「ハワイの結婚式、日程が決まったよ。おばあちゃんも来てほしいんだけど、大丈夫かな。」電話の向こうで孫の声が弾んでいた。費用は全部ばあちゃんが出すと伝えると、ユミは「ありがとう、絶対に幸せな顔を見せるからね」と言った。なのに数日後、見知らぬ女が家に来て「孫に見え張って、倒れたりしたら大変ですからね」と笑った。数日後、式場の控え室でユミは白いドレスを着て待っていた。開始十五分前、スマホが光った。…

「ハワイの結婚式、日程が決まったよ。おばあちゃんも来てほしいんだけど、大丈夫かな。」電話の向こうで孫の声が弾んでいた。費用は全部ばあちゃんが出すと伝えると、ユミは「ありがとう、絶対に幸せな顔を見せるからね」と言った。なのに数日後、見知らぬ女が家に来て「孫に見え張って、倒れたりしたら大変ですからね」と笑った。数日後、式場の控え室でユミは白いドレスを着て待っていた。開始十五分前、スマホが光った。...

「ハワイの結婚式、日程が決まったよ。おばあちゃんも来てほしいんだけど、大丈夫かな。」

電話の向こうで、孫の声が弾んでいた。娘の嫁であるユミが、今はまるで自分の孫のように可愛く思える。パスポートはあるから大丈夫よ、と答えると、ユミはほっとしたように笑った。本当に良かった、と。

「すごく楽しみなの。それにしてもハワイなんて、お金がかかるわね。全く贅沢だわ。」

「そうだよね。」

「だから費用は、ばあちゃんが出す。その分、貯金しなさい。」

「え? いやいや、何言ってるの? 結婚式なんて私たちの自己満足なんだし。」

「あんたは昔からお年玉ももらおうとしなかったでしょうが。ばあちゃんは金を出したいのよ。経済回してるんだから、いいでしょ。」

「でもさすがに全額は。」

「そんなに気になるなら、結婚式で目いっぱい幸せな顔をして、ばあちゃんを悔しがらせてみせな。」

「本当にいいの? 」

「金は持ってるやつが使えばいいのよ。大体、ばあちゃんが金を持ってても、医療費に消えていくだけなんだから、少しくらいめでたいことに使わせなさい。」

「もう、大きなお金の使い道なんて、葬式くらいしかないんだから。」

「演技でもないこと、言わないでよ、もう。」ユミの声が少し潤む。「でも、ありがとう、おばあちゃん。私が何を言っても、おばあちゃんは止まらないよね。」

「なんだい、分かってるじゃない。」

「だから、ありがたくもらうよ。」ユミは言った。「その代わり、絶対に幸せな顔を見せるからね。」

「せいぜい楽しむんだよ。」ばあちゃんは言った。「結婚式なんて、人生に一度しかないんだから。」

数日後、ばあちゃんの家に見知らぬ女が現れた。白いブラウスに上品なスカート、髪をきっちりとまとめた、いかにも気位の高そうな中年の女だった。

「鶴子さん、お久しぶりです。」

「ああ、みちこさんかい。」ばあちゃんは渋い声で応えた。「小ぶだね。なかなかお会いする機会がありませんでしたね。」

「それで、何かようかい。」

「その。」女は口元に手を当て、品良く微笑んだ。「息子から聞いたんです。式の費用、全額負担してくださるそうで。」

「ああ、その話か。」ばあちゃんは軽く手を振った。「私が勝手にやったことだよ。そちらが引け目を感じることもないし、後から引き合いに出すつもりもない。」

「あまり、そちらと関わる機会もないもんだからね。」

「それにしても、式の費用全額だなんて。」女は目を細めた。「まあ、お金持ちは違いますわね。」

「別に、ばあちゃんの義務だからそうしてるだけだよ。」

「義務ですか?

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随分と余裕がおありで、羨ましいですわ。」女の声に、わずかに棘が混じる。「引退されても、そんなに余裕があるなんて。」

「人生を引退したつもりは、まだないよ。」ばあちゃんは呑気に言った。「ま、社会的には引退してるけれどね。」

「でも、鶴子さんももうお年ですし、あまり無理なさらない方がいいですよ。」女は微笑みを保ったまま言った。「孫に見え張って、倒れたりしたら大変ですからね。」

「ご心配なく。」ばあちゃんは淡々と返した。「うちは庶民ですから。そんな贅沢はできませんけどね。」

「成り上がりの方は、派手好きで大変ですわね。」

ばあちゃんはその言葉を、何も聞こえなかったかのように流した。

その頃、ユミの家では。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど。」義母が、茶碗を置いて言った。「なんで結婚式、ハワイまで行く必要あるの? 」

「え、それはまあ、国内でもできるけど。」夫のケン太は、スマホから目を上げた。「でもユミが楽しみにしてるし、もう入籍したんだから、式なんてただのパフォーマンスよね。」義母は鼻で笑った。「それなのに、ハワイだなんて。」

「母さんもハワイがいいって言ってたじゃん。」

「場所じゃなくてよ。」義母の声が尖る。「あのババアの金で、贅沢するなんて恥ずかしくないの? 私、あの人嫌いなのよ。金持ちって性格悪いし、見下されてるみたいでね。しかも、自分のこと『ババア』とか言うのよ。きっとひん曲がった性格してるわ。」

「それはまあ、癖は強いよね。」ケン太は苦笑した。「確かになんか、山ん場みたいだしさ。」

「そうよ。」義母は頷いた。「きっと影で、私たちのこと『貧乏人』に行って笑ってるに違いないわ。」

「でも、もう決まっちゃったし、さすがに今からは。」

「ちょっとそこを、なんとかするのがあなたの仕事でしょ。」

「無茶言わないでくれよ。」

その日の夜、ユミからばあちゃんに電話がかかってきた。

「おばあちゃん、あのさ、ちょっと愚痴というか、相談なんだけど。」

「なんだ。」

「お母さんと、仲良くやっていけるか不安なんだ。」ユミの声は、昼間の弾んだものとは打って変って、沈んでいた。「なんていうか、ほら、やっぱり母親だし、自分の子供が大切なのはみんなそうじゃん。私は、よそ者だから。」

「そうね。」ばあちゃんは、ゆっくりと言った。「嫁姑問題は、あるでしょうけどね。」

「ま、悪い人じゃないんじゃない? 」

「そうかな。」ユミは不安げに言った。「怖いんだけど。」

「大丈夫よ。」ばあちゃんは言った。「何かあったら、ババアに言いなさい。年上だから、まあ話は聞いてくれるわ。」

「うん。」ユミは小さく息を吐いた。「ありがとう。」

翌日。

「ねえ、ケン太、やっぱりハワイの式、やめなさい。」

「え?

今更、無理だよ。」ケン太は顔を上げた。「何言ってんの? 」

「大丈夫よ。」義母は、にこやかに言った。「急に仕事が入ったって言えばいいわ。どうせもう入籍してるんだから、式なんて必要ないもの。」

「でも、ユミは絶対反対するって。」

「そういうの、めんどくさいし。」義母は肩を竦めた。「ユミは、あんたの嫁なんだから、従うべきよ。」

「それに、あのババアに恥をかかせてやりましょう。」

「なんで、そんなに対抗心燃やしてるんだよ。」

「あなたね、世の中お金なのよ。」義母はテーブルを指で叩いた。「式のお金を、あのババアが全部出してるなんて。今後、私たちにでかい顔をするために決まってるわ。」

「本当に、嫁姑問題ってあるけど、それより、目上の人がいたらみんな逆らえないのよ。」義母は語調を強める。「あんた、いいの? ババアにいい顔されって。何でもかんでも、ババアの顔色を見ないといけないのよ。」

「それは嫌だな。」ケン太は、眉をひそめた。「あのおばあさん、気難しそうだし。」

「でしょ。」

「でもさすがに、式をやめるのは、やばくないか? 」

「大丈夫。」義母は、確信したように言った。「子供ができれば完璧よ。」

「子供?

「そうよ。」義母は微笑んだ。「だから早く、孫を作りなさい。」そうすれば、離婚なんて絶対できないから。

「母さん、離婚って。」

「念のためよ。」義母は断言した。「あのババアが何か言ってきても、子供がいれば強いわ。」だってあなたは父親なんだから、発言は一番上よ。なんせ親なんだから。」

「それはそうだけど、金持ちがいれば、みんなそいつの言うことしか聞かなくなる。」

「立場が危くなるわよ。」義母はケン太をまっすぐ見た。「いい、舐められたら終わり。」あなたもそれは分かるでしょ。」

ケン太は黙った。

学校で散々いじめられたのは、どうしてあなたが弱々しい態度を取って、相手になめられたからでしょ。「それは、あなたが筋トレして、相手を喧嘩で任したら、どうなった? いじめなんて、なくなったでしょ。」

「うん。」ケン太は、ゆっくりと頷いた。「確かに。」

「最初が肝心なのよ。」義母は身を乗り出した。「舐められないためにも、立場が上だって示さないと。」

「そうだな。」ケン太の目が、少しずつ決意に変わっていく。「うん。」やっぱり母さんの言う通りだよね。「母さんが言うことは、全部正しいもん。」

「母さんに言われて強くなったら、俺は幸せになれたし、モテるようになったもんな。」

「そうよ。」義母は満足そうに頷いた。「母さんはあんたのために言ってるのよ。」ユミさんより、母さんの方があんたのこと分かってるんだから。

「やっぱり、ハワイの式、キャンセルしましょう。」

結婚式当日。

会場の控え室で、ユミは白いドレスを着て、鏡の前で待っていた。会場からは、賑やかな話し声と笑い声が漏れてくる。友達も、親戚も、みんなもう揃っていた。ばあちゃんも、一番前の席で待っている。

新郎を待つだけだった。

時計を確認すると、式の開始時刻まで、あと十五分だった。

ユミがスマホを手に取った、その時だった。

通知ランプが点滅している。

ケン太からのLINEだった。タップすると、文字が飛び込んできた。

『ユミ、ごめん。急に仕事が入って、行けなくなった。』

ユミは、スマホを二度見した。

画面を凝視したまま、指が止まる。

意味が、頭に入ってこない。

仕事が入った? 今日、結婚式だって伝えてあるのに。

ユミは急いで返信を打った。

『え、今日式なんだけど。』

『どうしても外せない仕事があって、ごめん。本当に急で。また今度にしよう。』

『今度って、そんな話じゃないでしょ。もうみんな来てるよ。

『色々あるんだよ。仕方ないじゃんか。』

ケン太からのメッセージは、そこで途切れた。

何度も返信を打ったが、既読は付くものの、続きの言葉は来なかった。
電話をかけても、コール音が虚しく鳴るだけで、つながらなかった。

ユミは、ドレス姿のまま、式場で一人で立ち尽くしていたんだと思う。心臓が、冷たい水に沈んでいくように静かになっていく。やがて彼女は、唇を噛み、会場へと向かった。扉を開けると、大勢の視線が一斉に自分へと注がれるのが分かった。彼女は、そこで笑顔を作った。

作り笑顔のまま、隣に立っていたばあちゃんに、事の次第を伝えた。

ばあちゃんは、瞬間、顔色を変えたが、すぐに優しい表情に戻った。

ユミは、来てくれた人たちに、頭を下げて回った。
「新郎が来られなくなりました。」式を、中止にします。

「皆様には、お詫び申し上げます。」

帰りの車の中、ユミは部屋に籠って、一晩中泣き続けた。

数時間が経って、ばあちゃんが部屋のドアを叩いた。

中からは、くぐもった嗚咽が聞こえるだけだった。

「ゆみ、一体何があったんだい? あんなに泣いて。」ばあちゃんの声は、枯れていた。「室から出てこないから、みんな心配してるんだよ。」

しばらくして、ドアの向こうからユミのか細い声がした。

「ごめん、おばあちゃん。
ケン太が、来ないって。」また今度って言ったっきり、LINEの返信もないの。

「え、ケン太君が。」ばあちゃんは、驚きの声を上げた。「電話しても、出てくれないし。」

「急な仕事で、また結婚式は今度にしようって。」

「なんだいそれは。」ばあちゃんの声から、体温が抜けていくのが分かった。「ドタキャンしたってことだろ。」

「幸せな姿を見せるって言ったのに。」

「おばあちゃん、ごめんなさい。」

「大丈夫、大丈夫よ。」ばあちゃんは、ドア越しに言った。「そんなの、気にするんじゃないわ。」ちゃんの心配をしてくれたんだね。「ありがとう。」

その頃、式場の片隅で、ばあちゃんの元に一通の連絡が入っていた。
みちこからのメッセージだった。

『ケン太君が来てないそうなんだ。あんた、何か知ってるかい?

ばあちゃんは、スマホを見つめたまま、しばらく動かなかった。

指は、あらかじめ決めておいた連絡先へと、静かに滑っていった。
「もしもし、私です。」
「例の件、始めましょう。」

翌日、ばあちゃんの元に、またみちこから連絡が入った。

『ねえ、ケン太君が来てないってどういうこと? あんた、何かやったんじゃないだろうね。』

『ハワイの式は、やっぱりキャンセル。金使いたかったんでしょ? なら、キャンセル料もそっち持ちね。』

ばあちゃんは、淡々と返信を打った。

『あなたが、わざと。』

『わざとも何も、当然のことをしただけですよ。』

数分後、みちこの返信が届いた。

『ふざけんじゃないわよ。あんた、なんてこと? 怖い怖い。でも、引退したババアに何ができるんですか?

もうあの子たちは入籍してるんだから、あんたには何の権限もないんですよ。まさか、孫の生活にまで口出してくるなんて。そんなことしないわよね、いい大人が。』

『あんたも、口を出しているでしょう。私は母親として、子供と接していますから。』

『姑ってのは、子育てはせずに、好きなだけ孫を可愛がる存在ですよね。なら、口を出す権利はないですよ。だって、育ててないんですから。』

そのやり取りを見て、ばあちゃんは深く息を吐いた。しばらくして、ユミに電話をかけた。

「ゆみ、ちょっと、いい? 」

「うん。」

「お母さんに連絡してみたんだけど、ケン太君、わざと来なかったみたい。」

「え、わざと? 」ユミの声が、細く震えた。「そんな、どうして。」

「本人たちは入籍しているから、式をする意味がないなんて言ってたけど、」ばあちゃんは言った。「私が全額のお金を出したのが、気に食わなかったんだろうね。」

「ごめんね、ゆみ。」ばあちゃんの声は、初めてかすかに揺れた。「ばあちゃんが余計なことしたせいで、こんなことに。」

「おばあちゃんのせいじゃないよ。」ユミは、絞り出すように言った。「大体、そんなことで式をドタキャンって。」私、あんなに楽しみにしてたのに。

「許せない。」ユミの声から、涙の色が消えていった。「絶対に、許せない。」

「ゆみ、ババアに任せて。」ばあちゃんは、静かな強い声で言った。「これはね、間接的に私に喧嘩を売ってきてるのよ。」私の大事な孫を泣かせて、このまま黙ってるほど、耄れてもないわ。

「おばあちゃん、何かするの? 」

「ええ、もちろん。」

「でも、どうやって。」

「ババアには、頼れる人がいるから、心配しないで。」ばあちゃんは言った。「無駄に長生きしてるからね、つては多いんだよ。」

「ありがとう。」ユミは、小さく息を吐いた。「今は、ゆっくり休みなさい。」後のことは、ばあちゃんがやっておくから。

「ありがとう。」ユミは言った。「その、ちょっと休みたいな。」

数時間後、ばあちゃんの元に、ユミの親族からの知らせが届いた。

「ゆみが、倒れた。」式の事を思い出すと涙が止まらない、何も食べられなくて、目まいがして、気づいたら倒れてたらしい。」

「今は、休むんだよ。」ばあちゃんは、それだけ伝えた。電話を切ると、静かに机の引き出しを開けた。

中には、あらかじめ用意しておいた書類が、几帳面に揃えて入っていた。

数日後。

みちこからの、挑発的なメッセージが届いた。

『ちょっと、鶴子さん。既読無視ですか?

まだ返信がありませんね。どうしました? まさか、ショックを受けてます? これで立場を理解してもらえたかしら? ババアは引退だろ。でかい顔するから、こうなるのよ。覚悟しろよ。』

ばあちゃんは、それに短く返した。

『ずこい。何ができるんですか?

年金暮らしのお荷物が、偉そうに。』

『どうなるか、お楽しみに。楽しみにしてますよ。』

翌日、ユミのもとに、ケン太から電話がかかってきた。

「ゆみ、大変なことになった。」ケン太の声は、焦りで上擦っていた。「今日会社行ったら、出勤停止って言われたんだ。」

「理由も教えてくれないんだけど、何これ? 」

「今さら、何の用。」ユミの声は、氷のように冷たかった。「何度連絡しても、無視してきたくせに。」

「もう連絡してこないで。」今は、あなたと話したくもない。

「いや、待ってくれよ。」ケン太は早口で言った。「やばいんだよ。」なんとかしてくれよ。

「私に何ができるの? 」ユミは言った。「結婚式、ドタキャンしたくせに、自分だけ泣きつくわけ。」私が泣いてる時に、助けもしなかったのに。

「それは、その。」ケン太は詰まる。「リスケでもいいじゃん。」結婚式は、またできるし。「それより、仕事の方が。」

「仕事。」

「親父も、兄貴も、会社から出勤停止らしい。」

「聞いたら、みんなユミのばあちゃんの名前だし。」

「ああ、そう。」ユミの声は、静かに澄んでいた。「多分、おばあちゃんがやったんだと思う。」

「なんで。」ケン太は半狂乱で言う。「俺たち、何もしてないだろう。」

「何もしてない。」ユミは言った。「あなた、式に来なかったよね。」

「それは、仕事が。」

「嘘つかないで。」ユミの声が、初めて鋭く尖った。「お母さんと、温泉旅行に行ってたんでしょ。」

「あ、なんでそれを。」

「調べてもらったの? 楽しかったよね。」花嫁を放置して、家族旅行してさ。

「それは、母さんが。」

「またお母さんのせいにするの?

」ユミは言った。「いい加減、自分で考えたら。」

「でも、母さんが、式なんて必要ないって。」

「それに、前にお前の友達だって、結婚式リスケしてたじゃん。」その後、普通に結婚してたし。「リスケなんて、普通だろ。」

「必要ないって。」ユミの声は、今度は静かな怒りを含んでいた。「私、どれだけ楽しみにしてたと思ってるの? 」

「それは、ごめん。」

「ごめんで、済むと思ってるわけ。」

「それに、リスケは、新婦が妊娠してるって分かったから、日程調整が必要だったの。」ユミは言った。「そういう特別な理由じゃないわよね、私たち。」

「そうだったのか。」

「でも、リスケはよくある話じゃ。」

「あなた、結婚式を何だと思ってるわけ? 」ユミの声は、今度は泣き出しそうだった。「あのね、ケン太、私、ドレス着て、式場で一人で待ってたの。」

「みんなに、『新郎が来ません』って説明して回ったわ。」どれだけ恥ずかしかったか、分かる? 「それは、本当にごめん。」ケン太は言った。「ごめんしか言えないけど。」

「おばあちゃんが全額負担してくれた式なのに、おばあちゃんにどれだけ恥をかせたと思ってるの?

「だから謝ってるだろう。」ケン太の声が、苛立ちを帯びる。「それより、出勤停止解除してもらってくれよ。」

「最低。」ユミは、そこで電話を切った。しばらくして、もう一度、かけ直してきたケン太に、ユミは一言だけ言った。

「ケン太、私たち、離婚しよう。」

「は? 離婚だよ。」

「確かにリスケは悪かったけど、これくらいのことで、離婚なんて。」

「『これくらい』、本当にそう思ってる? 」ユミの声は、今度は不思議なくらい静かだった。「確かにドタキャンしたけど、俺がしたのはドタキャンだけだろう。」お前を馬鹿にしたりもしてないし。

「そういう次元の話じゃないのよ。」ユミは言った。「あなたとお母さん、二人とも、信用できない。」これくらいのことって認識なら、なおさら無理。

「ちょっと待てよ。」ケン太は叫んだ。「俺、会社、出勤停止になったんだぞ。」今、離婚とか無理だろう。

「それ、自業自得でしょ。」ユミは言った。「私の知ったことじゃない。」

「なんだよそれ。」ケン太は言った。「お前、冷たいな。」

「冷たい。」ユミは言った。「あなたたちに、言われたくない。」

「あとは、弁護士を通して話そう。」もう、あなたに時間を割くのが、無駄に感じるもの。「一時間後。」

ばあちゃんの元に、みちこから怒声のような電話がかかってきた。

「鶴子さん、あなた、何をしたんですか? うちの一族、全員、出勤停止になったんですけど。」

「ええ、私がやりました。」

「何の権限があって、そんなことを。」

「引退はしましたが、発言は現役ですよ。」

「ああ、あなたは『引退』や『成り上がり』と言っていたけど、あれは夫の遺産で生活していると思い込んでいたからよね。」ばあちゃんは、静かに言った。「だって、私が何代も続く会社の会長って、知らなかったんですし。」

「会長、あなたが。」

「ええ、今は別の人間に会社を譲ってるわ。」ばあちゃんは言った。「だから、引退したのも間違いじゃないけどね。」

「ババアってな、図々しいんだよ。」ばあちゃんの声には、ほんの少しの笑いが含まれていた。「引退しても、でかい顔して指図するくらい、増長もないわ。」私を怒らせたことを、後悔するんだね。

「私たちが、何をしたって言うんですか?

「ユミを、ドレス姿で号泣させたこと。」ばあちゃんは言った。「『受けるわ』って笑ったこと。」あの子の大切な日を、最悪な日にしておいて、何もしてないだなんて、よく言える。

「それは、結婚式なんて、またやればいいじゃない。」

「ユミが、あんなに傷ついてるのに、また結婚式をあげる。」ばあちゃんの声が、凍りつく。「ふざけてるのかい? 」本当に、人を怒らせる天才だね、あんたは。

「でも、もう入籍してるんだから、式なんて、ただのパフォーマンスでしょ。」

「みち子さん。」ばあちゃんは、ゆっくりと言った。「あなたは、大きな勘違いをしているようだね。」

「勘違い? 何がですか? 」

「あんたの意見なんて、どうでもいいんだよ。」ばあちゃんは言った。「被害を受けたこちらが、怒りを抱いている。」それだけで、十分だろ。「理由なんて。」

「でも、どうして、出勤停止なんてできるんですか?

」みちこは叫んだ。「みんな、別々の会社に務めているのに。」

「ああ、調べたんですけどね。」ばあちゃんは、淡々と答えた。「ケン太君のお父様が務めている会社、ケン太君自身が務めている会社、ケン太君のお兄様が務めている会社。」全て、うちの子会社なんですよね。

「私が引退したのは、本社の社長職だけ。」子会社の人事も、私の一言で動きますから。

「そんな、嘘でしょ。」

「まあ、かなり大きな会社で細分化されているから、なかなか全て把握するのも難しいでしょうね。」

「けど、これで終わりじゃない。」ばあちゃんの声は、平坦だった。「出勤停止は、これから正式に解雇になります。」ケン太君も、お父様も、お兄様も、全員です。

「なんで。」みちこの声は、震えていた。「確かに、あなたを怒らせたでしょうが、それでかなんて、こんなの不当解雇だわ。」

「不当? 」ばあちゃんは、少しだけ笑った。「ちゃんと解雇理由はあるわよ。」

「は? 」

「さっきも言った通り、大きな会社だからね。」ばあちゃんは言った。「なかなか、子会社の声ってのは、届きにくいのよ。」そこは、改善させないといけないわ。

「何の話よ。」

「実は、あなたの一族から、パワハを受けていると、被害報告が上がっていたのよ。」ばあちゃんは言った。「ちゃんと調査するように言ったんだけどね。」どうやら、横つながりがあったようで、うまく隠していたみたい。

「そ、そんなこと、あるはずが。」

「報告してきた人間が、あなたの旦那さんの後輩だったなんて。」ばあちゃんは言った。「今の今まで、知らなかったもの。」完全に、第三者を挟まなかったのは、こちらの落ち度ね。

「でも、なんで今さら。」

「今回の件でね、私も不安になったんだよ。」ばあちゃんは言った。「こんなことを平気でできる一族なら、社員に対して何か問題を起こしているんじゃないかってね。」

「そして、案の上、調査書類が来ていた。」過去、数百件の中から探すのは骨が折れたけどね。

「骨を折った甲斐があったってもんだよ。」

「わざわざ、って言うんですか? 」

「ええ、事も忙しいからね。」ばあちゃんは言った。「過去の報告を振り返ることなんて、滅多にないけどね。」私はこれでも経営者。「そういう勘は、当たるんだよ。」

「これでも不当解雇って言うなら、正式に会社側に申し立てをするんだね。」ばあちゃんの声は、最後だけ少しだけ冷たくなった。「そんなもん、跳ね返せるくらいの証拠は、こっちも集めてるんだよ。」

一週間後、正式に解雇が言い渡された。ケン太も、その父も、兄も、全員だった。

その報告を聞いたケン太は、携帯の向こうで絶望に沈んだ声で言った。

「そう。」ケン太は言った。「お前のばあちゃんのせいで、俺の人生、終わったんだぞ。」

「おばあちゃんのせい?

」ユミの声は、凪いでいた。「あなたたちが、自分でやったことの結果でしょ? 」

「俺たちが、何をしたって言うんだよ。」ケン太は叫んだ。「確かに、悪かったかもしれない。」でも、人生終わるようなこと、してないだろう。

「私の、一生に一度の結婚式を、台無しにしたこと、」ユミは言った。「おばあちゃんを、笑い物にしたこと、忘れたの? 」

「それは、もう。」

「言い訳はいい。」ユミは言った。「ケン太、離婚届けを送ったから、サインして、返送して。」

「ちょっと待てよ。」ケン太は慌てた。「話し合おうよ。」

「話すことなんて、ない。」ユミの声は、もう何の感情も含んでいなかった。「もう終わったの。」あなたの人生、私には関係ない。

「それに、今回の件は、キャンセルはそっちが勝手にしたこと。」ユミは言った。「ハワイの式の全額負担分の慰謝料も、請求するから。」

「そんな金、払えるわけないだろう。」

「また結婚式をするつもりだったんでしょ? 」ユミは言った。「それなら、そのお金はあったはずだよね。」

「ないのに、言ったの?

「えっと、それは。」

「結局、式を上げるつもりなんて、なかったんでしょ。」ユミは言った。「でもね、借金になっても、キャンセル料は払うべき。」大人なんだから、責任は取らないと。

翌日、みちこが、ばあちゃんの家の玄関に立っていた。
顔色は、青ざめきっていた。

スカートの裾はよれ、髪も乱れていた。普段の気位の高さは、どこにもなかった。

「鶴子さん。」みちこは、声を震わせた。「夫が、離婚届を突きつけてきました。」

「仕事をなくしたのは、お前のせいだと、財産も全部渡せと。」

「長男からも、慰謝料請求されて。」

「母さんのせいで、人生終わったって、毎日。」

「住む場所も、お金も、何もなくなりそうです。」

「夫は、本気で離婚する気で、息子たちも、誰も味方してくれません。」みちこは、畳に額を擦りつけた。「全員が、私を責めるんです经开鶴子さん、お願いします。」

「あなたなら、元に戻せるはずです。」会社に連絡して、解雇を取り消してください。「そうすれば、夫も息子たちも、元に戻りますから。」

「無理ですね。」

「お願いします。」みちこの声は、泣き声じみていた。「私が、悪かったんです。」何でもします。「だから、助けてください。」

「助ける。」ばあちゃんは、静かに言った。「面白いことを言いますね。」こんなババアに、何ができるのやら。

「本当に、ごめんなさい。」みちこは、その場で泣き崩れた。「反省してます。」

「あなたが反省しているのは、ユミを傷つけたことではなく、自分が困ったからですよね。」

「違います。」みちこは首を振る。「本当に、反省して。」

「では、聞きますが。」ばあちゃんは言った。「あなた、今まで一度でも、ユミに謝りました? 」

みちこは黙った。

「それは、これから、追い詰められて初めて、これから謝る。」ばあちゃんは言った。「遅すぎなのよ。」

「あんたは、ユミの幸せを奪って、笑った。」その結果が、今だけ。「自業自得よ。」

「お願いします。」みちこは泣き叫んだ。「もう二度としません。」人生、やり直させてください。

「やり直し。」ばあちゃんは、冷たく言った。「ユミの結婚式は、やり直せないんだよ。」あの日のユミの涙は、心の傷は、一生消えない。

「あなたが今味わっているのは、あなたがユミにしたことの、ほんの一部。」これくらいで、甘えるんじゃないわよ。

ジブ。ユミは、一生に一度の結婚式を奪われたけど、あんたは仕事と家族を失っただけです。「まだ、軽いくらいだろ。」

「そんな。」みちこは、その場に崩れ落ちた。

「お願いします。」許してください。

「ババアなんて、社会じゃお荷物、嫌われたって構やしない。」ばあちゃんは、静かに言った。「いいかい、小娘。」失うものがない人は、強いんだよ。

「今回は、いいお勉強になったわね。」人生の。

一週間後、ユミからの、思いのほか軽やかな声の電話が、ばあちゃんの元に届いた。

「おばあちゃん、離婚届けを送ったよ。」ユミは言った。「あとは、弁護士さんに任せた。」

「慰謝料と、ハワイの費用を合わせると、かなりの金額になるから、貯金も全部なくなるわ。」

「それは、良かったわね。」

「それにしても、おばあちゃん、色々早すぎない? 」ユミは言った。「もう解雇になってたし。」

「実はね、信頼できる人に手伝ってもらってたの。」ばあちゃんは言った。「必要な書類は、全部揃ってたから。」

「え、いつから? 」

「式の日にね、あんたが泣いてるのを見て、すぐに動いたのよ。」

「おばあちゃん。」ユミは、しばらく黙ってから言った。「ババアを舐めた大将、思い知らせてやったわ。」

「そっか。」ユミは、何度か息を吸って、吐いて、それから言った。「知らないところで、おばあちゃんが動いてくれてたんだ。」おばあちゃん、ありがとう。

「まあ、ババアの義務だから。」

「義務。」

「孫に甘いのは、ババアの義務と定めさ。」ばあちゃんは笑った。「じゃあ、甘いついでに、私も一つだけ、お願いしても、いい?

「何を? 」

「おばあちゃん、お母さんに、『引退したババア』とか『成り上がり』とか、言われてたんでしょ? 」

「まあ、ちょっとね。」

「なんで、我慢してたの?

「ババアだから、サンドバックくらいになっても、平気だと思ってたのよ。」ばあちゃんは言った。「変な偏見を持たせるのも、良くないし。」あんたが幸せなら、それでいいかなって。

「平気じゃないでしょ。」ユミの声が、少しだけ温かい怒りを含んだ。「おばあちゃん、もう我慢しないで。」私、おばあちゃんが傷つくのは、嫌だから。

「サンドバックなんて、もう、そんなこと二度と言わないで。」

「ありがとう、ユミ。」

「それに、おばあちゃんが我慢してたこと、全然気づかなくて、ごめんなさい。」

「いいのよ。」ばあちゃんは言った。「あんたに、心配かけたくなかったから。」でも、バレちゃったわね。

「あんたは、これから新しい人生を歩むんだから。」こんなババアのこと、気に留めてちゃだめよ。

その後、ユミとの離婚が成立して数ヶ月、ケン太は職を失い、転職先も見つからず、家賃を滞納して、住む場所を失ったという。生活のために借金をし、取り立てに追われるも、頼れる人もおらず、極貧生活だったと。かつて母親に従順だった男は、今や誰からも見捨てられ、路頭に迷う日々を送っているそうだ。

そして、現けてみちこもまた、夫から離婚され、息子たちからは慰謝料を請求され、財産を全て失ったという。元々、身分の低い生まれだったためか、極貧生活に耐えきれず、心を病んだそうだ。プライドだけで生きてきた女の人生は、完全に崩壊し、今は精神病棟で入院しているのだとか。

まあ、クズの人生なんて、どうでもいいけれど。

ゆみは離婚を成立させ、今はばあちゃんの家に住んでいる。「おばあちゃんを放っておくと、危ないから」なんて言って、家のことを手伝い始めたのだけど、まだ介護には早いと言ってるのに、全く頑固なのか、聞きやしない。

ババアの家なんだから、好きに過ごせばいいものを。

一度言ったら聞かない性格は、誰に似たのやら。

こんな頑固なばあさんにならないよう、孫をしっかり見守るために、まだまだ長生きしたいものです。