「ねえ、みさ。母さんが言ってたんだ。孫を産めない嫁なら離婚しろって」
私は一瞬、言葉を失った。え、と思わず声が出そうになった。ゆとが何の含みもなく、ソファに寝転がりながらゲームをしたままそんなことを言った。
「そろそろ俺たちもさ、分かってるだろ。子供はできないんだよ」
ゆとの指が止まった。ゲームの画面から目を離さずに、まるで天気の話でもするように言う。
「え、ちょっと待って」
私は寝室へ向かった。引き出しの奥から一枚の書類を取り出す。そしてリビングに戻り、ゆとの前に置いた。
「はい、離婚届。もう書いてあるから」
「は?」
「私はもう書いたから。あなたが署名してくれればいいから」
ゆとは何度も、私の顔と書類を見比べた。まさか私がこんなに簡単に離婚を受け入れるとは思っていなかったのだろう。でも、私は知っていた。その日の朝、病院でずっと待ち望んでいた言葉を聞いていたから。
「妊娠していますよ」
そう、私は妊娠していた。三十二歳。ゆととは食品関係の会社で働いていた頃に知り合った。三年間付き合い、二十九歳で結婚した。
結婚した時、ゆとは言った。「俺、子供が欲しいんだ。できればみさには仕事をやめて、家庭を守ってほしい」と。当時の私は仕事が忙しく、いずれ転職したいと思っていた。それならしばらく家庭に入るのもいい。そう考えて退職した。
新婚生活は本当に幸せだった。ゆとは優しかった。近くに住んでいた義母のかず子も私を可愛がってくれた。
「私ね、娘が欲しかったの。みさちゃんが来てくれて本当に嬉しい。子供がなかなかできなくても焦らなくていいのよ。孫よりまずみさちゃんが元気でいてくれた方が大事」
そう言ってくれた。私はいい家族に恵まれたと思っていた。
最初の数年は幸せだった。でも結婚して三年を過ぎた頃、かず子の口癖が変わった。
「子供はまだ?」
最初はただ楽しみにしているだけだと思った。でも、次の週には「近所の佐藤さん、二人目ができたそうよ」。その次の週には「ゆとの同級生、もう子供が二人いるんですって」。そして最後には、「嫁の役目って何だと思ってるの?」とまで言うようになった。
私は傷ついた。でも何より苦しかったのは、ゆとの態度だ。結婚した時にはあれほど子供を欲しがっていたのに、「今日、少し早く寝ない?」と誘っても、「疲れてる」「今ゲームしてるから」と断られることが増えた。
私はかず子に、「私だけではどうにもなりません」と伝えた。するとゆとは言った。
「母さんは仕事で疲れてるんだよ。あなたがもっと努力しなきゃ」
いつの間にか、子供ができない責任は全て私にあることになっていた。
私はゆとに相談した。
「お母さんからずっと孫のことを言われて、辛い」
ゆとは面倒そうにため息をついた。
「母さんも悪気ないんだよ。孫が欲しいだけだろ」
「じゃあ、あなたも協力して」
ようやく私たちは不妊治療を始めた。私は検査を受け、薬を飲み、毎月結果に一喜一憂した。それでもなかなか妊娠しない。その頃から、ゆとはさらに冷たくなった。
私が手芸の材料を買っただけで「また無駄遣い。俺が働いた金なんだけど」と言われた。
「私が仕事を辞めたのは、あなたが頼んだからでしょう」
「昔の話を持ち出すなよ」
そして決まって言われる言葉があった。
「お前は誰のおかげで生活できてると思ってるんだ。家にいるだけのくせに」
その言葉を聞くたび、何かが少しずつ壊れていった。
決定的だったのは、ある月曜日の朝。いつものように朝になっても、ゆとが着替えない。ソファに寝転がり、ゲームをしている。
「仕事は?」
「やめた」
「え?」
「昨日やめた」
私は耳を疑った。
「どうして相談しなかったの?」
「俺の仕事だろ?俺の勝手じゃん」
昨日まで「誰のおかげで生活できてる」と言っていた人が、自分から仕事をやめたのだ。しかも次の仕事を探す気配もない。朝からゲーム、昼もゲーム、夜もゲーム。私が仕事を探すように言うと、「うるさい。母さんみたいなこと言うな」と。
それからは、顔を合わせるだけで言い争うようになった。
私は思った。この結婚生活に、まだ意味があるのだろうか。密かに離婚届を用意した。まだ決めたわけではない。最後にもう一度、ゆとと向き合いたかったから。
そんな時だった。朝から体調が悪く、私は病院へ行った。診察を終え、医師が笑った。
「みささん、妊娠していますよ」
頭が真っ白になった。
「本当ですか?」
「はい」
待ち望んでいた妊娠。涙が出た。ゆとに伝えよう。そう思った。もしかしたら、この子をきっかけに、もう一度家族としてやり直せるかもしれない。夜、ちゃんと話そう。そう思って帰宅した。
でも、その日の夕方。ソファでゲームをしていたゆとが口にした。
「母さんが言ってた。孫を産めないなら離婚しろって」
その瞬間、私の中に残っていた迷いが消えた。
この人は、私が妊娠できるかどうかで妻の価値を決める。なら、妊娠したと知ったら、きっと離婚を嫌がるだろう。私が必要だからではない。子供が欲しいからだ。この人に、この子の父親を任せていいの?
答えは、ノーだった。
「わかった」
私は離婚届を出した。ゆとは何度も「本当にいいの?」と確認した。
「あなたが離婚したいんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「だったら書いて」
ゆとは戸惑いながらも署名した。かず子の言葉に逆らう気はなかったのだろう。私は妊娠したことを、ゆとにもかず子にも告げなかった。
数日後、今後について話し合った。するとゆとが急に目を輝かせた。
「そうだ。貯金、半分ずつだよな」
ある通帳を指差した。私が独身時代から貯めていたお金だ。
「それは私の結婚前の貯金よ。夫婦で貯めたお金ではないわ」
ゆとの顔が曇った。
「じゃ、じゃあ、このマンションは……俺もずっと住んでたんだから、半分くらい」
「これも、私が結婚前に買ったものよ」
「は?」
ゆとは完全に固まった。このマンションは、私が働いていた頃、将来のために購入したものだ。結婚後も名義を変えていない。ゆとは、私が専業主婦になってからの姿しか見なくなっていた。結婚前に私が働き、貯金していたことまで忘れてしまったのだろう。
「マンションは売る予定よ。だから期限までに出ていってね」
「待ってよ。俺、仕事もないんだぞ」
私は思わず笑ってしまった。
「誰のおかげで生活できると思ってる?」
私へ何度も言った言葉。それを言っていた人が、今は無職。それは私には関係ない。
「自分の生活でしょう」
離婚成立後、私は実家へ戻った。母の洋子と父の正弘は、「何も心配しなくていい」と迎えてくれた。
そして数ヶ月後、私は元気な男の子を出産した。名前は大翔。小さな手で私の指を握る息子を見ながら、あの日の決断は間違っていなかったと思った。
私は大翔が生まれたことを、ゆとにもかず子にも知らせなかった。子供がいるかいないかで私への態度を変える人たちに、大翔の人生まで振り回されたくなかったからだ。
三年後、私は地元の手芸店で働いていた。離婚前、ゆとに無駄遣いと言われていた手芸。それが今では私の仕事になっている。常連さんも増え、店を任せてもらえるようになった。大翔も元気に育っている。
ある日の午後。店の扉が開いた。
「みさ……」
聞き覚えのある声。顔を上げると、ゆととかず子が立っていた。
「どうしてここに?」
かず子がいきなり言った。
「孫がいるんですって?」
私は黙った。
「聞いたわよ。男の子なんでしょ?」
ゆとも責めるように言う。
「お前、離婚した時、妊娠してたんだって?どうして黙ってたんだよ」
私は答えた。
「離婚したかったから」
「なんだよ、それ。妊娠してるって知ってたら、俺だって離婚なんかしなかった」
その言葉を聞いて、私は言った。
「だから、言わなかったの」
ゆとが黙る。
「どういう意味だよ」
「子どもがいなければ、私はいらない妻。子供がいれば、離婚したくない妻。あなたが欲しかったのは、私じゃなくて、子供を産む人だっただけでしょう」
「違う」
「じゃあ、聞くけど」
私は一歩近づいた。
「私が妊娠していなくても、あの日、あなたは離婚をやめた?」
ゆとの口が止まった。答えられない。それが答えだった。
かず子が割って入った。
「もういいでしょう。とにかく、孫に合わせて。うちの孫なんだから」
私はかず子をまっすぐ見た。
「お母さん、『孫を産めない嫁なら離婚しろ』と言いましたよね」
かず子の表情が固まった。
「それは、あなたが捨てたのは、孫を産めない嫁ではありません。あなたの息子を信じて、その子供を宿していた妻です。今さら、都合よく孫だけ欲しいと言わないでください」
その時、店の奥から大翔が出てきた。迎えに来ていた母の洋子と一緒だ。かず子の顔が一瞬で明るくなった。
「大翔!私がおばあちゃんよ!」
近づこうとしたかず子から、大翔は一歩下がった。そして洋子の手を握った。
「僕のおばあちゃんは、このおばあちゃんだよ」
かず子はその場で固まった。私は大翔の前に立った。
「お帰りください。これ以上、この子の生活に入ってこないでください」
ゆとが声を上げた。
「俺は父親だぞ」
私は静かに返した。
「父親になる機会は、ありましたよ。妊娠していると知らなかったから?違う。妻を大切にする機会も、家族と向き合う機会も、何度もあった。それを、全部自分で捨てたのは、あなたでしょう」
二人は何も言い返せなかった。
その後、ゆととかず子が私たちの前に来ることはなかった。
私は今も手芸の仕事を続けている。大翔は店に来ると、よく言う。
「ママ、これ作って」
私は笑いながら、一緒に布や糸を選ぶ。
あの頃、私はずっと、「子供を産めない自分には価値がないのではないか」と思わされていた。でも、違う。私は大翔を産んだから価値のある人間になったわけではない。妻だから、母親だから、専業主婦だから。そんな肩書きで、人の価値は決まらない。
私が変わったのは、誰かに自分の価値を決めてもらうことをやめたからだ。
あの日、「孫を産めないなら離婚しろ」と言われて、私は夫を失ったのではない。私を大切にしない人たちから、自分の人生を取り戻したのだ。



