「お前がここに住めるのは俺のおかげだ。もっと感謝しろ。」
私、安田智子、三十五歳の主婦。夫は二歳年上のモハラ気質な男で、今、私は心の中で決意を固めていた。この寄生虫のような夫に見切りをつける時が来たのだ。
「はい。これは私からのお礼です。私からの最後のプレゼントを受け取ってください。」
そう言って差し出した離婚届を、夫は呆然と見つめていた。最初は何が起きたのか理解できず、やがて顔色がみるみる変わっていく。夫の表情が一瞬で変わる様子を、私は冷めた目で見つめていた。
夫と出会ったのは、私が働いていた会社だった。夫は当時、私の先輩で、違う部署にいた。休憩時間にふと声をかけられたのがきっかけで、交際が始まった。
昔から頭の切れる夫は、有名な高校と大学を卒業し、現在は大手企業で働いている。常に自信に満ち、リーダーシップのある頼りになる存在だった。おっとりとした私をいつも引っ張ってくれる。そんな夫に惹かれて結婚したのだ。
結婚してからの数年は、二人だけの穏やかな時間が流れていた。三年ほど経った頃、息子のたヤを授かる。初めての子育てで二人でバタバタと忙しい日々を送り、たくさんの困難はあったが、可愛い息子と共に私たち家族は楽しく暮らしてきた。もうすぐ六歳の誕生日を迎える、元気いっぱいで優しく育った息子だ。
一見何の問題もない家族に見えるかもしれないが、実は夫に関して一つだけ悩み事があった。
夫には結婚前からギャンブルの趣味があったのだ。競馬や競輪、ボートなど、休日はほとんどギャンブルに費やしていた。しかし私が行きたいところを伝えれば、その週はギャンブルを休み、私のために時間を作ってくれる、という具合だった。
私が見る限り、夫はのめり込むほどではなく、状況をわきまえて楽しむ範囲でやっているように思えた。結婚前に不安があったので、私は夫にギャンブルのことを話したことがある。すると夫は「自分が決めた範囲は絶対に超えない。家庭に影響を及ぼすことはない」と約束してくれた。実際、それまで大きなトラブルはなかったので、私は夫を信用し、結婚を決断したのだ
結婚して息子が生まれ、しばらくの間は平凡な日々が続いた。ギャンブルも夫にとってストレス発散になっているようで、穏やかで楽しい生活を送っていたと思う
しかしそんな生活が、ガラガラと崩れることになる。それは息子が三歳になった頃のことだ。夫が競馬で大勝ちしてしまったのだその金額に、夫も私も興奮し大喜びした
「こんなに買いすぎることもあるのか」と思うほど、夫は惜しげもなく息子のおもちゃや家電を買い、私も久しぶりに好きな洋服を買ってもらったりした
この頃までは、まだ可愛げがあったかもしれない。夫はその後、勝ったお金で投資を始め、またもや大金を手にすることになる。そして十年ほど残っていた家のローンを一括返済し、相変わらず惜しげもなく好きなものを買い続けていた
人間は大金を手に入れると変わってしまうとはよく聞く話だが、まさに夫がその典型のような人間になっていった
暇さえあればスマホやパソコンを食い入るように眺め、心ここにあらずといった状態だ。「自分には投資の才能がある」と言って調子に乗る夫だが、私はそんな夫を日々、不安な気持ちで見るようになる
まさか、あの競馬の大当たりがこうも家族の形を変えてしまうとは、全く思っていなかった
なんとなく不安を覚えた私は、もしものためにと夫に貯金を促す。「投資が貯金みたいなものだ」と軽くあしらう夫だが、一応は私の言うことを聞いてくれたようで「わかった」とは言ってくれた
しかし、日に日に顔つきが変わる夫の余裕のなさを見ていると、本当に貯金しているのか怪しくなってくる
時々調子のいい時には、「いくら儲けた」「これは何十倍になる」などと興奮した様子で自慢話をしていた。おそらく一攫千金を狙っているようで、動かすお金は桁違いに大きくなっていった
とはいえ、調子のいい時はほんのわずかで、ほとんどが不調な状態だった
以前は息子と楽しそうに遊んでいたのに、最近はそんな姿は見られなくなった。息子も夫を怖がって、近づかないようにしているのがわかる
最近の休日は、競馬やボートを見に行ったり、家にいる時はほぼずっとパソコンの前で時間を費やしている。損をした日などは「こんな食事だと頭が働かない」と私のご飯にケチをつけたり、「お前の行動がとろくて気が散る」などと、負けたことを私のせいにするようなことまで言い出すようになった
ある日、夫がリビングのテーブルにパソコンを開きっぱなしにしていた時があった。食事の準備をしていた私は、何気なくそのパソコンを閉じた。すると、その日は機嫌の悪い日だったらしく、夫がすごい剣幕で怒り出した
「おい、俺の大事なものをそんな風に触るなよ。もっと俺に気を使えよ。使えねえ嫁だな。」
以前なら考えられないような暴言に、私は驚いてしまった。同時に、人が変わってしまったことに悲しい気持ちになる
明らかに夫の精神状態は荒れてきていて、私への暴言はどんどん増えていった
「俺への感謝が足りないんじゃないのか。誰のおかげでお前たちは生活できてると思ってるんだ。」
息子が三歳になった頃から私はパートを始めたのだが、それほど多く稼いでいないからか、夫は私を見下すような発言をするようになった
確かに私の稼ぎは少ないだが、食費や日用品にかかる分くらいにはなっている
ギャンブルにはまってしまってからの夫は、一応は生活費を渡してくれるが、その額はどんどん少なくなっていた
確認はしていないが、約束してくれた貯金なんて、きっとしていないだろう。家計簿を見ながら、将来への不安と戦う日々が続いた
そんなある日、私はある異変に気がつく
結婚前に夫から買ってもらった、私の大切なバッグがなくなっていたのだ「まさか、夫に売られてしまったのか。」嫌な予感がよぎる
私が直接夫に尋ねると、夫はあっさりと「その通りだ」と認めた
「最近は投資を諦めて、競馬とボートに集中してるんだよ。」近々ある大きなレースの軍資金が必要だった、と夫は軽い調子で言った
人のものを勝手に売るなんて信じられない
「私のものを、どうして勝手に売るのよ。」と反抗した私に、夫は逆切れした
「俺が買ってやったものだろ。俺がどうしようが、お前に口出しする権利はない。」
私は半泣きで夫を責めたが、夫は「うるさい」と言って、その後は無視するだけだった
その日を境に、夫婦関係はどんどんと冷たいものになっていった。その後も家のものが勝手に売られることが続いたが、私はもう何も言わなくなった
そんな状況で一年ほどが過ぎたある日、実家の母からの電話で、父が倒れたと聞いた
元々心臓が強くない父が、急性心不全になったのだ。救急車で搬送されたとのことだったが、幸運なことに一命は取り留めた
数日後、父は退院するが、母も高齢のため、一人で父の面倒を見るのは大変だ
悩みながらも助けに行きたいと思った私は、夫に相談した
「どうぞ。好きにすれば。」
夫は一言だけ、冷ややかにそう言った。父を心配するでもなく、私の気持ちすら考えてもくれない。私の話は全く頭に入っていないようで、パソコンの画面に集中している
「好きにすれば」と言うのだから、私は両親の面倒を見るため、しばらく実家に帰ることに決めた。ちょうど夏休みに入ったところだったので、息子を連れて行くにはいいタイミングだ
「実家にはたヤも連れて行くわよ。あなた一人で大丈夫? 」
その日も虫の居所が悪かった夫は、私の問いかけに苛立ちを覚えたようだ
「はあ。帰ってイライラの原因がなくなって清々するよ。前、俺を誰だと思ってるんだ? 食事は外食や持ち帰りするにしても、洗濯とか掃除とかできるの? 」
普段全くと言っていいほど家事を手伝わない夫への、最低限の気遣いのつもりだったが、逆効果だったかもしれない。夫はさらに逆上してこう言い出した
「俺みたいなエリートは仕事に集中しなきゃいけないから、家事なんかやる必要ないんだよ。」
仕事以外はギャンブルで神経をすり減らしているくせに、何を言うかと思ったが、それは言わずに飲み込んだ
「それともお前あれか?

家事をして俺を支えてるアピールか? そんな程度の家事で調子に乗るなよ。主婦って呑気なもんだな。」
言い返したい気持ちを抑えて、私は黙って聞いていた。機嫌の悪い時の夫は、いつもこうやって絡んでくるが、適当に聞き流すのが一番だ
「俺が養ってやってるんだ。感謝するのはお前の方だろう。完璧な俺様の嫁ってことをもっと感謝しろよ。この寄生虫が」
結婚する前は、こんなモラハラ夫になるなんて想像していなかった
お金がこうも人を変えてしまうのだ。冷めた目で見ながら、私は思っていることと反対のことを言う
「そうよね。いつもありがとう。」
そしてその晩のうちに荷物を準備し、翌日の早朝、息子を連れて実家へと向かった
「おい、いつまで実家にいるつもりだ? 」
父の病状は、早くに病院に搬送されたこともあり、思っていたよりも重くはなかった。医師からも回復力の速さを褒められたとのことで、父も母も穏やかな様子だ
それからの約一ヶ月間、私は家のことを積極的に行い、看病に専念した
母も孫と久しぶりに会えてとても喜んでいて、一緒に出かけたり、夏休みの宿題を見てくれたりと、私にとっては逆に助かったくらいだ
息子も「おばあちゃん、おばあちゃん」と楽しそうにしており、私たちは毎日笑顔で過ごすことができた
父の体力が回復し、普段通りの生活ができるようになり、そろそろ自宅に帰る時が近づいてきた
「あの家に帰らなくてはいけないのか。」と思うと気が重いが、息子も夫に会いたいだろうと思い、一ヶ月ぶりに自宅に戻ることにした
一ヶ月も家を守ってくれている夫に感謝の気持ちを伝えようと、お土産を買っていくことにする
地元の名産品と、仕事用のネクタイを買った
そしてもう一つ、重要なものも用意する
それは一ヶ月の間、落ち着いて考えた私の答えだ
このお土産を渡すかどうかは、夫に会ってから最終決断をすることにしている
その日は夫は仕事に出ており、久しぶりの自宅はひっそりとしていた
しかし玄関を上がった瞬間、異様な匂いがした
恐る恐る部屋へ入ると、以前住んでいた部屋かと目を疑うほどの荒れ模様だった
息子も「臭い、臭い」と言いながら部屋をうろうろしている
部屋は夏場だというのに換気されておらず、異様な匂いが部屋中に充満していた
匂いの正体は、脱ぎっぱなしの服や下着類、食べ残しのある容器、そしてビールの缶などだった
部屋中にゴミも散らかり、台所の流し台は、皿やコップが山積みになっている
夫は一ヶ月の間、何をやっていたのだろう
あんなに偉そうにしていた夫の、このあり様に、私は呆れて言葉も出なかった
状況が分かると、私は急いで窓を開け、部屋の空気を入れ替えた
そして息子を寝室へ連れて行き、部屋の掃除に取りかかった
と、私はあることに気がついた
母から成人祝いでもらった、掛け時計がなくなっていたのだ
長い間愛用し、見ているだけでも癒される、私にとっては大切な時計だ
木製のその時計は、立派な無垢の木でできており、木のぬくもりに溢れていた
「まさか、あの時計までも、夫は売りに出してしまったのだろうか。」
怒りを通り越して、虚しさと悲しさで、私は一人涙を流した
しかし今は部屋を片付ける時だ
その後夕飯の支度もしなくてはいけないと、気持ちを切り替えて掃除を続けた
一通りの掃除が終わり、息子を連れて夕飯の買い出しに出かけた
買い物から帰り、夕飯の支度をしていた時に、夫が帰ってきた
言いたいことは山ほどあったが、私は真っ先に掛け時計のことを尋ねた
「ああ、あれか。まあまあ、いい値段で売れたよ。」
笑いながら言い放つ夫を、私は睨みつけた
「あなた、あの時計は私がずっと大切にしているの、知ってるでしょ? 今すぐ買い戻してきてよ。」
さすがに頭に来た私は、声を高鳴りつけた
「はあ?
自分で行けよ。俺にはそんな暇はないんだよ。仕事が忙しくて、家のことも手が回らなくて大変だったんだぞ。」
家にいたって、どうせ情報収集ばかりしていたのだろう
散らかった部屋を見た時、ビールの空き缶の多い場所などで、どんな生活をしていたのか想像できた
「お前がここに住めるのは俺のおかげだって、忘れるなよ。もっと感謝しろ。」
ひどすぎる
このやり取りで、私の腹は決まった
前もって決めていた最終決断は、意外と早い段階で訪れた
「そうですね。
はい、これは一ヶ月間の留守番と、日頃のお仕事へのお礼です。この書類もプレゼントするから、サインして提出してくださいね。」
「はあ? 書類? これは…離婚届けじゃないか。」
予想していなかったようで、夫は驚きの表情で私を見ている
我に返った夫は「ふざけるな」と逆上し、開き直った態度を取った
そして一銭も金を払うつもりはないし、この家も自分のものだと言い張った
私はお金なんか期待していないし、家だって欲しいとも思っていない
とにかく、この人と離れることができるのなら、それで十分だ
「こうして同じ空間にいるだけでも、私には苦痛です。今すぐ出ていきますね。」
夫は「勝手にしろ」と言って、実家へと入っていった
私は息子にもう一度「おばあちゃんのところに行くよ」と伝え、荷物をまとめて、再度実家へと向かった
電車の中で寝ている息子の寝顔を見て、父親がいなくなることをどう思うだろうかと、不安な気持ちがよぎる
怖い、怖いと言いながらも、息子にとってはたった一人のお父さんだ
しかし私は、この子を今まで以上に大切にしようと心に誓い、前を向く決心をした
夜も遅くなった頃に実家に到着した
連絡もせずに帰ってきたので、両親は驚いている
息子が父と一緒にお風呂に入っている間に、私はこれまでの経緯を母に話した
涙を流しながら話す私を、母も涙をためながら、優しく励ましてくれた
最後まで真剣に聞いてくれた後、「もう帰る必要はない」という母の言葉に、私は救われた気分になった
その晩は私も息子もだいぶ疲れていたので、夕飯を食べた後、すぐに眠りに着いた
翌朝、私のスマホには夫からの大量の着信とメッセージがあることに気がついた
そこには、「息子は自分が引き取る」と書いてある
家事もできないあんな夫に、息子を渡すわけにはいかない
お金はいらないが、息子を取られることだけは絶対に嫌だ
翌日、私は息子を呼んで、今の状況を説明した
そして夫と会えなくなることや、学校が変わることも伝えた
すると息子はこう言った
「僕はお母さんと一緒にいたいよ。お父さんはいつも怒ってばかりだし、僕のお金を取るんだもん。」
なんてことだ
夫は幼い息子からもお金を奪っていたなんて、最低な親だ
私自身、それに気がつかなかったことに申し訳ない気持ちになる
「お母さん、僕はお母さんの味方だよ。」
いきなり息子がこんなことを言うものだから、私は嬉しくて、思わず泣いてしまった
必死に振る舞わないとと頑張っていたのだ
頼もしい息子の言葉に、私は元気になった
息子が幸せに過ごせるよう、何でもやってやろうと決意を新たにした
そして、あの夫のことだから、話し合いをしても埒が明かないだろうと考えた私は、実家近くの弁護士にお願いすることに決めた
ギャンブルのために無断で私のものを売ったことや、家族に対する暴言など、裁判になった時、夫に不利になることが多い
離婚となれば、養育費だけでなく慰謝料の話なども出てくる
少しでもスムーズに離婚が成立するよう、そういった具体的なことを弁護士を通して、夫に伝えてもらった
弁護士からの連絡を受けた夫は、急に大人しくなる
今までの強気な姿勢はなくなり、無事に夫との離婚は成立した
そしてその後の裁判で、私は慰謝料と養育費を請求することができた
大して期待はしていなかったが、結構な額の慰謝料をもらうことができた
元夫のギャンブルは続いているのかは定かではないが、私への慰謝料と養育費の支払いで、かなりの借金を背負っているらしい
それを知った会社が元夫を危険な人物と判断し、首にしたという話を聞いた
元夫は自分をエリートだと思い込んでいたようだが、人生は一気に転落していったようだ
自分で巻いた種だ
せいぜい苦労すればいい
今は私と息子は、実家でお世話になりながら、安心した暮らしをしている
元夫から支払われた慰謝料は、今後の息子のためにと貯金した
とはいえ結構な額なので、迷惑をかけた両親にお詫びも兼ねて、旅行に行こううかと考え中だ
両親と息子と私で、思いっきり羽を伸ばして楽しもうと思う
美味しいお店や一緒に遊べる場所など、あれやこれやとみんなで話しながら、楽しく計画を練っている
息子の笑顔が数倍に増えたことで、私はこの選択をしたことを本当に良かったと思っている