「俺、優の成人式には行かないから。」
妻の恵理が、皿を洗う手を止めて振り返った。信じられないものを見るような目だった。
「は? 何言ってるの? 娘の成人式よ。行かないってどういうこと?」
「だから、パスだって言ってるんだよ。晴れ姿を見るのはお前一人で十分だろ。俺はみつの式に行くって決めたから。」
「冗談でしょ。今、冗談言ってるんだよね?」
「本気だよ。妹に頼まれてるんだ。断れないだろ。」
優香は、もうすぐ二十歳になる。家族写真もこれが最後になるかもしれないから、ちゃんと記念に撮りたいと、恵理は言った。
「楽しみにしてたんだよ、あの子は。あなたに全部見てもらうつもりで、ずっと楽しみにしてたんだ。」
「俺は聞いてないけどな。でも、写真ならみつの方が絶対いいだろ。みつはダンサーだし、スタイルもいいし、成人式映えするんだよ。優香は地味だから、写真も別にって感じだし。」
「ひどい。娘のことをそんな風に言う? あなた、本当に父親なの?」
「事実だろうが。娘に嘘ついてどうすんだよ。みつはその分、努力してるんだ。メイクもダイエットも。優香は……まあ、お前に似て地味だよな。」
恵理は、キッチンのシンクに手をついた。声が震えていた。
「あなた、本当にそう思ってるの?」
「思ってるから言ってるんだよ。妹の式の方が楽しみなんだ。みつも俺が行くのを喜んでる。優香はお前がいれば満足だろ。あの子の気持ちはどうでもいいのかよ?」
「うるさいな。もう決めたんだ。みつの式に行く。妹に約束したし、今更変えられない。」
「少しでも……こっちに来る気はないの?」
「無理だ。朝から晩まで付き合わないといけないし、優香の式なんて行ってる時間はないって。みつにはもう父親がいないんだから、俺が行ってやらないと可哀想だろ。本当の父代わりは俺しかいないんだよ。」
「あなたは何を言ってるの? 娘のために、一生に一度の日よ。写真を撮って、後で送ってくれればそれで十分だろ? 大げさすぎるんだよ。」
「あの子はあなたに似てないし、俺にもあまり懐いてない。みつの方が俺に懐いてるし、可愛がりがいがあるっていうか。俺だって優香が嫌いなわけじゃないけど、向こうから遠ざかったら、仕方ないじゃないか。」
「懐いてないのは、あなたの行動のせいでしょ。……そういえば、あなた、前もこういうことあったわよね。優香の入学式のとき、みつちゃんが熱を出したからってそっちを優先して遅刻したじゃない。」
「あの時は仕方なかっただろ。みつが頼ってきてて、他に出せる人がいなかったんだ。それに、遅刻はしたけど行っただろ。今回は最初から行かないだけだ。何回も同じ話をしてくるなよ。」
「理解してる?」
「ああ、理解してるよ。」
「娘より、妹の義理を優先することを?」
「そういう言い方すんなよ。高が成人式だろ。そんなに騒ぐことか?」
「高いのじゃないわ。低いのよ、あなたの中で。一生に一度の、娘の大切な日よ。それすら、あなたの中で妹に負けてるのよ。俺が見られなくても、別に問題ないって?」
「信じられない。本気で言ってるの?」
「ああ、本気だ。」
翌日、恵理は義妹の恵里に電話をした。
「恵里さん。大輔が、みつちゃんの成人式に行くって言ってますけど。優香の成人式と、同じ日なんです。ご存知でしたか?」
「ああ、知ってましたよ。お兄ちゃんが来てくれるって言ってくれたので、みつき、すごく楽しみにしてるんです。お姉さんも、わかってくださいますよね?」
「わかる……? 優香のことは、考えないんですか?」
「ゆ香ちゃんには、お姉さんがいるじゃないですか。みつには、お父さんがいないんです。離婚したのは数年前で、みつもまだ不安定でした。だからせめて、成人式くらいはお兄ちゃんに来てほしいんです。それがダメですか?」
「でも、大輔は優香の父親なんですよ。」
「だから何ですか? お姉さん一人いれば十分でしょ。みつは本当に誰もいないんです。お兄ちゃんだけが頼りなんです。それに、みつきはお兄ちゃんのことを、『パパ』って呼んでるんですよ。」
「パパ……?」
「そうですよ。小さい頃からずっと、お兄ちゃんが本当のパパみたいに可愛がってくれてたから。まあ、パパは冗談ですけど。それくらい、みつも懐いてるってことです。お兄ちゃんも、みつのことは実の娘みたいに思ってるって言ってましたし。ゆ香ちゃんより可愛いって。」
「何それ。私は聞いてないんだけど。」
「あら、言ってませんでしたか。お兄ちゃん、いつも、みつの方が素直で可愛いって褒めてくれるんです。ゆ香ちゃんは反抗期なのか、最近冷たいらしいですね。そんなこと、大輔が言ってたの?」
「はい。ゆ香ちゃんとは会話も減ってつまらないけど、みつとは楽しく話せるって、喜んでましたよ。だから、成人式もみつの方を選んだんでしょうね。」
「離婚して大変なのはわかるけど、だからって、うちの家庭のことを考えないのはどうかと思います。大体、父親がいなくて大変だからという理由なら、あなたのせいで優香は成人式に父親がいない状態になるんですよ。」
「こっちだって大変になるの、わかってます? 私だって好きで頼ってるわけじゃないし。お姉さんには、私の気持ちなんてわかりませんよ。」
「分かりたくもないんだけど。」
「ひどい。お姉さんは恵まれてますもんね。一人で子供を育てるのがどれだけ大変か、知らないからそんなこと言えるんですよ。それに、この際だから言っておきますけど、もっと家族のこと考えてくださいよ。お兄ちゃんも、私たちのために来てくれるって言ってるんです。本人の意思を尊重した方がいいですよ。」
「家族? 私たちも家族ですけど。」
「お兄ちゃんの本当の家族は、私とみつきなんですから。ゆ香ちゃんは、お姉さんの連れ子でしょ。」
「は? 優香は大輔の実の娘よ。」
「知ってますけど。血が繋がってても、心が繋がってなきゃ意味ないですよね。それに、ゆ香ちゃん、お兄ちゃんに全然似てないですしね。本当に実の子なのかなって、みんな不思議がってますよ。」
「なんて失礼な。」
その頃、家では大輔がスマホを見ながら言い出した。
「おい、恵理。エリに難癖つけるなよ。妹が困ってるんだから、助けて当然だろ。」
「難癖? 私は事実を言っただけよ。娘の成人式と同じ日だって。」
「だから何だよ。お前が行けば十分だろ。いちいち絡むなよ、めんどくせえ。つーか、お前、エリの状況わかってんのか? 離婚して、養育費ももらえてないんだぞ。元旦那がギャンブルで借金を作って、逃げたんだよ。」
「それは知ってるけど……」
「知ってるなら、もっと理解しろよ。妹は夜も昼も働いて、みつきを育ててんだぞ。それでやっと生活できてるレベルなんだよ。お前には、それがわかってねえだろ。みつだって、母子家庭でいじめられたりして、やっと成人式を迎えるんだ。せめて晴れの日くらい、父親役がいないと可哀想だろうが。」
「でも、優香だって……」
「ゆ香は両親揃ってるじゃん。恵まれてる方が我慢するのが当然だろ。」
「そんな言い方、ないでしょ。」
「事実だろ。エリは本当に苦労してんだよ。みつの学費も出せなくて、泣いてたんだぞ。だから俺が援助してやったんだ。兄として当然のことだろ。」
「援助? いくら出してるの?」
「月五万と、あと臨時でな。成人式の費用もちょっと出したし。」
「ちょっとって、いくら?」
「半額だよ。三十万くらいかな。」
「三十万? どこがちょっとよ、それ。」
「他にも金かかるし、負担を考えれば、ちょっとだろう。」
その夜、恵理は静かに言った。
「あなたは普段、ゆ香にも優しくて、いい夫でいい父親だったわ。でもね、恵里さんが関わると、毎回こうなる。数年に一度、同じことの繰り返し。その度に、次は気をつけるって謝って、もう二度と約束を破らないと誓ったし。その時に、これが最終通告だって、私は態度で示したわよね。あなたも応じてくれたのに。……これ、いい加減にして。」
「はあ。何、急に昔の話してんの?」
「そうね。優香も成人する。だから、私も我慢する理由がなくなったわ。それなら、今後あなたと私は、完全に他人として接するわ。」
「何それ? 意味わかんねえよ。めんどくせえな。そのうち機嫌直せよ。」
「本気よ。娘の成人式は一生に一度。それすら妹に優先するなら、もうあなたは変わらない。これが最後の一戦だったわ。」
五日後、恵理は通帳を開いたまま、大輔に問いかけた。
「あなた、前に成人式の費用を出したって言ったわよね。いくら出したの?」
「え? 半額だよ。三十万くらいかな。」
「そう。でも、通帳を見たら六十万、引き落とされてますけど。」
「え、六十万? いや、なんでお前が驚いてるんだよ。恵里に確認してみたら?」
その頃、大輔は妹に電話をかけていた。
「なあ、エリ。成人式の費用なんだけど、全額俺が払ってないか? 六十万も引き落とされてたんだけど。」
「うん、そうだよ。お兄ちゃんが、出してくれるって言ったじゃん。」
「半額って言っただろ。」
「だって私、お金がなくて。家族なんだから当然でしょ。お兄ちゃん、ケチになったね。」
「ケチって、それとこれとは話が違うだろう。銀行で振り込み手続きをする時、俺は三十万って言ったのに。」
「けど、手続きは私にさせてくれたじゃん。お兄ちゃん、スマホ持って『はいはい』って言って、サインだけ押してたし。あの時、私が金額を書いたんだよ。間違ってないじゃん。」
「任せろって言ったのは手続きのことだ。金額は半額って、ちゃんと言っただろう。」
「でもお兄ちゃん、確認しなかったじゃん。私が書いた金額、そのまま通してたし。それにみつきも楽しみにしてるし、今更減らせないよ。お兄ちゃんが任せろって言ってくれたから、安心してたのに。……まさか、お兄ちゃん、みつの成人式をケチるつもり? ひどい。困ったら頼れって言ったくせに。」
成人式当日。
「今、会場に着いたよ。あの女、朝から不機嫌でさ、早く家を出たんだ。」
大輔は電話でそう言ったが、恵里の返事は意外なものだった。
「お兄ちゃん。実は……みつのパパが来てくれることになったの。」
「は? 元旦那が、数年前に離婚したんだよな?」
「うん。でも、娘の成人式だからって来てくれて、みつがすごく喜んでるの。だからお兄ちゃん、悪いんだけど、今日は大丈夫だから。」
「は? 大丈夫って、どういうことだよ。」
「だから、もう帰ってってこと。ごめんね。でもみつき、実のパパと一緒がいいみたいで。わざわざ来てくれたのに、ありがとう。」
「ちょっと待て。俺は何のために……」
「だからもう大丈夫だって言ってるじゃん。帰って、邪魔しないでよ。」
「なんだよそれ。せっかく来たのに。」
「でもみつき、実のパパと一緒がいいって言ってるの。お兄ちゃん、しつこいよ。」
「しつこいって、俺が六十万も出したんだぞ。」
「だからありがとうって言ったじゃん。もういいでしょ。」
「いいわけないだろ。せっかく優香の成人式をパスしてきたのに。」
「お兄ちゃん、だからもう用はないって。勝手に来たんでしょ。私たちは頼んでないよ。それに、もしかしたらよりを戻せるかもしれないの。父親はいた方がいいでしょ。だから邪魔しないで。」
一時間後。
「今から行く。まだ間に合うよな?」
大輔が妻に電話をかけると、恵理は冷たい声で返した。
「どの面下げて来るわけ?」
「いや、実は……みつの成人式、元旦那が来て、俺、追い出されたんだよ。」
「で? だから、優香の成人式に間に合ったから、来ようってわけ? 元旦那が来たから邪魔だって追い出されたんでしょ。追い出されなかったら、式には来なかった。そんなやつ、必要ないんだけど。」
「それにしても、笑えるわね。六十万も出したのに、用済みだから帰れって言われたんでしょ。」
「なんで知ってんだよ。」
「恵里さんから、謝罪のLINEが来たわよ。『お兄ちゃんには悪いけど、みつが実のパパがいいって言うから仕方なかった。だから返品します。そっち行くと思いますよ』ってね。」
「くそ……」
「で、今更優香の式に来るの? 妹に捨てられたから、娘でもいいやってこと?」
「そういうわけじゃ……」
「ゆ香からの伝言よ。LINEで直接話すのも嫌なんだって。『パパ来ないで。ママが一生懸命準備してくれたのに、パパは私よりみちゃんを優先したじゃん。そんな人、もう必要ない』だってさ。娘もあなたを拒否してるわよ。それに、会場の受付で事情は話してあるから、入れないわよ。」
「受付で止められるってことか?」
「そうよ。みつちゃんの式で恥をかいて、今度はうちでも恥をかきたいの? 帰って。あなたは邪魔なの。」
翌日。
「大輔、大事な話があるわ。今日、離婚届を提出してきた。これであなたは完全に他人よ。」
「は? 離婚届? 勝手に何してんだよ。ていうかなんだよそれ。俺、書いた記憶ないぞ。」
「あなたのサイン、ちゃんとあるわよ。ほら。」
大輔が紙を受け取り、自分の字を見て言葉を失った。
「本当だ……俺の字だ。いつ書いたか、思い出せない。……あ、もしかして、これ、前に約束した時に書いたやつか?」
「ええ、そうよ。以前、大喧嘩した時、もう二度と妹を優先しないって約束したわよね。その証として、離婚届にサインしたのよ。」
「でも、それは約束の証として書いただけだろう。本気じゃない。」
「約束を破ったなら、その証も本気で使う。そういう約束で書いたはずよ。だから偽造でも何でもないの。実際、ちゃんと受理されたしね。」
「ふざけんな。取り消せ。」
「無理よ。だって受理されちゃったんだから。取り消したいなら、調停をしないとね。けど、あなた、自分が有責だってわかってる? 私に無断で恵里さんに支援してたでしょ。あなたの個人口座の通帳も、私が管理してたの、忘れたの?」
「そういえば、通帳、渡してたっけ……」
「あなたはカードとアプリで確認するタイプだものね。まあ、私も頻繁には調べなかったけど。昨日、久しぶりに調べたわ。そして、過去にあなたが恵里さんに援助した金額を、全部計算したの。」
「そこまで……」
「お金のことは、ちゃんとしないとね。婚姻期間中の不当な支出として、財産分与で請求するから。」
「そんな、いくらになるんだよ。」
「ざっと五百万円ほどかしら。弁護士を通じて正式に請求するから、覚悟して。」
「五百万? そんな金、ねえよ。」
「それはあなたの問題でしょ。私には関係ないわ。こんなことして、恥ずかしくないのか。」
「それに、今更離婚って、急に何言ってるんだよ。」
「急に? あなた、私がどれだけ我慢してきたか、知らないの?」
「我慢? 何を?」
「優香の入学式の時、恵里さんの娘が熱を出したからって、あなたは遅刻した話はしたわよね。あの時、優香がどんな状況だったか、あなたは聞きもしなかった。だから知らないんでしょ? ゆ香は、ずっと『パパまだ』って、周りを見渡してたのよ。お父さんがいる家庭は、みんな揃って写真を撮ってた。まだ小学生でも、自分が後回しにされてるってわかるのよ。それに、まだあるわよね。ゆ香の誕生日会に、恵里さんから急に呼ばれて、途中でいなくなったわ。あの時も、ゆ香は泣いてたわ。」
「それは、その時は仕方なかっただろう。」
「仕方ない? 毎回そう言って、『次は気をつける』って。でも結局、治らなかった。何度も何度も、私たちの期待と信頼を裏切ったの。……百回くらい、離婚しようと考えたわ。」
「そんなに考えてたのか。」
「でも、もう一度だけ信じようと思ったの。離婚届にサインまでして、あの子にも謝っていたから、変われると信じたかった。優香も、あなたを信じたの。でも、今回、娘の一生に一度の成人式すら、妹に優先した。もう、あなたは変わらない。」
「だって、妹が困ってたんだよ。」
「困ってた? 恵里さんに成人式で追い出されたあなたが、一番困ってたんじゃないの? あなたは妹のために尽くすいい兄だった。でも妹は、あなたを利用してただけ。気づかなかったの? もう、二度と家族にしないで。私たちは、本当に他人になるんだから。」
二週間後。
「お兄ちゃん、助けて。また離婚しそうなの。」
「は? せっかくよりを戻したんじゃないのかよ。」
「元夫が、ギャンブルをまた始めちゃって。『もうしない。俺には家族が必要だ』って言ってくれたから、よりを戻して再婚したのに。お祝い金も使われちゃった。」
「それは自業自得だろ。」
「ひどい。いつまでも俺に頼るなよ。成人式で俺を追い出したのも、お前らだろ。俺、まだ怒ってんだからな。」
「それはごめん。反省してる。」
「本当か?」
「本当。お兄ちゃんがやっぱり正しかったって、わかってくれたならいいよ。お兄ちゃん、ありがとう。やっぱりお兄ちゃんは優しいね。……でさ、少しお金貸してくれない? 十万でいいから。」
「なんだよそれ。結局、俺は金づるかよ。」
「違うよ。そういう意味じゃなくて、家族なんだし、助け合いは必要でしょ。」
「俺、お前の家族じゃなかったよな。みつの成人式で、よくわかったよ。実のパパがいればいいんだろう。お前のせいで、こっちは離婚までなったんだぞ。金もなくなったし、成人式の騒動は会社にもバレて、笑い物だ。」
「え、お兄ちゃん、そんなことになってるの?」
「そうだよ。五百万も払って、さらに慰謝料もあって、今まで貯めてた貯金も全部なくなった。俺の人生、終わりだよ。お前のせいだ。」
「そんな、お兄ちゃんひどい。お兄ちゃんの意地悪、冷たい。私のせいじゃないもん。お兄ちゃんのせいじゃん。」
二ヶ月後。
「お姉さん、助けてください。元夫がギャンブルでまた借金を作って。もう生活も苦しいんです。娘も、『こんな毒親いらない』って出て行っちゃって。」
「そういえば、あなたの元旦那さんは、ギャンブル癖がありましたよね。何度もそれで私にお金を貸してくれって連絡してきて、困っていました。でも、あなたは父親がいなくて苦労していたようなので、せっかくよりを戻せるようにしてあげたのに、結局また離婚するんですね。」
「どういうこと? よりを戻せたの、あんたのせい?」
「離婚した後も、お金を貸してくれって連絡してきたので、言っておきましたよ。『あなたがいなくて、みつさん困ってる』って。よりを戻すと決めたのは、あなたでしょう。私は関係ないので、もういいですか?」
「待ってください。お姉さん、冷たいです。同じ女性として、助けてくださいよ。」
「恵里さん、あなたは私の娘の成人式を台無しにしましたよね。自業自得って言葉、知ってますか? お金を借りるという選択をしたのも、ギャンブル癖のある男とよりを戻したのも、全部あなたが選んだこと。どうしてその尻拭いを私にさせようとするんですか? 理解不能なんですけど。……それはそうと、お金を借りに来たついでに申し訳ないですけど、大輔から受け取った六十万円、返してもらえますか? 財産分与の一部として、請求しますので。」
「お金を取るの? 今、困ってるのに?」
「それも私の知ったことではありません。弁護士から連絡が行きますので、用意しておいてください。父親がいなくて大変だって言い訳は無駄ですよ。こっちももうシングルなんで。大変なのは、お互い様ですから。」
その後、恵里さんは元夫のギャンブル借金で完全に破綻した。さらに恵理からの請求も来て、首が回らなくなり、今は早朝から働き、夜はキャバクラで働いて、お金を返す日々だという。それだけ働いても手元にお金は残らず、ガリガリに痩せて、見窄らしい生活をしていると聞く。
みつきも家を出たそうだが、親から家事などの基本的な生きる力を学んでいなかったようで、家事をしながら学費を貯めるのも一苦労。かなりのストレスがかかり、ダンスも上手くいかず、周りからの評価もかなり下がったと聞く。
大輔は、恵理からの慰謝料請求を免れるため、調停に持ち込んだが敗訴した。結果的に弁護士費用なども重なり、余計にお金を失い、出世もできないまま、貯金ゼロ。給料も慰謝料の支払いに消えていった。
一方、恵理は娘と静かに暮らしていた。数年後、娘も一人立ちし、親として嬉しくも寂しい気持ちを抱いていたが、すぐにいいご縁をいただき、再婚した。娘の結婚式で、本当の意味であの子を送り出せた。親族席は埋まらなかったが、後悔はなかった。
親元を離れていても、娘の幸せを考えている。それが親の幸せというものだから。
