義母から今日も嫌がらせの電話がかかってきたのは、義父を病院へ連れて行く車の中だった。
私は車を運転していたため、スピーカーにして電話に出た。義母はまた酒を飲んでいるようで、ろれつも怪しい。
「ねえ、聞いてるの? 火事はできてる?」
「今はちょっとトラブルがあって、それどころじゃないんです」
そう答えると、義母の声は一瞬で凶暴になった。
「だったら今すぐやりなさいよ! あんたの予定なんてどうでもいいの! 私の言うことが聞けないわけ?」
私は隣に義父がいることを伝えようとした。しかし義父は手でそれを制し、首を横に振った。どうやら、義母がどんな態度を取るのか、最後まで見届けるつもりらしい。
私は仕方なく、義母の一方的な説教を聞き続けた。内容はいつもの通り。私が義母から息子を奪ったとか、言うことを素直に聞かないとか。耳にタコができるほど同じ言葉で罵倒され続けていた。
「嫁ならあんたは私の駒遣い同然なのよ。分かってるの?」
「……あまりそういう言い方はやめた方がいいですよ」
私がそう返すと、義母は私の反抗だと思ったのか、ますますヒートアップした。
「口を出すな! 使えないゴミ女はさっさと息子と離婚しろ!」
その言葉に、私は思わず何か言い返してやろうと思った。しかし、それより先に動いたのは隣にいた義父だった。
「おい、お前今なんて言った?」
義父の怒鳴り声が車内に響いた。私は目を見開く。普段、滅多に怒らない義父が、見たこともない形相で怒っていた。電話の向こうでは、義母が驚きのあまり息を飲む気配がする。
「な、なんであなたが……?」
「朝から耳鳴りがひどくて気分が悪いから、私に病院に連れて行ってもらってる途中だ」
義母は慌てて猫なで声になり、心配する言葉を並べ立てた。しかし義父はそれを一蹴し、静かに問いただした。
「“使えない嫁”って、どういう意味だ?」
義母は言い訳をしようとしたが、義父は一切取り合わない。沈黙が続いた後、義父は鋭い口調で言い放った。
「話があるから帰って来い。覚悟をしておけ」
そう言って義父は電話を切った。
病院での検査は無事に終わり、義父に大きな問題はなかった。私はホッと胸をなで下ろし、義父を連れて義実家へ戻った。
私たちが帰宅して数十分後、義母が慌てた様子で帰ってきた。玄関から真っ青な顔で入ってくる。そして、リビングに私と義父だけでなく、夫の尊もいたことに衝撃を受けたようだった。
「え、一体どうしたの? なんでここにあなたまで?」
夫は答えず、視線をそらす。義母は焦りながら夫にすがりついた。
「ねえ、尊は私の味方でしょ? 今日は2人が私を怒ってすごく怖かったのよ」
しかし夫は義母を冷たい目で見ていた。
「あの時、車を運転してたのは俺なんだ」
夫の言葉に、義母は目を丸くする。どうやら、私がスピーカーで電話に出ていたことは聞かされていなかったようだ。義父がそのまま本題を切り出す。
「で、“ゴミ”とはどういう意味だ?」
義母は「あれは物の例えだ」とか「冗談を本気に捉えないで」と言い訳を始めた。しかし、私たちの空気はますます冷たくなっていく。
「嫁いびりなんて恥ずかしい。美咲さんが今までどんな気持ちだったか、お前は考えたことがあるのか?」
義父にそう問われても、義母は「そんな大げさな」と強がっていたが、明らかに目をそらして怯えていた。そしてしばらく黙った後、開き直り始めた。
「嫁をしつけるのは姑として当然の役目よ。旦那は口を挟まないのがルールでしょ。私だって義母にそう教えてもらったんだから。それに耐えられないなら離婚して出ていけばいい」
義母はドヤ顔で私を見てくる。しかし、義父はピシャリと言い放った。
「いつの時代の人間だ。」
義母は驚いて肩を揺らす。夫も続けた。
「母さんのこと、見損なったよ。本当に情けない」
義母はますます追い詰められ、最後の手段とばかりに泣き始めた。
「どうして誰も私の味方をしてくれないのよ。私より赤の他人を選ぶなんて、2人ともどうかしてるわ」
そう言って義母は大声で泣き出したが、誰も味方をしなかった。むしろ義父も夫も呆れた様子で見ているだけだった。
義母は泣き落としも通用しないと分かり、唇を噛みしめて私を睨んだ。義父はそんな義母に、自分が苦しんでいるときに一番に心配してくれたのは私だと告げた。
「それがどうしたの? それより今は私のことでしょう」
義母はそうは言ったが、義父は悲しそうな顔で宣言した。
「今すぐ荷物をまとめて出ていってくれないか?」
義母は目を白黒させて冷や汗を流した。今まで何をしても優しかった義父に突然離婚を突きつけられて、驚いたのだろう。
「冗談でしょ?」
しかし義父の顔は真剣そのものだった。義母は夫に助けを求めるように視線を送ったが、夫は目をそらす。最後に義母は私に視線を移し、情けない顔で言ってきた。
「分かった。私が悪かったわ。心を入れ替えるから許して」
しかし、私は迷うそぶりも見せなかった。
「あなたといるとストレスでおかしくなりそうです。今までのことも含めて、自業自得です」
義母は私の言葉を最後に、何も言えなくなってしまった。
後日、義母は本当に義父と離婚した。夫に助けを求めたが門前払いを食らい、なくなく田舎へ帰っていったらしい。義母の地元では、息子の嫁をいびって夫から離婚を告げられたという噂が広まり、片身の狭い思いをしているそうだ。
義父はあれからもう一度大きな病院で検査を受けたが、大事には至らなかった。それでも、いつまた倒れるか分からない義父を一人で住ませるのは不安だ。そこで私は義実家での同居を提案した。最初は遠慮していた義父だが、私が「いつでもすぐに対応できるようにしたい」と言うと、喜んで受け入れてくれた。
同居を始めて半年が経った頃、私と夫の間に念願の赤ちゃんを授かった。義母というストレスが解消された途端の妊娠。きっと、自分でも気づかないうちに、かなりのストレスがかかっていたのだろう。授かった子供は何の問題もなく、健康な体で生まれてきてくれた。私と夫、そして義父も両手を上げて喜び、初めての子供の誕生を祝った。
こうして私たちは義実家で幸せに暮らしている。子供もすくすく成長していて、これからますます家が賑やかになりそうだ。



