「太田さん、どうしてこんなことをしたんですか?」
式の最中、いきなりビールを頭からかけられた。白いワンピースはベタベタで、周りの親戚は息をのんでいた。
「おい、どうして俺の連絡先を知ってるんだ?」
「波から聞きました。どうしても確認したいことがあったので」
「確認することなんて何もないだろう」
「あるに決まってるでしょう。いきなりビールをぶっかけられたんですから」
私は妹の結婚式に来ていた。父を早くに亡くし、母も事故で失った私たち姉妹にとって、妹の門出は何よりも大事な日だった。
なのに妹の義父になる男性、太田さんは私の顔を見るなり「エリート一家の結婚式に底辺が来るんじゃねえ」と吐き捨てた。
「私は中卒ですけど、ちゃんと働いています。後ろめたいことは何一つありません」
「嘘をつくな。お前のことはもう聞いてるんだ」
「何の話ですか?」
「こんな場でそんな話をさせるんじゃない。とにかくお前のような人間はこの場にふさわしくない。消えろ」
私はトイレの個室に避難していた。ビールでびしょびしょのまま外には出られない。
そこへ太田さんが追いかけてきて、さらに罵倒を続けた。
「妹のことを思うなら欠席するべきだったんだ」
「どうしても私を排除するつもりなんですね」
「当たり前だ。これは我が家にとっても大事な式だからな」
私は覚悟を決めた。これ以上何を言っても無駄だ。そう思って、引き下がることにした。
「わかりました。帰ります」
「2度と俺の前に姿を見せるな」
私は式場を後にした。振り返らずに。
あれから3時間後、妹・波から電話があった。
「お父さん、どういうこと? お姉ちゃんを式場から追い出したんですって?」
どうやら波の友人が、太田さんが私にビールをかけるところを見ていたらしい。そして私がそのまま戻らなかったことも。
「どうしてこんなことをしたんですか? 私は晴れ姿を姉に見せたかったんです」
「家族を大切にする君の気持ちは素晴らしいと思う。ただ、これから先のことを考えると、姉とは縁を切るべきだ」
太田さんは波にそう言ったらしい。
「君はエリート一家に嫁いだんだ。中卒の姉という存在が、必ず君を苦しめることになる。だから私はそうなる前に彼女を排除したんだ」
「ふざけないでください。お姉ちゃんは私のために進学を諦めて働いてくれたんです。両親が亡くなって、誰かが働かないと私たちは生活できなかった。だからお姉ちゃんが就職して私を養ってくれたの」
「だとしても中卒だということに変わりはない」
波はその場で強く反論した。
「もういいです。あなたとは話になりません。私はあなたと家族になりたくないと言ってるんです」
「本気で言ってるのか?」
「当たり前です。私はあなたとは関わりたくありません。婚約も考え直します」
そう言って波は電話を切った。
翌朝、今度は太田さんから大量の留守電が入っていた。泣き声混じりだった。
「どういうことだ? お前のせいで全部パーになったんだぞ」
太田さんが相談していた取引が、失敗したらしい。原因が完全に太田さんにあると、上層部に伝わってしまった。そのせいで会社で大目玉を食らったという。
「お前は篠塚社長と知り合いなんだろう? 社長が直接うちの社長に連絡してきた。お前が俺のことを全部話したんだろうが!」
私は正直に話した。式で起きたことを。妹には黙っていたけど、社長に話しても影響はないと思った。
「こうなったのも全部お前のせいだ。お前の妹と達也の婚約を破棄すると言ってるんだ。それが嫌なら今すぐ謝りに来い。そして篠塚社長に考え直すよう説得しろ」
「そんなことするつもりはありませんよ」
「お前、妹がどうなってもいいのか」
「その波から、結婚は考え直すと言われてるんでしょ? 昨日波から連絡をもらいました。すごく怒られました。黙って帰ったことが許せなかったみたいです。だからそんな脅しは私に通用しません」
「お前な…」
「どうしてそんなに私を目の敵にするんですか?」
「俺が何も知らないと思ってるのか? お前は篠塚社長の会社で働いてるんだろ? 中卒がそんなところで働けると思ってるのか?」
「事実働いてますよ。何が言いたいんですか?」
「お前のやり口はもう知ってるんだ。体を使ったんだろうが」
「……は?」
「お前の父親が言ってたぜ。お前が今の会社に就職したのは、体を使ったからだってな」
その言葉に、私はすべてを理解した。太田さんは私のことを妹から遠ざけるために、私の父親に嘘の情報を流したのだ。
「最低ね。よくそんな嘘をつけたわね」
「お前が邪魔だったんだよ。波はいつもお前のことを考えてた。口を開けばお前との思い出話ばかり。波にとっては俺が一番であるべきだった。だからお前を波の前から消すしかなかったんだ。お前の肩書きだけじゃ足りないと思って、ちょっとスパイスを足してやっただけだ」
「それだけ波を思う気持ちがあったなら、まっすぐ伝えて愛を育んでいったらよかったのに。あんたのような人間と波の結婚を許すことはできないわ」
「ふざけるな。余計なことをするんじゃねえよ」
「波はもうあんたとの関係を考え直してる。このことも伝えてあげる。そうすればきっと答えが固まるはずよ」
それから1ヶ月後。
「いつまでそうやってるつもり?」
達也君から連絡があった。どうやら波の職場の前で待ち伏せしているらしい。
「俺はまだ諦めたわけじゃない。婚約解消だって、波がいきなり言ってきただけで、俺は認めたつもりはない」
「最初は達也君のお父さんに怒ってたわ。でも最終的にはあんたの本性がわかって、婚約解消になったの。これ以上何をしても関係が戻ることはない」
「お前が俺たちの復縁を邪魔してるんだ。いいからさっさと波と合わせろ」
「言っておくけど、波はもうあの会社を辞めてる。マンションも解約して、今は私のマンションで一緒に暮らしてるの。これ以上波にまとわりつくのはやめなさい」
「俺には波しかいないんだ。あんたこそ邪魔をするな」
「これ以上何かしたら、暴力的な手段でも取るつもりよ。私は波を守り続けるわ。あんたが波に送ってたLINEには、脅迫と取れる内容もあった。警察に被害届を出す。そして接近禁止命令も出してもらうから」
「接近禁止命令…」
「もしこれを破るようなことがあったら、あんたは速攻逮捕されるからね。2度と私たちの前に姿を見せないで」
「俺は波を心から幸せにしようと思ってたのに…」
「あんたは最低な人間よ。そんな人間が波の夫であって欲しくなかった。それだけよ」
あれから、達也君は私たちの前に現れることはなかった。
ただ、波と結婚できなかったことへの怒りを、自分の父親に向けてしまったらしい。家で太田さんに「責任を取れ」と殴りかかり、怪我を負わせた。その後警察沙汰になり、太田さんとは絶縁。家族をすべて失い、仕事にも行かなくなって、今は街中をふらふらと歩いているそうだ。波の名前を呼びながら。
でも、近づいてきたらすぐにでも拾ってもらいたい。私はそう思ってる。
ちなみに太田さんは、あの取引の失敗のせいで出世レースから完全に外されたらしい。代わりに出世したのは、高卒の後輩社員だったという。
肩書きなんて、仕事の出来には関係ない。それを身をもって知っただろうけど、時すでに遅しだった。
私は今、波と2人で暮らしている。波はつらい状況に置かれていたけど、新しい仕事も見つかって頑張っている。どんな時でも前を向く波といると、私も力をもらえる。
私はこれからも波を支えていく。家族を失った時もこうして2人で支え合ってきたから、私たちならどんな困難も乗り越えられる。
そして、いつか波がまた幸せをつかめる日が来ることを、心から願っている。



