「水希、偉大合格おめでとう」
「あ、ありがとう。てかさ、さやかさんってFラン卒なんだって?」
「さやかさんって、そんな他人行儀な言い方しないでよ。いつもみたいに“ママ”でいいでしょ」
「ママとか、もう二度と呼ばないから」
「え…水希、どうしちゃったの?あなた、そんなこと言う子じゃないでしょ」
「血も繋がってないのに学歴も低い。それで母親面するの、勘弁してよ」
「ねえ、本当にどうしちゃったの?あれだけ偉大合格に向けて一緒に勉強してきたじゃない」
「それに関しては感謝してるよ。だから、この家から出て行ってくれる?」
「え?」
「パパも、私が偉大に合格したからもう用済みだって」
「ちょっと、どういうこと?用済み?」
「知らないの?パパがあんたと再婚したのは、私を偉大に合格させるため。あんたが医学部専門予備校の講師だからでしょ」
「それは…確かに達也も私に厳しかったけど」
「それもあんたのせいだって言ってたよ。合格したんだから、これ以上は邪魔だって」
「そんな…」
「そういうことだから、もうあんたとの親子ごっこも終わり」
「そんな言い方…私は達也と再婚してから18年間、本気で水希のことを実の娘のように思ってきたのに」
「そういうの、ありがた迷惑。これから私は偉大生としてエリート人生だから、あんたみたいな低学歴がいると邪魔なの」
「邪魔…?」
「私が実の娘のように思ってきたんでしょ?なら、これ以上娘の人生、邪魔しないでね」
30分後。
「達也、さっき水希に…」
「ああ、家から出て行って欲しいって話だろ」
「やっぱり知ってたんだ。水希が言ってたよ。あなたが言ったことだって」
「なら、他に言うことなんてないだろう。悪いけど、家から出ていってくれ」
「なんでそうなるの?いきなりこんなこと言われても納得できない」
「無事に水希が偉大に受かったんだ。お前の役割はもう終わりだ」
「私は水希を偉大に行かせるためだけに結婚したんじゃ…」
「そう思ってたのはお前だけだった。それだけだ」
「でも…水希の母親になって18年よ。水希が2歳の頃から」
「その18年で、こんな風に見切りをつけられてる。これが現実だ」
「それは、お前が母親としてしっかりしてなかったからだろう。今後のことを考えても、お前はいない方がいい」
「今後のことって?」
「水希の人脈作りのために、今後は同僚を家に呼ぶんだ。医者や、うちの理事長とかも呼ぼうと思ってる。その時にお前みたいなFラン卒の恥ずかしい母親を紹介できるわけないだろう」
「そんなの、私と再婚した時に分かってたことでしょ」
「お前は学歴の割には優秀だ。それは認めてる。講師としての実績も申し分なかった。だが、お前がどれだけ優秀でも最終学歴はFラン。この事実は変わらん」
「たったそれだけのことで…」
「それだけ…たったそれだけのことで、娘の人生に関わるんだぞ」
「娘の人生?あなたがそんなことを言うの?」
「どういう意味だ?」
「あなたはいつだって自分のことだけじゃない。水希が二浪で苦しんでた時も、あなたは“我が家の恥だ”っていつも怒ってた。その間、私は水希に寄り添ってたの」
「お前は水希に寄り添ってたって言いたいのか?」
「そうよ。一緒に夜中まで勉強して、愚痴も聞いて…あなたが見向きもしない間、私が支えてきたの」
「その結果、お前は邪魔だって判断されたんだろう。それが水希の判断だ。お前よりも俺といる方が得だって分かってるんだよ。親子関係は尊徳だけじゃん。不要だって言われたんだろ。なら黙って引き下がれ」
「18年よ。18年もの間、実の親子みたいに苦楽を共にしてきたの」
「しつこい。これはもう決まったことだ」
「そんな一方的に…」
「とりあえず、離婚ではなく別居という形を取る」
「別居?」
「お前だって水希の今後を考えて学費は払うだろう」
「こんな仕打ちを受けて、払うと思うの?」
「知っての通り、今俺は開業医になるために借金がある。水希の学費はお前が払うしかない」
「だから、こんな状態で誰が払うのよ」
「お前は払うだろう。それこそ、水希を誰よりも大事に思ってるのはお前だ。お前が一時の感情で水希を裏切るとは思えない」
「私の性格も折り込み済みってわけね」
「本当に、開業準備で作った1億の借金はすぐに取り返す予定だが、その間はお前に水希の未来がかかってる。母親なら、しっかりと払えよ」
「…はい、わかりました。出ていきます」
「二度とその顔を見せるなよ。水希の将来に悪影響だからな」
数日後。
「ああ、やっと偽物の母親が消えて清々した」
「水希、ねえ、やっぱり変よ」
「何が?」
「これはお世辞でも何でもないんだけど…水希はずっと私を実の母親のように扱ってくれてた」
「そうだっけ?」
「私の誕生日には毎年ケーキを手作りしてくれて、去年もバイト代を貯めて腕時計を買ってくれたでしょ?」
「そんなの、円滑にあんたと付き合うためだから。受験のためにも、あんたと仲良くしないとでしょ」
「18年間よ。あなたが2歳の頃から…そんなの、ありえないわ」
「揚げ足取らないでよ。それよりも、自分の荷物見た?」
「荷物?まだ開けてないけど」
「チャックのところにあるでしょ?中に、パパがサインした離婚届が入ってるから」
「え?でも、達也は別居だって…」
「パパは世間体を気にして口ではそう言ってただけ。すぐにでも離婚したいって準備してたの」
「だったら、達也が直接私に渡してくるはずじゃない」
「パパが私に“渡しとけ”って頼んできたのなら…昨日私が家を出る時に渡せばよかったんだけど、あんたの顔なんて見たくなかったから、荷物に突っ込んどいたの」
「そうなの…?としても、やっぱり変よね」
「何が?」
「私、これでも達也の奥さんを18年やってきたの。あの人の性格はよく知ってるわ。だから、達也が別居だって言った理由はだいたい察しがついてるわ。学費が払われない可能性を考慮してるんでしょ」
「離婚してもあんたは払うと思ったんじゃない?」
「達也もその可能性は考えたと思うわ。けど、達也は不確定要素が嫌いなのよ。ああ見えて臆病な人だからね」
「不確定要素?」
「離婚して親子じゃなくなった場合、私が学費を払わない可能性はある。けど、親子って状態なら私は確実に払うでしょ?だから離婚はないって」
「実際、達也は別居を選んだ」
「これは私の気持ちの問題なんだけど…親としての責任があるかどうか、これは支払うかどうかに直結するわよ。でも、実際こうやって離婚届を渡されて…この離婚届、水希が無断で私に持たせたんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ。そもそも何のためにそんなことするのよ。都合よく解釈すんな」
「ちょっと、水希。水希の口調が強くなる時は、何かを隠してる時よ」
「そんなわけ…」
「何年母親やってきたと思ってるの?あなたの癖くらい把握してるわ」
「だったら、なんで私がこんなことしてるの?分かってるなら言ってみてよ」
「それは…まだ分からないけど」
「適当言ってるだけじゃん。どうでもいいから、さっさと離婚届を出せ。それで私たちは一切関係ない他人になるの」
「もしかして水希、何か焦ってる?」
「は?焦ってる?私がすぐに離婚届を出さないと困るの?」
「そんなわけないでしょ。夢見すぎ。私はただ、さっさとあんたと親子の縁を切りたいだけ」
「…そう、分かった。さようなら、水希」
1週間後。
「おい、さやか、これはどういうことだ?」
「そんなに慌ててどうしたの?」
「大学から入金がされてないって連絡があったぞ。前期分の授業料と入学金を合わせて1000万」
「それは大変ね。すぐにでも払わないと入学が取り消しになっちゃう」
「他人事みたいに言うな。母親だろうが、今すぐ払え」
「いや、私はもう他人ですよ」
「は?」
「離婚届を出して、もう受理されたからね」
「離婚届?お前、何言ってるんだ?俺はそんなものお前に渡してないはずだ」
「水希が私の荷物に入れていたの。離婚する時にって、用意してたんでしょ?」
「水希が?…ちょっと待て。確かに用意はしてた。でも、それは今じゃなくて…」
「やっぱりあれは水希の独断だったのね。そうなんだ…だから、残念ながら有効よ。あなた自身が書いてるんだから。それに、学費が払われたら離婚する気だったんでしょ?」
「もしもの時のためだ。俺は別居だって言ったはずだ」
「でも、もう出しちゃったもの」
「出しちゃったもの?そんな言い訳が通るか?このままだと水希は偉大に入学できないんだぞ」
「いいわよ」
「なんだと?」
「さっきも言った通り、もう他人だからね」
「嘘をつけ。お前が水希の将来をどうでもいいなんて言うはずがない」
「あんな仕打ちを受けたのよ。18年間の母親としての愛を、仇で返されたの。愛も尽きるわ」
「そんな、そんなバカなこと…」
「とにかく、学費が必要ならあなたが払って。そう言われても…まあ、開業のために1億の借金を作ったあなたが、追加で1000万を払えるとは思えないけどね」
「そうだ…」
「何よ」
「これは養育費だ」
「はい?養育費?」
「お前も母親だったんだから義務があるだろ。学費を払ってくれたら、それで養育費は終わりでいい」
「バカじゃないの?」
「バカ?今、俺にバカって言ったのか?」
「他に誰がいるのよ?」
「俺は現役医大卒の医者だぞ。Fラン大卒の低学歴が、俺にバカなんて言う資格はない」
「勉強ができることが賢いことだと思ってるの?」
「なんだと?」
「私は確かにFラン大卒だけど、何人も偉大に合格させてきた講師よ。それを考えれば、私は賢いってことにならない?」
「お前の方がバカだろ。大事なのは最終学歴だ。どれだけ優秀でも、結局はFラン大卒の底辺なんだよ」
「ああ、そうですか。まあ、どちらにしろ払いませんけどね」
「養育費だって言ってるだろ」
「水希は大学生とはいえ、もう20歳。養育費を払うにしても、1000万なんて金額は払えない。なら、900万でも800万でも払え」
「さらに言えば、水希はあくまであなたの連れ子。あなたと離婚した時点で、私に養育費を払う義務はありません」
「ふざけんな。そんなの育児放棄だぞ」
「あら?なら、学費を払わないあなたが育児放棄ね」
「それは、その…」
「そういうわけで、私は払いませんから。水希の将来がどうなってもいいっていうの?」
「18年も可愛がってきたのに…子供の心配をするのは親の勤めでしょ」
「もう他人である私には関係ないわ。それに、私は水希にとって悪影響なんでしょ?なら、学費を払って影響を残せないわ。さようなら」
数日後。
「おい、さやか。お前の幼稚な嫌がらせ、もう意味ないから」
「急に何言ってるの?嫌がらせなんてしてないけど」
「水希の学費のことだよ。俺に捨てられて、仕返ししたかったんだろう」
「そういうことを言うってことは…何か目算でも立ったの?」
「確かにあの時は焦ったけど、冷静に考えたら焦る必要がなかったんだ」
「必要がなかった?1億の借金があるのに?」
「その借金がすぐになくなることを思い出したんだよ」
「あなたらしくないわね」
「は?何がだよ」
「病院の経営がそこまでうまくいくとは思えない。1億って借金を軽く見てる。臆病なあなたらしくないなって思ったの」
「臆病?俺が?」
「あなたはいつだって不確定要素を嫌うわよね。それは臆病だから」
「違う。ああ、なるほどな。お前は知らないから」
「どういうこと?」
「1億の借金なんて存在しないんだよ。出資してくれる人がいるからな」
「出資ね。もしかして…今建ててる病院の理事長?」
「お、さやかにしては鋭いな。そうなんだよ。期待してくれてるんだ。だから1億の出資は確定してるんだよ」
「その…どうして私に一言も言わなかったの?」
「は?なんで言う必要があるんだよ」
「今は離婚したけど、離婚前なら言う必要はあったでしょ?夫婦だったんだから」
「お前に言う必要がないと思っただけだ。どうでもいいだろ、そんなことは」
「言えない理由があったんじゃないの?」
「そんなことない。適当なことを言うなよ」
「適当じゃないわよ。だって、その出資、もうもらえないから」
1時間後。
「水希、この間あったアイナ…あいつと連絡取れないか?」
「パパが働いてる病院の理事長さんの娘さんだっけ?」
「そうそう。そのアイナなんだけど、あいつ俺からの連絡を無視するんだよ」
「どうしてそんなに慌ててるの?」
「は…そっか」
「なんだよ」
「1億円の出資、なくなっちゃったんでしょ?」
「はあ?なんでお前がその…」
「私が何も知らないと思ってた?パパが裏でやってたことは、全部知ってるよ」
「全部って、一体何を?」
「アイナさんと結婚して、開業した病院の経営権の一部を譲る。理事長さんから1億円の出資を受ける条件でしょ?」
「なんで…なんでお前が知ってるんだよ。どういうことだ?」
「これ、ママも知ってるよ」
「は?なんで…」
「私が離婚届と一緒に証拠を渡したから」
「証拠?」
「最初はただの不倫だと思ってたんだけどね。パパ、書斎に理事長との契約書を置いてたでしょ」
「まさか、お前あれを見たのか…というか、あれをさやかに渡したのか」
「もちろん、“偶然入ってた”って手口でね」
「お前…なんでそんなことを。そんなことしたら、俺たちがどうなるか分かってんのか?」
「開業資金の1億円と、追加で借金した学費1000万。その借金を全部背負って生きていくことになるね。それだけじゃない。理事長は世間体を気にする人だ。もしこのことでさやかに訴えられたりしたら、パパは医者の世界で干されちゃうかもね」
「そんなことになったら、開業した病院の経営だって…一体どうするんだよ」
「私さ、ずっと疑問だったんだよね」
「は?何が?」
「ママがパパと離婚しなかった理由」
「どういうことだよ」
「だってそうでしょ?パパってママのことを、私の教育係とか家政婦みたいな扱いしかしてなかった。いくら夫婦って言っても、即離婚案件だよね」
「それは…さやかが俺を愛していたからで…」
「私が二浪して、パパが毎日のように私を怒鳴ってた時さ、ママはいつも私を庇ってくれてたよね」
「二浪するお前が悪い。俺は現役合格だったんだぞ」
「そう、そう、そんな感じ。ママは言ってくれてた。“水希はいつも一生懸命やってる。それを否定する権利はパパにはない”って。あいつは口だけは達者だったから」
「…守ってくれるママが大好きだった。けど、その時に気づいたの。“ああ、私がいるからなんだ”って」
「何?」
「ママは私を実の娘のように愛してくれてた。私だってママを本当のママだと思って接してきたけど、そのせいでママはパパから離れられない」
「それが何だって言うんだよ」
「ママは私のママでいるうちは、幸せになれない。だから、私を嫌いになってもらう必要があったの」
「嫌いになってもらう?じゃあ、最近になってさやかへ暴言を吐いてたのは…」
「だって、そうでもしないとママはパパと離婚してくれないでしょ?ママのことだから、普通に離婚しても私を引き取るかも。私立偉大の学費は安くないよね。これ以上、ママの負担になりたくないの」
「だからって、お前…これじゃ俺とお前の人生が…」
「私はママにひどいことを言って傷つけた。パパはママの18年を奪ってきた。そのバツを、一緒に受けようね、パパ」
翌日。
「さやか、頼む。助けてくれ」
「もう理事長から話は聞いたみたいね。1億の出資は取り消し、との結婚も破談。あなた、病院では指輪を外して独身だって言ってたのね?不倫だって知って、大激怒だったわよ」
「それは、その…」
「学歴の低い私と離婚した後のことを考えてたんでしょ?本当に、最初から教育係として結婚したのね」
「悪気はなかったんだ。医者の世界は大変で、学歴はかなり大事なことだったんだよ」
「まあ、理事長サイドにも問題があるわね。病院の経営権に目がくらんで、あなたの身辺調査を怠った。1億の出資をするにしては、軽率すぎるわ」
「なあ、さやか。こんな結末はあんまりだと思わないか」
「何がよ」
「水希はお前のためにこんなことをしたんだぞ。お前を母親として愛してるからこそ、泥をかぶったんだ」
「でしょうね。それを知ってて、娘をこんな目に合わせていいのか?俺の多額の借金は、水希の将来にも影響するぞ」
「体は大きくなって偉大に合格するぐらい立派になったけど、まだまだ考え方は子供よね」
「だろ?こんなやり方は誰も幸せにならない」
「本当にその通りねえ。私に一言相談してくれれば、もっと別の落としどころがあったかもしれない」
「そうなんだよ。水希はまだまだ子供で、だからこそ母親が必要なんだ」
「その子供を追い込んだのは、あなたよ」
「いや、それは…」
「医者になることだけが人生の全て。慣れなければゴミ。そう言って、水希の努力を否定してきた。それが水希の幸せになると思ってたんだよ」
「父親が父親なら、母親も母親ね」
「さやか…」
「あなたからの扱いなんて、私が我慢すればいい。そうすれば家族は幸せで、水希も幸せ。そんな独りよがりの考えを水希に押し付けてきた。自分に腹が立つわよ」
「だったら、ここからやり直そう。俺もお前もまだまだ未熟だったんだ。だからな、お前は講師として給料がいいし、力を合わせれば借金も…」
「して?何よりも腹が立つのは、この後に及んで自分の心配しかしてないあなた。俺は家族をやり直そうと思ってるだけで、これも水希やお前のためなんだ」
「自分のためでしょ。抱えた借金、失った立場にすがりついてるだけ」
「そんなことない。俺は…1億の借金が何?医者の世界で信頼を失ったから何?そんなの、水希の気持ちに比べたらどうでもいいわよ」
「どうでも良くないだろう。今までの俺のキャリアが、金が、全部なくなるんだぞ」
「自分の子供一人満足に育てられないで、何がキャリアよ、学歴よ?そんなの全部どうでもいい。ただ水希が幸せに生きてくれれば、それでいいの」
「その水希の幸せのために、夫婦に戻ろうって言ってるんだ。何も間違ったことは言ってないだろう」
「間違ってるわ。無理な親より、いない親の方がマしよ。私もあなたも、水希の親としては失格」
「だから、力を合わせて…」
「でも、あなたよりは私の方がマシな親よ。なら、私一人いれば十分です。これからの水希の人生に、達也、あなたは邪魔よ。消えてちょうだい」
1週間後。
「水希、大学始まったんでしょ?どう?」
「どうって…何が?もう他人だって言ったよね。連絡してこないでよ」
「…そうよね。私、不甲斐ない親だった。水希の母親面をする資格なんてないくらいに」
「は?何の話?」
「水希、本当にごめんなさい。あなたをそこまで追い込んで、私に嫌われないといけないって思わせて」
「…なんだ、気づいてたんだ」
「私…バカみたいじゃん。水希はいつだって私のことを思ってくれてた。本当は私にひどいこと言うの、辛かったんじゃない?あなたは優しい子だから」
「だって…ママは私がいない方が幸せになれるから」
「本当に私ったら親子よね。え、ダメなところばっかり似て。本当にバカ」
「似て…?私たち、血も繋がってないし」
「繋がってなくても、親子は親子じゃない。それに、本当によく似てるのよ」
「どういうところが?」
「自分が我慢すればいいって、独りよがりな優しさを押し付けるところ」
「それは…ママの人生に私は邪魔だから」
「誰がそんなこと言ったの?」
「え…」
「水希、私はあなたの母親になったこと、後悔したことないわ」
「でも、ママはいっつもパパのことで我慢してて」
「でも、それって悪いのは達也よね。そうだけど…私のためだったんだし」
「それは私が勝手にやったことじゃない。水希が責任を感じることじゃないわ。けど…」
「けど?」
「私はいつもママに迷惑ばっかりかけてるし。受験勉強だって、私がちゃんとできないからパパにママが怒られて…そうよね」
「本当に、私ってダメな親だわ」
「ママ…」
「水希、最初に言っておくべきだった。可愛い娘にかけられた迷惑は、迷惑じゃないわ」
「え?それって…」
「昔ね、水希がまだ小さかった頃。おむつを変えようとしたら、そのままおしっこしちゃって」
「え、や、何の話?」
「私の服はもうびちょびちょ。片付けも大変でね。けど、それを迷惑だなんて思わなかった。そんなことすら可愛くてね」
「…」
「小学生の頃、私にケーキを作ろうとして失敗して、キッチン中にクリームが飛び散った時もあったね。ハンドミキサーが暴れちゃって。何してるのって叱りながら、笑っちゃってね。私のためにこんなに一生懸命頑張ってくれて。“ああ、この子の母親になれてよかった”って、心から思ったの」
「ママ…」
「不甲斐ない母親かもしれない。でも、私はまだあなたの母親でいたいの」
「ママ、私も…私もママの娘でいたい」
「これからもよろしくね、水希」
「うん。ママ、よろしくね」
その後、達也が払っていた水希の学費1000万は私が払いました。別に達也を助けたかったわけではありません。ただ、水希の母親として胸を張りたかっただけ。水希のために何かをしたと、明確に思いたい。そんな我がままです。
もちろん、開業資金1億の借金についてはノータッチ。加えて、不倫の慰謝料請求も行いました。結果として、達也は開業のために準備していた土地も病院も高額な医療器具も、全てを手放すこととなりました。それでも借金は残ることとなり、今はその残金を払うだけの日々を送っています。
医者の世界は狭いと言いますが、失った信頼は大きく、達也は腫れ物扱いを受ける、むしろ疎まれる状態で働いているそうです。
一方、私はと言えば、今も講師としての仕事を続けながら水希と2人で暮らしています。水希は私へ暴言を吐いたことが気がかりだったようですが、あれは不甲斐ない親だった私へのいい薬になりました。親が子供の我慢している姿を見ると辛くなるのと同じように、子供だって親が我慢している姿を見るのは辛いことです。そんな当たり前のことに気づかず、自分を押し付けてきました。
その経験から、今は私も水希も、不満があればお互いに正直に伝え合っています。時には喧嘩になることもあります。でも喧嘩して、次の日には謝って笑い合って。そうやって、これからも親子としてお互いに成長していきたいと思っています。



