ある日の夕方、保育園から「海人くんが頭を打って、念のため一泊入院が必要です」と電話が来た。夫は出張中で帰れない。介護が必要な義母を一人にするわけにもいかず、私は仕方なく義妹の雪に連絡した。「仕方ないわね。一日だけだからね」と面倒くさそうに引き受けた雪は、電話口でこう言った。「家の中にあるものは何でも勝手に使わせてもらうわよ」。それから数日後、銀行員の友人から「例の人、本当に現れたわ」と連絡が…

ある日の夕方、保育園から「海人くんが頭を打って、念のため一泊入院が必要です」と電話が来た。夫は出張中で帰れない。介護が必要な義母を一人にするわけにもいかず、私は仕方なく義妹の雪に連絡した。「仕方ないわね。一日だけだからね」と面倒くさそうに引き受けた雪は、電話口でこう言った。「家の中にあるものは何でも勝手に使わせてもらうわよ」。それから数日後、銀行員の友人から「例の人、本当に現れたわ」と連絡が...

私は直美、33歳。完全在宅の事務職をしている。会社員の夫・聡と、3歳の息子・海人との三人暮らしだ。聡とは大学のサークル仲間で、二年生の頃から付き合い始め、もう十年以上一緒にいる。妊娠を機に前の会社を辞め、海人が一歳になったタイミングで在宅の仕事に復帰した。

この働き方を選んだのには理由がある。義両親は結婚当初から本当によくしてくれた。近所に住んでいて、私も可愛がってもらっていた。ところが五年前に義父が亡くなり、それから義母は一人で暮らしていた。しかし体調を崩して介護が必要になり、二年前から同居することになった。だから私が家を空けるわけにはいかず、在宅でできる仕事を選んだ。これまで散々良くしてもらった義母のために、できる限りのことはしたいと思って、私から申し出たことだ。同居を始めてからも義母とはうまくいっていて、私は恵まれていると毎日感じながら暮らしていた。

私には貯金という趣味がある。もともとお金を使うのが好きなわけでも、美容やファッションに湯水のように使うタイプでもない。ただ自然とお金が溜まりやすい体質だった。やがて貯まっていく数字が増えるのが楽しくなり、これが趣味になった。この貯金は、いつか家族みんなで旅行に行ったり、海人の将来のために使ったり、何か困ったことがあった時のためにと思って貯めていた。もちろん義母に何かあった時にも使うつもりだ。とはいえ、これは私一人の趣味だから、義母にも聡にも特に伝えていない。知られたら「一緒にやろう」とか「負担だ」とか思われそうで、それが嫌だった。あくまで私の趣味なのだ。大人になってからも趣味ができたおかげで、生活は充実していた。

しかし、人間関係にも生活環境にも満足している私にも、一つだけ悩みがあった。義妹の雪だ。私より四つ年下の雪は二十九歳で独身。もともと実家で暮らしていたが、義母が私たちと同居し始めたタイミングで、二年前から一人暮らしをしている。ところが雪はフリーターなのだ。一応バイトはしているらしいが、長く続かず、ちょこちょこ仕事を変えていた。それなのに彼女はブランド物を身につけ、いつも綺麗に着飾っている。彼女はお金がなくて実家を出たがらなかった。実家を出るときも、家賃は義母が負担すると言ってやっと出て行った。今も家賃は義母からもらって生活している。

そんな雪のことは、もともと苦手だった。彼女は、見た目にあまり気を使わない私を馬鹿にするような態度を取ってくることがあったからだ。雪のように高価なものを身につけ、美容に金を注ぎ込むタイプではない私。それでも定期的に服は買い替えるし、美容品や化粧道具も、値段や質を含めて自分に合うものを使っているつもりだ。だが雪は言う。「女としてそれではいかがなものか。いつまでも若々しく綺麗でいるべきだ。そもそも自分よりおばさんなんだから、もっともっと努力が必要」だと。こんな理由から、私はできるだけ雪と関わらないようにしていた。

ところが、雪が一人暮らしを始めた家は、私たちの家から歩いて数分の場所だった。そして雪はしょっちゅううちに来ては、勝手に寛いで帰るようになった。彼女曰く、自分の家は古くて居心地が悪いので、兄の家で休んでいるだけだそうだ。忙しい時にはそれだけでも苛つくのに、彼女の行動はそれ以上だった。義母の介護を手伝うことはもちろんなく、ソファーに寝転がっているだけ。その上、冷蔵庫のお菓子を勝手に食べたり、しまいには海人の飲み物まで勝手に飲んでしまう。そして自分が満足したら帰って行くのだ。義母もなんとなく気づいてはいるようだったが、基本は部屋の中で過ごしているため深くは知らない。聡に相談しようかとも考えたが、わざわざ伝えて心配をかけるのも嫌で、何も言えなかった。

そんなある日、海人が保育園で怪我をしてしまった。大した怪我ではなかったが、少し高いところから落ちて頭を打ったそうで、念のため一日子院することになった。しかし私が家を空ければ、介護が必要な義母が一人になってしまう。まず聡に相談しようと思ったが、運の悪いことに聡は二泊三日の出張中で、帰って来られるはずもなかった。どうしたものかと悩んでいた時、私が思い浮かべたのは雪の存在だった。そこで私は仕方なく雪に連絡をしてみた。するとすぐに返事が来た。

「仕方ないわね。一日だけだからね」

自分の母親のことなのに、なんて冷たいんだろうと思いながらも、事情を詳しく説明するためにすぐに電話をかけた。面倒くさそうに対応した雪は言った。

「家の中にあるものは何でも勝手に使わせてもらうわよ」

「お願いします。何かあったら連絡ください」

そう伝えて電話を切った。それから義母にも雪が来ることを伝え、私は海人の元へ急いだ。しばらくして海人が眠ったので、必要な荷物を取りに一度家に戻った。リビングに入ると雪の姿はなかった。義母の世話をしているのかと思い、部屋を覗きに行ったが、そこには義母しかいなかった。どこに行ったのだろうと不思議に思っていると、寝室の扉が開いた。そこから出てきた雪は、私の顔を見るなり慌てた様子を見せた。

「うわ、どうしたのよ。今日は帰らないって言ってなかった?」

明らかに様子がおかしくて挙動不審な雪に違和感を覚えた。こんなところで何をしていたのかと尋ねると、雪は目を逸らしながら言い訳をした。

「ちょっと部屋を間違えちゃったのよ。ここは寝室だったわね。ごめんなさい」

ごまかすように言い放つ雪を、私はさらに不審に思った。とはいえ確証があるわけではない。突然の依頼を引き受けてくれたことに改めてお礼を伝え、荷物を取って家を後にした。私が家を出ていくまでの間、雪はずっとポケットに手を当てて、そわそわしているように見えた。でも気のせいかもしれない。何も問いたださず、私は海人の元へ戻った。

次の日、無事検査が終わり、海人と共に帰宅した。雪にお礼を告げると、いつもは家でだらだらとしているのに、その日はそそくさと帰っていった。

それから数日後、銀行員の友人から衝撃的な連絡が来た。

「例の人、本当に現れたわ」

電話に出ると、友人からの第一声がそれだった。話を詳しく聞くと、驚くべき内容だった。さすがに私一人で対応しきれるものではないと思い、私は聡にも事の次第を伝えた。そしてすぐに義妹を呼び出した。

「突然呼び出すなんて何よ」

雪はいつもの余裕のある態度ではなく、少し焦った様子で現れた。義母にもリビングに来てもらい、みんなの前で話を始めた。

「銀行員をしている友人から連絡があって、私の通帳から勝手にお金を引き出した人がいたみたい。銀行として警察に連絡する前に、本人確認で私に連絡をくれた」

そう説明し、友人から伝えられた話をみんなにも伝えた。私にそんな大きな預金があったことに驚かせてしまっただろうと思い、貯金をしていた理由も話した。それを聞いた義母と聡は、犯人に対して怒りを露わにした。

「立派な犯罪じゃないか」

「その通りだ。すぐに警察に突き出すべきだ」

二人が口々に声を上げた。しかしそんな二人の様子を見た雪は慌て始めた。

「警察なんてさすがにやりすぎじゃないかしら」

なんとか平然を装おうとする雪に、義母と聡は怒りをぶつけた。もし泥棒だとしたら、他の被害者を出す前に対処すべきだし、犯罪者を野放しにするわけにはいかないと反対した。それに被せるように、私は通帳は家の中で保管していて外に持ち出すことはほとんどないため、家の中で盗まれた可能性が高いことを伝えた。そして私の意見としても、警察に伝えるべきだと思っていることも合わせて告げた。

すると雪は顔を青くして俯き始めた。しかし私以外の二人はそんな様子に気づくこともなく、また泥棒が来ても怖いから今すぐ警察を呼ぶべきだと話し始める。その言葉を聞いた雪は慌てて立ち上がり、大声で反論した。

「待って。でもお金は結局取られてないわけだよね。それなら別にいいんじゃないかな」

雪のそんな意見に誰も賛同せず、指紋の採取でもしてもらってはっきりさせた方がいいと、意見を変えなかった。話がまとまり始めていることに焦りを加速させる雪は、再び大声を上げた。

「お金が盗まれてないならいいじゃない!なんで警察なのよ!」

そんな雪の態度にはさすがの二人も不審に思ったようで、そこまで反対する理由は何かと尋ねた。雪は言い募る。

「どうしてって、お金が盗まれていないなら別にいいと思うから」

雪の意見を聞いても納得できない様子の二人。しかし私は冷静に尋ねた。

「お金が盗まれてなかったこと、どうして知っているの?」

自分の失言に気づいた雪は必死にごまかし始めた。今更何を言っても遅い。私は「お金を引き出した人がいる」と皆に相談を持ちかけた。それなのに雪は、「盗まれていないならいい」と言い続けた。結局、お金がどうなったのかという話は、私は今の段階では誰にも伝えていないはずだ。私の説明を聞いた雪は、もう言い逃れできないと思ったのか、下を向いて黙ってしまった。そんな雪を見て、義母と聡も口を閉ざした。

ボロを出してしまった雪に対して、一体どういうことなのかと義母と聡が問い詰め始めた。それでも雪は「私は何も知らない」と言い張って逃れようとしていた。もちろん、そんなことで言い逃れできる段階ではなかった。義母と聡の厳しい口調と視線に耐えきれなくなった雪は、反省するどころか開き直った。

「何よ、ちょっと借りようと思っただけじゃない。盗んだなんて人聞きの悪い言い方しないで」

まさかの発言に呆れてしまったが、ここで引き下がるわけにもいかない。私は淡々と問い詰めた。

「三千万円もの大金を、勝手に借りようと思ったの?」

ここまで金額は伏せていたのだが、金額を口にしたことで義母と聡は驚愕した。

「金額の問題ではないにしても、そんな大金を盗もうとしたの?」

義母が雪に向かってさらに怒鳴った。するとなす術を失った雪は、とんでもない発言を始めた。

「だって私は最初に聞いたわ。何でも勝手に使わせてもらうって」

そう、堂々と言い放った。確かにあの日、「家の中にあるものは何でも勝手に使わせてもらうわよ」と言われた。しかしそれには常識というものがあるはずだ。彼女にはそれが通用しなかったということだ。雪の言い分では、私から何でも使っていいと承諾を得たのだから、自分は悪いことをしていないというのだ。その言葉には、全員が言葉を失って呆然としてしまった。

そんな常識の範疇を逸脱した理論は一度置いて、そんな大金を盗もうとした動機について尋ねると、雪は開き直って語り出した。

「お金を自己投資に使わないなんて論外よ。ただ貯めておくなんてありえない。隠しておくくらいなら、まずは自分を磨くべきでしょ」

さらに、使いもせず隠し持っているくらいなら、誰かが使った方がいいのだと言う。

「だから私が代わりに使ってあげようと思って」

反省の色は全くなく、自分が正論だと疑わない態度。ここまで理解に苦しむ対応をされると、人間は怒りよりも呆れの方が勝つものだと知らされた。おかげで逆に冷静になれた私は、怒鳴ることもなく冷たい視線を雪に向け続けた。すると雪はさらに続けた。

「あなたみたいなダサいおばさんが使うより、若くて可愛い私に使われた方が、お金としても本望よ」

もう何を言っているのかわからなくて、返す言葉も見当たらず呆然としてしまう。しかしそんな私の横で、聡と義母は怒りに震えていた。

「でも、できなかったでしょ」

私がそう問いかけると、雪は食いついた。

「あそこの銀行員は使えないのよ。警備員まで呼び出して大げさな対応をしてきて」

興奮気味に文句を言い始める雪に対して、私は冷静に答えた。

「あらかじめ通帳の印鑑を変更して、銀行員の友人に相談しておいたんです」

そんな私の言葉を聞いた雪はさらに興奮して、私に詰め寄ってきた。なぜこんなタイミングで印鑑を変更したのか、銀行員に相談した理由は何かと迫ってきた。なので私は、元々雪を疑っていたことを正直に伝えた。あの日の不審な行動が気になり、帰宅後に通帳を確認すると、なくなっていることに気づいた。そして翌日の営業開始と共に銀行へ急ぎ、雪が来店する可能性があることを伝え、もし訪れた際には連絡をもらうようにお願いしたのだ。すると私の予想通り、雪は銀行に行ったというわけだった。

雪は私の通帳と印鑑、そして身分証として私の保険証まで偽造していたそうだ。その上で私になりすまし、貯金を下ろそうとした。だが、あらかじめ私が相談していたため、友人は拒否したのだ。どうして自分の貯金を下ろせないのかと雪は騒ぎ立てたそうだが、「届出の印鑑が違う」と説明された。それでも雪は「そんなはずない」と騒ぎ続けた。大きな騒ぎになっていたため、警備員まで立ち合うことになったそうだ。

私の説明を全て聞き終えた雪は、逆切れし始めた。

「あなたのせいだったのね。私が公衆の面前で恥をかいたことへの慰謝料を請求するわ」

考えもしないことを言い出したので、言い返す言葉も見当たらなかった。すると私の代わりに声を上げたのは聡だった。

「お前、いい加減にしろよ」

すると、ここまで何も言わなかった義母も一緒に声を上げた。

「あなたみたいな人はもう家族として認められないわ。縁を切らせてもらいます」

義母から絶縁まで言い渡されてしまった雪は、さらに私に逆上した。

「お母さんにまでこんなこと言わせて。被害者は私よ。おかしいわ」

ここまで来てもなお、理解不能なことを言い続ける雪に、私はただ冷たい視線を送り続けた。

「警察に突き出さないだけ、感謝してもらいたいくらいよ」

私は冷たい声で、最後にそう伝えた。もう諦めるしかないと思ったのか、雪は許してくれとすがるように泣き出した。しかしもう遅い。私たちは雪を追い出し、義母は「今後のことは後ほど連絡する」とだけ告げた。

後日、義母は雪に「家賃はもう払わない。これからは自分の力で生きていきなさい」と連絡した。それに対して雪は「家賃だけはどうにかしてくれ」と泣きついたそうだ。理由は雪の金遣いの荒さだった。元々定職についていないのに浪費だけは激しかった雪には、借金も多くあったのだ。

そんな話を聞いても、今回ばかりは許すことはできないと雪を突き放した。家賃を払ってもらえなくなったことで、今まで住んでいたところに住み続けることが難しくなった雪は、私たちの家にも訪ねてきた。しかし対応する気は一切ない。これ以上人の家の前で騒ぐなら警察に連絡すると伝えると、雪は渋々去っていった。

それから雪はなんとか自分で払えるボロいアパートに引っ越したそうだ。とはいえ私たちも今後雪との関わりを断つため、彼女には伝えることなく引っ越した。そのため、その後雪がどのような生活を送っているのかは知らない。

一方、私たちはこの貯金も足しにして、念願のマイホームを購入した。自分の趣味で貯めてきたお金のおかげで、家族三人と義母を合わせた四人で、平和に幸せに暮らしている。これからも家族のために、趣味の貯金は続けていこうと思っている。

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