「ねえ、たつや、今どこにいるの?約束したホテルの近くまで来てるんだけど、受付で名前を伝えても、まだチェックインしてないって言われたんだけど。」
「ああ、ごめん。それなんだけどさ、今日の結婚式、親と温泉に行くことにしてリスケしてもらえないかな。」
「ちょっと待って。今日が結婚式なんだけど。」
「いや、母さんが急に温泉行きたいって言い出してさ。せっかくだから親孝行しとこうと思って。」
「せっかく?意味わかんないんだけど。仕事で一緒の便に乗れないから、私が先に来たのに。あなた、まだこっちに来てないの?」
「来てない。まだ国内にいる。」
「信じられない。騙したってこと?」
「騙してないってば。ただリスケしようとしてるだけだよ。」
「リスケっていつ?来月とかでいいんじゃない?適当に調整しといてよ。」
「ふざけないでよ。そんな簡単にできるわけないじゃない。たつや、お願いだから今からでも来て。今ならまだなんとかなるかもしれないから。」
「え、無理無理。もう温泉入っちゃったし。個室に露天風呂が付いてるんだけど、これがすごく良くてさ。」
「そんな自慢、聞いてないんだけど。」
「なんでそんなに怒ってるの?落ち着けよ。リスケなんて、いろんな場面であるだろ。会議とか面会とかさ。」
「それと結婚式を一緒にしないでくれない?」
「なら明日の便で必ず来て。」
「明日?明日も観光する予定だし、無理だって。ていうか、ちょっとしつこくない?」
「しつこいって……これ、私たちの結婚式なんだけど。」
「だから来月やればいいじゃん。なんでそんなに切れてるの?俺の知り合いだって、結婚式がリスケになったことあったって言ってたし。母さんも昔はドタキャンなんてよくあったって言ってたよ。昔と違って今の人は我慢が足りないとか言われるけど、こういう時に焦るのは良くないぞ。」
「ふざけないで。なんなの?とにかく来てよ。」
「無理。」
「じゃあ温泉楽しんでくるわ。」
「待って。それならせめて、みんなにちゃんと説明して。ゲストはこっちに来てくれてるのよ。」
「ああ、そっか。まあ、なら体調不良とかって言っとけばいいんじゃない?」
「体調不良?あなた、今温泉にいるんでしょ。」
「細かいことはいいんだよ。どうせみんな納得するだろ。」
「私たちの結婚式なのに、あなたはそんな適当でいいの?」
「お前は真面目すぎ。もっと柔軟に考えろよ。式なんていつやっても同じだし。」
「ふざけないで。嫌なら結婚の話もなしにしてもいいんだぞ。けど、そうなって困るのはお前の方だろ。」
「なんですって?」
「俺の家庭は裕福だから、最悪、金目当ての女なんていくらでもいるんだぞ。でもお前は一般家庭だし、そこまで自分で稼いでるわけでもないだろ。」
「それは……ていうかさ、海外挙式ってやっぱ無駄だよ。今思ったけど、こんな金かけるなら国内で安く済ませればよかったわ。」
「無駄?豪華な海外挙式にしたいって言ったのは、そっちじゃなかった?」
「ああ、それ、母さんが言ってたんだよね。母さんが海外挙式なら見栄えがいいって言うからさ。でもやっぱ金の無駄だわ。母さんも国内がいいって。」
「お母さんが言ったから?」
「そうだよ。母さんの意見だし。まあ、来月は国内で安く済ませようぜ。その方が現実的だし。」
「ねえ、待ってよ。初耳だわ。金の無駄って、そんなにお金のこと気にしてたの?」
「そりゃそうだろ。お互いの親に支援してもらってるんだからさ。」
「もらっておいて、ドタキャンするって頭おかしくない?」
「ドタキャンじゃなくてリスケだってば。全然意味違うだろ。」
「とにかく式は延期だ。変な勘違い起こすなよ。全く。」
その三十分後。
「みわ、大丈夫?たつや、本当に来なかったんだね。」
「うん。信じられない。」
「でもこれで確信が持てたでしょ。」
「そうだね。ありがとう。」
「あら、予定通りお願いできる?」
「大丈夫だよ。それより、無理してない?」
「無理はしてるかな。これから色々あるし。あいつからまたLINEが来てるから、ちょっと話してくる。」
「無理しないでね。何かあったらすぐ言ってよ。私はあなたの味方なんだから。」
同じ頃、たつやから電話がかかってくる。
「あのさ、大事な話するの忘れてたわ。」
「大事な話?」
「そう。しないといけない話はたくさんあるわ。」
「分かってるじゃん。やっぱりちゃんと話さないとな。来月の式のこと。」
「はい。来月どこでやろうかとかは、また決めるだろう。今度はちゃんと俺の意見も聞けよ。」
「あのさ、結婚式なんてすぐできるものじゃないんだけど。ていうかなんでまだ結婚式できると思ってるの?」
「え、だって、やるだろ。」
「やるわけないでしょ。」
「そんなすねるなよ。お前、こじらせすぎだ。」
「話にならない。もういいかしら。あなたのせいで、こっちはゲストに謝罪しまくってるの。あなたとの結婚も考えさせてもらうから。」
「は?何?お前、勝手に結婚式潰す気か?」
「潰してるのはそっちでしょ。」
「俺はリスケしただけだから、違うって言ってるだろ。」
「そんな自己中心的な女だとは思わなかったわ。」
「お前、もらってやるからありがたく思えよ。」
「あなた、そんな上から目線の人だったの?今まで優しかったし、こんなこと言うなんて、人格が急変しすぎてついていけないんだけど。」
「俺は俺だぞ。何にも変わってねえよ。あと結婚式だけど、まず場所は国内な。できれば地元で。招待客も減らそうぜ。多すぎて金かかるし。あとドレスも安いのでいい。どうせ一回しか着ないんだから。」
「随分具体的ね。それって全部、お母さんの意見?」
「そうだけど。それの何が悪いの?母さんの意見は正しいし。」
「自分の結婚式すら自分で決められないの?それって、いい加減すぎない?」
「いい加減?母さんの意見を聞くのは親孝行だし。」
「私の意見は無視なわけ?あのさ、あなた、今、立場最悪よ。それ自覚してる?ゲストもカンカンなんだけど。」
「カンカンって、招待客はほぼ俺の友達だし。そりゃさっきからLINEは来てるけど、みんな事情を話したら納得してるぜ。」
「類は友を呼ぶってわけね。でも、あなたはゲスト全員を把握してないでしょ。あなたに言ってない招待客もいるのよね。」
「は?何それ?」
「何人か、私の方で招待した人がいて。どう説明したらいい?あなたのせいなんだから、それくらい考えてくれるわよね。」
「誰だよ。」
「えっと……お世話になってる人たちで。」
「ああ、お前がお世話になってる人ってことね。ならお前の知り合いじゃん。適当にごまかしとけよ。」
「適当って……それ、本気?」
「どうせ今日、俺が来てないんだし。適当に理由をつけとけって。」
「そっか。分かった。ていうかさ、そんな気を遣うのおかしくない?お前の親父さん、結構ケチだしさ。」
「え、なんで父さんの話になるの?」
「あ、いや、この際だから言うけどさ。海外挙式の費用、結構かかったじゃん。結婚式なんて花嫁の都合なんだし、普通、花嫁の親が全額出すもんじゃないの?俺の母さんもそう言ってたし。」
「あなた、海外挙式の費用を私の父に出してもらうと思ってたの?」
「当たり前だろ。俺、結構出してるんだぞ。まあ、お前の親父さんも普通のサラリーマンだし、仕方ないけど。母さんなんて、俺が女だったら全額出すって言ってたぜ。それくらい裕福なんだよ。俺と結婚できるだけでもありがたく思えよ。」
「ありがたく?」
「そうだよ。俺はもっといい選択肢があったんだから。」
「何それ?つまり、私じゃなくても良かったってこと?」
「お前と結婚してやってるんだから、ありがたく思えって。」
「そこまで言ってないだろ。ひねくれすぎだって。」
「けど、他に候補があったのは事実だぜ。母さんが紹介してくれた人がいたんだけど、お前より若いし家柄もいいんだって。でもまあ、お前と婚約しちゃったし、責任取って結婚してやるよ。」
「結婚してやる?そうだよ。お前、俺と結婚できるだけでラッキーだろ。俺、結構モテるんだから。」
「そのいい人って、あったことあるの?」
「まだだよ。でもお母さんが一度会ってみたらって。まあ、婚約してるから断ったけど。」
「あ、そっか。そこはまともなんだ。」
「だろ?婚約してる方が優先だし。まあ、とにかく来月は俺の言う通りにしろよ。お前、俺の嫁になるんだから。嫁は夫に従うもんだろ。」
「従う?」
「当たり前だろう。母さんもそう言ってるし。」
「あのさ、母さん、母さん、って。自分の意見はないわけ?」
「はあ?なんだよ、その言い方。お前、夫に向かって何様だ?」
「まだ夫じゃないし。これから先も、夫になることなんてないわよ。こんな自己中な男からはお断りよ。自分の意見も言えないクソ野郎。あなたのこと好きで結婚しようと思ったのに、何でもかんでもお母さん。お母さんって、気持ち悪いわよ。」
「はあ?それに、いい年した息子に何でも意見する母親なんて、子離れしてない証拠じゃないの。」
「なんだと?母さんのことまで悪く言うのか?母さんに謝れ。」
同じ時刻。
「あら、全部LINEに残してきたわ。途中、我慢できなかったけど。」
「お疲れ様。スクショ見たけど、まあ許容範囲ね。むしろ、これくらい言ってやんなさいよ。」
「ありがとう。今もLINE来てるよ。すっごい罵倒の嵐。私、なんでこの人と結婚しようと思ったのかしら。」
「簡単にリスケしようとしてるし。あれでしょ?結婚は絶対してくれると思ってるんだよね。自分はもらってやる立場だから、優位だとか思ってるんじゃない?そういう人、結構いるよ。働いてる方が偉いとか、お金稼いでる方が立場が上とか、無意識に考えてる人。あいつもその類だったってことだと思うよ。」
「それにさ、付き合ってる時間もあるわけだし、結婚ってなると違和感とか目をつぶっちゃいがちなのよね。」
「さすがプロの意見は違うわね。」
「まあ、くず野郎はたくさん見てきてるからね。弁護士としても、友人としても、全力でサポートするから。さっさと次のステップに進んじゃおう。」
「うん。あきらには助けられてばかりね。」
「あ、うん。私、何かしたっけ?」
「あなたが教えてくれたじゃない。お母さんの録音。」
「ああ、あれね。まあ、あれは偶然なんだけどね。」
「でもあれがなかったら、私、結婚してたかもしれない。それは止められてよかったわ。それに、みわが相談してくれたじゃない。たつやがちょっとマザコン気質で不安だって。そうやってちゃんと話してくれたから、私も動きやすかったし。」
「親友だもん。相談できる人いなかったし。まあ、内容が内容だからね。たつやは私に結婚してやるって言ったわ。でも私はもうあの人とは結婚しない。これから全部、清算する。全部、あの人が自分で選んだ結果だから。」
翌日。
「みわ、おい、お前、ネット見たか?」
「ネット?何のことかしら。」
「SNSで変な投稿が出回ってるんだよ。」
「ええ?どんなの?」
「海外挙式を突然リスケして親と旅行に行った新郎の話。」
「あら、あなたのことね、これ。」
「なんでこんなことになってるんだ?これ、お前がやったのか?」
「私じゃないわ。招待客の誰かが投稿したんでしょうね。」
「止めろよ。」
「なんで?適当でいいんでしょ?だから、適当に止めなかったのよ。話も適当にしちゃったから。なんだかいい感じに炎上してるわね。」
「なんてことしやがるんだ。こんなの特定されたら、俺の評判が……」
「事実を書いてるだけでしょ。投稿見たけど、今のところ嘘はないわよ。」
「事実って……お前、俺を陥れるつもりか?こういうのは止めるもんだろう。」
「陥れる?なんでこれで陥れることになるの?あなたが自分でやったことよね。私はリスケしてないし、ちゃんと式場にも来てた。でもあなたは式場にすら来なかった上に、キャンセルしたり、親を優先したから。世間一般では、それを非常識って言うのよ。」
「やばい。俺の名前は書いてなかったのに……なんか俺のSNSにも変なDM来てるし。」
「そう。大変ね。」
数時間後。
「はあ……どういうことだ?俺の会社の専務と部長が、結婚式に来てたって。本当か?」
「ええ、本当よ。私が招待したって言ったじゃない。お世話になってる人が来てるって。」
「お前がお世話になってる人じゃないのかよ?」
「違うわよ。あなたの spouse とは言わなかったけど、私の spouse とも言ってないし。勝手に勘違いしたのはそっちよね。ああ、『嫁は夫に従うもの』ってあなたに言われたから、ちゃんとあなたに言われた通り、適当に相手したわよ。」
「なんてことするんだよ。」
「まあ、それは嘘よ。さすがにそれは失礼だからね。全部ちゃんと説明したわよ。専務にも部長にも、あなたが温泉旅行で欠席したって。」
同じ時刻、たつやの母。
「たつや、何なの?何かしたの?私の友達から連絡が来たわよ。SNSが何だって。」
「母さん……なんかやばいことになってて。」
「だから、何したのよ。」
「SNSで炎上してて。俺たちのこと、完全にバレてるんだ。」
「なんでそんなことになるの?ていうか、なんで私まで『さらされてるわよ』って友達に言われたのよ。」
「母さんが温泉行こうって言ったから、こうなったんだよ。」
「私のせい?あなたが決めたんでしょ。」
「でも母さんが誘ったんじゃん。」
「誘っただけよ。最終的に決めたのはあなたでしょ。早くこの騒ぎを何とかしなさい。全く、もうこんなことになるなんて。」
数日後、たつやは会社から連絡を受けた。
「え、なんで?専務に直接呼び出されて……桜井建設との取引の件で、俺が担当を怒らせたから、降格だって急に決まったんだよ。給料も三割減だって。なんかお前の親父さんの名前が出てきたんだけど、お前の親父さん、会社に何か言ったのか?」
「さあ、どうかしら。けど、心当たりはあるわね。」
「なんだよ。」
「父は会社の社長なのよ。桜井建設の。」
「え、つまり、お得意様……」
「あれ、結婚の挨拶の時に言ってたはずなんだけど、忘れてた?まあ、とみても普通の優しそうな人だから、社長には見えないわよね。」
「そんな……そんなことって……だから、あなたの会社の専務と知り合いなの?」
「個人的な付き合いもあるそうだから、結婚式に呼んでたみたいよ。でも、さすがに娘の結婚式をドタキャンされて、黙ってる人じゃないわ。」
「そんなにすごい人だったのかよ……」
「え、建設会社の社長だからね。あなた、私の父を『普通のサラリーマン』『ケチ』って言ってたけど、実際はあなたよりも稼いでるすごい人よ。大体、結婚式の費用なんて全額出す家なんて、早々ないわよ。」
「あ、俺は知らなかったんだ。」
「知らなかったんじゃなくて、忘れてたでしょ。最初から見下してたんだもの。自分は選んでやった立場だとか言ってたし、私のことを見下してたんでしょ。あなたが私のことをどう思っていたかはどうでもいいけど、結婚式をキャンセルしたのは事実。その責任は取ってもらうわ。」
一時間後。
「みわ、見て見て。ビッグニュース。たつやの過去を調べてみたら、やばいの見つけちゃった。これ、追加攻撃に使えるかも。」
「本当に追い込めるのは嬉しいんだけど。追加攻撃って何?」
「実はあいつ、過去にも婚約してるみたい。元カノを何人か見つけたから、今からコンタクト取って、色々調べてみる。確定したらちゃんと連絡するから。」
「ありがとう。あきら。もしかして、ちょっと今口滑った?」
「あー、うん。言うタイミングを間違えた。これでボコボコにできるかもって思ったら、テンション上がっちゃったんだよね。」
翌日。
「みわさん、聞いたわよ。あなた、私の友達や親戚に、何か吹き込んでるようね。」
「これはこれは。お母さん、私がどれだけ連絡しても無視していたのに、随分お久しぶりですね。」
「そんな嫌味はどうでもいいのよ。ネットに私たちの個人情報を書いて、何がしたいの?みんなから連絡が来なくなって、恥ずかしい思いをしてるのよ。なんとかしなさい。」
「吹き込む?何のことですか。とぼけないで。私がたつやを温泉に誘ったとか、婚約を進めたとか。私はそんなことしてないわよ。」
「私だってネットに書き込んだりしてませんよ。それに、どれもこれも事実じゃないですか?」
「事実?何のことよ。」
「とぼけても無駄です。ある特殊なルートで、お母さんがたつやに『もっといい人がいる』とか『婚約破棄の費用は出す』って言ってる録音データを手に入れたので。」
「なぜそんなものを……偽物だわ。」
「そうでしょうか。皆さんにも同じものを聞いてもらいましたが、みんなお母さんの声だって言ってましたよ。」
「あなた、そこまでして。」
「そこまでお母さんが私にしたことに比べれば、優しいものだと思いますけど。」
同じ時刻。
「たつや、みわさんがとんでもないことを。」
「え?何?どうしたんだよ。」
「前に『いい子がいる』って紹介したでしょ。あの時の録音を持ってるみたいなのよ。」
「はあ?なんで?」
「分からないわよ。そのせいで、親戚みんなあいつの言いなりだし。私、親戚中から攻められてるのよ。」
「母さんが『もっといい人がいる』なんて言うから。」
「あれはあなたのためを思って……」
「俺のためなら、なんで今、俺らが大変な目に遭ってるんだよ。俺だって親戚から白い目で見られてるし、居場所がなくなったんだぞ。」
「それは普段の行いでしょ。」
「母さんが余計なことしたから、こうなったんだ。」
「何でもかんでも私のせいにしないでちょうだい。」
「そうよ。まだ、あの子がいるじゃない。あの、いい家の子だし。きっと結婚すれば助けてくれるわ。」
「母さん、何する気だよ。」
「いいから、今からこの人に連絡しなさい。」
「いや、連絡しろって言うから、うまく取りなさいよ。」
同じ時刻。
「すみません。たつやさんの連絡先でお間違いないですか?」
「あ、はい。そうです。えっと、佐藤さんですよね。母があなたをすごく気に入ってるみたいで。」
「ああ、そういう話はいいですよ。ええ、今回は正体を明かしに来たので。」
「何の話ですか?」
「実は、私、みわさんの大学の同級生の秋と言います。」
「え、みわの知り合い?」
「はい。実は、あなたのお母様と私の母が知り合いでして。以前お会いした時に『息子に興味はないか』と進められたんです。その時に『友人の婚約者なのに』と不審感を覚え、携帯で録音を取ってから、みわさんに伝えていました。」
「嘘だろ?なら、あの録音データって……」
「はい。提供したのは私ですよ。」
「なんだよ。そこまでグルなのかよ。」
「グル?違いますね。みわさんは最初、あなたを信じようとしていました。『きっとお母さんの暴走だったんだろう』と。でも結婚式当日、あなたは最愛の妻になる人をないがしろにした。だから、こうなったんです。つまりは自業自得ですね。」
一時間後。
「たつや、私が佐藤さんと知り合いだって知ったそうね。」
「くそ、くそくそ。なんだよ。俺にもらわれるだけの行き遅れのくせに。」
「そうやって見下していた相手にしてやられて、気分はどうかしら。最悪でしょうね。そんなあなたに、最後に一つだけ教えてあげる。」
「なんだよ。」
「私ね、佐藤さんからお見合いの話を持ちかけられたって聞いた時、正直、『お母さんが勝手なことをしている』って、そう信じてた。実際、そうだろうと思ってた。でも違ったのよね。あなたは私以外の女性とも結婚できる。でも私にはあなたしかいない。だから、自分の方が上だと思うようになったんでしょ。悲しかったわ。あなたのことを愛してた時間も、全て否定されたようで。」
「お前、それなのに俺たちを嵌めたのか?」
「嵌めた?違うわ。私はあなたの本性を見極めただけ。あなたは私に何をしたか分かってる?私は全部覚えてるわ。でも一番許せないのは、私の人生で一番大切な日を、温泉旅行で台無しにしたこと。あの日、私がどれだけ恥ずかしかったか。ハワイで一人、招待客に説明して回ったのよ。あなたには一生分からないでしょうね。だから、きっちり清算させてもらうわ。全部、自分でやったことの報いよ。」
数日後。
「内容証明、できたよ。これで向こうを攻めてくるわ。」
「えっと、結局金額ってどうなったっけ?」
「ああ、詳細まだだったわね。ざっくり言うと、婚約破棄に伴う損害賠償請求として、海外挙式キャンセル料が五百万円。招待客への賠償で三百万円。婚約の慰謝料で二百万円。総額一千万円ね。」
「そんな金額になってたのね。」
「まあ、現実問題払えないでしょうから、給料差し押さえが一番手堅いね。その準備をしとくわ。」
「ありがとう。助かるわ。」
三日後。
「みわ、一千万なんて払えない。頼む。少しだけ減額できないか。」
「減額?無理よ。全部、あなたが自分でやったことの結果なんだし。その金額は弁護士が計算してくれたの。きっちり請求させてもらうわ。」
「こんな金額払ったら、人生終わっちまう。俺が悪かった。だからチャンスをくれよ。」
「たつや、あなたはいつも謝るわね。でも謝るだけで、何も変わらない。私はもう新しい人生を歩き始めてるわ。あなたとは関わらない。それが私の選択。さようなら。言っとくけど、示談の余地はないから。」
その後、たつやは一千万円の支払いに追われる日々を送った。会社での信用も失い、降格・減給処分。過去の婚約破棄まで掘り返され、SNSでも婚約破棄上納犯として拡散された。今では実家も住んでいるところもさらされ、日常生活も恐怖に震えながら送っている。母はたつやと縁を切られ、親戚からも疎まれ、天涯孤独。元々友人もいない上に、年金では生活が厳しく、今はボロアパートで寂しい老後を送っている。息子だけが生きがいだった母にとって、一番辛い現実だろう。
一方、みわは心の傷を癒しながら仕事に邁進。一年後には海外支社への移動も決まり、新しいキャリアを歩み始めた。そして婚約破棄から二年後、本当に自分を愛してくれる人と出会い、今度こそ幸せな結婚式を挙げた。その式には、あの時ハワイに来てくれた友人たちも全員参加してくれて、心から祝福してくれた。
婚約破棄という辛い経験をしたけれど、それでも私は前を向いて幸せに生きていこうと思う。それが、今を惨めに生きる二人への一番の復讐になる。復讐のために幸せになろうとは思わないけれど、背中を押してくれた親友に少しでも笑顔を向けられる人生を歩みたい。それが今の私の目標だ。
