夫が突然「離婚しよう」と言い出したのは、何の変わりもない平日の夜だった。冷たい口調で「愛情なんてない」と。でも私は知っていた、彼が浮気していることを。すると彼は笑って「子どもを虐待した母親が何を言っても無駄だよ」と。一週間後、届いたのは離婚訴訟の通知。そして実の娘は私にこう言い放った。「あんたなんか必要ない。あんたがいるだけで苦痛だわ」。呆然とする私に、夫は慰謝料と養育費、合わせて三百八十万…

夫が突然「離婚しよう」と言い出したのは、何の変わりもない平日の夜だった。冷たい口調で「愛情なんてない」と。でも私は知っていた、彼が浮気していることを。すると彼は笑って「子どもを虐待した母親が何を言っても無駄だよ」と。一週間後、届いたのは離婚訴訟の通知。そして実の娘は私にこう言い放った。「あんたなんか必要ない。あんたがいるだけで苦痛だわ」。呆然とする私に、夫は慰謝料と養育費、合わせて三百八十万...

「みさ、俺らもう家庭内冷え込んでるだろ。愛情なんてないし。さっさと離婚しようぜ」

突然の夫・健一の言葉に、みさは呆気に取られた。
「離婚?あなたがそれを言うの?」
「お前だって俺に冷たいじゃないか。帰ってきても話しかけもしないし。理由は性格の不一致でいいだろう。俺も疲れたんだ」

確かに、二人の関係は冷め切っていた。しかしみさには分かっていた。この言葉が本心から出たものではないことを。
「確かに私たちの関係は冷えているわね。もう元に戻ることもないでしょう。なら離婚でいいわ。でもね、私が何も知らないと思ったら大間違いよ。何が家庭が冷めたから離婚よ。そうさせたのはあなたじゃない」
「は?何言ってるんだ?」
「浮気してるでしょう?知ってるのよ」

健一の顔色が一瞬で変わった。
「証拠があるのか?」
「つい最近気づいたばかりだけどね。浮気した方が悪いのは確かよ。離婚になったら慰謝料請求するから覚悟して」
「何言ってんだ?慰謝料を払うのはお前の方だ」
「私が何か悪いことしたってわけ?」

健一は冷たい笑みを浮かべた。
「子どもを虐待した母親が何を言っても無駄だよ」

一週間後、みさの元に一通の書類が届いた。内容証明郵便。開けてみると、そこには離婚訴訟の通知が入っていた。
「何これ?どうして私が虐待したことになってるのよ。娘に何を言ったの?」

みさはすぐに娘のひなに電話をかけた。一時間後、喫茶店で向かい合ったひなの顔は無表情だった。
「ひな、お父さんに何か言われたの?あなたが虐待されてるって言ったんだって?」
「確かにぶつかることはあったよ」
「あなたは年齢的に親の言うことが煩わしく感じることもあると思う。私のことをよく思えないのも仕方ない。だから話し合いましょう」

ひなは突然、吐き捨てるように言った。
「は?今更何なの?うざいんだよ。あんたなんか必要ない」
「え、ひな?何を言ってるの?」
「そういう母親アピール、マジできついの。いつも小言ばかりでそんなんだから離婚されるんだよ。あんたがいるだけで苦痛だわ。門限も決められて自由もないし。あれしろこれしろって、私は奴隷じゃない」
「それはあなたのためを思って…」
「相手のことを思ってたら、ぐちぐち細かいこと指摘して追い込んでもいいの?やっぱり毒親だよ」

みさは必死に言葉を紡いだ。
「そんなつもりはない。本当よ」
「あんたがどう思ってても、やってることは同じなんだよ」
「あなたはそれでいいの?このままだとパパと一緒に暮らすことになるのよ」
「パパと一緒に暮らせるなんて最高だよ。シングルマザーとか貧乏だし、そんなの笑いもの。パパはお金持ちだから困ることないし。あんたの説教を聞かなくていいなんて自由で幸せ」
「お願い、もう一度考えて。パパは浮気してたのよ。そんな人と一緒に暮らしたいの?」
「浮気?そんなわけないじゃん。言い訳ばっかり。もう二度と連絡してこないで。話すことなんてないから」

翌日、健一からの電話は勝ち誇っていた。
「何を言っても無駄だぞ。お前の味方なんて誰もいない。娘に自分の味方になれって脅すなんて、やること本当にクズだな」
「私はただ娘と話したかっただけよ。強要してるのはそっちじゃない」
「はいはい。お前の意見なんてどうでもいい。離婚慰謝料二百万円払えよ。養育費も一括で前払いしてもらうから」
「浮気したのはあなたでしょ?私が慰謝料をもらう側なのに」
「証拠もないくせに」
「そっちだって証拠がないでしょう」
「お前の虐待の証拠ならあるけどな」

みさは声を振り絞った。
「そんなのない。捏造よ。門限を守らせたのも勉強させたのも、全部ひなのためだったの」
「いやいや、やりすぎなんだよ。あの子、言わないと勉強しなくて赤点ばかりだったし、深夜に出て行って補導されたこともあったんだぞ。それが精神的虐待だってさ。娘もそう証言してるし、裁判じゃ勝てないぞ」
「信じられない…」
「見苦しいんだよ。諦めろ」

一週間後、健一からの連絡はさらに冷酷さを増していた。
「お前はどうするつもりだ?」
「そんなの、戦うに決まってるでしょう」
「まあ、お前が親権を欲しいなら慰謝料は三百万に増額だ。それが無理なら養育費を月五万円、三年分一括前払い」
「そんな金額払えるわけない」
「じゃあ親権を諦めろよ」
「私は何もしてないのに…。でも分かった。なんとかするわ。あの子に恨まれても構わない。浮気するような人に育てさせるわけにはいかない」

みさは貯金を全て使い、両親にも頭を下げて借金した。それでも足りなかった。裁判所で健一は嗤った。
「無駄な努力してるなあ。本当に笑える」
「あなた…」
「お金をどれだけ積んでも親権は無理だってよ。弁護士もそう言ってる。まだすがるとか、本当に往生際が悪いな」

裁判は終わった。みさの敗訴だった。
「慰謝料二百万、養育費百八十万。計三百八十万だ。さっさと振り込めよ。これでお前は終わりだ。二度と娘に近づくな。お前みたいな毒親を俺も必要としてないから」

みさはその場に崩れ落ちた。
「あんまりよ…。どうして家庭を裏切ったあなたが何もなくて、裏切られた私がこんな目に遭うの?ふざけないでよ。返してよ、お金も娘も時間も。このクソ野郎」
「うわあ、負け犬の遠吠えか。そうやってヒステリックになるから誰も相手にしないんだよ」

それから十三年の月日が流れた。みさは小さなマンションで静かに暮らしていた。ある日、インターホンが鳴った。扉を開けると、そこには二十代半ばの若い女性が立っていた。
「久しぶり、ママ」

みさは凍りついた。
「誰ですか?」
「ひなだよ。娘のことを忘れちゃったの?無理もないよね、久しぶりだし」
「ああ…ひな。忘れてないわよ。でも十三年も連絡がなかったのに、今更何なの?」
「二度と顔を見せるなと最後に言ったのはあなたの方でしょう」
「あの時は子どもだったの」
「そんなの関係ないわ」
「そうやってすぐ話を突っぱねるから、私たちはすれ違うんだよ」

みさは静かに言った。
「何の用なの?」
「説教をしに来たんじゃないけど…。実は腎不全になっちゃって、ドナーが必要なの。親族は全員ダメで、十三年絶縁してたけど親子なのは変わらないでしょ…」

ひなはうつむきながら言葉を続けた。みさは冷めた目でそれを見つめながら言った。
「はっきり言ってくれない?」
「腎臓が必要になったの。母親ならドナーになってくれない?って言ってるの」

みさの表情は凍ったままだった。
「ああ、何を言い出すかと思ったら。私に娘はいませんが」
「え?私に娘なんていないって言ったの?」
「血の繋がりは消えないでしょう。母親なら助けてよ。このままじゃ私、死んじゃうかもしれないんだよ」

みさは一つ一つ言葉を刻むように言った。
「あなたは十三年前に何て言ったか覚えてる?」
「あ…」
「あんたなんか必要ない。あんたがいるだけで苦痛だわ。そう言ったのはあなたよ。そんなことを言っておいて、今更助けてですって?」
「あれは子どもだったから…。今は反省してるの」
「じゃあ、今度は私が同じことを言わせてもらうわ。あなたなんか必要ない。連絡してこないで」

ひなは声を上げた。
「待って!お願い、話を聞いて。本当にごめんなさい。反省してるの」
「言葉だけの謝罪なんて必要ないわ」
「それじゃあ…お金も払うから」

みさは少しだけ間を置いた。
「すごく必死ね。私、子どもがいるの。その子のためにも長生きしたいし、死ぬわけにはいかないのよ」
「そう。子どもがいるのね。お母さんには孫がいるのね」
「そうなの。だから、お願い」

みさはちらりと微笑んだ。
「分かったわ。じゃあまずは適合するかどうか確認しないといけないわね」
「本当?ありがとう!」
「お礼はまだ早いわ。その前にやることがあるもの。ドナー提供には親子関係の証明が必要なの。戸籍謄本を用意してもらえる?」
「え?そんなの必要だったっけ?」
「私たちの関係は特殊だもの。仕方ないでしょ。それと、お子さんの戸籍謄本も見せてもらえるかしら?」
「それは…どうして?」
「孫がいるなら会いたいじゃない?どんな子なのか知りたいわ」
「それは…今は病気で合わせられなくて」
「そう。そういえばあなたも病気で大変よね。だから委任状をくれない?そうすれば手続きは私でもできるわ」
「分かった。用意しておく」
「お願いね」

一週間後、ひなは戸籍謄本を差し出した。みさはそれを受け取り、ゆっくりと中を確認した。そして、ひなをまっすぐ見つめた。
「ありがとう。これで手術できるんだね?」
「いいえ。手術はしないわ」
「え?どうして?」

みさの声は静かだった。
「嘘つきに臓器をあげるわけにはいかないもの。子どもなんて、いないじゃない。戸籍謄本には何も書いてなかったわよ」
「それは…記載してないだけで…」
「戸籍に載っていない子どもがいるわけないでしょう。そんなに言うなら、子どもの写真を見せてくれる?できないわよね。嘘なんだから。孫のために同情してもらえると思ったの?」
「違う…本当に…」
「まあ、嘘だってすぐに分かったわ。もし孫が本当にいたら、お金を出せって連絡してくると思ったし」
「嘘だと分かってて、こんなことまでしたの?」
「確認は大事でしょう。あなたは嘘をついてまで、私からまた奪おうとした。娘として、家族として、母親としての尊厳まで。そして今度は腎臓を奪おうとした。これで謝罪の一言もないなんてね。反省してるって言葉も、どうせ嘘でしょ」
「違う!本当に反省してるの!パパは家事をしないし、私にママの代わりをさせたの。自由なんてなかったのよ」

みさは静かに首を振った。
「あなたが父親についていくと判断したことは責めないわ。経済的にはその方が良かったと思う。でも、嘘をついて私を陥れたことは一生許せない。私を裏切ったのはあなたよ」
「お願い!本当にごめんなさい!死にたくないの!」
「あなたは私に『うざいんだよ、ババア』って言ったわね。今、私も同じ気持ちよ。あなたの願いは私にとってただうざったいだけ。もう二度と連絡してこないで。あなたもそれを十三年前から望んでいたのだから」

ひなはヒステリックに叫んだ。
「どうしてそこまで冷たいの?母親でしょ!」
「実は私も十三年前に同じ病気になったのよ」

ひなの顔色が変わった。
「え…?」
「あなたと離婚した後にね。体調が悪くて検査したら、私も腎不全と診断された。遺伝する可能性が高いって言われたけど、あなたには連絡しなかったわ」
「そんな…。それじゃあ、ママが教えてくれたら私は早期発見できたかもしれないってこと?なんで教えてくれなかったの?」
「連絡しなかっただけよ。あなたが『二度と連絡してこないで』って言ったから。その通りにしただけ。それに、もう私たちは他人よ。だから連絡する義理はないわ」
「でも…でも、血の繋がりは…」
「血の繋がり。あなたはその繋がりを自分で切ったのよ。今更それを言っても遅いわ」

数日後、みさのスマホに見知らぬ番号から着信があった。出ると、それは健一だった。
「みさ、ひなから話を聞いたぞ。お前、そんなに非情な奴だったとはな」
「どちら様ですか?」
「とぼけるなよ。誰か分かってるくせに」
「浮気の上に虐待をでっち上げたクソ男に心当たりはあるわね」
「虐待は事実だろ?」
「どうだか。知ってるのよ。あなた、裁判の時にひなに『ママは私を支配しようとした。いつも否定された』と涙ながらに証言させたって」
「そこまでして手に入れた娘だもんな。何が何でも生かしたいんだろ?」
「娘を見殺しにする気か」

みさは笑った。
「私たち、何年会ってないのかしら?」
「十三年だな」
「しかも別れ方も最悪だったわよね。よくそれで連絡してくるわね。図々しすぎて脳みそが潰れたのかしら?」
「今はお前の子なんてどうでもいいんだよ。あいつの手術費用が三百万足りないんだ。貸してくれ。ドナー協力をしないなら、それくらいしてもいいだろう」
「随分な金額ね」
「ひなのためだ。親なら当然だろう?」
「あなた、私に『これでお前は終わりだ』って言ってたくせに。結局私が必要になったわけね」
「昔の話を持ち出すなよ。今、本当に大変なんだ」

みさは静かに切り返した。
「そう。確かにお金がないと手術はできないわね。でも手術費用の三百万が本当に足りないの?」
「当たり前だろ。病院に確認してみろよ」
「そうね。そのために保険だってあるものね。でも、手術費用はとっくに公的支援で賄われてるはずよ。それにあなたは保険だってかけているでしょう。それなのにお金が必要。あなたが要求した三百万、実際は何に使うつもりなの?」
「それは…生活が苦しくて…」
「生活が苦しい?あなたは『パパはお金持ちだから』って娘に言わせてたわよね。あの裕福さはどこに行ったの?」
「色々あったんだよ…」
「どうせ女に貢いだか、パチンコに消えたんでしょう。あなたは隠すのがとても上手だったものね。ひなも気づいていなかったし」
「いいから金を出せよ。三百万とは言わないから。百万…いや、五十万でいいから」

みさの目が一瞬冷たく光った。
「ふざけないでよ。あなた、私にしたことを忘れたの?娘を利用して私から慰謝料と養育費を奪い取って、今度はあの子の病気を利用してお金を騙し取ろうとする。同じ手を何度も使えると思ってるの?馬鹿にするのも大概にしなさい」
「でも現実問題、あいつは本当に苦しんでるんだぞ。治療費だって馬鹿にならない」
「それはもう払っているのは知ってるわ。あなたがお金に困っているのは借金で首が回らないからでしょう?」

健一の声が沈んだ。
「なんで…知ってるんだ…」
「あなたと離婚する時、証拠がなくて私は泣き寝入りするしかなかった。それがどうしても悔しくて、色々調べたの。消費者金融三社から借金してることも知ってるし、キャバクラで遊んでるんでしょう?」
「調べるとか、ストーカーかよ」
「あなたが『証拠もないくせに』って笑ったんじゃない。だから今度はきちんと証拠を揃えてきたわ。知ってる?本来の用途を隠してお金を借りようとするのは詐欺未遂に当たるの。しかも今回は手術費という断りにくい嘘までついてるわ。しかるべきところに通報するから、そのつもりで」
「そんなつもりじゃ…大げさだって!」
「大げさかどうかは、あなたが決めることじゃないわ」
「待ってくれ!娘のために…!」
「娘のため?嘘をつかないで。あなたは自分の借金返済のために娘の病気を利用しただけ。あなたこそ、自分の子どもを道具としか見ていなかった。最低の父親よ」
「違う!俺はそんなつもりじゃなかったんだ!頼む!訴えるのだけは!」
「安心して。私はあなたと違って、ありもしない訴えを起こしたりしないわ。無実なのに誰にも話を聞いてもらえない虚しさは知ってるからね」

健一は最後の賭けに出た。
「待てよ。お前がそんなことをしたらどうなるか分かってるんだろうな?」
「何かするつもり?」
「お前の周りに全部言いふらしてやる。お前が娘を見殺しにしたことがバレたら、親戚に何と言われるかな?」
「そんなこと、どうぞ。好きにすればいいわ」
「あ、いいのか?みんなお前のことを人でなしって言うぞ」
「私の周りに何を言っても、あなたの評判が下がるだけよ。それに、あなたが私にしたことを全部記録してあるから。逆にあなたが不利になるだけよ」
「は?なんだよそれ」
「このLINEも全部画面録画済みよ。あと、私が腎不全になったことも親戚は知ってるし、離婚裁判の内容も話してある。だから、親戚もあなたにお金を貸さなかったんでしょう?」
「じゃあ…俺が親戚に金を貸してって言っても…」
「みんな冷たかったのね。それが私の根回しのせいよ。ひなも同じ病気になる可能性があった。そうなったら、あなたは真っ先にお金を集めようとするってすぐに分かったわ。一応、あなたの妻だったからね」

健一は歯を食いしばった。
「くそ…こんなことになるなんて…」
「残念ながら、あなたの思惑は何もかも上手くいかないのよ。同じ轍は踏まないわ」

数日後、ひなから手紙が届いた。
「ママ、ごめんなさい。本当にごめんなさい。十三年前のこと、ずっと後悔してたの。パパに言われて嘘をついたこと、ママを傷つけたこと、全部間違ってた。お願い、助けて。死にたくないの」

みさは手紙を机に置き、短い返事を書いた。
「私に娘はいません。それに、あなたの病気はとても苦しいけど、きちんと治療していれば命を落とすことはないわ。不自由だらけの人生でしょうけどね。十三年前、あなたは私を切り捨てました。今、私も同じ選択をします。さようなら、ひな。もう二度と連絡してこないで」

数ヶ月後、健一がまた連絡してきた。
「冷酷な人間鬼畜か。あいつが最後まで謝ってたのに無視しやがって。お前のせいであいつは死にそうなんだ。一生呪ってやる」
「あら、随分と父親らしいことを言うのね。娘を集金道具としてしか見ていなかったくせに」
「ふざけるな!あいつが苦しんでるのはお前のせいだ!慰謝料五百万払え!払わないなら弁護士を使ってでも取り立ててやる!」
「ああ、証拠集めのためとはいえ、あなたとLINEを続けるのは苦痛でしかなかったわ」
「何言ってんだよ!なんでブロックされないのか、気にならなかったわけ?あんなことをしておいて」
「このLINEを続けていたのは、あなたを訴えるための証拠集めでしかないの。出なければ、こんな不毛なやり取りをしてないわよ」
「どういうことだよ…」
「分からないならはっきり伝えてあげる。あなたを詐欺未遂と侮辱罪で訴えるから。十三年前、あなたは私に『証拠もないくせに』と笑ったわよね。でも今は証拠ならたっぷりあるわ。これから正式に弁護士を雇うから覚悟して。詐欺の立替の件も、警察に被害届を出したし」
「マジで出したのか?」
「出すに決まってるでしょ。なめてるの?娘の医療費の名目で借金返済資金を騙し取ろうとしたくせに。もうLINEも返さなくていいわよ。このやり取りも用済みになったから」

数ヶ月後、健一からの着信が続いた。
「頼むよ。示談にしてくれ。訴訟を取り下げてくれたら、もう二度と連絡しないから。これ以上、事を大きくしたくないんだ。頼む」
「あら、そんなに困ってるの?そりゃ大変ね。訴えられてるって会社にバレたら居場所もなくなるし、もし逮捕なんてなったら解雇されるでしょう。仕事もなくなったら、いよいよ借金も返せない。ああ、でも慰謝料は自己破産しても消えないから。どのみち人生終わりね」
「え…慰謝料…」
「ええ、払う可能性もあるわよ」
「そんな!これ以上金なんてない!助けてくれ!」
「離婚する時、自分の非を棚に上げて私を陥れた。そんなあなたを許すわけないでしょう。許しを乞うなら、十三年前にすべきだったわね。これでようやく、私も前に進めるわ」

その後、健一は侮辱罪で罰金刑を受け、さらに民事で慰謝料百万円の支払いを命じられた。罰金刑のことは職場にも噂が広がり、その結果退職に追い込まれた。借金も返せず、自己破産したところで慰謝料の支払いは残る。健一は完全に孤立し、金のない惨めな生活を送ることになった。

一方、ひなは透析を受けながらなんとか命をつないでいる。健一と共に貧困生活を送っているようだが、それよりも制限だらけの生活を続ける方が、あの子には苦しい制裁になるだろう。

みさはようやく過去から解放され、穏やかな日々を送っていた。復讐は虚しいだけだとよく言われる。しかし、過去に区切りをつけるためだったと考えれば、それは決して無駄ではなかった。これからの人生を自分の幸せのために使うこと。それが一番の復讐になると、みさは静かに思っていた。

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