父が母の葬儀で笑顔を浮かべて立っていた。十年ぶりに会った父は、泣き暮れる私の前で、「お前も母さんがいなくなって寂しいだろう。そうだ、四人で暮らさないか」と平然と言い放った。隣には夫が座っているのに。母が亡くなったばかりだというのに。私はその無神経さに言葉を失った。二年前に結婚し、穏やかな毎日を手に入れたはずだった。なのに父は母の死に一言も触れず、満面の笑みで話し続けた。私が断ると、父の態度は…

父が母の葬儀で笑顔を浮かべて立っていた。十年ぶりに会った父は、泣き暮れる私の前で、「お前も母さんがいなくなって寂しいだろう。そうだ、四人で暮らさないか」と平然と言い放った。隣には夫が座っているのに。母が亡くなったばかりだというのに。私はその無神経さに言葉を失った。二年前に結婚し、穏やかな毎日を手に入れたはずだった。なのに父は母の死に一言も触れず、満面の笑みで話し続けた。私が断ると、父の態度は...

父が突然、母の葬儀で笑顔を浮かべて立っていた。十年ぶりに会った父は、泣き暮れる私の前で、「お前も母さんがいなくなって寂しいだろう。そうだ、四人で暮らさないか」と平然と言い放った。隣には夫が座っているのに。母が亡くなったばかりだというのに。私はその無神経さに言葉を失い、心底、父に連絡したことを後悔した。

私の名前は綾。二十七歳で、出版社に勤めている。人生の大きな転機は十年前の両親の離婚だった。諸々の揉め事の末、私は母に、弟の隆司は父に引き取られることになった。離婚の原因は、物心つく前から絶え間なく続いていた両親の喧嘩だ。エスカレートすれば父が母に手を上げることさえあった。離婚してからは、私は父とも隆司とも一切連絡を取らずに生きてきた。二年前に大手証券会社に勤める夫と結婚し、穏やかで幸せな毎日を手に入れた。このままの生活がずっと続けばいいと心から思っていた。

その幸せを断ち切るように、母が交通事故で亡くなった。夜間に外出していた母が、見通しの悪い道路で車に撥ねられたのだ。あまりの突然の出来事に、私は泣くことしかできなかった。そばにいてくれた夫が「僕がいるから大丈夫」と何度も優しく言葉をかけてくれて、なんとか正気を保つことができた。気持ちが少し落ち着いた時、私は父と隆司に連絡をすべきか迷った。十年以上も会っていないし、連絡もしていない。でも、母の葬儀となれば、やはり知らせるべきだろう。そう思って連絡したのだった。

その選択を、葬儀の場で後悔することになる。

父は母の死に一言も触れず、「お前とまた会えて嬉しいよ」と満面の笑顔で話し続けた。葬儀中にもかかわらず、あれやこれやと話しかけてくる。隆司は対照的に暗い顔をして、私と目を合わせようとしなかった。葬儀後の食事の席で、父が突然「四人で暮らさないか」と言い出した時には、さすがの隆司も呆れた顔をしていた。私ははっきりと断った。「今は夫と二人で楽しく暮らしているし、父さんに面倒を見てもらう必要はない」。夫も「僕が一緒にいるから大丈夫です」と遠慮がちながらはっきりと言ってくれた。

すると父の態度が一変した。「何なんだよ。せっかく俺が一緒に住もうって誘ってやったのに」。そして、母の悪口を吐き始めた。「きっと母さんと一緒に暮らしたりなんかしたから、それが染みついて抜けないんだろうな」。母の葬儀が終わったばかりだというのに、父は「あいつはこの世からいなくなって良かった」「あいつの何もかもが気に食わなかった」と昔の喧嘩のようなテンションで悪態を続けた。私が反論するよりも早く、隆司が立ち上がった。

「いい加減にしろよ。母さんと一緒に暮らしてた姉さんのことも考えろよ。母さんが亡くなったばっかりの時に、母さんの悪口なんか聞きたいはずないだろう」

隆司の言葉で父は口を閉じた。離婚の時、父は隆司を連れて行こうとした。隆司は「お前がそんなことをするなら、俺も母さんの方に行くぞ」と言って、私を思って犠牲になってくれたのだ。父は不機嫌な顔のまま、隆司に引きずられるようにして会場を後にした。

その日から一ヶ月ほどは、夫との日常にゆっくりと戻ることができた。夫は父のことをほとんど話題にせず、ただひたすら私の心に寄り添ってくれた。この人と結婚して本当に良かった。そう思える日々が少しずつ戻りつつあった。

その矢先、今度は夫が亡くなった。母と同じように、夜間の見通しの悪い場所で車に撥ねられたのだ。わずか一ヶ月の間に、大切な人を二人失った。私は呆然自失の状態で、葬儀の準備を夫の親族が全部やってくれたことさえ、あやふやにしか覚えていない。気がついたら葬儀に出席していて、そこに父の姿を見つけて現実に引き戻された。

父はまたもや満面の笑みで言った。「一人になってしまったな。それなら俺たちと一緒に暮らそう」。私は喪失感よりも、父への怒りが先に湧き上がった。それが顔に出ていたのだろう。父は不愉快そうな表情で言い放った。「なんだその顔は。俺はお前一人だと悲しいだろうと思って、一緒に暮らそうって言ってやってるんだ」。

私はもう我慢できずに叫んでいた。「もう帰って。はっきり言ってやるけど迷惑なのよ。今すぐにここから出ていって」。父は「せっかく来てやったのに、一体何様のつもりだ」と暴れ始め、テーブルの寿司をひっくり返し、椅子を蹴った。夫の親族がなんとか父を抑えてくれた。

怒りで殴り合いになりそうな騒ぎの中、隆司が私のそばにそっと近づいてきた。「姉さん、このままこの店を出て逃げよう」。その声の調子が、あまりに切迫していた。私は隆司の顔をまじまじと見つめた。

「これを聞いてくれれば分かるよ」。隆司はスマホで録音された音声を再生し始めた。最初は何のことか分からなかった。だが、音声の内容を把握した途端、全身の血の気が引いていくのが分かった。

それは、父が夫を呼び出した時の会話だった。場所は、夫が交通事故に遭った場所から五十メートルも離れていない。「あんたは地獄で永遠に苦しむべきだよ」という父の声が、はっきりと録音されていた。

私は全てを悟った。父が夫を呼び出し、殺したのだ。隆司がここまで焦った顔で「逃げよう」と言った理由も、今なら分かる。

隆司の提案に従い、私は黙って頷いた。家にいるのは危険だということで、ビジネスホテルに移動することにした。部屋に入ってから、隆司は自分の体験したことを話し始めた。

「父さんと旦那さんの電話が不穏で、すぐに録音を始めたんだ。それから父さんを尾行したら、待ち合わせ場所から三十分ほどで出てきて、姉さんの旦那さんと二人で歩き出した。少し距離があったから声は聞こえなかったけど、明らかに口喧嘩をしている雰囲気だった。曲がり角で二人が見えなくなって、見失わないように小走りで角を曲がったら……父さんが旦那さんを車道に突き飛ばす瞬間を、ばっちり見てしまったんだ」

隆司はすぐに警察へ通報したという。「警察がすぐに捕まえてくれると思ったから、まさか葬儀に出席するなんて思ってなかった。証拠を集めるのに手間取ってるのかも。見通しの悪い場所だったから、目撃者は俺しかいないと思う」

父が夫を殺しておいて、その葬儀に笑顔でやってきて、「一緒に暮らそう」と言ったのか。そう思うと吐き気が込み上げてきた。隆司の話を聞いている間、私は氷のように冷たい思いを抱え続けていた。

「大丈夫? そりゃ顔色も悪くなるよな」

私は「大丈夫だから」と言って、目の前の水を一気に飲み干した。すると隆司は「実は」というように、母の葬儀の時に私が席を外していた間のことを語り始めた。

父、夫、隆司の三人だけになった時、父は夫に職業や家柄、両親のことをしつこく質問し続けたらしい。正直で真面目な夫は苦笑いしながら、証券会社に勤めていることや両親が資産家であることを話してしまったという。それを聞いた父は目の色を変えて、その後のあの「四人で暮らそう」という提案をしてきたのだ。

つまり父は、夫の金を目当てにしていた。父は生前、母にも金を無心していたが、断られ続けていた。夫の資産を知った父が、私と夫をどうにかして財産を手に入れようと考えてもおかしくない。

夫は父から質問攻めに遭ったことを、私には一言も話さなかった。きっと心配させまいという優しさからだったのだろう。だが、その話を聞いた時、私は悔しさと悲しさで涙が止まらなかった。もっと私にできたことがあったかもしれない。そう思うとやりきれなかった。

隆司は私の肩に軽く手を触れて、「泣くのも当然だよ」と言うように無念そうに何度も首を振った。やりきれない思いがビジネスホテルの一室に立ち込める中、そこへ父から電話がかかってきた。

「累、お前今どこにいるんだ? せっかくお前の旦那の葬儀に来てやったのに、俺を放置していくとはどういうことだ。居場所を早く教えろ」

「旦那の葬儀に来てやった」。自分があの世に送っておきながら、よくもまあ。怒りで呼吸が乱れ、叫びたいのに言葉が出なかった。隆司は私の反応から父と話しているとすぐに察したらしく、「スピーカーモードにして」と囁いた。私は言われた通りにした。

父は嫌味を大声でまくし立てていたが、隆司が遮るように叩きつけた。「少し黙って俺の言うことを聞け。いい加減にしろよ。お前はもう俺の親でもないんだよ、この犯罪者が。俺はお前が姉さんの旦那を道に突き飛ばすところを見ていたんだ。もちろん警察には通報済みだから、お前は捕まって終わりだよ」

隆司がそう叫んだ後、あれだけ騒がしかった父が完全に黙った。完全に言葉を失ったのかと思えるほどだった。だが、当然ながら父が黙っているはずがない。

「なるほどな。だから警察から連絡が来るわけだ。隆司、お前は親を売って恥ずかしくないのか? 実の親が警察に捕まってもいいのか? そこは黙って墓まで持っていくのが筋だろうが」

父はおかしな理屈で隆司を責め始めた。そして、さらに恐ろしい言葉を吐いた。「もう我慢できない。お前らが出てこないって言うのなら、今から累の家を燃やして灰にしてやる」

それを最後に、父からの電話は切れた。

私はその瞬間、ビジネスホテルの一室から飛び出そうとした。隆司が「姉さん、どこに行くんだ」と慌てて止めようとしたが、私はそれを振り切って全速力で自宅へ走った。もし家が燃えてしまったら、夫との思い出が全て消えてしまう。心の中の思い出は消えない。でも、一緒に暮らした部屋にあるものは、私と夫にとって何にも代えがたい宝物だった。そんなものを絶対に失いたくなかった。

自宅に到着した時、まだ父は来ていなかった。辺りはいつものように静かだった。私は急いで鍵を開けて家に飛び込み、目に入ったバッグに目に付いたものを詰め込み始めた。三分もしないうちに、ドアを叩く凄まじい音が聞こえてきた。金属バットで殴り付けているような、とんでもなく大きな音だった。

「電気がついてるってことは、家の中にいるんだよな。累、隆司も一緒にいるのか? 早く出てこないと、ドアを破壊して中に入るぞ」

父の声は人間のものとは思えないほど悪魔じみて聞こえた。恐怖で足がすくみ、動けなくなった。ドアを叩く音と叫び声が交錯して、まるで地獄のアンサンブルのようだった。

「なんだ、割れものを使うつもりか? さすがにそれは今更無理だろう」「おい、いい加減ドアを開けないとどうなるか分かっているんじゃないか。俺は有言実行の男だぞ。本気で今から火をつけるがいいのか。ガソリンもたっぷり持ってきているからな」

父の口調からして、このままドアを開けなければ、本当に火をつけることは間違いなかった。頭では裏口から逃げるべきだと分かっていた。それなのに足がその場に釘付けになったように、全く動かない。

「はーい、タイムリミット。俺の娘でありながらこんなに愚かだとはな。俺の言うことを聞けないお前らは、もう生きている価値なんてないんだよ」

そして、ドアに液体のようなものがかけられる音がした。おそらくガソリンだ。私の頭の中では「まずい、まずい」という言葉がリピートされていたが、それでも足は動かない。私の人生はこんな最低な終わり方をするのか。そう思って玄関のドアを見つめたまま、目を閉じた。

その時だった。「動くな」という誰かの叫び声がした。すぐに父の叫び声が聞こえた。突然スマホが鳴り、私は水分が溶けたように我に返って画面を確認した。隆司からだった。

「姉さんがホテルから飛び出した後、すぐに警察に通報したんだ。どうやらギリギリ間に合ったみたいで、本当に良かった」

私は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。「助かった」。深いため息をつきながら、そう呟いた。

警察に捕まった父は、最初は否認していたものの、我慢できないというように自分の犯した罪を話し始めたらしい。

父は母も、夫も、同じように呼び出して車道に突き飛ばしたと自白した。父はギャンブルでとんでもない額の借金を抱えており、金の無心を何度も母にしていた。断られ続けた父は、衝動的に母を突き飛ばしたのだという。夫の場合は、資産家の親を持つことを知って狙った犯行だった。

母と夫をあの世に送り、さらに私を家ごと焼き殺そうとした。そんな重罪を犯せば、裁きが重くなるのも当然だった。父は死刑に処されることになった。だが、それを知っても私の心は晴れなかった。父が死刑になったとしても、母も夫も帰ってはこないのだから。

私は現在、夫と住んでいた家で隆司と一緒に暮らしている。隆司が私を心配してくれたということもあるけど、十年以上も顔を合わせていなかった時間を取り戻すかのように、二人で一日一日をゆっくりと積み重ねている。心に負った傷を乗り越えるには、まだ時間がかかるだろう。それでも私と隆司は、きっとこの困難を乗り越えられると信じている。

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