息子と買い物に出かけていた時、突然見知らぬ男に腕を掴まれた。振り返ると、そこには三十年前に私を妊娠した途端捨てた男が立っていた。彼は私の息子をじっと見つめ、「やっぱりあの噂は本当だったんだな」とニヤニヤしながら言い放った。実の父だと名乗るその男は、名医になった息子に金をせびろうとしていた。帰ろうとする私たちに向かって、彼は言った。「おいおい、父親にその態度はひどいんじゃない?息子よ。」今さら…

息子と買い物に出かけていた時、突然見知らぬ男に腕を掴まれた。振り返ると、そこには三十年前に私を妊娠した途端捨てた男が立っていた。彼は私の息子をじっと見つめ、「やっぱりあの噂は本当だったんだな」とニヤニヤしながら言い放った。実の父だと名乗るその男は、名医になった息子に金をせびろうとしていた。帰ろうとする私たちに向かって、彼は言った。「おいおい、父親にその態度はひどいんじゃない?息子よ。」今さら...

「おいおい、父親にその態度はひどいんじゃない?息子よ。」

三十年前に私を妊娠した途端捨てた男が、今さらそんな言葉を吐きながら、息子の目の前に立っていた。私はあの日、この男がこの行いで地獄を見ることになるなんて、微塵も想像していなかった。

私の名前は竹内ゆみ子。六十五歳。一人息子の明がいる。もう三十歳になり、立派に医者として働いている。息子はいつも私に優しく、思いやりのある子に育った。こんな息子の頑張りをそばで見られる私は、本当に幸せ者だと思っている。しかし、ここまで来るまでに、たくさんの辛いことがあった。すべて、息子の実の父であり、私の昔の恋人だった島崎エイジが原因だ。

エイジと出会ったのは私が三十歳の頃。彼は五歳年下の二十五歳で、同じ会社の後輩だった。人懐っこくて明るく、誰からも好かれるタイプだった。私も先輩として彼に色々と教え、世話をしていた。そんなある日、彼から付き合って欲しいと告白された。いい後輩としか思っていなかったから、本当に驚いた。私は三十歳まで仕事ばかりで彼氏もおらず、結婚に焦りを感じていた。その矢先に年下の彼に告白され、すぐに受け入れることはできなかった。一時の感情だろうと思って受け流していたが、彼は真剣にアプローチを続けてきた。結婚を前提にと言われ、何度も告白され、ついに私は彼を受け入れることにした。

交際は想像以上に順調だった。彼は付き合ってからも変わらず優しく、少し経った頃には同棲を提案してきた。結婚を考えているから一緒に住みたいと説得され、私は彼を信じてみることにした。しかし、これは間違いだった。一緒に暮らし始めてから、彼はどんどん変わっていった。家事は全て私に任せ、夜遅くまで飲みに行く日が増えた。私はまるで母親のように彼の世話をし続けた。年下の彼を責められず、彼も私なら何でも許してくれると甘えるようになった。そして、ついには会社も勝手に退職し、無職になった。その後も就職するが長続きせず、結婚の話は一切出なくなった。それでも私は彼を見捨てられず、昔の彼に戻ってくれることを待ち続けた。

そんな生活を続け、五年の時が経った。私は三十五歳になり、両親も私の結婚を諦めていた。どうすべきか悩んでいたある日、妊娠が発覚した。今のエイジが父親になれるのだろうかと不安もあったが、子供を望んでいた私にとっては本当に嬉しいことだった。もしかしたら、これを機に彼が変わってくれるかもしれないという期待もあった。しかし、それは大きな間違いだった。

妊娠を報告すると、彼はヘラヘラと笑いながら、馬鹿にしたように言った。
「ババーが妊娠?まさか生むなんて言わないよな。」
「そのまんまの意味だよ。ババーのくせに気持ち悪い。」
彼は産むことに反対し、「認知はしないからな。勝手に育てて」と言い放った。さらに追い打ちをかけるように続けた。
「子供は若い女に産んでもらうから。結婚も若くて可愛い彼女とするつもり。」

実は彼は同棲を始めて少し経った頃から浮気をしていた。相手は私より五歳も年下の、私の十歳下の女性だった。ずっと私と暮らしていたのは、何もせず楽だったからだと話した。いずれその女性と結婚する時に、私と別れる気だったらしい。彼はそれだけ言い残し、家を出てから二度と戻ってこなかった。

私はどん底に落ちた気分だったが、お腹の子を諦めたくないという気持ちが芽生えた。一人で育てる決意をし、実家に引っ越して両親に支えられ、無事に出産した。その後、甘えてばかりではいけないと、息子と一緒に実家を出て、仕事をしながら子育てを始めた。体力的にも精神的にも本当に大変で、心が折れそうになる日もあった。しかし、息子の成長が嬉しく、「息子を守る」という気持ちで何とかやってこれた。自分の選択が間違っていたのかもしれないと悩む日もあった。だが、息子が大人になり、「産んでくれてありがとう」と感謝を伝えてくれた。その一言で、私は報われたような気がした。自分の決断は間違いではなかったのだ。

いつもの何気ない日を過ごしていたある日、スマホにLINEが届いた。送り主は、息子の実の父である元彼、エイジだった。一番関わりたくない人の名前を見て、昔の辛い感情がフラッシュバックする。もちろん返信せずに削除し、ブロックした。なぜこのタイミングで連絡してきたのか、嫌な予感がした。

その矢先、事件は起きた。息子の仕事が休みで、久しぶりに買い物に出かけていた。私の誕生日が近いからと、息子が連れ出してくれたのだ。楽しい時間を過ごし、そろそろ帰ろうかと話していると、突然誰かに声をかけられた。
「え?ゆみ子?ゆみ子だよな。」
振り返ると、この世で一番会いたくない人の顔があった。私は無視をして息子の手を引っ張り、その場を立ち去ろうとした。しかし、肩を掴まれてしまう。
「なんで無視するんだよ。久しぶりじゃないか。」
慣れ慣れしく話してくるエイジに怒りが湧いた。
「何ですか?何も話すことはありません。」
冷たく言っても、彼は全く気にしないようだった。
「なあ。もしかして隣にいるの、息子か?」
息子の腕を掴み、顔をじっと見つめて言った。
「やっぱりあの噂、嘘じゃないんだな。お前の息子が名医だよ。まさかとは思ってたんだが、本当だったんだな。」

その言葉で、エイジがLINEをしてきた意味が分かった。息子は医者になり、今では名医として有名になっていた。メディアにも取り上げられ、テレビに出演したこともある。きっとそんな噂を聞きつけて連絡してきたのだろう。
「だったら何ですか?あなたには関係ありません。」
私がそう言っても、エイジの目にはもう息子しか映っていなかった。息子はエイジを無視して、私の腕を引っ張って帰ろうとした。するとエイジが言った。
「おいおい、親父にその態度はひどいんじゃない?息子よ。」
怒りを通り越して呆れてしまった。今さら自分のことを父親だなんて、何を言っているのだろうか。私は呆れて話す気にもなれず、エイジを無視して息子とその場を立ち去った。息子は気にしていない様子で大丈夫だと言ってくれた。

しかし、その数日後、もっと最悪なことが起きた。エイジが私たちの家まで押しかけてきたのだ。玄関を開けると、またニヤニヤした表情で立っている。
「何なの?一体何が目的?」
私の問いかけに、エイジは笑いながら答えた。
「親孝行して欲しくてね。俺は実の父親なんだから、明になれたことを感謝してもらわないと。」
そして、お金をくれと言ってきた。私は「これ以上話すことはない」と帰らなければ警察を呼ぶと言った。しかし、彼には通用しなかった。
「呼びたいなら呼べば。俺はネットに、息子は親を捨てたって書くからな。」
脅すようにそう言ってきた。こんな人間の出任せの情報でも、ネットに書かれてしまっては困ってしまう。私がどうしたらいいのか分からず立ち尽くしていると、玄関の扉が開き、家の中から人が出てきた。
「書きたいなら書いてもらって構いませんよ。嘘の情報を流して痛い目に会うのは、あなたですから。」

そう言って出てきたのは夫だった。
「だ、誰だよ。お前、結婚したのか?」
まさか私が結婚しているとは想像もしていなかったのか、エイジは驚いていた。実は私は息子を出産して少し経った頃に結婚していたのだ。相手は学生時代の同級生で、たまたま再会し、色々と相談に乗ってもらっているうちに、彼は私の状況も息子の存在も全て受け止めてくれた。そしてプロポーズしてくれたのだ。息子も幼い頃から夫にすごく懐いており、夫も自分の息子のように大事にしてくれた。息子が立派に育ったのも、夫のおかげだろう。

夫の冷静な対応に腹を立てたのか、エイジはガクガクと震えながら言った。
「な、何なんだ。お前みたいなババーが幸せになりやがって。俺にだって子供がいれば、もっと贅沢に暮らせたのに。」
話を聞くに、若い女に子供を産んでもらうと豪語していたが、それが叶わなかったのだと察した。それに、子供をこんな風に思う人に子供ができなくて良かったとも思った。
「くそ。あの時、お前で我慢しておけばよかった。」
そう好き放題言って嘆いていると、エイジに近づく一人の女性の影が見えた。エイジの妻だった。
「あなたの気持ちはよくわかったわ。離婚しましょう。」

エイジは口を開けて驚いていた。実はエイジの妻をこの場に呼んだのは私だった。エイジは自分の実の息子が名医だと知り、どうにかしてお金を奪おうと企んでいた。いつかお金が入るからと急に態度が良くなった夫を、妻は怪しく思ったらしい。エイジの携帯から私の連絡先を発見し、連絡してきたのだ。私はブロックしていて気づかなかったが、息子のことについてもLINEを送っていたようだ。エイジの妻は私の存在も息子の存在も知らなかったため、真実を知りたいと私に話してきた。エイジは働かずにずっと家にいて、妻が一日中働いて生活費を稼いでいるらしい。あの時の浮気相手と結婚したため、彼女は私の十歳年下だが、だいぶ老けて見えた。どのくらい苦労してきたのか、顔を見れば分かった。彼女はエイジのために必死に働いていたのに、こんな本心を聞いて怒るのも無理はない。

エイジは顔を真っ青にして、自分の置かれている状況が分かったようだ。
「悪かったなあ。許してくれ。」
収入源である妻を失えば生活できない。それが分かっているエイジは、妻に土下座の勢いで謝っていた。しかし、エイジの妻は聞く耳を持たずに立ち去ってしまった。呆れた私と夫は、惨めな姿のエイジを見ながら、そっと玄関の扉を閉めた。

あれからエイジが連絡をしてきたり、家にやってくることはなかった。私と息子なら力づくで何とかできると思っていたが、夫がいることを知り、何もできなくなったようだ。エイジの妻に聞いた話では、言っていた通り離婚をし、エイジを家から追い出したそうだ。浮気相手だった彼女には恨みはなかった。むしろ私は五年間住んだが、彼女はその何倍もの時間をあんな人のために使っていたのだ。同情の気持ちが湧いてくる。後から共通の知り合いに聞いた話だが、エイジは日雇いのバイトでなんとか生活しているようだ。もう何年もまともに働いておらず、年齢も年齢だ。雇ってくれるところもそんなにないだろう。きっとこれからも苦労して働き続けるのだろう。

自業自得だと思ってしまう。私たちはまた平穏な暮らしを取り戻し、愛する息子と夫と三人で、これからも幸せに暮らしていきたい。

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