「母さんが他人がいると気を使うってさ。分かったら大人しく実家に帰れ。」…

「母さんが他人がいると気を使うってさ。分かったら大人しく実家に帰れ。」...

夫が新築の我が家で、こう言い放った。「母さんが他人がいると気を使うってさ。分かったら大人しく実家に帰れ。」

新居での生活を始めてまだ2ヶ月。私は夫・涼介に追い出されようとしていた。あまりに理不尽な要求に、私はもらったばかりの離婚届を握りしめ、ゆっくり頷いた。

「実家に行きます。もちろん、ただでは済まさないけれど。」

私、前川し織、31歳。涼介とは高校時代の同級生で、彼が地元に戻ってきたのをきっかけに付き合い始め、結婚して4年になる。息子もいて、今は専業主婦だ。

私の実家と涼介の実家は車で20分ほどの距離で、私たちはその中間にアパートを借りて生活していた。私の両親は自営業で、息子が生まれてからもよく顔を見に来てくれて、イベントごとには欠かさずプレゼントをくれた。逆に、義母とはあまり付き合いがなかった。義両親は私たちの結婚前に離婚していて、義母は一人暮らし。涼介は月に1回程度、一人で義母の様子を見に行っていた。お盆と正月くらいしか会わない義母に、息子は全く懐かなかった。

そんな中、私たちの人生で指折りの大きなイベントがあった。マイホームの購入だ。涼介が突然「家を買おうか」と言い出した時は驚いたが、嬉しくて二つ返事で同意した。ちょうどその頃、弟が家を建てたばかりで、その素敵な一軒家を見て私も羨ましく思っていたところだったのだ。

マイホーム計画はトントン拍子に進み、専業主婦だった私は積極的に土地探しやハウスメーカー選定を進めた。涼介は間取りの打ち合わせの時だけは乗り気で「自分の書斎を広く取りたい」と張り切っていたが、他のことには全く意見を出さなかった。壁紙やカーテンレールに至るまで「好きにしていいよ」の一言で、細かいことは全て丸投げされた。それでも、悩み抜いて完成した家を見た時の感動はひとしおで、出来栄えにも満足していた。引っ越し後も快適で、この家を買って本当に良かったと思った。

ただ、一つだけ問題があった。予想外の義母の行動だ。

引っ越しの当日、義母は今までに見せたことがないほどの笑顔で手伝いにやってきて、それ以降も驚くほど頻繁に我が家を訪れるようになった。来るたびにリビングでお茶を飲んでいるだけで、何をするわけでもない。そして「引っ越し祝いだ」と言っては、使い古した鍋や自分の趣味のカーテンを置いていった。私が断っても、半ば押し付けに近い状態で、最近は義母の訪問自体にうんざりしていた。

涼介に相談しても「母さんの優しさを無にするな」と怒られ、それ以降、私は無視されるようになった。付き合っていた時から含めても、こんな大きな喧嘩をしたことがなかったので、どうしていいか分からなかった。困り果てて義母に相談してみたこともあったが、内容をぼかして伝えたせいか、有益な回答は得られなかった。

1ヶ月ほどして涼介から話しかけてくるようになったが、義母からのプレゼントを拒否したことは絶対に許されないことだったようで、私への当たりは相変わらず強かった。小さな子供がいる家の中で、このままではいけない。私はなんとか義母と距離を置きつつ、涼介とうまくやる方法を考え始めた。

そんなある日、いつもより遅い時間に帰宅した涼介が「話がある」と切り出した。ちょうど私も話したいことがあったので、息子を寝かしつけてから話し合いの席についた。

「母さんがここで暮らすことになったから。」

何の前置きもなく、思いもよらない言葉が飛び出した。同居なんて考えたこともなかった私は、思わず聞き返した。すると涼介は嫌そうな顔をして、義母が来週には我が家に来ることを告げた。

「どうして何の相談もなく、そんな大切なことを決めてきたの?」

怒りが湧いて、つい口調が強くなる。私が文句を言い終わる前に、涼介が被せるように怒鳴った。

「うるさい。俺の家に俺の親が住んで何が悪いんだ。」

何度か同じようなやり取りを続けたが、涼介は聞く耳を持たない。私は、とにかくこの場を収めるためには同居に承諾しなくてはと考えた。しかし、私が返事を返そうとした瞬間、涼介はさらにとんでもないことを言い出した。

「その間、お前は実家で暮らすんだからな。」

呆然とする私を見て、涼介は意地の悪い笑みを浮かべた。

「母さんが他人がいると気を使うってさ。分かったら大人しく実家に帰れ。」

あまりにぶっ飛んだ発言で私の理解は追いつかない。すると涼介は「離婚されたくなければ、大黒柱である自分の決定に口出しするな」と高圧的な態度で離婚届を突き出した。その勝ち誇ったドヤ顔を見た瞬間、私の我慢は限界を超えた。

私は離婚届を受け入れ、涼介は声をあげて笑った。「専業主婦の自分が、離婚されたら困るからこれで大人しくなる」とでも思ったのだろう。私は離婚届を握りしめ、その日から別居の準備を始めた。

翌日、ほとんど1日中かかって、私は無事に引っ越しを終えた。義母が来るのは来週なので、こんなに急ぐ必要はなかったが、もう涼介と一秒でも同じ家にいたくなかった。引っ越し先は私の実家で、事前に両親と少し相談していたこともあり、大きな問題はなかった。久しぶりに母の手料理に舌鼓を打ち、両親と息子と一緒に食べる穏やかな夕食は格別だった。

するとそこへ、雰囲気を台無しにするほどインターホンを連打して、涼介と義母がやってきた。息子を母に預けて私が対応すると、2人は怒りをあらわにしている。

「あなた、どういうつもり? 家の中のものはどうしたのよ。」

実は、家を出る時に、私は家具家電のほとんどを売り払い、その他のものもいくつか実家に持ち帰っていた。帰宅してガランとした家を見た涼介たちは、さぞ驚いたことだろう。涼介は私が無断で持ち出したことを「泥棒だ」と表現して騒ぎ立てる。

「私には何の選択肢も与えずに家を出て行けと言ったくせに、自分が無断で何かをされたらこんなに怒鳴り散らすなんて、全く自己中心的な性格だ。」

しかし、このまま騒がれても迷惑なので、私は理由を説明しようと口を開いた。その時、私の背後から父の低い声が飛んできた。

「筋違いな文句だな。」

父は私の横に並ぶと、テレビやソファーなど、いくつか家具や家電の名前を出して、涼介に「亡くなったのはそれらか」と確認した。あまりの騒がしさに出てきた父は、口調こそ丁寧だったが、その静かな力に気圧されたようで、涼介は小声で肯定した。それでも涼介が私を見て少しニヤついたのは、父が自分の味方についてくれるのではという期待があるからだろう。父は静かになった2人を見渡して、一つため息をついた。

「あれらはうちの娘のものだ。もしかして、家も家具も全部取り上げるつもりだったのか?」

涼介は父の厳しい視線にさらされて、当てが外れたとばかりに気まずそうな顔をする。父は構わず説明を続けた。先ほどあげた家具や家電は元々私が独身時代に使っていたもので、他にあの家から運び出したものも、私の両親が引っ越し祝いに贈ったものだった。

「私は娘や孫が快適に過ごせるようにプレゼントしたんだ。決して君やあの家のために買ってやったのではない。」

父に補足されて、やっと意味が分かったらしい。涼介は悔しそうに歯噛みして私を睨んだ。しかし、そんな顔をされる覚えもない私は、ニコリと笑みを返して、義母からもらったものは全て残してきたことを伝えた。大きくて使いにくい鍋や、どこかの土産だという謎の置き物は置いてきたし、目がチカチカするような柄のカーテンはリビングにつけてあると。

私は別居にあたって公平に持ち物を分配したつもりだが、涼介は「理不尽だ」だの「必要性が違う」だのと騒ぎ始め、我慢の限界だった義母が真っ赤な顔で怒鳴り声をあげた。

「嫁のものは、うちのものよ!」

義母は血走った目で「嫁に出した娘をこうも甘やかす親なんて」と文句を言い始める。私はそこで、ようやく2人がまだ勘違いしていることに気がついた。

「もう嫁じゃないですよ。なぜなら、私は昨日もらった離婚届を、今朝のうちにありがたく提出していたから。」

正式に手に入れた離婚届をきちんと提出しただけなので、文句の付けようがないはずだ。それを聞いた涼介は大げさなほど驚いて、途端に義母に掴みかかった。どうやら義母が「離婚届を出して脅せば、嫁なんてすぐに従順になる」と涼介に吹き込んでいたらしい。涼介はイライラした様子で頭をかき乱して、「何一つ思い通りになっていないじゃないか」と義母を攻めた。

「家なんて買うんじゃなかった。全部母さんのせいだぞ!」

なんと、家を建てるというのも義母の発案だったらしい。涼介が義母に詰め寄る様子を見ると、あの家は初めから義母と住むための家だったようだ。義母は自分の老後を涼介に任せるつもりで、涼介が順調に昇給しているのを聞いて、すぐにでも世話になりたいと考えた。アパートでは狭いので、家を建ててしまえば一石二鳥だと思ったらしい。しかし、同居が現実になれば、嫁の私とまだ手のかかる孫が邪魔だった。涼介も、私と義母の折り合いが良くないのは分かっていたので、私たちを追い出せば、会うたびに同居をせかす義母も静かになると考えたらしい。しかも都合よく考えるもので、義母が年を取って介護が必要になったら私を呼び戻すつもりで、家の内装などは好きにさせていたという。

私は2人の言い合いを聞いて、涼介が突然家を買おうと言った理由がやっと分かった。すでにゼロになっていた愛情が、さらにマイナスに下がったのを感じるだけだった。

義母は協力者だったはずの息子に言葉じり荒く責められて黙っておらず、2人の言い合いは実家の玄関でヒートアップしていく。これは長引きそうだと思ったところで、呆れた父が2人を外に追い出して鍵をかけた。「親子喧嘩なら、よそでやれ」という言葉は、まさにその通りだった。

来た時には私だったはずの2人の敵は、いつの間にかお互いになっていて、涼介と義母は大声で言い合いをしながら帰っていった。

その後、新築の家は資産価値が高かったこともあり、私は財産分与として共有の貯金を全てもらうことができた。それでも足りなかった分と養育費は分割になったが、やり取りは父を通すことになっているので、私が涼介に直接関わることはもうない。

涼介と義母は、予定通りあの家で暮らし始めたが、新たな問題が勃発した。実は義母は老眼だけではなく、壊滅的な料理下手だったのだ。涼介はそのことを知っていたし、義実家に行く頻度が少なかったのはそのせいでもある。私を実家に返した後も、「食事だけは作りに来させる」つもりだったのに予定が狂って、ストレスが溜まる一方だ。義母は「息子に養ってもらうのだから」と張り切って毎日大量の料理を作るが、料理の腕前は壊滅的。さらに、引っ越しに伴ってパートを辞めたようで、年金が出るまでは無収入でいるつもりらしい。当然、今までのように余裕のある暮らしができるわけではなく、じわじわと涼介は追い詰められている。

一方で、私は問題なくのびのびと暮らしている。あの日、涼介が「実家に帰れ」なんて言い出したせいで話す機会がなくなったが、私は当初の予定通りに在宅で仕事を始めた。今は実家近くのアパートを借りながらも、日中は実家に通って仕事をしている。なんとか母子2人で生活するには困らないだけの収入もできたし、両親がこれから年を取っていっても、今までより様子が見やすくて安心だ。今は幼い息子を守るために力を貸してもらうことも多いが、これからは少しずつ親を支えていこうと思っている。

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