神父の顔を見た瞬間、世界の音が消えた。まさか、そんなはずがない。隣を歩く新婦は、幸せそうに微笑んでいる。その顔は、二十年前に私を置いて消えた、あの人の顔だった。
私は田中、26歳。制作会社の経理として働いている。大学四年の時にダメ元で受けた会社に内定をもらい、今では後輩もできて、仕事は楽しくて仕方がない。昨年は同じ会社の営業で働く夫・匠と結婚した。入社一年目の時に経理の先輩の紹介で出会い、二年半の交際を経て結婚した。夫は優しくて気遣いのできる人で、私にはもったいないくらいの人。部署が違うのも大きいと思うが、夫婦仲は良好だ。夫の両親もとても良い人たちで、本当に夫と結婚して良かったと思っている。仕事もプライベートも充実していて、平凡だけど幸せな日々を送っていた。あの人物と再会するまでは。
私は幼い頃、地獄のような日々を送っていた。サラリーマンの父と専業主婦の母の間に生まれた。小学校に入るまでは普通の家庭で、それなりに幸せな生活を送っていた。しかし、私が小学生になってすぐの頃、学校から帰ると母の姿がなかった。家中探しても見つからず、机の上に置き手紙が置いてあった。「勝手を許してください。父さんを元気で」と。何がどういう意味なのか分からないまま、父が帰ってくるのを待った。帰ってきた父に手紙を見せると、父は下を打ち、焦った顔で家を飛び出していった。数十分後、疲れ果てた様子で帰ってきた父は、たった一言だけ言った。「母さんに貯金を全額持ち逃げされた」と。当時の私には貯金という言葉さえ知らず、母に逃げられたということしか分からなかった。詳しい話は高校生の時に父の姉であるおばから聞いた。母は父の貯金を全額奪って、浮気相手と一緒に駆け落ちしたのだった。父に浮気がバレ、今後の話し合いをする予定の日に逃げたのだ。父や母方の祖父母が捜索願を出したが見つからなかった。私は母に捨てられたようなものだった。
母が失踪してから、私の地獄が始まった。父と二人でボロアパートで生活することになった。最初は父も仕事をしていたので貧乏というほどではなかった。しかし、母の駆け落ちで心を壊してしまった父は、酒浸りの生活を送るようになり、一気に生活が困窮した。浴びるように酒を飲み、仕事にも無断欠勤をするようになった。その日食べるものにも困る生活なのに、父は一切酒をやめなかった。そして、口汚く私をののしってきた。「お前を見ると、母ちゃんを思い出して無性に腹が立つ」と軽蔑した目で言われた。殴られはしなかったけど、毎日言葉で傷つけられる日々。父が怖くて家にいるのが苦痛で仕方なかった。そんな私に救世主と呼べる存在がいた。父方の祖母はすでに亡くなり、父の家族は独身のおばだけ。おばは週に何度か私たちの様子を見に来てくれて、食事や身の周りのお世話をしてくれていた。あの時おばがいなかったら、今の私はいないかもしれない。
そんな酒に溺れた父との生活は長くは続かなかった。私が中学生の時、父は急性アルコール中毒でこの世を去った。たった一人の家族を失ったはずなのに、私は父から解放されることのほうが嬉しくて、悲しくなかった。しかし、中学生の私が一人で生活するのは不可能。どうすればいいのかと思っていると、おばが言ってくれた。「なあ、あんたは家に来なさい。兄さんの分も私がしっかり育てるから安心しな」。父が亡くなり、おばと生活するようになってからは、本当に生きている感じがした。中学と高校だけでなく、おばは大学の費用まで出してくれた。高校卒業後は働くと言ったが、「今のご時世、何があるか分からないから大学は出たほうがいい」とおばに後押しされた。会社を経営しているおばのおかげで、私は無事大学を卒業した。本当におばには感謝しているし、今後おばに何かあれば私が助けたいと思っている。おばとは未だに交流があり、時々夫と三人で食事をしたりもする。私にとっての母のような存在。小さい頃の辛い思い出など、綺麗さっぱり忘れているつもりだった。あの人に会うまでは。
ある日、仕事をしていると直属の上司・山中さんが話しかけてきた。山中さんはかなり仕事ができる男性で、見た目も爽やかで気遣いのできる優しい人。入社当初からすごくお世話になっている。「恥ずかしながら、この度結婚することになってね。よかったら中さんと結婚式に出席してもらえないかな」と、結婚式の招待状を手渡された。山中さんの結婚に少し驚いた。プライベートのこともよく話をするが、恋人がいることも知らなかったし、結婚の話はまったくなかったからだ。40代半ばで、このまま独身貴族を貫くのだろうと思っていた。結婚には正直驚いたが、それと同じくらい嬉しい気持ちになった。夫婦で参加させてもらうことを伝え、招待を受けた。帰宅後、夫に山中さんの結婚のことを伝えると、私同様驚いたが嬉しそうな表情を浮かべていた。「あんないい人が40代後半まで独身ってのが変な話だしね。山中さんには幸せになってもらいたいね」と。山中さんは会社でも仕事ができる上にいい人で有名だった。営業の夫も名前を知っているほど。私はそうだねと答えつつ、山中さんと結婚する女性もきっと素敵な人だろうなと思いながら、結婚式を心待ちにしていた。
そして月日が流れ、結婚式当日。私は夫と共に式場に参加した。山中さんの結婚式はこぢんまりとしたもので、親族や友人も少人数で、会社からもごくわずかだった。「奥さん、どんな人だろうな」「そうだな。山中さんより年上とか言ってたよな。姉さん女房か」と夫と話していると、チャペルへと移動した。ドアが開き、新郎新婦が入場してきた。私は新婦の顔を見て固まってしまった。こんなの、嘘だ。新郎新婦は幸せそうな顔で横切っていったが、私はそれどころではなかった。呆然とする私を不審に思った夫が「どうしたの?」と尋ねてきたので、私はある事実を話すことにした。「山中さんの花嫁さん、私のお母さんだと思う」と。「え、お母さんって、小さい時に行方不明になったって言ってた人?」と夫は驚いていた。私は深く頷いた。誓いの言葉を交わしている間も、私は気が気じゃなかった。その後、披露宴会場へ移動した後も戸惑いが隠せなかった。母が行方不明になり20年近くになるが、なんとなく母の面影が残っているように感じる。名前も母と同じ「リエ」なので、同一人物だとは思うが、万が一がある。私は意を決して、夫と共に新郎新婦がいる席へと向かうことにした。「山中さん、ご結婚おめでとうございます」。私が声をかけると、山中さんは嬉しそうな表情でお礼を言ってきた。しかし、隣の母は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにこの世の終わりのような表情になった。その顔を見た瞬間、母で間違いないと確信した。「まだ席は入れてないんだけどね。式後に入れる予定なんだ」と山中さんが言う。「そうなんですか。ところで山中さんと奥様の馴れ初めって?」と私が問いかけると、山中さんは嬉しそうな顔で馴れ初めを話そうとした。しかし、横の母が真っ青な顔で「ちょ、ちょっと待って」と静止してきた。よほど聞かれたくないのだろう。都合が悪いから阻止をしてきたのだと思うが、その行動が何とも癪に触った。私をあれだけ苦しめておいて、のうのうと幸せになろうとしている母に、私の苛立ちは最高潮に達した。ここで暴露してやろうとも考えたが、結婚式をぶち壊すわけにはいかない。拳を握りしめ耐えていると、司会者の進行の声がかかった。タイミングが良かったと思いつつ、私たち夫婦は席に戻ることにしたのだった。
結婚式後、私たち夫婦と山中さんと母は、式場の近くの小料理屋の個室で落ち合った。「奥さんも一緒にってことだったけど、どうかしたの?」と不思議そうな顔の山中さんと、真っ青な顔で俯く母。「二十年ぶりですかね。お母さんと呼ぶべきかな?」と私がそう言うと、山中さんは驚きの声をあげた。母は相変わらず俯いたままで、こちらに顔すら向けない。「山中さんには何も話していなかったんですか? 自分が犯した謝ちについて」。私は山中さんに私と母の関係について話すことにした。母と私は実の親子で、私が7歳の時に浮気相手と駆け落ちするため、父の貯金を全額奪い行方不明になったこと。そのせいで私や父がどれだけ大変な思いをしたのか。そして、10年前に一度だけ母方の祖父母の元に現れたが、祖父母の泣けなしのお金まで奪って逃げたこと。おばに聞いたのだが、母は10年前に一度だけ姿を表したことがあるそうだ。自分の実家に顔を出し、今までのことを謝罪したらしい。気を許した祖父母が家に招き入れると、二人の目を盗み、祖父母の預金通帳と印鑑を盗んで逃亡した。そのまま再び姿を消したらしい。母は父と祖父母からお金を盗んだことになる。祖父母はそのせいで、予定していた施設への入所を諦めることにした。本当にとんでもない人間だ。現在祖父母はおばの支援のおかげで老人ホームに入居し、幸せな生活を送っているが、おばがいなかったらどうなっていたか分からない。祖父母も自分の娘が情けないと言って嘆いていたと、おばが言っていた。
山中さんにそれらのことを伝えると、「嘘だよな。リエ子、何かの間違いだよな。だって子供は男の子で、学生のはずじゃ」と言った。山中さんが母に尋ねるも、母は口を開かない。「母からどんな話を聞かされていたか知りませんが、その人はとんでもない人ですよ。人間として終わってます」。私がそう言うと、山中さんは母から聞かされていた話について教えてくれた。山中さんと母は、友人期間を含めると約10年ほどの付き合いになるそうだ。母とは飲み屋で出会い、お互い常連だったこともあり、次第に友人関係に。6年ほど前から交際に発展し、お互いに40代になり今後のことを考え、結婚するに至ったとのこと。母は山中さんに自分の身の上話をしていたらしいのだが、とんでもない内容だった。最初の夫がDV気質で生活費もくれなかったため、夫から逃げるように家を出てきたこと。子供の親権も奪われ、毎月多額の養育費を支払っているのに会わせてもらえない。両親は小さい頃に亡くし、天涯孤独の身であることなど、嘘ばかりを語っていたらしい。養育費のせいでお金が足りず、生活するのがやっとで夜の店で働いているなどとも言っていたという。夜の店で働いていたのかは知らないが、養育費のせいでお金がないなどは真っ赤な嘘だ。よく次から次へと嘘が思いつくことに関心する。それと同時に、こんな人が自分の母なのが悲しくなる。「全部嘘ですよ。養育費なんて一度足りとも払ってないし。はあ、あるだけ奪っていく人ですよ」と私がそう言うと、今まで俯いていた母が顔をあげ、きっと私を睨みつけて言った。「今更何なのよ。私が誰と結婚しようが、あんたに関係ないでしょ。邪魔しないでよ」。私が結婚を邪魔されることに腹が立ったのか、母は山中さんがいるのも忘れて、ある事実を暴露し始めた。「あんたさえ邪魔に入らなければうまくいったのに。女に植えてる男と結婚して、今後の人生を自由で気ままに過ごそうと思ったのに台無し。どうしてくれんのよ」。どうやら母は山中さんが好きで結婚するわけではない。大手制作会社の役職持ちで年収もそこそこある山中さんは、母の思うままに操作できるとでも思っていたのだろう。母も50代間近で、老後のことなどを考え、山中さんと結婚するのが無難だとプロポーズを受けたのだろう。現在母は山中さんと同棲してもらっている状態らしい。この先の人生、山中さんに全部抱えてもらって生活するつもりなのが丸見えだ。人のお金に頼って生きる母を心から軽蔑すると同時に、こんな人と山中さんを結婚させるわけにはいかない。「悪いことは言いません。母と結婚するのはやめたほうがいいです。山中さんが不幸になるだけです。山中さんにはもっといい人がいるはずです」と私が言うと、母は何やら喚き散らし、私に掴みかかろうとしてきた。しかし、夫が私の盾になってくれたのと、山中さんが母を抑えてくれたため、手を出されることはなかった。「今日はありがとう。今後のことはリエ子と話し合うことにするよ。二人きりにしてもらえるかな」と山中さんが作り笑いを浮かべながら言ったので、私たち夫婦は店を後にすることにした。個室の中からは「ナナ、絶対許さないからな。責任を取りなさいよ」などと母の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。身から出た錆だと思う。私はざまあみろという思いで、夫と共に帰路についた。
その後、母のことについては山中さんから詳しい話を聞くことができた。結局、母と山中さんは入籍せずに別れることになったそうだ。母は最後の最後まで別れたくないと言ったらしいが、山中さんが母の嘘を許せなかったという。別れるなら慰謝料を払えなどと訳の分からないことを言ってきたみたいだが、結婚式の費用や、これまで足りないと言って渡していた養育費の返還を求めると、しぶしぶながら応じたらしい。当然家も追い出されることになり、住むところがなくなった母は、私を探し出し詰め寄ろうと目論んでいた。しかし、私を探す前に借金に身柄を拘束され、連れて行かれてしまったそうだ。山中さんに助けを求める電話がかかってきたらしいのだが、山中さんは無言で電話を切り、着信拒否に設定したとのこと。それ以降音沙汰がないので、おそらく借金元で口では言えないような仕事をしているのだろうと山中さんは言っていた。嘘つきな母にお似合いだと思う。
山中さんから聞いた話によると、母は養育費と偽って巻き上げていたお金を借金返済に使っていたらしい。何の借金なのかと思っていたのだが、どうやら当時の母の浮気相手はホストで、その人の影響でホストにドはまりしていた。浮気相手と破局後もホスト遊びがやめられず、どんどん借金が膨らんでいったらしい。結婚後は山中さんの貯金に手を出すつもりでいたのだろうが、結婚がなくなり当てがなくなってしまった。だから借金取りに連れて行かれたのだと思う、と山中さんは言っていた。あんな人と結婚しなくて本当に良かったと思うと同時に、母には痛い目に会って欲しいと思った。
しばらく恋愛はいらないかもしれないが、山中さんが言っていた。「年も近く独身同士で一度会っただけだが、すぐに母とは違う愛情を感じた」と。近々、二人で出かけるそうだ。山中さんにもおばにも幸せになってほしいと願いながら、今後の二人を応援していきたいと思う私だった。



