母が社長の会社だから、私たちは無料で入れるんでしょ。四十年前に捨てたはずの実の娘が、夫の経営する介護施設の面会室で、まるで当然のようにそう言った。私の目の前で、母は美しい着物姿のまま、きれいな笑顔を浮かべている。隣では父が、ふかふかの応接椅子に深く腰を下ろし、室内を見回していた。
「できれば一番広い部屋がいいな。眺めが良さそうだ。ああ、食事も他の老人と同じようなものじゃ困るよ。身内なんだから、そのくらい融通してくれるだろう。」
私は二人の向かいのソファに深く腰を下ろし、祖母の形見の指輪をそっとなぞった。心臓が痛いほどに音を立てていたけれど、やっと口を開いた。
「今日は、私からお話ししたいことがあって、お呼びしました。」
すると、母がわたしの手を取ろうと手を伸ばしてきた。「ゆうか、私たち、ずっとあなたに会いたかったのよ」、そう言いながら。
私はそっと手を引いて、静かに首を振った。
「違いますよね。会いたかったわけじゃない。無料で介護してくれる人を探していたんでしょう。お二人に、その資格はありません」
母の顔から、張り付けたような笑顔が一瞬で消え去った。父の眉がぴくりと動く。私は、震える指を机の上で組んで、それでも声を絞り出すようにして続けた。
「私は、もうあなたたちの娘ではありません。あなたたちが私から、その資格を奪い去ったんです」
それは、私の中でずっとくすぶっていた決意を形にした言葉だった。
「どういうことだ。親に向かって、その言い草はないだろう」、父の低い声が響く。だけど私は、もう何も怖くなかった。「あなたは、高校へ行かせるなと言った。私が十五歳の時です。覚えていますよね」
私は、遠い過去の記憶を、ゆっくりと言葉に変えていった。
私は成田裕香。五十二歳。この二人は、私が十五歳の時、高校へ行かずに働いて、兄の大学費用を稼ぎなさいと言った人たち。実の親だ。
私には二歳上の兄がいる。兄は幼い頃から容姿も成績も良くて、明るく人付き合いも上手。両親にとって、何よりも自慢の息子だった。
一方の私は、人見知りで、よく太っていると揶揄われるような子どもだった。兄には新しい服や靴が与えられる。私が着るのは兄のお下がりで、サイズの合わない靴で転んでも、母は助けてくれなかった。
「また転んだの? 本当にドジでぽっちゃりな娘ね」
だけど、それでも私は、両親に愛されたかった。
洗濯物を丁寧に畳めば褒めてもらえるかもしれない。美味しい夕食を作れば、家族の一員として見てもらえるかもしれない。そう思って、言われたことを懸命にやった。兄だけは、そんな私を気遣ってくれて、自分のおやつを半分くれたり、母に内緒で宿題を教えてくれたりした。
「ゆかだけに家事をさせるのはおかしいよ」
そう言ってくれたこともあった。でも父は「お前は勉強だけしていればいい」と兄を部屋へ戻し、私に「お前はお皿を洗いなさい」と命じた。私が中学生になっても、両親の態度は変わらなかった。
三者面談の日。教室で他の生徒が親と並んで座る中、私の隣の席だけがぽつんと空いていた。母は専業主婦なのに、「あなたのために学校まで歩くほど暇じゃないの」と言った。
中学三年生になり、私は初めて、将来の希望を紙に書いて先生に提出した。思い切って志望校を記入欄には、地元の進学校の名前を殴り書きした。担任も「頑張れば目指せる」と言ってくれた。
なのに、その紙を見た父は鼻で笑った。
「高校? 行く必要はない。春から働け」
あまりのことに、言葉が出なかった。物差しで叩かれたような衝撃だった。机の上には、自分が書いた志望校の名前。それが、ただの絵空事になった瞬間だった。
「お兄ちゃんは大学へ行くのよ。二人分の学費なんて払えないでしょう。家族なんだから、少しぐらい協力しなさい」
「少しくらい」ではない。両親は、兄の未来を守るために、私の未来を最初から奪うつもりだった。私が十五歳の時、両親は私に、高校進学は諦めて働けと告げた。理由は、兄の大学費用を稼ぐためだった。
その時、兄が激しく反対してくれた。「俺の学費のために、ゆかを働かせるなら、大学へは行かない」と。それでも両親は、「これは親が決めたことだ」と、兄の言葉を聞き入れなかった。私には、何の権利も与えられていなかった。
その年の大晦日。両親は兄だけを連れて、母の実家へ年始の挨拶へ行った。「お前は受験もしないんだから、家で留守番をしていなさい」と言って、私を置き去りにした。私は一人でリビングに座り、除夜の鐘が鳴り響くテレビの音を眺めていた。新しい年を迎えても、私の未来は何も変わらない。ただ、家族から切り離された事実だけが、鐘の音と共に積もっていった。涙が止まらなかった。
その翌朝、何度もインターフォンが鳴った。玄関を開けると、そこには母の弟である叔父と、その妻が立っていた。母方の叔父家族だ。おばは私の顔を見るなり、強く抱きしめてくれた。
「ゆかちゃん、一緒にこの家を出ましょう」
叔父が、私の目を見つめた。
「君を高校へ行かせず、働かせるつもりだと聞いた。そんなことは絶対に認められない」
叔父夫婦には子どもがいなかった。でも二人は、ずっと私に優しかった。服を買ってくれたり、本を買ってくれたり、学校のことを気にかけてくれたりした。おばは涙を拭いながら言った。
「私たちでよければ……ゆかちゃんの親になりたいの。本当の子どものように、大切にしたい」
私は、その場に立ち尽くした。これまで両親から「あなたが必要」と言われたことなんて、一度もなかった。生まれて初めて「娘になってほしい」と求められた。嬉しくて、何かが込み上げてきて、ただ黙って、その場に座り込んでしまった。
その後、彼らの家で生活しながら高校に通うため、私は叔父夫婦の養子として出直すことになった。おばは、初めての買い物に連れて行ってくれた。
「さあ、好きな服を選んでいいんだよ」
でも、私はどうやって服を選べばいいのか分からなかった。今までは兄のお下がりを着るのが当然だったから。お店の中に一歩踏み入れてはみたものの、何を見たらいいのかも分からない。きょろきょろしている私に、おばは急かすこともなく、ゆっくり一緒に店内を歩いてくれた。
高校の合格発表の日。叔父は、私が合格を知る前に、先に泣き出した。「よく頑張ったな」。その一言で、十五年間の苦しみが、少しずつ溶けていく気がした。
叔父夫婦は、私を大学まで進学させてくれた。卒業後、私は地域で介護施設や訪問介護を運営する小さな会社に就職した。そこで出会ったのが、今の夫、裕也だ。夫は会社の創業者の息子だったけれど、決して良いところのお坊ちゃま然とした人ではなく、現場の職員と同じ制服を着て利用者の話に耳を傾け、人手が足りなければ自分の車で送迎もした。地道な人だと思った。
結婚後、私は会社を退職した。今は専業主婦だが、夫の仕事が忙しい時は書類を手伝い、地域の介護相談会にも顔を出している。数年前、夫は父から会社を引き継いで社長になった。会社の規模は、地域に根付いた中小企業のまま。夫は今も、「会社は利用者と職員のためにある」と言い続けている。
私が育ての親である叔母夫婦を、日常的に支えるようになったのは、二人が七十代に入ってからだ。通院の日に車を出したり、重いものの買い出しを手伝ったり、時々一緒に温泉へ旅行に行ったりする。二人は決まって言う。
「ゆかには家庭があるんだから、私たちのことは気にしなくていいんだよ」
でも、私は答える。
「私がやりたいからやっているの。二人の顔を見に来るのが、私の楽しみなんだから」
すると、叔父は照れ笑いをしながら、また言う。「本当に腰の重い親孝行の上手い娘だ」と。叔母は涙ぐみながら「ゆか、ありがとう」と、いつまでも私の手を握っている。
血は繋がっていなくても、この人たちが私の親なんだ。毎日のようにそう思える。感謝してもしきれない。
そんなある日、夫の会社が地域向けの介護相談会を開くことになった。地元の広報紙に、夫のインタビュー記事が載った。そこには、夫が写真入りで介護の相談を呼びかける内容が掲載され、私が高齢の両親を支えながら家族の介護相談にも応じているという、夫の言葉も少しだけ紹介されていた。夫は私のことを「妻は、年老いた両親を支えながら、同じように家族の介護に悩む人たちの相談にものっています」と紹介していた。すると、その記事を、私の実の両親の知人が見つけ出して、二人に知らせたそうだ。
数日後、突然、母から手紙が届いた。そこには、こう書かれていた。
「ずっとあなたに謝りたかった。親子としてやり直したい」
私は迷った。この手紙は、昔からずっと欲しかった言葉の形だった。顔も見たくないと思ったけれど、あの人たちも年を取って、本当に後悔しているのかもしれない。そう思ってしまったのだ。そして、一度だけ会って話をしようと決めた。
実の両親は、私と夫の自宅へやって来た。母は、まず私たちのリビングに足を踏み入れるなり、涙を浮かべて言った。
「優香、苦労をかけて、ごめんなさい」
父も、これまで一度もしたことがないような、恐縮した面持ちで頭を下げた。
「昔は、私たちも余裕がなかったんだ。許してくれ」
そして、10分も経たないうちに、母が本題を切り出した。
「あの……優香。あなたの旦那様、介護施設をいくつか運営しているそうね。私たちも、そろそろ施設を考えている時期でね。身内だから、もちろん良い部屋を紹介してもらえるでしょ? それに、利用料の方も、何とかなるんじゃないかしら……。私たち、お金は兄(息子)に全部使ってしまったから、本当に困っているのよ」
私は、ソファの背もたれの布を強く握りしめた。そう。この人たちは、何も変わっていない。ちゃんと、私に何を求めているか分かっている。私は、深く息を吸い込んでから、ゆっくりと言った。
「だから、今日は会うのをやめました。私、あなたたちのことは、もう『親』だと思っていませんから」
「何を言うんだ!」
父の怒声が、リビングに響いた。
「身元を保証しただろうが! これまで何人の人間が、我々の世話になったと思っているんだ!」
私は、落ち着いた声で答えた。
「私のことを、あなたの利益のためにしか考えなかった。娘としてではなく、『介護要員』として育てなかったですか? 面倒を見るのは、血の繋がった人じゃなくてもいいのです」
「じゃあ、お前の夫は、この我々を追い出すのか!」
母はヒステリックに声を上げ、テーブルに手を突いた。私はゆっくりと立ち上がり、二人を見下ろした。
「私は、何も期待していません。あなたたちは、私から『家族』という資格を捨てたのです。そうでしょ? 私は、15歳であなたたちの子でいることをやめました。会って話をしてやっただけでも、感謝してください」
「ふ、ふざけるな! 親のどこが悪い! お前に命を与えたのはこの私だぞ!」
そうでしょうね。でも、私を生んだのは自分の都合です。私は、ずっと言いたかったことを、やっと言えた。
「父さんがくれたものは、命だけ。私は、あなたたちに命を使い潰されるために生まれてきたんじゃない」
そして私は、立ち上がって玄関へ歩み寄り、ドアを開けた。
「お帰りください。さようなら。もう二度と、私を訪ねてこないでくださいね」
二人は何か言いたげだったけれど、私は二人が何を言おうと、もう心は動かない。顔を真っ赤にして、怒りの言葉を探している母と、何かを言いかけてはいるが上手く言葉を出せずにいる父。私はそれに背を向けた。
「太っ腹の社長って言ってもね。私たちが払われるお金は、あなたたちを介護してくれる人のもの。そこを履き違えないでください」
玄関のドアが静かに閉じられた。私はその場に立ち尽くし、しばらくため息をついた。
後ろから、夫が静かに近づいてきて、私の肩に手を置いた。
「きつかっただろう。それで……いいのか?」
私が振り返ると、夫は優しい目で微笑んでいた。
「うん。これで、やっと私は自由になれた」
これまで、私は両親に虐げられ、それでも恨みもせずに、叔父夫婦に育てられた。だけど、ずっと心の奥にわだかまりがあった。この家は、私のものなんだ。この家に、冷たい思い出はもういらない。
しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。嫌な予感がして玄関を開けると、そこには母だけが立っていた。何度も呼び鈴を押し続けたのか、その顔は泣きはらして腫れぼったかった。
「ゆうか……、どうしても、あなたに伝えたいことがあるの」
わたしは、ドアを少し開けただけの状態で、黙って母を見た。
「お願い、中に入れてくれない? 三分でいいから……」
その姿に、私は何か、昔の母とは違うものを感じ取った。夫が隣に来て、黙って私の肩に手を置いた。私は短く「分かった」と言って、母を一応リビングへ通した。
母は、居心地が悪そうに手をこすり合わせながら、うつむいてしまった。さっきまであれだけ図々しく話していた人とは思えないほど、小さな老婦人になっていた。
「……優香。お前が言ったことは、全部その通りだ。お前に、高校も行かせずに、酷いことをした。兄の学費を理由にして、なんて身勝手なことを……。それは、今も本当に後悔している。断れなかった自分が情けない。でも、それは父さんも同じだが、一番悪かったのは、何も言い返せずに、お前を犠牲にした私なんだ」
私は何も言わなかった。母は、涙で濡れた目をこすりながら、ポツリとつぶやいた。
「……今、家が、静かすぎるんだ。あの家に帰っても、お前の兄はもういない。自分がやったことの報いと、わかってる……。だから、せめて、こうして会った時だけは、思い出したように親子でいさせてほしい。もし、本当に許してもらえないなら……今日で、もう会うのはやめるから」
私は、もう一度、目の前の年老いた母と目を合わせた。この一人の哀れな老人を見捨てるのは、私の幼い頃のように、誰かが苦しんでいるのを見過ごすようで、胸が痛んだ。
「……話だけでも、聞きますよ。コーヒーでも、どうぞ。ただし、そのコーヒーを飲みながら、しっかり話したいのは、介護施設の部屋のことじゃない。私の、お父さんとお母さんは、今どこにいるのか、聞かせてほしい」
母は、張り詰めていた肩の力がふっと抜けたのか、安心したように崩れそうな笑みを浮かべ、力なくうなずいた。テーブルの上で立ち上るコーヒーの湯気が、窓から差し込む日差しの中を、ゆっくりと上昇していった。母は、昔話を少しずつ始めた。
「……お前を、初めて抱き上げた時、私は……正直、どうすればいいか分からなかった。あなたは、いつも一生懸命だった。洗濯物を綺麗に畳んで、おまえのご飯を一生懸命作って。それを、私は……。お兄ちゃんが、生まれた時、あの子は自分の幸せしか考えていなかった。2人を比べて、あの子ばかり見て……」
「それ以上は」
私は静かに言い、コップに水を注いだ。
「いいえ、話してください。全部聞きます。聞いた上で、私は未来を考えたいから」
最初は立ち上っていた湯気。それが止むと、母は小さな声で礼を言った。何年も経って、ようやく私たちは、会話を始めることができた。一緒に住むことはないけれど、月に一度、こうして会って、ちゃんと話をすることはできるかもしれない。その日の帰り際、母は何度も振り返りながら、小さく手を振って言った。
「ありがとう……優香」
私も、ただ一度、頷いて見送った。夫が、そっと私の手を握ってくれた。叔父夫婦の顔が浮かぶ。今日、私は、この家を自分の居場所と決めたのだ。あの日、自分を1人にしなかった家族が、本当の家族だと信じて。
それから迎えた週末。いつものように叔父夫婦を訪ねると、忙しいと言っているのに、いつものように夕飯をごちそうになることになった。
「今日は、二人の好きな炊き込みご飯を作るね」
叔父が照れくさそうに笑う。
「無理をしなくていいんだぞ」
「私が作りたいの。お父さんとお母さんのために作りたいの」
そう言って私は、冷蔵庫から人参と油揚げを取り出した。何十年も前、この人の家に連れて来てもらえたあの日、生まれて初めて「あなたがいなくては」と言ってもらえた。その日々が、今の私を作っている。
家族とは、血の繋がりだけで決まるものではない。苦しい時に手を差し伸べ、相手の人生を尊重し、幸せを心から願える人。私にとって、家族とは、そういう人たちのことなのだ。
