週末の夕食、私が作った料理を一口食べた妹が「お姉さんの家、近くてラッキー。今日も夕飯、ごちになります」と笑った。それが当たり前になっていた。毎週、妹とその子供7人が私の家に来て、食材費も出さず、私は10人分の食事を作り続けた。ある日、夫に「10人分も2人分も一緒だろ」と言われ、私は自分の人生が何かに押しつぶされていくのを感じた。それでも私は気づいていなかった。本当に苦しんでいたのは、妹の高校…

週末の夕食、私が作った料理を一口食べた妹が「お姉さんの家、近くてラッキー。今日も夕飯、ごちになります」と笑った。それが当たり前になっていた。毎週、妹とその子供7人が私の家に来て、食材費も出さず、私は10人分の食事を作り続けた。ある日、夫に「10人分も2人分も一緒だろ」と言われ、私は自分の人生が何かに押しつぶされていくのを感じた。それでも私は気づいていなかった。本当に苦しんでいたのは、妹の高校...

「お姉さんの家、近くてラッキー。今日も夕飯、ごちになります」

まゆがスマホを片手に、にこやかにそんなことを言い放った。週末の夕方、食卓を囲むその台詞にもう何度目かの呆れが込み上げてくる。

「まゆちゃん、もういい加減にしてくれない?」

「ああ、何がですか?」

「何が、じゃないでしょ。毎週末、うちにご飯を食べに来て」

「りにって言い方、やめてくださいよ。兄夫婦のお家へご馳想になりに行ってるだけです」

「まゆちゃんと子供7人、合計8人よ。それが毎週って、ありえないでしょ」

「うち、大家族なんで」

「そういう問題じゃないの。そもそも、食材費も出さないって、どういうこと?」

「だって、お兄ちゃんが出さなくていいって」

「大輔が言ったことは忘れて。月1回とかならまだしも、毎週でしょ。大人として、食費は出すでしょ」

「あ、お姉さん、それってパワハですか?上の立場の人が下の人にお金を要求するとか、最低、典型的なパワハですよ」

「いや、ごめん。れ、何言ってるの?これでパワハが通るの、正規の世界だけよ」

「言い訳は聞きたくありません」

「そういうことじゃなくて…。てか、そんな考え方で、普段どうしてるの?」

「普段って、何ですか?」

「いや、7人の子供の母親でしょ。面倒見たり、できてるの?」

「うわ、お姉さん、最悪」

「え?何が?」

「今時、そんな考え方、ありえませんから。母親だから子供の世話をするの当然とか、時代錯誤すぎてびっくりした。ジェンダーハラスメント、全ハです」

「全ハ?急に知らない単語、出てきてびっくりしたわよ。何でもハラスメントって言うの、やめてくれない?」

「知らないんですか?ハラスメントはね、された側がそう思ったら、そうなんですよ」

「都合のいい解釈ね」

「そういう時代なんで」

「あ、そう。だから今の時代、母親だからとか、関係ないんです」

「いや、まゆちゃん、シングルマザーよね」

「そうですけど」

「じゃあ、まゆちゃんが面倒見ないで、誰が見るの?お母さんたちは北海道だから、頼れないでしょ」

「うちの長女が、見てくれてるんで、大満足です」

「凪沙ちゃんがあの子…。高校生よね」

「ピッチピチの16歳ですよ。バイトもしてるって言ってたし。学校にバイトに、下の子のお世話に、家事も全部やってくれてます」

「それ、自慢できる話じゃなくて、もう怖い話だからね。16歳の子供に、どれだけ負担かけてるの?」

「あ、だったら、お姉さんが負担減らしてくださいよ。はい。明日から、毎日、食事の世話、してください」

「は?何言ってんの?」

「これからは、毎日ごちになります。凪沙の負担、お姉さんも嬉しいですよね」

「バカ言わないでよ。ただでさえ大変なのに、毎日なんて無理」

「家族8人で、いつもごめんね。明日も行くから、よろしく」

「ちょっと、勝手に決めないでよ。聞いてるの?まゆちゃん!」

翌日。

「うわあ、今日も疲れた」

「大輔、仕事お疲れ」

「わ、なんだ、なんだ…。もしかして、凪沙君もお疲れか?」

「まゆちゃん、本当に今日も来たのよ」

「ああ、それで。まあ、来るって言ってたんだろ」

「言ってたけど、まさか本当に来るとは思わなかったわよ…。でも、凪沙が念のためにってさ、夕飯、まゆんとこの分も作ってたじゃん」

「それはそうだけど。なら、予定通り、何も問題なくね?」

「問題しかないでしょ。私たちとまゆちゃんとこ、合わせて10人分の食事よ。それを毎日って、うちは食堂か?」

「大げだなあ」

「はあ。どこが大げか。食材費も全部うち持ちだよ。こんなの、破産するわ」

「しないって。食費だったら、凪沙のパート代だけで足りるじゃん」

「全部使えってこと?」

「言ってるよね」

「…。そもそも大輔は、10人分の食事を甘く見すぎ。2人分作るのと、10人分作るのと、どれだけ違うか、理解できないの?」

「いや、だから、大げだって。人数増えるってことは、食材増やすだけだろう」

「は、それ本気で言ってるの?」

「俺とお前の分を作るついでに、ちょっと増やすだけだろ。簡単じゃん」

「8人分を”ついで”に終わらせる神経が、怖いわよ」

「そりゃ、高級フレンチ作ってんなら分かるよ。けど、凪沙の料理って、適当な家庭料理じゃん」

「あ、適当って言った?」

「食材を鍋にでもぶち込んで、まとめて煮込むだけだろう。大手間じゃないって」

「ねえ、大輔さ、料理作れたっけ?」

「あ、俺、作れないけど」

「現実の料理はね、そんな単純じゃないのよ。ゲームじゃないんだから、煮込んで終わりとかないの」

「そんな怒んなよ。まゆもシングルで大変なんだぞ。ちょっと助けるくらいいいじゃん」

「助けてるのは、あんたじゃなくて私ね」

「はいはい。分かってるって」

「分かってないから、そういう態度なんでしょ」

「一緒のこと、大輔がやってみたら?」

「おえ。俺、無理無理。仕事忙しいし、料理とか作ったことないもん」

「私、大輔のそういうところ、本当に嫌い」

「なんだよ、急に機嫌悪いな」

「ああ、もしかして生理、大丈夫?」

「本当にそういうとこ?」

「え?何?どういうこと?」

「出しっ放なしにしないとか、炊飯器にちょっとご飯残すとか、お茶を補充しないで数ミリ残すとか…。片付けたり洗ったり、自分でしたくないんでしょ」

「ごめんごめん。次から気をつけるわ」

「口だけだよね。まゆちゃんのことも、私に押し付けてるだけ。面倒なことは、ほっとけば全部私がやってくれると思ってる」

「だから、ごめんって。マジで、これからは気をつけるから」

「はいはい、そうですね」

「で、今日のお晩ご飯って、何?俺、もう腹ペコだわ」

「冷蔵庫に入ってるから、勝手に食べて」

「え?何?怒ってんの?」

「私は先に寝ます。おやすみ」

翌日。

「凪沙さん、今日もご飯、美味しかったです」

「凪沙ちゃんたちが喜んでくれて、よかった」

「すみません、大変ですよね」

「凪沙ちゃんが謝ることじゃないでしょ」

「でも、私たちのせいで…。だから、凪沙さんも、今日、怒ってて」

「え、私が怒ってた?」

「はい、機嫌悪かったですよね」

「違う違う…。うん、違うのよ。私が怒ってたのは、大輔のせいよ」

「大輔さん、ですか?」

「そう。あの人、本当に家事を舐めててね…。「10人分作るのも、2人分作るのも一緒だろう」って。面倒なことは、全部私に押し付けて」

「うわあ…。なんだか、私もちょっと分かります」

「え、凪沙ちゃんも?」

「はい。うちの弟や妹も、服脱ぎっぱなしにしたり、電気消さないし、トイレットペーパー数ミリ残したり…。何回言っても治らないんですよ」

「うわ、大輔と一緒…。大輔って、小学生とかと同じレベルだったんだ」

「ですね」

「大輔。私の親ってね、すごく神経質で、細かい人たちだったの」

「そうなんですか」

「リモコンの位置がずれてただけで、ぶちぎれたりね」

「うわ、それはそれで、きついですね」

「だから、大輔の大雑把さが、魅力的に見えたんだけどね…。実際、結婚して生活してみると、この有り様だけど」

「日常のすれ違いって、精神がすり減りますもんね」

「そうそう、そんな感じ。

それにしても、意外だったなあ」

「何がですか?」

「凪沙ちゃんと、こういう話ができるなんて。女子高生とこんな話題で共感するとは、思わなかったわ」

「私も嬉しいです。こういう話って、人としたことなくて」

「そっか…。同級生とは、しないよね。それに、お母さんも…。まゆちゃん、家事も育児もしない人なんで、苦労話をして笑い合うなんて、したことないんです」

「そうなんだねえ…。凪沙ちゃん、学校とかバイトは、どう?」

「え、そうですね…。学校は、下の子が熱出したりしたら、休まなきゃなんですよ。だから、あんまり行けてないかな」

「それって、勉強は大丈夫なの?大学とか」

「そこは大丈夫ですよ。私、勉強好きなんで、家でも自習してて、成績優秀なんですよ」

「部活とかは?」

「部活は、家のことや下の子たちのこともあるんで、できませんね…。やりたいとは思ってるんですけど」

「じゃあ、お友達は?」

「いないです…。遊びに行く時間もないですし、ぼっちなんで」

「ってことは、バイトも?」

「はい…。楽しいんですけどね。急に休まなきゃってことも多くて、迷惑ばっかりかけてます」

「そっか…。大変なんだね」

「あ、いえいえ、これが私の普通なんで」

「普通か…」

「前に、何かあったら相談してって言ったのは、覚えてる?」

「はい、覚えてますよ」

「今、何か困ってたりしない?私にできることなら、力になるよ」

「こうして食事を食べさせてもらえるだけで、十分ですよ…。これ以上、迷惑はかけられません」

「迷惑なんて、本当に困ってないのよ」

「だって、私にとっての生活は、これがずっと、つものことなんで」

「そういうことか…。もう、考え方の根っこから、麻痺しちゃってるんだね」

「え、麻痺?どういうことですか?」

「うん、こっちの話。遅くまでごめんね。しっかり寝て、明日からも頑張って」

「はい、おやすみなさい」

数日後。

「ああ、今日もお姉さんの料理、美味しかった。ごちになりました」

「はいはい、お粗末様でした」

「てか、思ったんですけど」

「何よ?」

「お姉さんの料理って、レパートリー少なくないですか?」

「はあ?」

「はい…。美味しいけど、飽きてきたっていうか。明日は、中華が食べたいな。エビチリとか」

「他人の家で毎日ご飯食べといて、メニューに文句つけるとか、いい度胸よね」

「褒められてます」

「褒めてないわよ。人として終わってるなって、言ってるの」

「うわ、お姉さん、それモラハですよ。自分の意見を押し付けて人格否定、最低、通報案件です、これ」

「どうぞ、通報して」

「やだなあ…。何、向きになってるんですか?冗談ですよ」

「冗談?冗談で、ハラスメントとか言ってたの?私には分からない価値観ね」

「まあ、姉さんって、ぶっちゃけおばさんなんで」

「私たち、2歳しか違わないわよね。私がおばさんなら、そっちもでしょ」

「2歳の差は大きいですから…。学年で言ったら、1年生と3年生ですよ。おばさん臭いお姉さんとは、違って当然です」

「ああ、それ、エイジハラスメントよね」

「あ、エイハ…」

「何それ?」

「エイジハラスメント。年齢や世代の違いを馬鹿にすることよ」

「お姉さん、こんなのがハラスメントとか、被害妄想強すぎて、受けるんですけど」

「された側がそう思ったら、ハラスメントなんでしょ。自分が言ってたのにもう忘れちゃったの?」

「あ、いや、それは違くないですか?」

「何が?あなたの理屈だと、間違ってないはずよね」

「こんなの変ですよ。ハラスメント、ハラスメント、ハラスメント…」

「ハラスメントね…。確か、正当な行為をハラスメント扱いされること、だっけ?」

「そうです。今、まさにお姉さんがやってることですよ」

「だったら、私はずっと、ハラスメントを受けてたのねえ…。他でもない、まゆちゃんに」

「いや、そんなことしてませんけど」

「だって、私が何か言ったら、全部ハラスメント扱いじゃない?これって、典型的なハラスメントじゃない?」

「ああ、もうなし。この話やめましょう」

「どうして?せっかく楽しくなってきたのに」

「こんな暗い話じゃなくて、楽しい話をしましょうよ。ハッピー、大事ですよ」

「ハッピーね…。あら、それ、エンハラスメントね」

「はあ…。エンハラスメント?」

「エンジョイ・ハラスメント…。私は今、そういう気分じゃないのに、楽しさの押し付けなんて、最低だと思わない?」

「何なんですか、さっきから…」

「あら、怖い…。パワハかしら」

「違います」

「まあまあ、そんなに激昂しないでよ。明日、楽しみね」

「は…。明日、中華でしょ?エビチリ」

「ああ…。そうですね、楽しみですね…。よろしくお願いします」

「はいはい、お願いされました。これに懲りたら、今後はハラスメント扱いは控えなさいね。自分の言動は、いつか帰ってくるんだから」

翌日。

「凪沙さん、今、どこにいますか?」

「あら、そんなに慌てて…。凪沙ちゃん、どうしたの?」

「どうしたの、じゃありませんよ。凪沙さんたちの家に行ったら、大輔さんが、お母さんに掴みかかって」

「掴みかかった?どうして?」

「凪沙さん、離婚届け置いて、出てったんですよね」

「そうね」

「それが私たちのせいだって、大輔さんは思ってて…。だから、掴みかかって、切れてるんだと思います」

「ああ、なるほどね…。まゆちゃんたちのせいで、私が出てったと思ってるんだ。だから、掴みかかってるのね」

「大輔おじさん、見たことないくらい怒ってたんです…。お母さんも言い返して、喧嘩になっちゃって」

「2人は今、どうしてるの?凪沙ちゃんからLINEしてきたってことは、落ち着いたのよね」

「私が仲裁して、なんとか今は2人とも、頭を冷やしてます」

「大変だったのね…。凪沙ちゃんや、他の子たちは、大丈夫?」

「私たちは、はい。弟や妹は、怖くて泣いてましたけど、怪我とかはありません」

「なら、よかった…。凪沙さん、早く帰ってきてください。今は落ち着いてるけど、また喧嘩が始まったら」

「それは無理ね…。私は、2度と、あの家には帰らないから」

凪沙からの連絡を受けて、私は覚悟を決めた。ずっと、この日が来るのを、どこかで待っていたのかもしれない。

大輔の前で、離婚届けを突きつけた日の夜…。私は考えていた。凪沙のこと、まゆのこと、そして、自分自身のこれまでの人生を。

やっぱり、私たちのせいですか?そう凪沙に問われて、私は首を振った。

半分正解ね、と私は言った。じゃあ、もう半分は?凪沙ちゃん、あなたの、自覚のなさよ、と。

「凪沙ちゃん…。ヤングケアラーって知ってる?」

「ヤングケアラー…?」

「本来、大人が担うべき家事や育児…。そういったことを日常的に引き受けてる子供のことよ…。つまり、あなたのことよ、凪沙ちゃん」

「私が、ヤングケアラーでも…。それは私にとっては、当たり前のことで」

「そう…。そこが、この問題の厄介な部分なのよ。本人に被害者意識がないと、苦労や苦痛を、当然だと思い込んでしまう。あなたは言ってたでしょ?勉強が好きだって、部活だってやってみたいって」

「言いましたけど…。でも私には、家のことや、弟や妹が」

「それ、あなたがやらないといけないの?」

「え?」

「まゆちゃんが、母親よね。母親の仕事でしょ、それは」

「お母さんは、やらないから…。やらないから、あなたがやるのよ」

「それが、仕方ないって、本気で思ってるの?」

「そんなこと言われても…」

「ヤングケアラーの話の続きだけどね…。子供が自分で助けを求めない限り、大人は何もできないのよ」

「助けを求める…」

「でも、今のあなたに、それはできないわよね…。凪沙ちゃんは、自己犠牲を受け入れてる」

「私…」

「私はね、自己犠牲を正当化する人って、大嫌いなの」

「凪沙さん…」

「私は、もう、あなたたちのためにご飯を作らないし、あなたの弟や妹の面倒も、一緒に見てあげない」

「凪沙さん…?」

「凪沙ちゃん、あなたが変わらないと、私はあなたを助けないわよ。自分の置かれた環境を、しっかりと考えなさい、仕方ないから、家庭環境がこうだから、じゃなくて。あなたがどうしたいかを、考えなさい」

「私が…、どうしたいか…」

「その答えが出たら、また連絡してきて…。その時は、私があなたを助けるわ」

数日後、大輔が我が家に現れたのは、それから間もなくのことだった。

「離婚届けは、もう出してくれた?」

「出すわけないだろう…。俺は、こんな形での離婚には、納得してない」

「そういうのいいから、早くしてよ。私だって、裁判まで起こしたいわけじゃないのよ」

「なあ、凪沙…。俺たち、小さい喧嘩はあっても、夫婦円満だったろ」

「夫婦円満?それ、本気で言ってるの?」

「まゆたちのことが原因なんだろう…。それだったら、もう解決したんだよ。まゆにも、もう2度とうちに来るなって、言っておいた」

「そう…」

「だから、帰ってきてくれよ…。問題はなくなったんだから、離婚もなしだよな?」

「やっぱり、何も分かってないのね…。確かに、離婚のきっかけは、まゆちゃんのことよ。けど、問題の本質は、そこじゃないの」

「本質?それって何だよ…。俺は浮気もしてないし、暴力とかも振ってないぞ。離婚されるようなことは、何もない」

「そういうところよ」

「あ?」

「私の両親って、すごく神経質な人たちでしょ?」

「ああ…。ああ、細かい人たちだよな」

「私は、そんな両親との生活が嫌いだったの…。それは知ってるよ。だから俺のことが好きになったんだろう?俺って、細かいとは正反対の人間だし」

「そう…。大雑把って言ったらいいか…。大輔のそういうところが、魅力的だった…。だから、私はあなたと結婚した」

「だっ、たら、離婚しなくてもいいだろう!」

「けど、気づいたのよ…。あなたは大雑把じゃなくて、ただ面倒くさいことが嫌いなだけなんだって」

「いや、そんなことは…」

「あなたはね、いつも、すぐ謝るでしょ」

「それは…、俺が悪いんだし」

「違うでしょ…。すぐに謝るのは、謝ればその場が丸く収まるからよ。反省なんて一切しなくても、謝るだけで面倒が回避できる…。だからあなたは、すぐに謝るのよ」

「いや、俺だって、反省くらいは…」

「してたら、私に毎日のように文句を言われてないでしょ」

「お前が細かいからだろ!炊飯器にちょっとご飯が残ってただの、お茶が数ミリ残ってただの…」

「あなたは知らないのね…。自分が面倒だって思うことは、他人も面倒だと思ってるのよ」

「それが何だって言うんだ?」

「私ね…、実は、料理するの嫌いなのよ」

「え…、そうだったのか?」

「家事も掃除も大嫌い…。炊飯器にちょっとだけご飯が残ってるとか…、お茶が数ミリ残ってるのを見るだけで、嫌になる…。”これ、私がやるの?”って気持ちになるのよ」

「凪沙…」

「洗濯機を回して、ゴミが一緒になってるとか…。あなたが仕事のメモとかを入れちゃってた時、洗濯物を全部出して、紙クズとか全部取るのよ…。ポケットの中にも入ってたら、最悪ね…。ああいう時、私は何してるんだろうって、本当に思うわ」

「分かった分かったよ…。俺が悪かった…、これからは気をつけるから」

「あなたと結婚して、もう5年よ…。5年、変わらないものが、変わるわけないでしょ」

「努力するよ!これから、どれだけ時間がかかっても、変わる努力をするから!」

「もう、何年も待てるほど、あなたへの愛情が、残ってないの…」

「そんな…」

「それにね、私は疲れたのよ…。あなたが変わってくれるって、信じてた… 。だから5年間ずっと、言い続けてきた… 。それは、変わることを期待して、期待を裏切られて… 、そんな繰り返しに、疲れたのよ…

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。注意をするのも、期待するのも、精神がすり減るのね」

「凪沙、待ってくれ… 、俺は… 」

「さようなら、大輔… 。もう2度と、私の前に顔を見せないでちょうだい」

数日後。

兄からの電話で、私はすべてを悟った。

「ああ、お兄ちゃんか…

。そう… 」

「お姉さんって、ひどいんだよ!まゆちゃん、一体何の… 」

「さっき、お兄ちゃんが泣きながら、離婚届け出してましたよ」

「そう… 。大輔も、ようやく決心してくれたのね」

「大の男が号泣…

。喧嘩したばっかなのに、ざまあみろって感じですけど」

「ああ、そっか… 」

「まゆちゃん、まだ気づいてないのね」

「は?何がですか?」

「あなた、最近、家に帰ったのは、いつが最後?」

「いえ… 、1週間前とか、じゃないですか?お姉さんのとこにご飯食べに行かなくなったんで、家に帰る理由もなくなって… 、遊んでました」

「母親が1週間も…

。そりゃ、気づかないわよね… 。家に誰もいないことにも」

「は? 誰もいない? ちょっと、どういうことですか?」

「少し前にね…

、凪沙ちゃんから、連絡があったの… 。「助けて」って… 。あの子… 、一生懸命考えたみたいよ…

、これから自分がどうしたいのか」

「いやいや、話が見えないんですけど! 私にも分かるように、話してくださいよ!」

「私が言ったのよ… 、凪沙ちゃんは、ヤングケアラーだって」

「ヤングケアラー…? 何それ?

ハラスメントの一種?」

「違います… 。あなたみたいな無責任な親を持って、家のことを押し付けられてる、未成年者のことよ」

「ばっかじゃないですか!凪沙は、自分で勝手にやってるんですよ… 、そういうのが好きなだけです」

「本当に、あなたって最低ね… 」

「は?」

「好きでやってる子が、あんな風に泣きながら、「普通の生活がしたい」「同級生みたいな高校生活が送りたい」なんて、訴えてくるわけないでしょ」

「凪沙が、そんなこと言ってたんですか…?

甘えすぎですよ!」

「子供が大人に甘えて、何が悪いって言うの?」

「うちには、うちの事情があるんです!他人が口を挟まないでくださいよ!」

「凪沙ちゃんはね… 、ようやく気づいたのよ… 、自分が置かれてる環境が異常だって… 、当たり前の生活を望んでもいいんだって」

「うちはシングルですよ!ヤングケアラーだかなんだか知りませんけど、子供が親に協力するのは、当たり前です!」

「確かに…

、仕方なく子供に手伝ってもらう家庭もあるでしょう… 。シングルなら、なおさら… 。それは否定しません… 。けど、あなたは、子供の養育費で遊んでるだけ…

。他のシングルとして頑張ってる方に、失礼よ」

「だから… 、何よ!それでも私は、母親です!何を言ったって、これからもそれは変わりません!」

「いいえ、変わります」

「あ?凪沙さん、あんた何したの?」

「今、凪沙ちゃんたちは、お母さんたちに保護されてます」

「保護…? てか、お母さんたち、こっち来てるの?遠いところから… 」

「無理を言って、来てもらったわよ…

、孫のためならって、飛んできたわ」

「そんな… 」

「凪沙ちゃんたちと一緒に、児童相談所へ行ってくれたわよ… 、凪沙ちゃんたちの証言もあって、ネグレクトとして対応してくれるそうよ」

「ネグレクト…? 」

「そう…

、ネグレクト… 。私が逮捕はされないでしょうけど… 、親権は剥奪… 、今後は、お母さんたちが持つことになるわ」

「何それ!?

意味わかんない! じゃあ、養育費はどうなるの!? 」

「あなたの元旦那さん、2人とも会ったわよ… 、今後は、子供たちの口座に振り込まれるわね…

、もちろん口座の管理は、お母さんたちが行うわ」

「それじゃあ、私のお金は、1円も… 」

「触れません… 、それに、あなたのお金じゃありません」

「そんな… 、これから、どうしたらいいの!?

養育費がなくなったら、私… 」

「私、言ったでしょ… 、自分の言動は、帰ってくるのよ… 、あなたの使い込んだ養育費も、請求されるわよ…

、今度は、あなたが払う番よ」

その後…

大輔は、私との離婚後、慣れない家事にてんてこ舞いしているらしいだろう…。仕事で疲れて帰ってきて、料理作って、洗濯して、洗い物して…、今まで私に押し付けていたことを、自分ですることになり、疲労困憊なんだとか。料理で指を切って、洗い物であかぎれができて、物の服を洗って色が落ちて…、失敗や苦労は耐えないようだが、本人なりに頑張ってはいるようだ…。それだけ、大輔にとって私との離婚は、大きなことだったんでしょう…。

一方で…、変わらなかった人もいます…。

まゆちゃんは、親権を剥奪され、養育費も取り上げられました…。今まで使い込んできた養育費を請求され、その支払いに苦労してるんだとか…、元々養育費に頼りきって、働いていなかったらしく、今は水商売をやって、なんとかお金を作っています…。ですが、不満はたらたら…、「なんで私がこんな目に…」なんて、被害者面で嘆いているそうです…。

私は、凪沙ちゃんには被害者意識が足りないと言いました…、ですが、逆にまゆちゃんは、被害者意識が強すぎるようです…、その気持ちを、少しでも自分の子供に向けることができれば、きっと今よりはマシな生活を送れていたんだろうな、と思います…。

凪沙ちゃんたちは、今はお母さんたちに引き取られ、幸せな日々を送っています…、転校することにはなりましたが、それが逆に良かったのかもしれません…、凪沙ちゃんは、新しい学校で友達を作り、部活に入って、高校生活を謳歌しているんだそうです…。

被害者意識を持つこと…、自分の環境を疑うこと…、これは大人でも、難しいことです…、私は凪沙ちゃんの考えを変え、これからの人生を豊かにしてほしかった…、その願いが届いたことが、何よりも嬉しいと感じています…。