向こうのお母さんが出した二十万円なんて、うちに比べたら何てことないわよ。
聞き覚えのある声が、背中越しに聞こえてきた。仕切り一枚を挟んだすぐ後ろの席。息子夫婦と、嫁側の両親が座っている。ランドセルだって、私たちが選んであげたようなものだしね、と得意げに話す声も聞こえる。そして、うなぎおいしいね、という孫の声も。
今日は、孫の入学式の日だった。ただしそこに、私の席はなかった。
寂しいけど、お祝いの気分だけでも味わおうと思って偶然入った店で、私は仲間外れにされた。分かったわ。私はメニューを開き、店員さんを呼んだ。特上のうな重をお願いします、と。
それまでの私なら、値段を見て諦めていただろう。その分を孫に送ってあげようと考えていたはずだ。けれど、その日は違った。これは、息子夫婦のために自分を消すことをやめると決めた、私自身のためのお祝いだった。私が初めて、自分のために注文したうな重、それがこれだった。
私の名前は佐子、五十八歳。夫が五年前に亡くなり、九州の小さな町で一人暮らしをしている。週に五日、スーパーでパート。手取りは月に十万円にも届かない。それでも、夫が残してくれたお金と、若い頃から少しずつ貯めてきたお金があるため、暮らしに困ってはいなかった。
一人で食べる夕食、一人で見るテレビ、静かで少しだけ寂しい毎日が、私の日常だった。
一人息子の高一は、三十四歳。大学進学を機に関東へ出て、そのまま就職し、嫁の美咲さんと結婚した。七歳になる孫の優太がいる。息子夫婦の家から、美咲さんの実家までは車で三十分ほど。一方、私の家までは飛行機を使う距離だった。同じ祖父母でも、会える回数に差が出るのは仕方がない、と私はずっと自分に言い聞かせてきた。
孫が生まれた日のことは、今でも覚えている。母さん、男の子だよ、と電話の向こうで高一の声が震えていた。私も翌朝一番の飛行機に乗り、病院へ向かった。初めて抱いた孫は、驚くほど軽くて、壊れてしまいそうだった。小さな手で私の指を握った瞬間、夫にもこの子を見せたかったと思い、涙がこぼれた。
お宮参りをした日、初めて立った日、ばあば、と言ってくれた日、私は心の底から嬉しかった。けれど、いつからか、連絡は少なくなっていった。ゆう太は元気、と電話しても、元気だよ、と返ってくるだけ。行事があっても、知らされるのは終わった後だった。
寂しくないといえば、嘘になる。それでも、遠いのだから仕方がない。会えない分だけ、気持ちは届けたい,と私は思っていた
私は誕生日やお正月、保育園の入園など、節目のたびに祝い金を送った。孫が五歳になった時には、犬のぬいぐるみを作ってあげた。裁縫は得意ではない、でも息子も小さい頃、犬のぬいぐるみが好きだったから、元気でいてねと願いながら縫った。届いたという連絡は、息子からあった」ありがとう,届いたよ,それだけだった。孫が喜んだのか、抱いてくれたのか、男の子だからぬいぐるみには興味がなかったのかもしれない,そう考えることにした
孫の小学校入学が近づいた頃,息子から連絡があった」ランドセルと学習机のことで相談があるんだけど,ランドセルに八万円,学習机に十二万円,合計二十万円なんだ,と。
私のパート代の二ヶ月分以上だった。けれど,孫が毎日使うものだ.私は迷わず振り込んだ。その時,私は息子に訪ねた」入学式には行ってもいいの? 彼は少し間を置いてから」美咲にも聞いてみるよ,と返してきた.数日後,多分,大丈夫という返事が届いた.そしてもう一つ訪ねた」お盆には,今年こそこっちにも帰ってくるんでしょう,と.高一はすぐに答えた」今年は無理かな,九州は遠いし,優太も移動で疲れるから,と.そう,それなら仕方ないわね,と私は納得した.孫を長距離移動させたくないという親の判断なのだろう.入学式に会えるだけでも十分,私は新しいスーツを買い,飛行機とホテルを予約した,出発の前夜にはスーツに丁寧にアイロンをかけ,鞄には孫のための手紙と祝い袋も入れた.
翌朝,鏡の前で身支度を整えていると息子からメッセージが届いた」ごめん,保護者席が足りないみたいなんだ,母さんの席は用意できない,と.鏡に映った私の手が止まった.飛行機で来ていることは息子も知っているはずだ.せめてランドセル姿だけでも見たい,そう思い,私は学校の近くまで行った.門には入学式と書かれた看板が掲げられ,桜の前で写真を撮る家族の姿があった.やがて校舎から,見覚えのある五人が出てきた.息子夫婦と孫,そして,息子の嫁の両親だ.ぴかぴかのランドセルを背負った孫を囲み,写真を撮っていた.席がなかったのではない.限られた席の中に,私は選ばれなかったのだ.声をかける勇気はなかった.私は少し離れた場所から,家族の背中を見送った.
しばらく歩いた後,もう一度だけ息子へ連絡した.せっかく来たから,式の後に食事だけでもどう? すると返事はすぐに来た」ゆう太が疲れてぐっすりだ,今日は早めに帰るよ,と.遠くから来たのに,私は何をしているんだろう.行く場所を失った私は,一軒のうなぎ屋に入った.そしてそこで聞いてしまったのだ»切り一枚の向こうから聞こえる,孫の楽しそうな声を.私の入学祝に渡した二十万円を種にした金で,うなぎを食べている,と笑う声を.ランドセルを選んだのは私たちよ,と得意げに話す嫁の両親,息子も嫁もそれを否定しない.
私が送っていたのはお金だけではなかった.行事に参加できなくても,祖母として孫を祝っていると伝えたかったのだ.けれど息子夫婦にとって私は,,必要な時だけ振り込んでくれる遠くのおばあちゃんだったのだろう.私は特上のうな重をゆっくりと食べた.香ばしいタレの味も,山椒の香りも,,今まで食べたどんな料理よりはっきりと覚えている.店を出る時,,私は決めた.もうこちらからお金も,,連絡も送らない.誰かの家族でいるために,,自分を差し出すのはやめよう,と.
それから私は,,少しずつ自分のためにお金を使うようになった.近くの温泉へ出かけたり,,一人で映画を見たり,,夫といつか行こうと話していた町を訪ねたりした.初めは,,一人旅が寂しく感じられた.けれど,,好きな時間に起き,,好きなものを食べ,,誰の顔色も窺わずに歩くうちに,,一人でいることは不幸ではないと知った.
学式から一年ほど過ぎた,,夏休み前のことだ.息子から突然,,電話があった」いつも孫を預かっていた嫁の母が,,腰を痛めたそうだ.父親も仕事が忙しく,,夏休みの間,,孫を見る人がいない.母さん,,一週間だけ優太を預かってもらえないかな? 私は黙っていた.美咲さんも電話に変わった」お母さん,,私たちも休みが取れなくて,,本当に困っているんです,と.私は静かに訪ねた」去年,,お盆に帰ってくるか聞いたわよね,と.電話の向こうが静かになった.あなたは,,九州は遠いから無理だと言った.合わせに来るには遠いけれど,,預ける時には遠くないの?

母さん,,それは… と息子は言葉に詰まった.私は送った祝い金のこと,,入学式で嘘をついたこと,,うなぎ屋で私の援助をだと笑っていたこと,,全部知っている,,と告げた.長い沈黙の後,,息子が言った.本当にごめん,,と.けれど,,すぐに許すことはできなかった.謝っているのか,,預け先を失いたくないだけなのか,,私には分からなかった.
優太だけこさせなさい,,と私は言った.あなたたちを助けたいからではない,,優太に罪はないからよ.ただし,,旅費はあなたたちが出すこと.今後,,優太に会うかどうかは,,これからは私が自分で決めます,,と.夏休みが始まった日,,私は空港へ迎えに行った.七歳になった孫は,,少し緊張した顔で私を見上げていた.最初の二日間は,,会話もあまり続かなかった.けれど,,朝のラジオ体操へ行き,,帰りにはカレーを作った.野菜は少し不格好だけど,,愛情と,,思い出のこもったカレーになった」おばあちゃん,,お代わり,—その言い方は,,昔の息子と同じだった.やっぱり親子なのね,,となんだか自然と微笑んだ.ある布団を並べていると,,孫が訪ねてきた」おばあちゃんは,,僕の入学式の日,,お仕事だったの? 誰にそう聞いたの? パパ,,と.胸の奥が痛んだ.けれど,,孫を大人の嘘に巻き込みたくない」おばあちゃんはね,,学校の前まで行ったのよ,,と私は言った.でも,,ゆう太と話せなかっただけ.ゆう太が悪かったわけじゃないからね,,と.孫は少し考えてから,,今度は一緒に写真を撮ろう,,と言った.
夏休みの終わりが近づいた夜,,優太がリュックの奥から犬のぬいぐるみを取り出した.それは,,私が二年前に作って送ったものだった」これ,,おばあちゃんが作ったんだよね,,と孫が言った.ずっと持っていてくれたの?
私は何も届いていないと思っていた」祝い金も手紙も,,ぬいぐるみも,,息子夫婦のところで消えてしまったと思っていたのだ.けれど,,私の気持ちは,,孫に届いていた.私は涙をごまかすため,,孫の頭を乱暴に撫でた」おばあちゃん,,痛いよ,,と孫が笑った.
息子夫婦との関係と,,孫との関係は,,同じではない.孫を可愛がることは,,息子たちを許すことではない•この子に会いたい時は,,私自身が会いたいと伝える.預かる期間も条件も,,こちらで決める.もう誰かの都合だけで,,時間やお金を差し出すことはしない.夏の終わり,,空港で孫を見送る時,,ゆう太が振り返った」おばあちゃん,,また来てもいい? もちろんよ,,と私は答えた.ゆう太は大きく手を振り,,ゲートの向こうへ消えていった.
家に帰ると,,息子から電話があった.私は画面をしばらく見つめ,,その日は出なかった.怒っているからではない.今は,,余韻に浸りたかったからだ.しばらくすると,,優太から写真が届いた.クレヨンで書かれた,,大きな人と,,小さな人が,,手をつないでいる絵.その下には,,たどたどしい字で,,おばあちゃん大好き,,と書かれていた.私は画面を見つめながら,,静かに笑った.家族だからと言って,,一方だけが我慢し続ける必要はない.お金を渡さなくても,,誰かの都合に合わせなくても,,大切な人とは,,自分の意思で繋がっていける.私はようやく,,そのことに気づいたのだ.