを伝えたら、黙っておいてくれたんです」
「言ってくれれば……」
「言ってくれれば、金持ちだから式には参列させたって言いたいですか?そんなことを言われて嬉しいわけないでしょう。あなたたちの考えは、本当に呆れるしかないです。あなたたちと縁が切れることは喜ばしいことですが、弘樹の結婚の話がなくなるのは、ちょっと残念ですね。実は、式の費用だけじゃなくて、色々とやってあげたいと思ってたので」
「え、そうなの?」
「はい。新居も契約してあげようかなと思ってて、やっぱり将来のことも考えると、インフラも整ってる町の大きなマンションに住んだ方がいいかなと思ってたんです。もちろん家賃は高いと思うので、代わりに私が払おうかなと思ってたんですよ」
「そんなことも考えてたの?」
「それに、あなたたちへの援助もしようかなと思ってたんです。色々と噂は聞いてますよ。あなたたちの会社経営がかなり苦しいみたいですね。負債を抱え込んでて、銀行からも融資が見込めない状態だそうで」
「そこまで知ってるの?」
「もちろんですよ。息子の家族になる人たちの会社ですからね。どんなところかは、ちゃんと調べようと思いました。したら、もうひどい状況で、このまま会社を続けても長くは持たないなと私は思っていました」
「ちょっと、そんなにひどい状況なの?夫が資金繰りに苦労してるのは知ってたけど、そんな潰れそうだなんて……」
「そうですよ。式にVIPを呼んだのも、会社を助けてもらうためだったんでしょ。その声をかけたVIPの方々も、実際に式を挙げたとして、一体どれだけ参加してくれていたか。そのくせに、貧乏人は来ないでとか、よく言えたもんですよ」
「それは……」
「そんな状況だと知ったので、さっきも言いましたが、私が援助できればなと思っていたんです」
「そんなことを考えてくれてたの?」
「そりゃそうですよ。大事な家族になるんですからね。力になれるのなら、援助しようと思ってました。ですが、それもどうやらやる必要はなくなったようで……」
「ちょっと待って。そんなこと言わないで。私たちのことを助けてよ」
「助けたくなんてありませんよ。他人を肩書きだけで判断するような人なんて。ちなみに、私もそれなりに経営者だとか、そういった知り合いは多いですけど、私の周りで成功している人たちの中で、肩書きだけで人を判断する人はいませんよ。彼らが重視しているのは、今何をしてるかです。肩書きなんていう過去の栄光には見向きもしません」
「私が全部間違ってました。これから全て変えていこうと思います。だから、お願いですから私たちを見捨てないでください。もう、私たちにはあなたしかいないんですよ」
「とんでもない手のひら返しですね。相手が貧乏人だと、あんなひどいことを言うのに」
「違うんです。実は、私も昔は家が貧乏だったんです」
「いきなり何ですか?」
「だから、周りからずっといじめられてたんです。貧乏だって理由で馬鹿にされてたから。貧乏人が近くにいると、私まで貧乏人だと周りから思われるかもしれないでしょ。そうなると、また昔みたいに馬鹿にされて笑われると思ったんです。私にとっては、貧乏ってのはそれだけコンプレックスで……」
「だとしても、貧乏だからという理由で人を排除していいわけがないでしょ。お金を稼いでいるかどうかなんて、人の価値のほんの一部でしかないの。それ以外の部分を評価できないのは、間違ってる。あなたのそういう態度が、今回の事態を招いたんです。どうか大いに反省をしてください」
「お願いします。今はどこにいらっしゃるんですか?直接会って謝罪をさせてください」
「嫌です。人間性が底辺の人は、私の近くに来ないでください」
***
その後、元婚約者家族の会社の経営はどんどん傾いてしまい、最終的に倒産してしまったそうです。秋子さんと旦那さんは多額の借金を背負うことになり、家や高価なものを全て売っても返済はできず、今は借金取りから隠れながらホームレス生活をしているのだとか。今まで貧乏な人を散々馬鹿にしていたことが自分たちに返ってきて、秋子さんたちは辛い思いをしているでしょうね。でも、これは自業自得だと思います。
由美さんも実家で生活をしていたのですが、父の会社が倒産したということを知り、いち早くに家を出て一人暮らしを始めたようです。ただ、アルバイトをしながら生活をするのが初めてで、その生活に苦労し、すぐにやめてしまったそうですね。周りに頼れる人もいないので、家に引きこもって、借金をしながらなんとか生活をしているそうです。親との縁を切って幸せになろうとしていたそうですが、実際はその親に散々甘えていたことに気づいたのかもしれません。気づくのが遅すぎますけどね。
一方で、婚約破棄になった弘樹ですが、特に引きずるようなこともなく、会社での仕事を頑張っています。私にも、弘樹はちょくちょく連絡をくれて、よく会っています。実は弘樹も、私と同じように独立して会社を起こそうとしてるみたいなんです。そこまで真似しなくてもとは思いましたけど、本人がやる気なので、応援していこうと思います。ただ、私みたいに家庭をおろそかにはするなと言っています。絶対に弘樹には幸せになってもらいたいですから。そして、いつか孫の顔なんかも見られたらいいなと思っています。



