「お姉さん、今月は月のもの来たよ」
電話の向こうで、義妹のコナが軽い調子でそう言った。私は一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「は? 何で私にそんなことを報告する必要があるの?」
「妊娠したかどうか確認してるの。小作り頑張ってるんでしょ?」
「それはうちのペースでやることだから、そっとしておいてほしいな」
「いやいや、妊娠もしてなくて子供がいないってことは、暇人確定ってことだよね」
私は仕事もしているし、家事もある。忙しいというと、コナは鼻で笑った。
「仕事してるくらいで自慢しないでよ。私だって働きながら子供3人育ててるし」
「それは大変だと思うけど」
「妊娠してるかどうか知りたかっただけ」
そう言って、コナは一方的に電話を切った。
数日後、今度はコナが週末に遊びに行きたいと言ってきた。突然の申し出に夫の秋は不思議がっていたが、私たちは新居を建てたのにまだ遊びに来ていないことを思い出し、受け入れることにした。
「け太君とは仲良くやってるのか?」
秋が何気なく尋ねると、コナは「そんなことどうでもいいから、よろしくね」と話題をそらした。食事は秋の手料理を楽しみにしていると言い、全部で7人分の準備が必要だと分かった。
「秋に聞いてみる。返事はそれからだ」
「え、お兄ちゃんの独断で決められないの?」
「うちは何でも相談し合う仲なんだよ」
「ふーん。亭主関白でネジ伏せちゃえばいいのに」
「そんなことしないよ」
秋は私に「週末、コナたちが来たがってるんだけど、どう?」と聞いてきた。珍しいことではないが、たまにはいいかなと思った。
「会いたいんだね。呼んでいいよ」
「本当?」
「私に気を使わないで」
「ありがとう。たった1人の妹だもんね。私は1人っ子だから羨ましいよ」
秋はそう言って、たまには会って説教をかまさないとな、と笑った。
土曜日、コナ一家がやってきた。新築の家を見るなり、コナは開口一番こう言った。
「せっかくの新築一軒家なのに、インテリアのセンスが壊滅的だね。料理のセンスくらい見れるかと思ったら、肉焼いただけの手抜きだし」
私たちは笑ってやり過ごしたが、コナは調子に乗るばかりだった。
「次はそれなりに凝った料理出してね。また次の週末行くんで」
「連続はちょっとあんまりじゃないかな」
「だってお兄ちゃんがまたいつでも来いって言ってくれたもん」
「それは社交辞令だと思うよ」
「兄が妹にそんなこと言うわけないじゃん。でもさすがに2週間連続は嫌なの? 焼肉のタレをカーペットにこぼしたからクリーニング出したいし」
「そんなのうちは気にしないから」
「こっちは結構気にしてるんだけど。え? もしかしてクレーム? 子供がやったことなのに。わざとじゃないのに。うわ、さすが子なしだわ」
その言葉に、私はカチンと来た。
「その前に言うことはないの?」
「何が?」
「子供のしたこととはいえ、親が謝罪するものじゃないの?」
「へえ、びっくり。ああ、そっか。子供育てたことないから分かんないよね。子供ってね、こぼすの知ってるよ。わざとじゃないの? それも知ってる。だからしょうがないの」
「それでも親が一言謝罪するのが筋だと私は思うけどな」
「それは子なしの意見ね」
「その言い方やめてくれる?」
「なんで? 事実じゃん。あなたの大好きなお兄さんも子なしってことになるよ」
「お兄ちゃんは違うでしょ。外で小作りすればできると思うし」
「私に原因があるって言いたいの?」
「不妊の大半は女にあるもんじゃない?」
「そうとも言いきれないよね。とにかくさ、うちの子たちが行くことで将来の子育ての練習にもなるわけだし、お兄ちゃんも可愛い甥っ子たちに会えてご機嫌だし、いいことだらけじゃない」
「だったら客としての礼儀もわきまえてほしい」
「意味不明なんだけど。お兄ちゃんが来ていいって言うから言っただけ。あんたの許可なんていらないし」
「そうですか。それでいいと思うならお好きにどうぞ」
「はーい。そうします」
そう言って、コナはまた次の週末も来ると言い残して帰っていった。
1ヶ月が過ぎた。毎週末、コナ一家が押しかけてくるようになり、食事だけでなく泊まっていくようになった。
「この1ヶ月、私の機嫌が悪いのは気づいてるよね」
私は秋にそう切り出した。
「うん」
「毎週末、義妹一家が押しかけてきて、ご飯だけじゃなく止まるようになってホテル代わりに使われてるじゃない」
「ごめん」
「あなたが子供たちと楽しそうに遊んでる姿を見て、私が子供さえ産んでいればって自分を責めることしかできないのよ」
「そういう意味じゃない。ただ可愛くて」
「そういうあなたの感情を利用して、コナちゃんは堂々とうちに来てるの。もう断るから」
「分かった」
そう約束したのに、翌週もコナから連絡が来た。
「今夜も行くのでよろしく」
「は? 夫から連絡来てない?」
「何も」
「なんで毎週来るの?」
「毎週末は子なし一家に世話になるって決めてるの」
「勝手に決めないで。私にも都合があるの」
「ないでしょ。今日の夕飯何? すき焼きがいいな。先週鍋とか出されてテンション下がったし。子供たちに栄養つくもん食わせてね」
私はコナの言葉に、はっとして、こう答えた。
「そうだね。うん。確かにコナちゃんの言う通りだわ」
「やっと分かってくれた」
「うん。今夜楽しみにしてて」
「悪いわね」
数時間後、私は秋に言った。
「ごめん。断ったんだけど、コナたちが今日も来るって」
「それは断ったとは言わないよ」
「どうしよう。私は実家に帰るから、表なしてあげたら?」
「え、いないの?」
「私、コナちゃんの気持ちがやっと分かったの。1週間働いて、週末くらい休みたくなるよね。主婦って大変だし、子供がいたらなおさらよ」
「分かってくれたのか?」
「うん。だから私も毎週末実家に帰ることにした」
「え? なんで?」
「いや、逆になんで驚くの? コナちゃんの気持ちを理解したんだよ」
「そうじゃなくて、秋がいないとどうしたらいいか」
「悪いけど、私も実家をホテル代わりに使わせてもらおうと思ってるの。料理は作らず、片付けもせずに親をコキ使ってみる」
「それはちょっとどうかと思うな」
「ええ、そう思うんだ。でもあなたの妹が毎週やってることよ」
「それはそうなんだけど、うちの親がもう帰ってこいと言うまでカーペット汚して、風呂場も髪の毛だらけにして、洗濯も朝までに乾かしておいてって…無理だって言ってみるわ」
「いや、悪かったって」
秋はそう言って、ようやくコナの行動がおかしいと認めた。しかし、私の怒りは収まらなかった。
「コナちゃん、すき焼きがいいんだって。あの一家、相当食べるから1kg以上はいるかもね」
「いくらになるか分からないけど、俺には無理だよ」
「じゃあ追い返せばいいわ」
「それは…」
「あなたは優しいんじゃない。人にいい顔してるわけでもない。断ったりすることで自分が非難されるのが嫌なだけ」
「違う」
「私のことが大事とか言いながら、結局は妹の要求を止めようともしなかった。私の優しさに甘えて5週連続、あの一家を招き入れたの」
「ごめんなさい」
「そうやって謝って反省したふりだけは上手なのね。結局、事態は改善しないし、つつもない。そのことがよく分かった」
「俺の気持ちは分かってくれないのか?」
「何をどう分かればいいの? 説明してよ」
「妹が…変なんだよ」
「どういう意味?」
「なんて言えばいいのか分からないけど、違うんだ」
「ごめん。私には分からないよ」
「秋に迷惑かけてるのは分かってた。でもコナに聞いても何もないって言うし。この違和感を特定するまでは呼ぶしかなかったっていうか」
「結婚して出産して変わっただけじゃないの?」
「今日を最後にするから、コナと話してみる」
「実家に帰るようなことになってごめん。お互い少し距離を置いて冷静になろう」
「分かった」
翌日、私は実家に帰った。数日後、秋から連絡が来た。
「コナが来て、秋がいないって伝えたら、け太君の態度が変わって帰るぞって帰った」
「なんで私がいないとダメなの?」
「分からない。俺の作る飯だと嫌だったのかな? 肉は多めに買っておいたんだけど。さっきコナちゃんと話したんだけど、様子が変なの」
「どんな感じだった?」
「今までの態度と違って、しおらしく謝罪もしてくれた」
「反省してくれたってことか。ほら、あいつは根は悪いやつじゃないんだよ」
「私もそう思ってたけど、不妊とか子なしとか散々馬鹿にされたら腹も立つでしょう」
「そんなこと言ってたのか」
「あなたが傷つくと思って黙ってた。ごめん」
「うちに子供ができないのは俺のせいだって言っておけばよかったな」
「わざわざ人に言うことじゃないよ。昨日はひどいことを言ってごめん。秋のせいにしてしまった」
「私こそいい顔しようとして、そんなことになるまで放置してしまった。もっと早く話し合うべきだったね」
「うん。とにかくコナちゃんのことが気になる。あなたから聞き出せないかな」
「分かった。連絡してみるよ」
数分後、秋はコナに電話をかけた。
「コナ、兄ちゃんさ、昨日たくさん肉買ってたんだぞ。すき焼きのタレも高いやつ買ってたから心配することなかったのに」
「うん。ごめんね」
「今日、日曜だけど飯だけでも食いに来ないか? 俺1人じゃ食いきれないよ」
「もう行くのはやめるよ。今まで迷惑かけてごめん」
「急にどうしたんだよ。図々しいくらい押しかけてきてたのにさ」
「だから謝ってる。私が間違ってた」
「コナ。兄ちゃんには正直に言ってくれ。明らかに態度が変わりすぎだ。俺は鈍感で秋にもよく怒られるけど、そのくらい分かる。でも何に怯えてる? 誰にも言わないし。俺はお前の味方だ」
「平日に時間取れる?」
「明日は休みを取るよ」
「仕事大丈夫なの?」
「そんなのどうにでもなる」
「ありがとう。じゃあ明日家に行く。10時でいい?」
「大丈夫だよ。秋もいていいかな?」
「もちろん。お姉さんにも謝りたい」
「分かった。待ってるな」
しかし翌日、コナから電話が来た。
「ごめん。ちょっと具合悪くて行けそうにない。約束してたのにごめん」
「どうした?」
「ちょっと熱が出て…」
「大丈夫か? 何度ある?」
「病院は行ったから平気。寝てれば治るよ」
「そうか。じゃあゆっくり休め」
「うん。ごめんね」
1時間後、秋はコナの家に向かった。
「コナ、開けてくれ」
「お兄ちゃん…なんで来たの?」
「飲み物とかゼリーとか買ってきたんだ。ちょっとでいいから顔見せてくれないか?」
「無理。熱あるし移ったら大変だよ。早く帰って」
「3秒でいいからドア開けてくれよ」
「高熱あるって言ってるでしょ」
「じゃあけ太君に連絡していいか?」
「なんで? 関係なくない? あの人仕事だし邪魔しないで」
「だったら開けろ。大体、熱はどうでもいい。顔見せるだけでいい」
「お兄ちゃん…言ったよな。お前の味方だって」
「分かった」
2時間後、秋から電話が来た。
「連絡遅くなってごめん。今、診察が終わった」
「コナちゃん大丈夫?」
「ひどい怪我だよ。ここまでやるなんて異常だ」
「診断書は?」
「依頼はした。後日取りに来なきゃならない」
「そっか。警察は?」
「それなんだけど、コナが嫌がるんだよ」
「どうして?」
「子供たちのことを考えたらできないって。ごめん」
「私まだ詳細分からないんだけど、被害はコナちゃんだけなの?」
「うん。今んとこ子供たちは無事みたいだ。2人が寝静まった後にやられてたらしい」
「原因は何? 飯がまずいとか、片付けができてないとか、何様のつもり? 自分がやればいいじゃん」
「だよな。け太さん、穏やかな人だと思ってた」
「すっかり騙されてたわ。俺も、うちに来るようになった理由って聞けた。そもそもけ太君が家に金をあまり入れないらしい。そうなるとおかずとかも質素になるだろう」
「当然ね」
「もっとうまいもん作れってブチ切れたらしい。なんなのそれ。無理なら兄貴とこで飯食わせてもらえるよ。頼んで来いって言われたらしいんだ」
「コナちゃんじゃなくて、け太さんの命令だったのね」
「コナが秋に心ないことを言ってたのは、嫌われて2度と来るなって言われた方がよっぽどいいと思ったからなんだ」
「あの子、そこまで考えてたの?」
「少なくとも俺の知ってるコナは、人に対して子なしとか言うやつじゃない」
「ごめん。私、あらためて間に受けて普通にムカついてた」
「それは仕方ないよ。しかしけ太さん、許せないね。ああいうやつって、DVするやつは表向きいい人なんだってな。本当にそうなんだな」
「うん。だから発覚が遅れるのかもしれないね。コナがしきりに私が悪いからって言うんだよ」
「それもよく聞く。やられて、言われ続けてるうちに、本当に自分が悪いと思い込むって、洗脳みたいなものかもね」
「許せない」
「私もよ。お願いがあるの。け太さんと話をさせてくれない?」
「やめとけよ」
「あの男のせいで私たちの夫婦仲はピンチになったわ」
「そうだけど、コナちゃんがやられたことの文句は、あなたが言えばいい」
「私は私で、一言言わないと気が済まない」
「分かった。任せる。ひとまずコナはうちに連れて行っていいかな?」
「子供たちは保育園でしょ? お迎えは私じゃダメだよね」
「俺が緊急連絡先になってるから、後で行く。多分、早い方がいい。どうせ、その状態のコナちゃんを外に出したくないはずよ。今日はけ太さんが迎えに行くと思うの」
「確かに。じゃあ病院の後、そのまま迎えに行くよ」
「それがいいわ。じゃあまた後で」
数分後、私はけ太に電話をかけた。
「け太さん、お久しぶり」
「お姉さん、どうしたんですか?」
「週末はごめんなさいね。私が急遽実家に帰ることになって」
「あ、いえいえ、いいんですよ。ちょっぴり残念ではありましたけどね」
「それはそうよね。毎週毎週、人をホテル代わりに使って、飯食って、風呂まで入って、布団まで敷いてもらってるんだもんね」
「なんかトゲがありますね?」
「そう。嫌なら嫌だって言ってくださいよ」
「いや、そうですか。じゃあもう伺いませんから」
「でもそうなったら、機嫌を損ねて、妻に手をあげるのよね?」
「あ、だったら迷うわね。大事な夫の妹が苦しむのは私も見たくないもんね。かと言って、痛めつけられたアザを黙って見逃すのも嫌だし。本当、困ったわ。どうしましょう?」
「ちょっと、何か誤解してませんか? 僕がそんなことするわけないでしょう」
「じゃあ、どうしてコナちゃんは怪我をしてるの?」
「なんで知ってるんですか?」
「夫が尋ねたのよ。なぜ? 別にいいでしょ。兄が妹に会いに行って何が悪いの? 普段来ないのになぜかなと思って。診断書も取ったし、子供たちのお迎えも済ませたわ」
「警察に行く準備はできてるから。食費を浮かせるためにうちに来てたらしいけど、そこまでしてお金がないのはなぜ?」
「関係ないですよね」
「ひとまず、5泊分の食費と宿泊費を請求するわ」
「そうね。結構かかったから、全部で20万でどう?」
「あら、義姉に向かって随分な口の聞き方ね」
「すみません」
「とにかく、夫婦のことはこっちで解決しますんで。帰っててください」
「分かった。夫にそう伝えてみるわ」
数分後、今度は秋がけ太と対面していた。
「てめえ、ふざけんなよ。お兄さんまで、血相を変えて何なんですか? 俺の妹に何してくれたんだ?」
「だから誤解なんですって」
「コナが嘘ついてるっていうのか?」
「あいつ、なんて言ってます?」
「お前にやられたって」
「また始まったか。はぁ…夫婦喧嘩の腹いせに自分で転んでつけた傷を俺のせいにすることが何度もあったんですよ」
「俺は病院に付き添って医者に聞いたよ。人為的なものかどうか、見分けはつくものかって。無理でしょ?」
「可能だと言ってた。まず、転んだにしては打ち身の数が多い。いわゆる、古傷が多いんだ」
「知りませんよ」
「警察が調べれば分かるぞ」
「そこまで大事にしますか? 子供たちの親がそんなことになって、誰が喜ぶんです?」
「そうだな。コナもそれを恐れて黙ってたそうだ。でもな、そんな世間なんかよりも、もっと守るべきもんがあるだろうって、俺は怒鳴ってやったよ」
「何のことですか?」
「今はコナだけかもしれない。でも、ずれてその手が子供たちに向かったらどうなる? お前の父親もそうだったんだろ?」
「え? うちが母子家庭なのは、親父じゃなくて、母が俺とコナを連れて逃げてくれたおかげだよ」
「へえ。知らなかったです」
「コナは小さかったから何も理解できてなくて、パパいないのってよく泣いてたな。だから同じ思いをさせたくなくて、自分さえ我慢すればいいと思って耐えてたんだろう」
「じゃあ、やっぱり父親がいた方がいいですよ」
「そうだな。再婚して素敵な人が見つかるように、俺らも協力するよ」
「ふざけんな。コナは俺の女だし、子供たちも俺の子だ」
「もう違う。赤の他人になるぞ」
「なんでだよ」
「コナは離婚したがってる。応じないなら裁判だ。名前も、お前がやってきたことも、全て公開されるぞ。それでもいいなら戦えばいい」
「ちょっと待ってください。最初は俺も秋も、コナが暴れてるだけだと思ったよ。でも蓋を開けたら黒幕がいた。しかもそいつは善人のお面をかぶった極悪人だ。こんな野郎に、子供たちを返せると思うか?」
「分かりました。一旦認めますし、もうしません」
「なんだよ、その軽い感じは。終わったことをネチネチ言ったところで何もならないでしょう。大事なのは未来ですよね」
「お前に未来なんてねえよ」
「子供たちはどうするんですか?」
「妹が育てるに決まってんだろ。うちの母親も手伝うと言ってるし、俺らも協力する。子供たちはお前たち夫婦のおもちゃじゃないんだよ」
「黙れ。てめえは兵隊の中で指でも加えてろ」
「へっ。警察はなしでしょ」
「何言ってんだよ。許さねえって言っただろ」
「慰謝料払うんで」
「大して稼ぎもなくて、人んちで飯食って金浮かす奴に払えんのかよ」
「借りる。どうにかする」
「じゃあ、金払って刑務所行け」
数日後、コナが私たちの家に来た。
「お姉さん、色々とすみませんでした」
「私の方こそごめん。何も気づいてあげられなかった」
「私が、そう仕向けたんです。演技うますぎるよ。めっちゃムカついたもん」
「すみません」
「子供たちは大丈夫?」
「はい。バーバと一緒に住めるのが嬉しいみたいで、前よりも笑顔が増えました」
「よかった」
「旦那に怯えていた私に気づいていたのかもしれません。私は何も気づけなかったよ。子なしだからかな」
「もうやめてくださいよ。お兄ちゃんから聞きました。原因は自分にあるって」
「うん。本意じゃなかったとはいえ、本当に無礼なことを言いました。申し訳ありません」
「そう思ってくれるなら、今度うちに来た時は準備と片付け手伝ってくれない?」
「え? 言っていいんですか?」
「月見焼きのお肉、冷凍してあるの。1人減ったから、お母さんも呼んで食べましょう」
「ありがとうございます。でも、抜け出せてよかった。本当に感謝してます。もう痛い思いしなくていいからね。痛いの痛いの、飛んでけ」
その後、け太は離婚に応じ、コナと子供たちから縁を切られることになった。慰謝料と養育費が重くのしかかり、消費者金融からも借り入れるハメになった。勤務先にも障害の件が知られ、懲戒解雇になった。
その全てを失ったタイミングで、コナは警察に被害届を出した。執行猶予がつくかと思われた裁判だったが、悪質性が高く再犯の危険性も高いということで実刑になった。
親や親族、友人からも完全に見放され、出所しても孤独な人生が待ち受けていることだろう。
そして最近では、半年に1度くらいのペースでうちに集まって、みんなでご飯を食べている。子供たちが先日、私に「いつもありがとう」と書いたお手紙とお花をくれて、号泣してしまった。
悪意をぶつけられるのは辛いし痛い。どんな事情があっても人を傷つけることは許されない。ただ、その人の本質と行動がずれていないか、そういう部分に気づける大人でありたいと思った。夫は私の気持ちを無視したことをちゃんと謝ってくれた。今後は小さなことでも相談し、話し合うことを約束した。



