五年の子育てに追われる日々。五人の子供たちに囲まれて、私は確かに幸せだった。末っ子はまだ零歳で、上の子は十二歳。毎日が戦場のようなものだったけれど、それでも私はこの賑やかな毎日が好きだった。夫の昭太とは小学校からの付き合いで、高校生の頃に恋人になってからずっと一緒にいる。義母とも本当の親子のように仲良くしてもらっていて、義母は女手一つで夫を育て上げながら自分の会社まで立ち上げたというスーパーウーマンだ。そんな義母と一緒にセールに出かけたり、子供たちの話題で笑い合ったりする日々は、何の不自由もないはずだった。
けれど、私には誰にも言えないことがあった。夫の浮気だ。二人目の子供が生まれた頃、夫は何人もの女性と同時に関係を持っていた。残業や出張が増えて家に帰ってこない日が続き、不審に思って問い詰めると、あっさりと白状したのだ。あの時は出産直後で疲れ切っていて、これ以上責める気力もなかった。二人の子供を一人で育てていく自信もなかったから、夫が泣きながら謝る姿を見て、信じることにした。「これからは変わるから」という言葉を信じて、私は我慢を選んだ。両親に心配をかけるまでもないと、夫の提案でこのことは伏せておくことにした。義母たちが孫と楽しそうに触れ合う姿を見ていると、余計なことを言わなくて正解だったと思えた。
あの一件以来、夫は見本のような良い夫になった。半年間は本当に優しかった。けれど、それは長くは続かなかった。ある日を境に、夫は私に夫婦の義務を求めるようになったのだ。育児に疲れている私が断ると、夫は激怒した。
「毎日家にいて子供と遊んでるだけのくせに、何偉そうにしてるんだ」
そんな言葉が、かつて私に優しくしてくれた男の口から出るなんて信じられなかった。しかし私は子供たちを守るため、また我慢することにした。夫に逆らうのが怖かった。
そして五人目の子供を授かった頃、また夫の帰宅が遅くなり始めた。今度は何をしているのかと思うくらいの時間に帰ってくることもあって、時には新聞配達のお兄さんの方が先に我が家のポストに新聞を入れていることさえあった。
悪いことは考えないようにした。またあの匂いがしたらどうしようという不安を押し殺しながら、毎日自分に言い聞かせていた。
「シャンプーの匂いなんてしない。ちゃんと家でシャワーを浴びているじゃないか」
そんなある日、義母と買い物に行く約束をしていて、出かける準備で忙しかった。時間に遅れまいと焦っていると、スマホに見知らぬ番号から電話がかかってきた。忙しかったし、勧誘か間違い電話だろうと思って無視していたけれど、何度も何度もしつこくかかってくる。着信履歴がその番号で埋まりそうなほどだったので、私は一言文句を言ってやろうと電話に出た。
「あ、やっと出た。田中翔太さんの奥様ですよね」
挨拶もなしに、馴れ馴れしい口調で女性の声が話し始めた。聞いたことのない声に、私は誰だろうと思いながら「そうですけど、どちら様ですか?」と答えた。
「私、松本ミキって言います」
そう名乗った女性は、自分のことを夫の彼女だと名乗り、どこで夫と出会って、どんな付き合いをしているのかを一方的に話し始めた。そして最後に「一刻も早く夫と別れてください」と言い添えると、「今夜も昭太さん、借りちゃいますね」と言って、一方的に電話を切ったのだ。
あまりにも突然の出来事で、私は頭が追いつかなかった。何も言い返せず、ただ真っ黒になったスマホを握りしめて立ち尽くすことしかできなかった。一回大きく息を吸って吐き出すと、ようやく冷静になれた。夫がまた私を裏切ったのだと理解できた。
「そんなはずはない」
信じたかった。信じようとした。けれど、溢れる涙は止まらなかった。私は涙がこぼれないように上を向いて我慢しようとしたけれど、無理だった。
気がつくと、二歳になった四番目の子供が私の足に手を回していた。何かを察したのか、心配そうにぴったりとくっついてくる。私は腰を落として、泣きながらその子を強く抱きしめた。
どれくらいそうしていただろう。ふと気がつくと、義母との約束の時間になっていた。到着を告げるインターフォンの音が鳴り響いて、私は泣き腫らした目のまま義母を出迎えた。
驚いた義母は、私の顔を見るなり部屋に上がってきて、買い物の予定だったことはそっちのけで「一体何があったの」と聞いてくれた。もう限界だった。義母の顔を見た瞬間、私の張り詰めていたものが緩んでしまった。私はワンワンと声を上げて泣きながら、今までのすべてを打ち明けた。
義母は真剣な表情で最後まで私の話を聞いてくれた。そして「覚悟はできてるってことでいいのよね」と確認してくれた。その夜、子供たちは全員私の実家で面倒を見てもらうことにして、私は夫と話し合うことにした。
浮気相手が言っていた通り、夫は午前様で帰宅するとすぐにシャワーを浴びに浴室へ直行した。私はその後ろから夫を呼び止めた。
「聞きたいことがあるから、ちょっといい?」
夫はまだ起きていたのかと驚いていたけれど、「朝から重要な会議があるんだ。早く寝たいんだけど」と、しれっとした顔で言った。
「夫の彼女だっていう女性から電話がかかってきたんだけど」
そう言うと、夫はにやにやと笑いながら「あいつ、人のスマホ覗いたな。してやられたな」と言って笑った。悪びれる様子もない。スマホを覗かれても笑っていられるなんて、よほど親しい間柄なのだろう。
「ちょっとは真剣になりなさいよ。突然旦那の彼女から電話もらって『別れてください』って言われて、どんな気持ちになるか考えてみて」
私は怒鳴った。けれど、夫には何も届いていないようだった。「そこまで女に好かれるなんて、俺も隅に置けないだろう」と得意げな顔でモテ自慢まで始めたのだ。
もう我慢の限界だった。「あなたは以前も浮気して、『二度としません』って誓ったでしょ。それなのにまたこんなことするなんて、冗談じゃない」と、私は離婚を突きつけた。
すると夫は「そんな強がっていいのか」と言った。
「ああ、上等だ。慰謝料も養育費も絶対に払わねえからな。子供五人はお前が全員連れて行けよ。お前が勝手に産んだんだろうが」
そう言って大笑いした。その時だった。隣の部屋のドアがバーンと勢いよく開いた。中から鬼のような形相をした義母が現れたのだ。夫は顔を真っ青にして、目を見開いていた。
実はあの後、義母はずっと私のそばにいてくれたのだ。私がどれだけ辛くて悔しい思いをしているのかを理解してくれて、義母自らが夫に仕返しをしてやると言ってくれたのだった。そして夫が帰ってきたら、自分がいる前では夫が本音を話さないだろうからと、真夜中だというのに隣の部屋でじっと待っていてくれたのだ。
「このバカ息子が!」
義母の怒りはすさまじかった。怒涛の勢いで夫に詰め寄ると、私が夫を怒鳴った時の何倍もの音量で怒鳴りつけた。
「父親にそっくりなクズ男に育てた覚えはない!」
義母は涙ながらに、夫の父親が女を作って逃げたことを話し始めた。そして夫の胸ぐらを掴むと、ソファーから引きずり下ろして床に押さえつけた。
「今まで私がどれだけの辛さや悲しさに耐えて、女手一つで不便な思いはさせまいと会社を立ち上げて、必死に働いてあんたを育て上げたのか。その姿をいちばん近くで見てきておいて、それでもなお父親と全く同じことをするなんて、どれだけ苦労して育てても何の意味もなかったんだよ!」
義母は慟哭しながら叫んでいた。夫は何も言い返せず、小さくなって震えているようだった。
「義母が泣きながらそんな真実を語り、怒り狂う姿に、夫は心に響くものがあったのだろう。義母に『私に謝罪しろ』と言われた夫は、素直に土下座をして「心を入れ替えるから許してくれ」と懇願してきた。
けれど、私は以前と同じセリフを聞いていた。前回も同じことを言って裏切ったくせに。そんな言葉を信じられるわけがない。私は夫への未練なんてこれっぽっちも残っていなかった。あるのは大嫌いという気持ちと、憎しみだけだった。
「残念だけど、もう遅いのよ。離婚しましょ」
私は冷たく離婚の二文字を突きつけた。そして「もちろん、五人の子供は私が連れていくから、安心していいわよ」と付け加えた。
夫は「そんなこと言わずに、もう一度やり直すチャンスをくれ」と何度も床に頭を打ちつけて懇願したけれど、私は心を鬼にして彼の涙を無視した。
「今更何を言っているんだろう。ここでもう下手に出れば、私が折れると思っているのだろうか。例え復縁したとしても、何度も私を裏切ってきた人間を信頼できるはずがない。信頼できない人間と、この先一生疑いながら過ごしていくなんてごめんだ」
私は夫に言ってやった。「復縁? そんなの、永遠にお断りよ。自分で撒いてきた種なのだから、自分で刈り取りなさい」と鼻で笑って、電話を切った。
その後、私は晴れて夫との離婚を成立させた。義母が味方になってくれたおかげで、もめることなく進めることができた。夫は会社を首になり、義母の知り合いの建築会社で働くことになったらしい。義母の話によると、夫は今までのキャリアが通用しない現場仕事で、年の近い上司に怒鳴られながらこき使われているそうだ。
浮気相手だった松本ミキも、親に連れられて謝罪に来た。相場より多めの慰謝料を置いて帰っていったのは、他言無用ということなのだろう。
私は義母に対して、本当の親子のような付き合いを続けている。義母は子供たちの好きなものを持って、よく遊びに来てくれる。私の友達も、そんな義母ととても仲良くしてくれている。
私は今、五人の子供たちの母として、幸せな毎日を送っている。
