夜勤のヘルプで行った病院に、交通事故の妊婦さんが緊急搬送されてきた。「婚約者に電話して」と頼まれ、渡された携帯電話の画面を見て、私は手が震えた。そこに表示されていたのは、間違いなく夫の名前だった。3年間、仕事だと信じていた嘘の数々。子供の話をしても興味を示さなかったのに、他の女性を妊娠させていた夫に、私は怒りと絶望で言葉を失った。病室で夫と対面した時、彼は「会社の部下だ」と顔を真っ青にして言…

夜勤のヘルプで行った病院に、交通事故の妊婦さんが緊急搬送されてきた。「婚約者に電話して」と頼まれ、渡された携帯電話の画面を見て、私は手が震えた。そこに表示されていたのは、間違いなく夫の名前だった。3年間、仕事だと信じていた嘘の数々。子供の話をしても興味を示さなかったのに、他の女性を妊娠させていた夫に、私は怒りと絶望で言葉を失った。病室で夫と対面した時、彼は「会社の部下だ」と顔を真っ青にして言...

勤務中、緊急搬送されてきた一人の女性が、苦しそうな表情で私に訴えかけてきた。
「お腹に赤ちゃんがいるんです。婚約者に連絡してください。お願いします。」
携帯電話を渡され、連絡先を確認するために画面を見た瞬間、私は凍りついた。そこに表示されていたのは、私の夫の名前と電話番号だった。

私は坂田エミ、30歳。結婚後も手術室看護師として働いている。夫のユウヤは私より3歳年上の会社員で、知人が開いた飲み会で知り合った。誰よりも仕事を理解してくれる、優しい人だと思っていた。結婚して1年が過ぎた頃から、お互いの両親から子供のことを心配する声が上がり始めた。私たちは共働きでお互い忙しく、正直、私も子供は欲しいけれどもう少し先でもいいと思っていた。
夫に両親の言葉を伝えると、彼は「私たちのペースで自然に任せていこう」と言ってくれた。同じ考えで安心したのを覚えている。

しかし、お互い忙しいことからすれ違いの日々が続き、自宅で顔を合わせない日々が続くようになった。私は夜勤や休日出勤が多く、夫は営業で残業や出張が増えていった。誰もいない家に帰ると寂しさを感じることもあったが、夫が仕事を頑張っているのだから応援したいと思っていた。数ヶ月もすれば、いつ会話をしたのかも分からないほどだった。月に何日か会える日はあるが、休日でも夫はパソコンや携帯に向かって仕事をしている。疲れたと言ってすぐ寝てしまう夫を見て、子供を授かるのは難しいのかもしれないと焦りを感じ始めていた。
一度真剣に子供の話をしたが、夫の考えは結婚当初と変わらなかった。私に関心を示してくれない態度に、不満が募っていく。もっと強く言いたいけれど、仕事に集中したい夫に負担をかけてしまうかもしれないと思い、言葉を飲み込んでいた。

そんなモヤモヤを抱えながら働いていた日、私は病院の系列病院に夜勤のヘルプとして来ていた。そこに交通事故の救急搬送が入ってきた。外傷はほとんどないが苦しそうな女性は、妊娠5ヶ月の妊婦だった。一気にその場は緊迫した空気に包まれた。私は彼女を安心させようと声をかけた。
「大丈夫ですよ、カトウさん。婚約者さんはすぐに来ますからね。」
そう言って、渡された携帯電話の画面を見て、私は絶句した。そこには、私がよく知る人物の名前があった。夫、ユウヤだった。血の気が引いていくのを感じた。

ナースステーションで必死に冷静さを取り戻し、震える手で電話をかけた。4コールほどで夫の声が繋がる。
「カトウ様のご婚約者様でお間違いないでしょうか? 先ほどカトウ様が緊急搬送されました。」
状況を伝えると、電話口からでも動揺している様子が分かる。しかし、夫は私の声に気づくことはなかった。
少しすると、夫からLINEが届いた。
「今日は帰宅予定だったけど仕事で帰れそうにない。朝話す予定だったよな。ごめんな。」
今日は夫が帰ってくる日で、もう一度子供について話し合いたいと伝えていた日だった。私は、夫がカトウさんの婚約者であることを確信した。今まで仕事だと思っていたのに、外で女を作っていたのだ。子供について相談しても興味を示さなかったのに、他の女性を妊娠させている。信じたくなかったが、証拠は揃っていた。

検査が終わり、カトウさんは病室に運ばれた。母子ともに無事で、赤ちゃんへの影響もないとのことだった。複雑な思いだったが、無事で本当に良かったと心から思った。私は症状や今後のことを伝えるため、病室に向かった。婚約者のことも確認したかった。
病室で挨拶をし、赤ちゃんが無事であることを伝えた後、私は彼女に尋ねた。
「婚約者様とは連絡が取れました。しばらくしたら来ると思いますよ。それと、プライベートなことを聞いて申し訳ないのですが…」
カトウさんは、婚約者は会社員で営業として毎日忙しく出張も多いこと。今回妊娠が分かり婚約したが、仕事が忙しくて結婚式の予定も組めずにいることを話してくれた。名前を確認し、夫に間違いないことを再認識した瞬間、私はその場に立っていられなくなり、口を抑えてその場にへたり込んでしまった。

しばらくすると、カトウさんの病室からナースコールが鳴った。病室に向かうと、そこには私のよく知る男性の姿があった。夫のユウヤが、カトウさんの手を握り、心配そうに「大丈夫か」と優しく声をかけている。その姿を見て、問い詰めたい気持ちをこらえながら、私は冷静を装って声をかけた。
「あら、ユウヤ、どうしてあなたがここにいるの? 」
振り返った夫は目を見開き、見る見るうちに顔色を青くした。私は丁寧に、仕事だと伝えた。以前、夫に今週はヘルプでこの病院で勤務することを伝えていたが、私に興味がないのか、すっかり忘れていたようだった。私は夫に隣の言葉を投げかけた。
「彼女、あなたの婚約者って言ってたわよ。」
「ま、まさか何言ってんだよ。ああ、ほら会社の部下だよ。」
夫は引きつった笑いを浮かべながら、カトウさんに目配せしている。話を合わせるように必死に訴えているようだった。しかし、カトウさんはそんな夫の視線を無視して、真実を告げた。
「私たち、上司と部下の関係じゃありません。彼は結婚の約束をしている婚約者です。」
夫は大きな声を出してごまかそうとしたが、カトウさんは彼の必死の抵抗を振り切り、夫との出会いを語り始めた。カトウさんは県外在住で、夫が出張先で出会ったらしい。初めて会った時から夫が積極的に口説き、何回かデートするうちに男女の関係になったという。夫は出張のたびにカトウさんと会っていた。私に嘘をついて、何度も女に会いに行っていたのだ。私は夫の嘘を見抜けず、仕事を頑張っているのだと思い込み、応援していた。情けないと同時に、裏切られた怒りが湧いてきた。

カトウさんの話では、夫は仕事が落ち着いたら籍を入れて結婚しようと甘い言葉をかけていたが、いつまで待っても入籍しなかった。結婚の話をすると、うまくはぐらかされていたそうだ。妊娠が発覚してからは連絡も減り、不安になったカトウさんが夫の身の回りを調べた結果、既婚者で結婚して3年経つことを知ったという。事実を知ったカトウさんは、ショックを隠せずにいた。そして最後に、カトウさんは私に向かって謝罪をしてきた。
カトウさんが謝る必要はない。悪いのは、すべて私たちを騙した夫一人だ。彼女は事実を伝えるために県外から来て、追突事故に遭ってしまったのだ。
夫は、カトウさんの言っていることは出鱈目だと言い出した。必死に私に助けを求めるような顔を向け、弁解しようとしている。すると、カトウさんが一言放った。
「私、証拠を持ってますよ。」
恐る恐る振り返る夫に、カトウさんは冷たい瞳を向け、鞄からファイルを取り出した。そこには、夫を調査した結果がファイリングされていた。完全に言い逃れできない証拠を突きつけられ、夫は黙り込んだ。するとカトウさんは、ユウヤに婚約解消を言い渡し、慰謝料と養育費の請求を告げた。唸る夫に、私もとどめの一撃を与えた。
「本当最低。もうあなたを信用できないわ。私たちも離婚ね。」
私が告げると、夫はショックを受けた顔で「嫌だ」と言い出した。
「お前だって人気のある旦那の方がいいだろう。嫁なんだから少しは我慢しろよ。」
そんな最低な言葉を投げかけられ、怒りを通り越して呆れてしまった。私は、自分の考えは変わらないことを伝え、病室を後にした。

翌日、カトウさんの病室を訪ねると、夫は泣きながらとぼとぼと帰っていったそうだ。そして驚くことに、夫にはもう一人、浮気相手が存在していた。カトウさん自身が、3人目の浮気相手にも接触をしていたのだ。これで夫は、3人目の相手に逃げることができなくなった。
私はと言うと、後日、夫との離婚が成立した。義両親に事実を伝えると、彼らは夫の行動に呆れ返り、何度も謝罪してきた。夫は私とカトウさんへの慰謝料と、カトウさんの子供の養育費を支払うことになる。高額な支払いに耐えるため、夫は仕事が終わった後にアルバイトまで始めたそうだ。痩せ細る夫を気の毒にも思わない。自分の行いを反省し、最後までしっかり支払ってもらおうと思っている。
私は3年もの間、最低な男に時間を奪われたけれど、今ではカトウさんという友人を得ることができた。彼女は無事、元気な女の子を出産した。私はその可愛さにメロメロで、休みの日には会いに行っている。カトウさんには「親バカだ」と言われるほどだ。しばらく結婚は考えられないけれど、可愛い赤ちゃんと接していると、やっぱり子供はいいなと思ってしまう。私は人を見る目を養い、いつか素敵な男性と出会えることができたらいいなと思う、今日この頃だ。

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