義両親に頭を下げられて同居を承諾した瞬間、あの穏やかだった日々が終わるなんて思いもしなかった。二世帯にリフォームしてまで一緒に暮らし始めたのに、義妹が離婚して出戻ってきた途端、彼女は私に向かって「私の家なんだから邪魔者は出て行け」と怒鳴った。え、これって私たちが建てた家じゃなかったの?義両親もなぜか義妹の味方で、私たちは娘を連れて追い出されるように家を出た。夫婦で必死に貯めた頭金も、毎月払い…

義両親に頭を下げられて同居を承諾した瞬間、あの穏やかだった日々が終わるなんて思いもしなかった。二世帯にリフォームしてまで一緒に暮らし始めたのに、義妹が離婚して出戻ってきた途端、彼女は私に向かって「私の家なんだから邪魔者は出て行け」と怒鳴った。え、これって私たちが建てた家じゃなかったの?義両親もなぜか義妹の味方で、私たちは娘を連れて追い出されるように家を出た。夫婦で必死に貯めた頭金も、毎月払い...

義両親の説得に負けて、私は同居生活を始めてしまった。優しそうに見えた義両親の本性が明らしくなるにつれ、結婚前の決断を後悔する日々が続いていた。そこへ義妹が離婚して出戻ってきて、私の家なんだから邪魔者は出て行けと怒鳴られ、せっかく二世帯にリフォームした義実家を、娘を連れて出ていくことになった。しかし、その後の顛末は、私たちが想像もしていなかった形で訪れるのだった。

私の名前は野中千明。三十二歳。同じ年の夫、数人と結婚してもうすぐ七年目を迎える。出会いは大学時代の映画同好会だった。洋画好きの私と邦画好きの数人とでは、デートで見る映画を選ぶのも一苦労だったけれど、わかったわかった、千影が見たい方でいいよ。時間に余裕があったら俺のおすすめを見るってことで、と結局いつも私の希望を聞き入れてくれた。優しくて穏やかで、私以外の周囲のみんなにも分け隔てなく思いやり深い数人は、私の自慢の彼氏だった。それは卒業してそれぞれ社会人になっても変わらず、そんな数人にプロポーズされた私は、迷うことなく彼と結婚した。結婚二年目には娘のマリアも生まれ、三人家族となった私たちは、愛する娘と夫に囲まれて幸せだった。

結婚して以来、私たち一家は数人の実家で同居している。きっかけは、結婚の挨拶に出向いた時に義両親から、そんなの古臭いと思うかもしれないけど、数人は長男だし、できれば同居してほしいと考えているのよ、と言われたことだった。確かに数人は長男だし、結婚するまでずっと実家暮らしだったから、私の両親からも、もしかしたら義実家での同居話が出るかもな、と言われていた。しかし、まさか結婚早々に同居話を持ち出されるとは思っていなかった。少し戸惑いもしたが、義両親がにこやかに、うちなら部屋数だって十分あるし、これを機に二世帯住宅にしてもいいわね。子供だって授かるだろうし、子育てにはお金も必要だ。私たちと一緒に暮らして節約すれば貯金もしやすいだろう、などと言われると、それもそうかもしれないと思い始め、最終的には同居に同意したのだった。

晴れて数人と結婚し、入籍してから、私は義実家での同居という新婚生活をスタートさせた。もちろん仕事もこれまで通り続けるため、数人との共働き生活だ。それもすべて、いつか生まれる子供のために少しでも蓄えをするためだった。

実は数人には二歳違いの妹、美帆さんがいる。彼女は穏やかな数人とは違い、歯に衣着せぬズバズバした物言いで、本人にその気はなくても会話の相手を不快にさせたり傷つけたりすることが少なくない。しかも、それをとめられても、ええだって悪気があって言ったわけじゃないし、そんな小さなことでいちいち傷つくとか大げさじゃない、と笑うだけで反省の色が見えない。そんな義妹は、私と数人が結婚する頃にはすでに義実家を出て彼氏と同棲しており、冠婚葬祭などの時以外にはほとんど顔を合わせることもなかった。そして私たちの結婚からしばらくして、その同棲相手と入籍した。いくら結婚前提とはいえ、同棲中も何度も別れ話や喧嘩が絶えなかった二人だったので、義両親も数人もほっと一安心したようだった。

さらにマリアを産んだ二年後には、義妹は第一子の女の子を出産した。現在三歳になるその子は、義妹にそっくりのはっきりとした気性で、おもちゃでも本でもお菓子でも、自分が気に入ったら最後、相手が諦めて自分にくれるまで泣き喚くわがままぶりを発揮する。義妹はというと、実家に寄りつく度に生活ぶりや子育てについて注意してくるのが苦手なようで、実家には寄りつかない。両親はそれが不満なようだが、義妹が苦手な私にとっては、その方が正直に言うとありがたかった。

結婚当初は共働きで在宅時間も短く、そこまでの不都合を感じていなかったため、私たちは数人と義妹が使っていた部屋をそのまま夫婦のスペースとして使用していた。それから娘が生まれたことを機に、私たちはローンを組んで新しく二世帯住宅を建てた。そういえば完全分離型の住宅を望んでいたのだが、予算と義実家の敷地面積の関係から、キッチンや浴室といった水回りは義両親たちと共有することになった。それでも娘に個室も与えてあげることができ、嬉しく思っていたのだが、そんな事件が起きる。

私と娘の部屋、用意しておいてね。

なんと義妹が派手な夫婦喧嘩の末に離婚し、娘を連れて出戻ってくることになったのだ。義妹は当初は大人しくしていたものの、それもわずか一週間ほどのこと。今は一日中家にいるにも関わらず家事をすることもなく、いつもスマホをいじっている。それでいて夕食となると、私が急いで用意した食事にケチをつけたりするのだ。

え、またスーパーの揚げ物とサラダ。こんなものばっかり食べさせられて育つのに。マリアちゃん超かわいそう。

だったら一日何もせず居座ってるお前が料理したっていいんだぞ。そもそも掃除も洗濯も全部千影任せで、何ひとつやろうとしないじゃないか。

数人が何度も注意してくれるのだが、義妹は、離婚で受けた心の傷に苦しむ妹にそんな言い方ひどくない、と不満げに唇を尖らせるばかり。肝心の義両親は、なんだかんだ言っても実の娘が近くにいるのが嬉しいのか、義妹の態度には見て見ぬふりだ。実際、数人と義妹が言い争っても、義両親は必ず義妹の肩を持つので話にならず、義妹の横暴な態度が改まることはなかった。そんな風にもめているうちに、義妹が出戻ってきて二ヶ月が過ぎた頃だった。

なんと義妹は、この家は自分にとって実家なのに、どうして数人と私が我が物顔で振る舞うのか、と怒鳴り始めたのだ。

私の家なのに、私のスペースが狭いのよね。

いきなり出戻りをしてきて何を言うのか、と呆然とする私と数人をよそに、義妹は主張を続ける。

お母さんやお父さんだって、片身が狭そうに暮らしててかわいそう。これからは私が一緒に暮らして二人の面倒を見るから、兄さんたちは出ていきなさいよ。

しかも呆れたことに、義両親も義妹の意見に賛成らしく、私や数人の意見に耳を貸そうともしない。散々揉めたものの、最後は追い出されるようにして、私たち親子三人は義実家を後にすることになったのだった。

そして追い出されるようにして義実家を出てから一ヶ月ほど経ち、どうにか新居での暮らしのリズムも掴み始めた頃の深夜のこと。数人のスマホに義実家の近くの警察署から連絡があり、今すぐ病院まで来てくれというのだ。状況がよくわからないまま、ぐっすり寝ている娘を連れて行くわけにもいかず、私たちは急いで隣の市に住む私の叔父夫婦に電話をかけ、私たちの住むマンションまで来てもらい、留守を頼んだ。それからタクシーを呼び、二人して指定された病院へと駆けつけると、案内されたのは救急の処置室だった。そこで待っていた警察官によると、近所の人から、叫び声やガラスの割れる音がしている。悲鳴や泣き声もする、という通報が相次ぎ、義実家に駆けつけたところ、頭を押さえ顔や手に多くの傷を負った義妹を発見したそうだ。そのためとりあえず病院に連れてきて、現在医師の手当てを受けさせているとのことだったのだ。

やがて出てきた義妹は、包帯を巻き、顔や手にも大きな絆創膏がいくつも貼られている。その姿を見て呆気に取られていると、私たちの姿を認めた義妹がつかつかと歩み寄ってきて、大声で怒鳴った。

ちょっと、お父さんやお母さんにお金がないなんて聞いてないんだけど、一体どういうことよ。

その場は警察の人がなだめてくれたおかげで収まったのだが、念のため義妹は入院することになり、空いていた病室に移った後で、警察から事情聴取を受けることに。私たちも同席して警察官と義妹の話を聞いていると、今回の騒ぎの原因は義妹と義両親との親子喧嘩にあるというのだ。

だって、私に生活費と住宅ローンを支払えっていうのよ。そんなお金あるわけないじゃない。

再び興奮して大声を張り上げ始めた義妹を、また警察官がなだめながら語ったところによると、私たち三人が義実家を追い出された後、しばらくは義両親も義妹と穏やかな暮らしを楽しんでいたそうだ。

赤の他人が家にいると、やっぱり余計な気を遣うわよね。

そりゃそうよ。やっぱり実の娘じゃないと。

しかし、そんな仲睦まじい日々もつい先日終わりを迎えたらしい。ある日、義両親は公共料金や住宅ローンの引き落としができませんでしたという通知を受け取った。すると、そういえば手続きを忘れてたな。おい、生活費と住宅ローンの分をお前の口座から支払うようにしておいてくれ、と義妹に要求したそうだが、寝耳に水だったのは当の義妹本人。そんなお金なんて、専業主婦だった自分にあるはずないでしょ、と突っぱねたところ、今度は義両親の方がびっくり仰天したそうだ。

実は義妹の別れた夫の実家は、地元でも指折りの資産家だったのだが、その一人息子である夫と義妹が別れたのは、夫が浮気したことが原因だったのだ。最初は義妹の味方だった夫の両親も、浮気相手との間に男の子を授かっていると知り、後継ぎができたと態度を一変させ、義妹と娘を追い出す方向に動いたらしい。そうした経緯を知っている義両親は、夫側有責の離婚ということもあり、義妹はさぞかし高額の慰謝料や養育費、財産分与などを受けて出てきたに違いないと勝手に期待していたようなのだ。だからこそ私や数人を追い出し、義妹との同居を望んだとのことだったが、義妹にしてみれば実の親からお金の無心をされるなどということは全くの想定外。

しかも肝心の元夫から、離婚の際に義妹に渡されたお金は三百万ほどだったらしい。これには私も数人も驚いた。さらに詳しく話を聞くと、確かに離婚の直接の原因は義妹の元夫の浮気だったものの、義妹も義妹で家事をろくにせず贅沢三昧の毎日を送り、離婚時には相当なキャッシングやクレジットの残債があったらしい。そこでそれらを財産分与分から清算した結果が、慰謝料三百万のみということになったのだ。言ってみれば双方の誤解と思い込みだったわけだが、義両親はこれに激怒したそうだ。

金がないなら今すぐ仕事を見つけてこい。お前のせいで借金を失ったんだ。その分の埋め合わせは何としてもお前にやらせるからな。

そう言われた義妹は、なぜ義両親が激怒しているのかその理由が分からず、喧嘩に発展したらしい。

この傷は、話し合いをしていた時につい興奮して足を滑らせたはずみに、転んでリビングの床で頭を打ったんです。

そう義妹が告げると、警察官は苦笑いをしながら、事件性はないということなので、と引き上げていった。そして私たち夫婦と義妹が病室に残されたのだった。

ベッドに起き上がり、こちらを睨みつけてくる義妹に対して、私と数人はゆったりと構えていた。その態度が癪に触ったのか、またもや義妹が金切り声をあげる。

ちょっとニヤニヤ笑ってないで説明しなさいよ。なんで私があんなに金言われなきゃなんないわけ?

その理由は簡単だ。義実家にはお金が全然ないのだ。親はこの鏡とは言うが、義妹に負けず劣らず、義両親も我儘が激しい人たちだった。義母は一旦これが欲しいとなると後先考えずにすぐに購入するし、贅沢が好きなことに加えてギャンブルが大好き。そのくせ生真面目な義父は、数年前に勤めていた会社をリストラされており、現在はアルバイトで月に数万円稼ぐのがやっと。それすらもすべて競輪や競馬、パチンコへと注ぎ込んでしまい、足りなければさらにカードで借金までする始末だった。当然そんな義両親の生活は文字通りの自転車操業で、公共料金から食費といった生活費のほとんどを、就職してからは数人がすべて支払わされていたそうだ。だからこそ、私と数人が結婚して別世帯を構えることに、あれほど義両親は反対したのだった。

そうした生活態度は私と数人が結婚しても変わらず、むしろ私の分の収入も増えたとエスカレート。特に義母はネットショッピングやオークションにはまり、次から次へと買い物三昧を繰り返して、その支払いを私たち夫婦に押し付けていたのだ。さすがにそんな生活に耐えかねて義両親にきつく言うようになった私だったが、肝心の数人がどうにも煮え切らない。それというのも、数人は子供の頃体が弱く病弱で、その度に義両親が寝ずに看病したり夜間病院に担ぎ込んだりと、随分と手をかけさせてしまったらしいのだ。

大学時代もバイトのお金の半分は家に入れさせられてたし、就職してもほとんど自由になるお金なんてなかったんだ。

ある日、数人は悲しそうに、けれどどこか諦めたように打ち明けてくれた。

それでも、お父さんやお母さんのこと、見限ることができないのね。

うん。自分でもこんなのおかしいと十分わかってはいるんだけど。

しかし、娘のマリアが成長するにつれ、数人の態度にも少しずつ変化が生まれ始めた。両親を大切には思うものの、自分には娘や私を守る義務があると思い始めてくれたらしいのだ。ところが、そんな数人の変化が面白くない義両親、特に義母は、あろうことか娘を出しにして私たちに揺さぶりをかけてくるようになった。

あなたたちがお金をくれないのなら、孫に何かしちゃうかもね。

いくら何でもとは思うものの、娘に何かされては困る。そう思うと私も強く言えなくなってしまった。だからこそ、娘に鍵付きの部屋を与えてやれば、そこにいる間は安心だと思い、家を立て直す際の費用をすべて私たち夫婦が出すことにも同意したのだ。

そんな経緯があったからこそ、義妹に追い出される形で義実家を正々堂々出ていくことができた時には、内心感謝したくらいだった。

俺が見限ったんじゃない。両親が俺を追い出して捨てたんだと思ったら、肩の荷がすっと消えたよ。

そう話す数人を見ながら、義妹は唖然とする。

そんなことだと知ってたら、義実家に身を寄せたりなんかしなかったし、兄さんたちを追い出したりもしなかった。

と泣き出した挙句、数人の手にすがりついてきた。

あんな人たちとの生活なんて無理。兄さん助けてよ。二人っきりの兄弟でしょ。

しかし数人はその手をパシッと払いのけ、いやいや、無理だよ。というか、どの口がそんなこと言ってるのさ、と冷たく言った。自分たち夫婦はこれまで十分に両親に尽くしたから、今度は娘の前の番だと。

しかし、そんなことで引き下がる義妹でもなく、兄さんたちは新しいマンションに引っ越したんでしょ。だったら私と娘をそこに一緒に引き取ってよ、と言ってきた。やはり親はこの鏡。子は親の鏡。図々しさも強欲ぶりも義両親そっくりだ。

私たちはそんな義妹の声を聞こえないふりをしてさっさと立ち上がり、再び何か喚き出した義妹に背を向けると、さっさと病室を後にした。

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