私は箸を置き、ゆう太の無邪気な言葉に息を呑んだ。定年退職祝いの席で、孫が「明日から毎日お迎えに来てくれるんだよね?ご飯も作ってお掃除も全部してくれるんでしょ?」と笑顔で言ったのだ。ゆう太は母親の香織さんを見ながら、「ママが言ってたよ」と続けた。光一が驚いて妻を見た。「どういうことだ?」香織さんは慌てる様子もなく、開き直ったように笑った。「だってお義父さんじゃなくて、お義母さん、これから毎日家にいるんでしょ?年金だけじゃ足りなくなって、息子のお金を頼るかもしれないんだから、その分家事と優太の世話くらいしてもらわないと。」
私は財布を取り出し、テーブルに置いた。「わかりました。それなら今日からお金も家事も、全てきちんと分けましょう。」
私の名前は山下彩子。65歳。今年の6月、長年勤めた会社を定年退職した。夫は2年前に病気で亡くなり、現在は私名義の実家で長男の光一、妻の香織さん、5歳の孫の優太と暮らしている。夫が亡くなった直後、光一から同居を提案された。「母さんを一人にするのは心配だ。一緒なら優太もおばあちゃんと過ごせるし」と。香織さんも「お母さんと一緒なら家事や子育てのことも教えてもらえて心強いです」と言ってくれた。私は働きながら食費と光熱費の一部を負担し、家の固定資産税や修繕費はもちろん自分で払っていた。光一夫婦から家賃をもらったことはない。それでも一緒に暮らす家族なのだから、細かく分ける必要はないと思っていた。
ところが私が退職すると、香織さんの態度が少しずつ変わった。退職した翌朝、「お母さん、これから毎日家にいるんですよね。だったら朝食はお願いしてもいいですか?」と言われた。それくらいならと引き受けると、翌週には洗濯も、その翌週には掃除機を毎日かけることも、優太のお迎えと買い物も、夕食は6時半までに用意することも、次々に頼まれるようになった。おかずは最低でも三品、優太の服は他のものと分けて洗って、お風呂も沸かしておいて、と要求は細かくなっていった。仕事をしていた時よりも自由な時間が減っていた。
ある日、友人からお茶に誘われ、久しぶりの外出に嬉しくなっていると、香織さんが言った。「何時に帰ってくるんですか?夕食の支度には間に合うようにしてくださいね。毎日休みだからって遊び歩かれると困ります。」胸に小さな棘が刺さったようだった。
その頃から香織さんは私のお金についても口を出すようになった。ガーデニング用の花を買えば「また無駄遣いですか?」友人と昼食へ行けば「年金暮らしになるのに、今までと同じ感覚では困りますよ」と言う。ある日には「光一さんもお母さんの生活まで支えるのは大変なんです」と言われた。私は耳を疑った。「光一に生活を支えてもらったことは一度もないわよ。」「でも同居しているんだから、食費や光熱費はかかるでしょ。」香織さんは鼻で笑った。「年金と貯金なんて、いつまでもあるわけじゃないですよね。これからは家事で少しでも返してもらわないと。」
その言葉でようやく気づいた。香織さんは私が光一に養われていると思っている。それどころか、家事をすることをこの家に住ませてもらう代金だと考えている。けれどここは私の家だ。私は自分の貯金と収入でずっと暮らしてきた。なぜ私が住ませてもらっているように扱われなければならないのか。
その夜、光一に話そうとしたが、「ごめん母さん、今日は仕事で疲れてるんだ。家のことは香織に任せてるから、香織と相談してくれる?」と流された。光一は家計のことも家事のことも、全て香織さんに任せていた。私がどれほど家事をしているか、何を言われているか、何ひとつ知らなかった。
数日後、優太と遊んでいた時、「ママ、新しいバッグ買ったんだよ。パパには内緒なんだって」と言われた。その日の夕方、金融会社から香織さん宛ての封書が届いた。もちろん中身は開けなかったが、翌週もその次の週も届いた。香織さんは相変わらず新しい服やアクセサリーを身につけていた。
お盆に、光一が退職祝いの席を設けてくれた。「長い間本当にお疲れ様。」私は目頭が熱くなった。ところが、その席で香織さんが言った。「今日は好きなだけ食べてくださいね。これを最後の贅沢にしてもらいたいので。」私は箸を止めた。香織さんは「これからお義母さん、年金生活になるでしょ?友達とお茶へ行ったり、ガーデニングにお金を使ったり、年金だけでは足りなくなったら、結局光一さんが払うことになるでしょう。同居して生活を見てもらうんですから、その分家事や優太の世話くらいはきちんとしてもらわないと困ります」と続けた。
私は財布を取り出した。「わかりました。では今日の食事代は一人ずつ割勘にしましょう。」香織さんは目を見開いた。「退職祝いなのに?」「光一のお金を使うなと言ったのはあなたでしょう。自分の分は自分で払うのが公平よね。」私は伝票を見た。「私は払えます。香織さんは?」香織さんは言葉に詰まった。
「光一、自分の通帳を最後に確認したのはいつ?」「家計は香織に任せているから、しばらく見てないけど…」「帰ったら確認しなさい。カードの明細も全部。」香織さんの顔から血の気が引いていった。「お母さん、何を言ってるんですか?」「私は光一から1円も生活費をもらっていません。この家は私の名義で、固定資産税も修繕費も私が払っています。食費と光熱費も毎月私が出してきました。」光一が驚いた顔で私を見た。「では、なぜ金融会社からあなた宛ての封書が何度も届くの?」香織さんは完全に固まった。
光一が低い声で尋ねた。「かおり、どういうことだ?」「違うの。あれは少し足りない時に借りただけで…」「何が足りなかったんだ?」「生活費を…」私は首を横に振った。「生活費が足りない人が、毎月新しいバッグやアクセサリーを買うの?」
優太の前で話す内容ではないと思い、光一は店員に頼んで優太を隣の個室で待たせた。香織さんは追い詰められたように叫んだ。「仕方ないじゃない。お義母さんが退職して一日中家にいるようになったから、ストレスが溜まったのよ。家も自分のものみたいな顔をして、何を買っても見られている気がして。だから私を家事で忙しくさせて、外へ出られないようにしたの。」「お義母さんが自分は役に立ってるって思えば、大人しくしてると思ったのよ。それに、お義母さんが光一さんのお金を使っていることにすれば、貯金が減っても不自然じゃないでしょう。」光一は信じられないという顔で妻を見ていた。「母さんのせいにして、使い込みを隠していたのか。」香織さんは泣きながら「だって欲しいものがあったの。みんな持ってるのに、私だけ我慢するなんて嫌だった」と言った。
その日の退職祝いは途中で終わった。帰宅後、光一は預金通帳やカードの明細を確認した。家族のために貯めていた預金から180万円以上がなくなっていた。さらに香織さん名義のカードローンと分割の残高が合わせて250万円近くあった。光一は香織さんに一度実家へ戻るよう伝えた。それから数ヶ月間、二度話し合ったが、香織さんは「家族なら借金くらい一緒に返すべき」と言い張った。謝罪より誰かに支払わせることばかり考えていた。結局、光一と香織さんは離婚した。
離婚が成立した後、光一は私に頭を下げた。「母さん、ごめん。香織が家のことを全部やってると思い込んでいた。母さんの様子がおかしいことにも気づいていたのに、俺は素通りした。」私はすぐには許すと言えなかった。光一に悪意がなかったとしても、私が苦しんでいた間、見て見ぬふりをしたのは事実だ。
「光一、これからも一緒に暮らすなら、条件があります。」光一は真剣な顔で頷いた。「家事は全員で分担すること。優太の世話もあなたが父親として責任を持つこと。私が手伝うのはできる時だけです。」
それから我が家には新しい生活の決まりができた。朝食は各自で用意する。洗濯と掃除は当番制。優太の送り迎えは基本的に光一が行う。夕食は光一と私が交代で作る。私は友人とのお茶やガーデニングの時間を遠慮なく楽しめるようになった。
そしてある日、光一と優太が退職祝いをやり直してくれた。豪華な料理店ではなく、家の庭に小さなテーブルを出して、三人で食事をした。「おばあちゃん、長い間お仕事お疲れ様でした。」優太が手紙を読んでくれた。私は笑って答えた。「ありがとう。これからは自分のためにも時間を使うわね。」
家族とは、誰か一人に家事や我慢を押し付ける関係ではない。一緒に暮らしているからこそ、互いの時間と尊厳を大切にする。定年退職は、誰かのためだけに働き続ける生活の始まりではない。私にとっては、ようやく自分の人生を楽しむための新しい出発だった。



