義母に廊下で寝かされた夜、私はスマホを握りしめて「もう無理」と呟いた。法事だからと我慢して義実家に行ったのに、義母は私を「ブス嫁」と呼び、料理を「ファミレスのロボット以下」と切り捨て、寝る場所さえ用意してくれなかった。夫は飲み潰れて隣で眠っている。誰も私を守ってくれない。翌朝、始発で逃げ帰る私に、義母はLINEで一言。「音知らずね」。その時、私は決めた。隠し事のない夫婦だと伝え、ある人物に電…

義母に廊下で寝かされた夜、私はスマホを握りしめて「もう無理」と呟いた。法事だからと我慢して義実家に行ったのに、義母は私を「ブス嫁」と呼び、料理を「ファミレスのロボット以下」と切り捨て、寝る場所さえ用意してくれなかった。夫は飲み潰れて隣で眠っている。誰も私を守ってくれない。翌朝、始発で逃げ帰る私に、義母はLINEで一言。「音知らずね」。その時、私は決めた。隠し事のない夫婦だと伝え、ある人物に電...

「今度の法事、あのブス嫁も連れてくるの?」

その言葉を聞いた瞬間、俺の手が止まった。母は冗談めかして笑っていたけど、目は笑っていなかった。

「母さん、いい加減にしてくれ。俺が選んだ人なんだ。そんな風に呼ばないでくれ」

「だって嫌いなんだもん」

「なみのどこが気に入らないんだ?」

「気が強そう。料理下手そう。昔遊んでそう」

「全部お前の想像だろ」

「私の勘は当たるのよ。近所でも、あそこは離婚するなって夫婦は分かっちゃうんだから」

「何の自慢にもならないから」

俺は深く息を吐いた。なみは母との距離を気にしていた。話しかけてもそっけないって、最近よくこぼしていた。

「だってまともに話したら、ケちょんケちょんに言いたくなっちゃうでしょ。そしたらかずが悲しむと思って我慢してるのよ」

「その気遣いをなみに向けてくれないかな」

「辰みが悲しいと俺も悲しいんだよ」

「あなただってずっとピーマン嫌いでしょ。嫌なものはどうしたって嫌じゃない?」

「もう食べられるよ。大人になったんだ」

「え、そうなの? 大人になったのね」

「子供扱いしないでくれ。……でも、歩み寄ってくれてありがとう」

「分かったわよ。私もピーマン嫌い、克服してみるわ」

「なみをピーマンと同列にしないで欲しいけど」

その日は、少しだけ前進した気がした。でも、それは儚い幻想だった。

数日後。法事の当日。

「なみさん、何時頃に到着する予定?」

「今、母さんの運転で向かっているので、あと1時間くらいだと思います」

「亭主に運転させて、隣で口開けて寝てるの? 気楽で羨ましいわ」

「起きてますが」

「冗談よ。今日は親族の集まりだし、ゆっくりしてってね」

なみは何か言いたそうだったが、堪えた。

「お母さんのおじい様の13回忌なんですよね」

「そうよ」

「お手伝いが必要かと思いますので、私も手伝います」

「あら、結構よ。お皿運ぶだけなら、ファミレスのロボットに頼んだ方がまだましだもの」

「……冗談よ」

「今回は初めての法事参加でしょ。あなたには奥の和室を用意してあるから、そこで映画でも見て時間潰してくれたらいいわ」

「いえ、結婚式以来ですし、親戚の皆様にもご挨拶をさせていただきたいのですが」

「人前に出せる顔ですか?」

「はい」

「冗談よ」

そこに俺が割って入った。

「母さん、冗談にすれば何でも言っていいと思ってませんか?」

「何が?」

なみが口を開いた。

「私はかずさんの妻として、恥ずかしくない働きをしたいと思っています。親戚付き合いも妻の勤めだと思っていますので」

「まあ、ご立派でびっくりだわ。猿と思ってたらチンパンジーだったくらい驚いちゃった」

「あの、冗談……」

「とにかく、一泊ですがお世話になります」

その数分後、なみはスマホを手に取った。

「マイク、久しぶり」

「おう、なみ。久しぶりだね。今沖縄なんだよ」

「広島のお好み焼き屋で修行してるって聞いてたけど」

「時間違えて、画面にマヨネーズかけてごめんね。別にいいよ」

「夫も爆笑してたし」

「かずまはいいやつだよな。前食った時、あの後何件も奢ってくれたもん。翌日二日酔いで新幹線乗ったのもいい思い出だよ」

「また飲みたいね」

「うん。ところでマイク、広島で会った時さ、なんか『ストレスを与える』みたいな話してなかったっけ?」

「ああ、JSAな」

「何の略?」

「『地味なストレス与えちゃう』。毎回めんどくさいから名前つけたんだ。周りからの評判は結構悪いけどな」

「分かりやすくていいと思うよ」

「そうか。なみ優しい」

「でも、マイクと話せて安心した。今、夫に言うと引き返しちゃうかもしれないし。ちょっと愚痴りたかったんだ」

「何かあったら任せろ」

「うん。これで安心して義実家行けそうだよ。何も起こらないかもしれないしね」

「そうだね」

「忙しいのにごめん」

「大丈夫。今は琉球ガラスの師匠と昼から飲んでるところだから」

「え、飲食店ばかりだって聞いてたから意外。沖縄そばの師匠とは喧嘩したんだ」

「なんで?」

「話すと長くなる」

「大丈夫なの?」

「なんくるないさー。またゆっくり話聞かせて」

「またな。……どういう意味?」

「またねってこと」

数時間後。夜も更けて、買い出しから戻ったなみに、母が鼻で笑った。

「まあ、買い出しすぎるわよ」

「さすがにウイスキー5本、焼酎5本は持てないので、タクシーを待っているところです」

「まあセレブね」

「車で行きたかったんですが、お父さんにお酒を進められて飲んでしまったので」

「あ、今うちの夫を悪者にした?」

「そうじゃなくて。飲んでしまったのは自分ですし、誰のことも攻めていません」

「まあいいわ。奥の和室をせっかく用意したのに、この子が出てくるから、飲まされるはめになったんでしょ」

「せっかく来たのに奥に引っ込んでる方が不自然だと思うんですが。お父さんがすぐに呼びに来られましたし」

「あなた、うちの夫に色目使ったわね」

「そんなことしません。する意味がありません」

「まあ、夫には男の魅力がないって言いたいの?」

「その揚げ足取り、やめてくれませんか? 会話が成立しないので」

「私をバカ扱いするなんてひどいわ。これでも一生懸命生きてるのに」

「あ、すみません。私が悪かったです」

なみが謝るのを見て、母は勝ち誇ったように笑った。

「かずも久しぶりにいとこたちと飲んで、よっぽど楽しかったんでしょうね。飲み疲れて寝ちゃったわよ」

「そうですか。あまり強くないから、無理しないよう言っておいたんですけどね」

「うちの酒が悪酔いするって言いたいの?」

「違います」

「今日は何人か泊まっていくって言ってるの?」

「そうなんですか」

「それであなたの寝る部屋がないのよ」

「いや、かずさんと一緒でいいですけど」

「だから親戚を私の部屋に寝かせて、私はかずと一緒に寝ることになるでしょ」

「なぜそうなるのか、ちょっと理解が追いつかないのですが」

その夜、なみの布団は廊下の床に敷かれた。

「そこで寝なさい。みんなほとんど寝ちゃったから、音立てないでね」

「はい、わかりました」

母は廊下の電気を消し、こんな一言を残した。

「早く帰ってこないからこうなるのよ。ざまあ見さらせ」

翌朝。なみはスマホを握りしめ、駅まで歩いていた。

「マイク、もう無理」

「どうした? どうした?」

「必要のないお酒を大量に買いに行かされた。挙げ句、廊下に薄い布団敷かれてさ。まだ夜は冷えるのに、バスタオル1枚で寝かされたの」

「えぐいな。嫁いびりって話には聞いてたけど、実際に食らうと結構ダメージ来るね。大丈夫?」

「腰は痛いし頭も痛い。まだ義実家にいるのか?」

「うん。始発で帰ろうと思って、今駅まで歩いてきたところ」

「夫はどうしたの?」

「昨日飲みすぎたから、寝かせてあげたい。一応LINEはしておいた」

「母、許すまじ」

「すごい言葉知ってるね」

「好きな日本語さ」

「不思議だね。マイクと話してるとなんか笑っちゃうし、元気が出るよ」

「なみの本当のスマイルを取り戻す」

「何をどうするつもり?」

「平気。内容は知らなくていいってことさ」

「分かった。全部マイクに任せる」

「イエス」

「夫の弟さんが来年くらいに結婚を予定してるの。その奥さんが私と同じ目に遭わないようにしてあげたいんだ」

「任せろ。沖縄そばの具にしてやるさ」

数時間後。家に戻った俺は、なみの姿を見て安堵した。

「なんで黙って帰ったの?」

「よく寝てたから起こさなかった。ごめんね、先に出て」

「昨日結構飲んでたみたいだけど大丈夫?」

「頭痛い。三連休だし、もう1泊してきたらいいよ」

「でも、私はもう家に着いたから」

「電車で帰ったの?」

「うん」

「何かあったんだな」

「俺が酔いつれてしまったばかりにすまない」

「どうしてかずは悪くないよ。親戚と楽しそうに飲んでるの見れて、私も嬉しかったし」

「何があったか、教えてくれないかな」

「それを言ったら、お母さんに言うでしょう」

「もちろん」

「あなたが自分の母親と距離ができたり、最悪嫌いになったりしたらどうしようかなって、迷いもあるの」

「それは俺が決める」

なみは少し沈黙して、静かに話し始めた。

「私も、公務員になれっていう親に反発して家を出たまま、しばらく会ってないでしょ。結婚式にも来てくれなかったもんな。すごく頑固な父親なの。母はそれの言いなり。それでも親に会えないのは辛いよ。あなたにはそうなって欲しくない」

「でも、親か妻かという2択しかないなら、俺は迷わず君を選ぶんだけど」

「ありがとう。かっこよすぎて好きすぎる」

「そう言われると思って言った。それでも嬉しい。俺も今日帰るよ。すぐに会いたい」

「かず、1つだけ許可が欲しい」

「何?」

「お母さん、ここからしばらく小さなストレスを抱えることになると思うの」

「あ、もしかしてマイク?」

「そう。2人で広島行った時に会ったマイク」

「あれ、本当にやってたんだ?」

「どうなるかわからないけど、お願いしたの。廊下に寝かされて黙ってるほど、私も人じゃないから」

俺は思わず笑った。

「そんなことしたのか。我が親とはいえ許すまじ」

「すぐに帰る」

翌日。俺が戻る前に、なみは母にLINEを送っていた。

「黙って帰るなんて、音知らずね」

「廊下が硬くて寒くて眠れなかったので、始発で帰らせていただきました」

「嫌み?」

「いえ、正式なクレームです。冗談では済まされないLINEとか、昭和の嫁いびりにこれ以上耐えるつもりはありません」

「生きてりゃ人に嫌なこと言われたりとかよくある話でしょ。気にしすぎじゃないの?」

「そうでしょうか」

「あんたが近寄らなくなるのはどうでもいいのよ。かずだけでももう1泊すると思ったのに、がっかり。どうせあなたが何か言ったんでしょう」

「はい。廊下で寝かされたことを伝えました」

「はあ。なんで言っちゃうの?」

「ダメでしたか?」

「ダメでしょ。事実なのに」

「事実だからよ。すみません。うちは隠し事しない夫婦なんです。お母さんみたいに」

「何よ」

「お父さんや親戚の前ではいい姑を演じてますよね」

「当然よ。正直に言うバカがいるもんですか」

「まあいいです。とにかく、ここからしばらくは色々と大変なこともあるかと思いますが、事業自得だと思って返し吞みしてください」

「どういう意味?」

「ドラマも映画も予告で終わるからドキドキできると思いません?」

「はあ?」

「マイクとエージェンツの本気を、どうぞお楽しみに」

「日本語喋りなさい。意味が分かんないのよ」

それから2週間後。なみのスマホに、焦りまくった電話がかかってきた。

「助けて」

「どうかされました?」

「あなたの仕業かと思ったけど、どう考えても無理なことばかりだし。何が一体どうなってるのやら」

「何があったんですか?」

「必ずスマホを充電器にさして寝るのに、朝起きたら必ず抜けてて。毎朝5%なのよ。他には、洗濯物を干して取り込むと、必ず私の服にだけ亀虫がくっついてる」

「それだけですか?」

「ランチに行くと私のコップだけ臭いし、自転車のサドルが毎回一番上まで上げられてるし、どのスーパーに行っても同じインド人の男が私を見てニヤニヤ笑うの。もう耐えられない」

「気にしすぎじゃないですか? 生きてたらそれくらいあると思いますけど」

「ひどい。私はこんなに苦しんでるのに」

「私に同じこと言ったの、忘れたんですか? 私もくだらない夢に苦しんでいました。そんな時に寄り添ってくれましたっけ?」

「それは無理ですよね。当事者でしたもんね」

「これ、あなたの仕業じゃないわよね」

「私には充電器をいじったり、亀虫を操ったりすることはできません」

「じゃあどうして……」

「因果応報って言葉ありますよね。それじゃないですか?」

「え? やったことは帰ってくるって言うじゃないですか」

「だとしても、なんであんたにやったことをインド人が返しに来るのよ」

「確かに。もうやだ。本当に辛い」

「このくらいで終わるといいですね」

「何? まだ続くの?」

「さあ、わかりません。では失礼します」

なみは電話を切り、すぐにマイクに連絡した。

「ねえ、マイク、一体何がどうなってるの?」

「依頼どおりだ」

「うん、分かってるけど、充電器とか家に入らないとできないことは説明がつかないよね。まさか不法侵入とかしてない?」

「しないさ。じゃあ、どうしてか1つだけ教えてやろう」

「うん」

「義父もエージェントなのさ」

「え、まあ新入りだけどね」

「どういうこと?」

「なみがいびられてることを耳にぶっ込んだのさ」

「耳に入れたのね」

「そうとも言う。そしたら『是非協力させてくれ』と言ったんだ」

「じゃあ、お父さんが毎日充電器を抜いてるの?」

「イエス」

「最高すぎるんだけど」

「実は、義母の周りをうろちょろしてるインド人から報告が入ったんだけどさ、ちょっと聞き捨てならない事実が分かった」

「え? 何?」

「あいつは病気だ」

「何? 何? 何?」

「日本語に翻訳した報告書をなみの居住にメールしておく。分かった。お願いね。それを見て、夫と話し合った方がいい」

「うん。マイクありがとう」

翌日。俺は実家に帰り、母と向き合った。

「母さん、大事な話がある」

「あら、かず、また近いうちに帰ってきてよ」

「それはもうないと思う」

「え? なんでそんなこと言うの?」

「絶望したよ」

「何の話? あ、もしかしてなみさんのこと? それだったら、2人はちゃんとやってるから。色々やり合ったりはしてるけど、喧嘩するほど仲がいいって感じだから」

「それもあるけど、別のことだ」

「なんだろう。心当たりがないわね」

「実家に帰るたびに、近所の誰々さんが離婚したとか、嫁が出ていったとか、そういうゴシップを毎回楽しそうに話してたよね」

「うん。別に楽しくはないけど。ワイドショーみたいなものよ」

「俺もそう思ってた。最初は他人のことだし、話題にするくらいは別に何とも思ってなかったよ」

「でしょ」

「でも、それが母さんの仕業だったとしたら、話は別だ」

「え? 何のこと?」

「山本さんちは、奥さんの不倫がバレて離婚だったよね」

「そうよ」

「でも実際は、不倫なんてしてなかったらしい」

「へえ。そうなのね」

「証拠もないのに離婚になるなんて変だと思うけど、世間の好奇の目とか、ひそひそ話に追い詰められることもあるんだろうな」

「私に言われても困るわよ」

「母さんが噂の出所で、そこから尾ひれがついて、山本さんの奥さんを追い込んだんだよな」

「やだわ。私のせいにしないでよ」

「田中さんちの件もそうだろ。お嫁さんが懸命に義父の介護をしてるのは、遺産をもらって浮気相手と逃げるためだというデマを、母さんが流したんだよな」

「信じられない。何を根拠に言ってるの?」

「ターゲットを決めて、どんなデマを流すか。それを詳細に書いたノートがあるのは分かってる」

「え?」

「父さんが、押し入れの収納の中から見つけた」

「嘘……」

「最初は街中に広まった噂の出所を、ある人が突き止めたら母さんだということが分かった。それを知った父さんが、何かないかと家の中を探してくれたんだよ」

「なんであの人がそんなことするのよ」

「そんなことはどうでもいい。人を不幸に落とし入れて、それを見て笑ってたのか」

「違う。最低だな。こんな親から自分が生まれたなんて、信じたくもないよ」

「かず、私じゃないわ」

「じゃあ、あのノートは何なんだよ。あれは近所のゴシップを書き留めてるだけだとしたら、書き方がおかしいだろ。『田中家の嫁、浮気、プラス遺産狙いということにする』……いや、『ということにする』ってのがありえないんだよ」

母はしばらく沈黙した。

「分かった。ごめんなさい。でも、これって犯罪じゃないでしょ。ちょっとした遊びっていうか、子供だってよくやるじゃない」

「あんたは子供か。60年近く生きてる大人じゃないの?」

「ごめんなさい」

「なみに対してもそうだ。冗談で済むと思って好き放題言ってたな。あれでなみの心が壊れていたら、どうしてくれるんだよ」

「あの女は大丈夫よ」

「全く反省してないんだな」

「いや、してるわ」

「俺の決意は変わらない。もう母さんと会わないから。結婚する弟夫婦にも関わらないでやってくれ」

「やだ、かず、待ってよ」

数日後。俺の弟から電話がかかってきた。

「お前のせいだ。母さん、絶縁されたっておたけび上げてたぞ」

「懸命な判断だと思います」

「さすが私の夫。でも、ここまでする必要あった?」

「ちょっとだけそこ意地が悪くて、ちょっとだけやんちゃな性止めてだけでしょ」

「自己評価が高すぎます」

「だって、この世にはもっとひどい姑がいるわ」

「だから何ですか? 卵を万引きするのと、宝石を盗むのは違うでしょ?」

「何が言いたいのか分かりませんが、盗むという行為は同じですよ」

「そこが分かってないから、絶縁されたんじゃないですか」

母はなみにすがった。

「あんたの不気味な予告から、変なことばかり起きるし。充電器が抜かれるなんておかしいわ」

「ゲームなので詳細は言えませんが、正道に生きていたら、あんなにストレスがかかることは頻繁には起きません。息子たちやご主人から絶縁されることもないんですよ」

「夫がどうしたの? 絶縁は息子だけじゃないの?」

「離婚するです」

「なんで?」

「恥ずかしくて町を歩けないからですよ」

「やったのは私よ」

「そうですね。でも、加害者の家族も息苦しさを味わうことになるんですよ。田中さんや山本さんのお嫁さんが世間から好奇の目で見られてしまったように、お父さんやかずもそういう風に見られるんです。そこまでは考えていなかったんですか?」

「それがダメなんですよ。普通のまともな人なら、その予測ができるんです」

「偉そうに」

「私の言葉なんて響かないのは分かっています。でも、今のあなたに叱咤や説教であろうと言葉をかけてくれるのは、私で最後ですよ」

「本当にみんな離れていくの?」

「そのようです」

「あなたと田中さんと山本さんに謝って、全員が許してくれたらどうかしら?」

「やってみたらどうですか? 確実に1名は許さないと思いますけど」

「あんたでしょ?」

「いいえ、違います。田中さんです」

「なんで?」

「出ていった奥様のその後、知らないんですか?」

「知るわけないじゃない」

「精神を患って、入院してるんです。今も」

「え……」

「ほんのずる賢さだったかもしれません。でも、それが誰かを追い込むこともあります。私だって、あのまま続いていたらどうなっていたかわかりません」

「あんたは大丈夫でしょう」

「夫に伝えておきますね。全く反省もしてなければ、謝罪の言葉もなかったって」

「いや、待って、ごめんね」

「受け取りません」

「なんでよ」

「それと、田中さん、山本さんには詳細が共有されました。今後民事で慰謝料請求などされると思いますので、就職先を見つけておいた方がいいと思います」

「はあ。無理に決まってんでしょ」

「逃げるんですか?」

「そうだ。財産分与があるわね。でも慰謝料に消えるのはもったいないわ」

「お父さんはすでに息子2人に生前贈与しています。よって、与する財産はないそうですよ」

「嘘でしょ? そんなのあんまりよ。ちょっと本当にヤバい気がしてきたわ。どうしましょう? なみさん、お願い、助けて。生まれ変わるし、何でもするわ」

「もう、母さんったら、またいつもの冗談ですか? もう信じませんからね」

「本当なの? 信じて」

翌日。なみはマイクに礼を言った。

「マイク、色々ありがとう。真実を突きつけて、言いたいこと言って、すっきりしたよ」

「そうかい。そうかい」

「なんでインド人の方は、義母が噂の根源だって分かったの?」

「主婦探偵」

「そうでした」

「それにしても亀虫はひどいね。うん、それはいいか。洗濯物にくっつけただけだよね。私にもできそう」

「今年は亀虫大量発生。なみも気をつけろ」

「うん、もう我慢するな。夫のママだからとか、誰かが傷つくかなとか、そういうのなし。自分がどうしたら笑っていられるかを考えろ」

「ありがとう。発言がイケメンすぎて、キュンとした」

「かずまに言ってやろうか」

「別にいいよ。うちら2人ともマイク好きだし」

「照れるじゃん。てか、なんで沖縄そばの師匠と喧嘩したの?」

「言いたくない」

「教えてよ」

「ピンクレディのケイちゃん派とミーちゃん派で揉めた。俺は絶対にケイちゃんなんだ。でも師匠がミーちゃんだって譲らなかった。それで大喧嘩さ」

「あ、ほら、心配して損した」

「なんで大事なことだろう。ジャパニーズアイドルの原点であり頂点だ」

「そうかもしれないけどさ」

「師匠と仲直りしてるよ。もうしてる。今からカラオケ行って、ピンクレディメドレーを歌うのさ。男2人で」

「そうだよ。なんか悪いか?」

「楽しんできて。マイクありがとう」

「なんくるないさー」

その後、義母は田中家と山本家の両方から慰謝料請求をされた。田中家の奥さんは入院までしているので、相当長い闘いになるだろう。

義父は早々に離婚して、町を出ていった。別れ方も徹底していて、義母の手元には1円玉1つ残らなかった。引っ越すお金もないため、義母は元の家にそのまま住んでいるそうだが、今度は自分が好奇の目を向けられる側になったようだ。

「嘘つき」「虚言女」……そんな言葉を投げかけられる毎日だとか。おそらく、そんなことをするのは、かつて田中さんや山本さんを攻撃していた人たちと同じ人たちだろう。義母も確かに悪かったとは思うが、陰で噂を流し、拡散に協力する人たちも、同罪なのかもしれない。

あれからしばらくして、俺の弟の結婚式で、久しぶりに義父と再会した。義父は元気そうだった。新しい可愛いお嫁さんが、義母の悪意に触れず、幸せな結婚生活を送って欲しいと心から思う。

近々、なみと沖縄へ行く予定だ。マイクに会って、美味しい沖縄そばを食べて、朝まで飲んで、赤い琉球ガラスのコップを買って帰る。

それでいい。それが、俺たちの新しい日常だ。

Thumbnail