義母は私の目の前で、両親のことを「貧乏人」と笑った。結婚式当日、彼女は私の父が借り物のスーツを着ていると言い放ち、「生活保護の家系と結婚するなんて、あなたの将来に傷がつく」と孝太郎に言った。その直後、孝太郎は私に言ったのだ。「蒼いとは結婚できない。お前の家族は俺の人生に寄生するだけだ」。私は呆然としながら、目を疑った。昨日まであんなに優しかった夫が、まるで別人になっていた。私は泣きもせず、た…

義母は私の目の前で、両親のことを「貧乏人」と笑った。結婚式当日、彼女は私の父が借り物のスーツを着ていると言い放ち、「生活保護の家系と結婚するなんて、あなたの将来に傷がつく」と孝太郎に言った。その直後、孝太郎は私に言ったのだ。「蒼いとは結婚できない。お前の家族は俺の人生に寄生するだけだ」。私は呆然としながら、目を疑った。昨日まであんなに優しかった夫が、まるで別人になっていた。私は泣きもせず、た...

「お母さん、先日はご自宅にお招きいただきありがとうございました。高級マンションの広さに驚きました」

「ええ、とっても素敵なお宅でしたね。うちの夫も大手広告代理店のエリートだけど、息子も同じ会社に入るなんて、やっぱり遺伝子って大事よね」

私は孝太郎さんの母親と初めて会話を交わした瞬間から、何かが違うと感じていた。彼女の目は私を「嫁」ではなく「審査対象」として見ていた。

「私は肩書きで孝太郎さんを選んだわけじゃありません」

「でも結果的にその恩恵を受けるのはあなたよ。収入があることは凄いことなんだから」

「私も仕事を続けながら支えていきます」

「は?何言ってるの?女は家に入って夫を支えるものでしょ。家中をピッカピカに磨いて、栄養のある食事を作って、夫の帰りを待つの。それが妻の仕事よ」

「できる限り頑張ります」

「私の許可があったから結婚できるのよ。感謝してなさい」

その日の帰り道、私は孝太郎に打ち明けた。

「私、お母さんに嫌われてるみたい。仕事をやめろって言われたの」

「母さんらしいな。でも気にすることないよ。蒼いは蒼いらしくいればいいんじゃないかな。俺は蒼いの味方だからさ」

その言葉があれば頑張れる気がした。私は食事会のお店を決めることになった。

食事会当日。父の行きつけの寿司屋に両家が集まった。狭いけれど、味は確かな店だ。しかし、孝太郎の母親は開口一番、こう言った。

「ちょっと想定外の貧乏人で驚いちゃったわ」

「誰がですか?」

「あんたの親に決まってんでしょ。頭も悪そうだし、愛もないし、ボケも始まってるみたいだし」

「ちょっと失礼すぎませんか?二人ともしっかりしてます」

「だって母親の安物のワンピースにタグがついたままだったじゃない。しかも一万円だって。安物すぎて笑っちゃったわ。それにあの店は何?狭くって汚い、客もいない寿司屋で人を舐めるのもいい加減にしなさい」

「父の行きつけの店で、味は確かなんですが…お口に召さなかったようで申し訳ありません」

「結婚ってのは両家同士の繋がりも大事なのよ。こんなに格差があるようじゃ、この先が思いやられるわね」

「私は孝太郎さんが好きで一緒になりました。どうか温かく見守ってはいただけないでしょうか?」

「それはそちらの態度次第ね。結婚式あげるんでしょ?その時に絶対に恥をかかせないでちょうだい。たくさんのゲストが来るのよ。両家のバランスが取れていないことを悟られないようにしなさい」

式の前日、私は一人で婚姻届を出した。孝太郎は仕事で来られなかった。

「ごめん。一緒に出しに行けなくて。お疲れ様」

「大丈夫。ちゃんと受理されたよ」

「独身最後の夜は家族で過ごしたくて実家にいるんだ。さっき指輪を見せたら、お父さんが泣いちゃった」

「必ず僕が幸せにしますからって伝えて」

「ありがとう。安心すると思う。母さんのことは気にしなくていい。俺が守るから」

式当日。控え室に孝太郎が来て、神妙な顔で言った。

「蒼い、式の前にちょっといいかしら…母さんが話があるって」

孝太郎の母親が入ってきた。

「あちらのご両親の服装を見た?父親のスーツがダボダボなの。多分借り物よ。母親の喪服もおそらくレンタルね」

「そんなことをどうだっていいだろう」

「それが良くないのよ。親族の立ち話を聞いちゃったんだけど、どうやらあの夫婦、生活保護を受けてるみたいよ」

「蒼いの実家が生活保護?本当なのか?」

「そうよ。大問題でしょ。本当にあんな家と親戚になっていいの?あなたの将来に傷がつくわよ。式を上げた後でも離婚はできるんだから、よく考えなさい」

式は無事に終わった。しかし、二次会の前に孝太郎からLINEが来た。

「ごめん、二次会ちょっと遅れる。母が体調崩して家まで送り届けてくるね。蒼いは来なくていいよ」

「え、なんで?」

「もう無理だから」

「何が?」

「生活保護の家族は貧乏臭すぎてちょっと無理だわ。金ないんだろ」

「どうしてそう思うの?」

「蒼いのお母さんってアクセサリーつけないよな」

「金属アレルギーなだけよ」

「お父さんのスーツもダボダボでサイズ合ってなかったじゃん」

「オーダーした時より痩せちゃったみたいで、お直しする時間がなかっただけよ。買う金なくて誰かに借りたんだろ。違う」

「蒼いのことは好きだったよ。でも、そのせいで目が曇ってた。母さんにしつこく言われて、やっと目が覚めたんだ。蒼いとは結婚できない」

「ちょっと待ってよ。あなたが結婚するのは私でしょ?両親に何の関係があるの?」

「身分の差がありすぎて嫌な思いをするのは蒼いだよ。親父の会社知ってるよな。誰もが知る上場企業だ。俺はサラブレッドなのに、その自覚がなくて顔とスタイルだけで蒼いを選んでしまった」

「私そのものを見てくれたんじゃなかったの?」

「心の綺麗なところに惹かれたって言ってくれたじゃない」

「女子は内面褒めれば喜ぶって親父が言ってたから」

私はその言葉で全てを理解した。この人は最初から私を「人」として見ていなかった。

「結婚式直後で悪いが、離婚な」

「随分と軽いなことをさらっと言うんだね」

「先に籍入れちゃったのは失敗だったけど、仕方ない。二次会には蒼いの友達もいるんだろ?今日のところは具合が悪くなったとか言っといて、数ヶ月くらいしたら離婚しましたって報告すればいいだろう」

「みんなお金も時間も使ってお祝いしに来てくれたのに」

「そうやってすぐ金の話に持っていくところとか、やっぱり貧乏臭いんだよな。母さんの言った通りだったわ。まあ、どうしても俺の妻でいたいなら、家族と縁を切れば考えてやるけど」

「冗談じゃないわ」

「強がるなよ。実家と絶縁さえすれば俺と一緒に入れるんだぞ」

「あなたとならどんな苦労も乗り越えられると思ってた。家柄やお金じゃなく、あなたという人を愛してたのに」

「悪いけど、お前らみたいなのに寄生されたら俺まで人生終わっちまう」

「そっか。私じゃなくて、あなたを飾る都合のいい人が欲しかっただけなのね。ここまで大事な両親を馬鹿にされて限界だわ。こっこっちから願い下げよう。あなたの異常性に早いうちに気づけてよかった」

数日後、孝太郎の母親が私の家に現れた。

「あんたたち、もう離婚するんだってね。やっぱり私の思った通りになったわ。私の息子の戸籍を汚したのよ。謝罪はないの?」

「汚れたのはこちらも同じです」

「何言ってるの?うちの苗字を一瞬でも名乗れたんだから、箔がついたってもんでしょう。喜びなさいよ」

「私はそのようなものに価値を感じていません」

「いかにも貧乏人が言いそうなセリフね」

「あなたが見下している貧乏人の基準が分かりませんが、そのような方々のおかげで自身の生活が成り立っているんじゃないですか?」

「逆よ。私たちのような特権階級がいるから、あなた方が生きていけるの。あなたたち庶民がなぜ安い値段で飛行機に乗れているか分かる?ファーストクラスに乗る人がいるからよ」

「それが何だって言うんですか?」

「仮にあなたと息子が結婚して家族旅行にでも行ったとしましょう。私たちはビジネスクラス、あなたたちはエコノミー。それだけでせっかくの旅行が台無しにならない?」

「そんな旅行にそもそも行きませんので」

「口だけは一人前ね。私も鬼じゃないし、あなたの幸せを願ってるのよ。どレベルのフリーター男でも捕まえて、身分相応の暮らしをしなさいね」

「差し出口される覚えはありません。余計なお世話でした。失礼します」

それから一年後。孝太郎が突然、私の職場に現れた。

「あい、久しぶり。元気にしてた?」

「今更なんの用?」

「実はさ、高校の同級生で医者になったやつがいるんだけど、そいつに聞いたんだけど…蒼いの父親が心臓外科の権威って本当なのか?」

「だったら何?」

「実は俺の母さんに心臓の病気が見つかったんだ。すごい医者だってことは承知の上で頼みたいんだけど、手術の順番すっ飛ばせないかな」

「冗談やめて。親父が金ならいくらでも出すって言ってるんだ」

「よく私や父に頼み事なんかできるわね。呆れるわ。悪いけど、うちの父はワイロは受け取らない。諦めて」

「なんで医者だってこと隠したんだよ」

「そういう風に、肩書きを知った途端特別な扱いを求めてお金で順番をどうにかしようとする人が多すぎるからよ。言っておくけど、父はどんな大企業の社長でも有名な政治家でも優遇はしないから。外来でちゃんと診察をして、その重症度から手術日を決めてるわ。当然、手土産も一切受け取らない」

「あんな地味なおっさんがすごい医者だったなんて」

「父は昔から見栄には一切気を使わない人だった。愛想も良くないし、石同士の付き合いもしない。でも患者さんにはとことん寄り添う医者よ。私はそんな父が大好きだし、自慢なの」

「だったらそれを早く言えばよかっただろう」

「仮に言ったとしようか。そして仮に私たちが結婚してたとする。それでも父がお母さんを優先することはない。あなたたちのような、お金でどうにかなると思ってる人たちから心ない言葉を投げられてきてるから、そのくらい慣れてると思うわ」

「使えないじじいだな」

「父に直接そう言ってみたら?どうせ言えば、手術はしませんとか言うんだろ」

「うん。それでも順番が来れば手術はする。私の父はそういう人なの」

「くだらねえ。母さんを助けられないなら、俺にとっちゃ用済みなんだよ。話は終わり。忙しいから失礼するわ」

「これで母さんに何かあれば許さないからな」

「逆恨みはやめてください。さようなら」

数日後、父の悪口が匿名掲示板に書き込まれているのを見つけた。私はすぐに孝太郎に電話をした。

「父を名指しで攻撃してるのはあなたね」

「証拠があって言ってんのか」

「つい先日手術を断ったばかりで、ネットであることないことが拡散されてるのよ。疑われても仕方ないでしょう」

「俺以外の可能性だってあるだろう」

「断ったのは直近であなたしかいない」

「失敗した患者の遺族かもしれないだろう」

「確かに残念な結果に終わった方もいると思う。でも遺族の方は父に感謝こそすれど、恨み事を言われたことはないって母が言ってた」

「大体、お前の母親もなんであんなに地味なんだよ」

「母は医者として実直な父が好きなの。自分が食うために結婚したわけじゃないから」

「嘘だね。家も服も宝石も、全部欲しくないって言うの?信じられない」

「父の手術がうまくいくよう健康を管理して、ご先祖様に感謝することが幸せだと思えるような人よ。あなたは金や地位が人生で大事だと教えられてきた。それも大事かもしれない。でもだからと言って、その家族を侮辱して貶めたことを許すほど、私は心が広くないの」

「なんだよ。お前に何ができるんだ。しがない事務員の娘が、うちに張り合おうっていうのか」

「別に力で殴り合うわけじゃない。正しい行いをしていれば必ず報われるって信じてる」

「ご立派。ご立派。そんなことより、お母様は大丈夫なの?ネットに書き込む暇があるなら、手術ができる医者をお探ししたらどう?」

「もし母さんに何かあれば、お前に慰謝料請求してやるからな」

「とても上流階級のおぼっちゃまとは思えないほど低レベルな会話で驚いてるわ」

「俺に捨てられた女が偉そうに」

「捨てていただいて感謝してるのよ。お礼を言い忘れてたかも。ありがとう」

「気が強い女だな。まあいい。このくらいで終わると思うな」

「これ以上暴れたら、あなたの人生が終わるわよ」

「お前ごときに何ができる?」

「じゃあ、気が済むまでやればいいんじゃない?父が積み重ねてきた信頼や実績は、ネットの誹謗中傷くらいで崩れるものじゃない。そのことが今回改めて証明されただけよ」

「てめえ、覚えてろよ」

数日後、孝太郎から電話がかかってきた。

「なんで俺も親父も首になるんだ」

「さあね」

「親父なんて定年間近だったんだぞ。退職金ももらえずに終わるなんてありえないだろう」

「大手広告代理店の権力を使って、三流出版社に『医療ミスを連発する医者』として出鱈目な記事を書かせたからじゃない?それでしょ」

「俺は何も知らない」

「父だけじゃない。母や私のことまで悪く書かれてた。『父が蹴ったワイロを横から抜く悪妻』、『私は結婚式当日に他の男とホテルに行った不倫妻』。適当なことばっかり書かないでよ」

「親父がやった証拠なんてないだろうが」

「その出版社の編集者が吐いたのよ。取引先の社長に問い詰められれば、適当なことは言わないと思うけど」

「誰のことだよ」

「鈴木さん。蒼井さんの会社の社長でしょ」

「え、なんでうちの社長が出てくるんだよ」

「鈴木社長の命を助けたのはうちの父よ。それで納得する?大企業の社長だろうと助けないって言ったでしょう。お金では動かないと言っただけ。社長さんは外来を受診して順番を待った。正規のルートで手術を受けた患者よ」

「そうなのか…」

「雑誌を目にした鈴木社長はすぐに調査し、部下の仕業だと知って父に謝罪しに来てくれたの。だから今日の朝一で解雇通知が届いたんでしょ。父は大会社ほど稼いでないし、テレビに出て売れているわけでもない。でも日本中に、父への感謝を忘れないでくれる人がたくさんいるの。社長もその一人よ」

「分かった。お前の親父さんは立派だ」

「分かってくれて嬉しいわ。じゃあ、さようなら」

「待て。説明が終わってないだろう。父さんはいいとして、俺まで首になるのはおかしい。週刊誌の件には俺は一切関わってないんだぞ」

「開示請求をして、ネットへの書き込みがあなたであることを特定したの。その事実を私が会社に報告したからよ」

「お前、そんなことすれば大事になるって分かるだろう」

「分かってやったのよ」

「ふざけんな」

「大事な両親を馬鹿にされ、何の事実確認もせず一方的に離婚を突きつけられた。あれは嘘をついたお前らの責任でしょ」

「嘘なんかついてない。あれが素の両親だった。ミスぼらすぎたんだよ」

「あの後、友達や親戚からは冷たい視線を向けられたよ。そりゃそうだよね。結婚式が終わって二次会にも来ず、数日後には離婚の報告なんだもん」

「俺だって身内にはチクチク言われたわ。過去のことはもういいだろ」

「忘れかけた頃に写真付きで出してきたのはそっちよ。離婚したのには理由があったんだ」

「別に今更どうでもいいけど」

「小学生の時にけ太って親友がいた。そいつが家に遊びに来た直後、俺の大事なゲームソフトが無くなったんだ。母さんにひどく怒られてさ。『生活保護の家の子と遊ぶからこうなるんだ』って。証拠もないのに疑ったの?」

「証拠はあったんだよ。俺見たんだ。け太がゲーム機に触ってるのを」

「本当に?」

「け太は泣きながら盗んでないって言ってたけど、母さんがけ太のバッグから俺のゲームを見つけたんだ。『貧乏な子は平気で嘘をついて奪うのよ』って。母さんがバッグから出した瞬間の、健太の絶望したような顔がずっと焼きついて離れなかった」

「それ、本当にお母さんが見つけたの?」

「ああ、俺の目の前でバッグから出てきたんだ。それがどうしたって言うんだよ」

「私、け太君は盗んでないと思う。お母さんがけ太君を遠ざけるために、自分でゲームをバッグに入れたんじゃないの?そっちの方がよっぽど辻褄が合うわ」

「母さんがそんなことするはずないだろ」

「そう。同じようなことが一年前にあったでしょ。うちは生活保護じゃないし、親戚がそんなことを結婚式上で話すわけがない。全部、お母さんの作り話よ。お母さんは、そうやってあなたをコントロールしてきたのね」

「底辺の人間は好き勝手に俺たちから奪っていく。そういう風に、嫌というほど叩き込まれたんだ」

「で、結婚式の日、母さんから生活保護よって聞かされた瞬間、け太の顔が浮かんだ。お前の家族全体が、俺の金や人生に寄生して、ことごとく盗んでいくんじゃないかって。それで寄生される前に、私を切り捨てたのね」

「怖かったんだ。俺の輝かしい未来を守るための正当防衛だ」

「あなたは自分の恐怖から逃げるために、一番大切にするべき人たちを自分から切り捨てたのね」

「俺だってどうすればいいかわからなかったんだ。母さんに『貧乏人は奪う生き物だ』って、ずっとずっと言われ続けてきたんだよ」

「そうね。あなたもある意味、お母さんの嘘の被害者だった。昔の優しかったあなたを思い出すと、本当に胸が痛むわ。でも、あなたが選んだその生き方は決して肯定できない」

「俺の人生、母さんの嘘のせいで狂っちまったのか。蒼いも親友も、俺自身の仕事も…」

「泣きつくのは私じゃない。あなたの母親よ」

「だからって母さんを見捨てることができない」

「じゃあ、助けてあげたら?」

「待ってくれ、蒼い。母さんを助けてやってくれよ」

翌日、孝太郎の母親が病院のベッドから電話をかけてきた。

「蒼井さん、少しだけ話を聞いてくれない?私のことなんてどうでもいいの。孝太郎のことでお願いがあるの。解雇を取り消すよう、お父様に動いていただけないかしら」

「弁護士を通してください」

「そんな他人行儀な。あなたとは家族だったじゃないの」

「一瞬だけです」

「意地悪言わないでちょうだい。私も反省してるのよ。あなたのご両親のことをあんな風に言うべきじゃなかったわ。大変申し訳ありませんでした」

「受け取れません。あなたの謝罪は、孝太郎を助けるための手段でしょ?」

「そんなことない。本当に反省してるのよ」

「じゃあ聞きますけど、なぜうちの両親が生活保護だと嘘をついたんですか?それに答えられないなら、反省してないってことです」

「昔の話をじくじく繰り返さないでちょうだい。私だって必死なの。夫と息子が同時に仕事を失って、生きるに生きられないのよ。おまけに私は入院してて身動きも取れないわ」

「私には関係のないことです」

「なんて冷たい人なの?あなたは孝太郎の妻でしょ?」

「元妻です」

「一度籍を入れた以上、繋がりは消えないのよ」

「確かに、私の黒歴史として刻まれてますね」

「ひどいわ。こんなにお願いしてるのに。…孝太郎からけ太君の話を聞きました。ああ、あの貧乏人の子のこと?け太君は本当にゲームを盗んだんですか?」

「は?何言ってるの?」

「疑惑が向くように、あなたが仕組んだんじゃありませんか?孝太郎の話を聞けば、真っ先にそう疑うのが自然です。正直に言えば、助けてくれる?」

「検討します」

「あの子たちを引き離すためにやったのよ。貧乏人は寄生虫だから、付き合うべきじゃないの」

「最低ですね。息子を騙したこと?その結果が今の事態を招いたんです。人の価値をお金や地位でしか測れないモンスターに育てたのは、あなたです」

「違う。私は息子にいい人生を歩んで欲しかっただけよ。そのために、周りに置く人間は選ぶべきなの」

「一つ聞いていいですか?あなたはどんなご家庭の出身ですか?」

「死に体の和菓子屋だって知ってるでしょ?」

「念のため調べさせていただきました。廃業した小さな和菓子屋ですよね。しかも経営難で、あなたが高校生の時に店を畳んでいる。ご両親は離婚されて、あなたは高校を中退し、バイトをして家計を支えたんですよね。お父さんとの出会いはバイト先の喫茶店。猛アタックの末に結婚したと聞きました」

「やめて」

「悪くないですよ。でも、ご自身が貧しかった過去を隠したんでしょ」

「言わなかっただけよ」

「自分のコンプレックスを子供に押し付けたことが失敗だと言ってるんです。あなたに子供の大事なものを奪う権利があるんですか?うちの父はどんな患者でも分け隔てなく見ます。生活保護の方も大企業の社長も、同じ命として向き合う。だから私はあの人が誇りなんです。あなたが見下した父は、今日も誰かの命を救っています。家族の人生を壊したあなたは、今どんな気分ですか?」

「私が間違ってたわよ。でも、今更取り返せないでしょ」

「ええ、取り返せません。でもせめて、孝太郎に歪んだ価値観を植えつけたことを謝ったらどうですか?」

「分かってるわ」

「息子さんの今後はご自身で何とかしてあげてください。私には何もできません。…あの手術の件なんだけど、本当にどうにもならないのかしら。そこをなんとか。私の大事にしてた宝石もバッグも全て差し上げるから」

「そんなガラクタで命が変えられると思っているんですか?お母様の心臓の病気が無事治ることを祈ってます。克服したら、その貧乏くさい根性も直してください」

その後、元実家は転落の一途をたどった。孝太郎の父親は週刊誌への脅迫が明るみに出て、会社を解雇され、評判を落としたことで賠償問題となり、多額の負債だけが残った。孝太郎も共犯として首になり、再就職も見つからず、人手の足りない建設会社で日雇い労働をしているようだ。

何の因果か、その現場を仕切る建設会社の社長は、中学卒業後に働き上げて起業し、社長になった健太君だった。孝太郎はかつて見下していた彼の下で、泥水をすすって働いているそうだ。あの日のことを謝れていたらいいなと願わずにはいられない。

一家は自慢の高級マンションも売却し、今は家族三人で親戚の倉庫に住まわせてもらい、あれほど嫌悪していた「寄生虫のような生活」を送っている。

義母の心臓の病気は別の病院で手術を受けて無事成功したそうだが、彼女が見下していた一番安い大部屋での入院生活を送り、特別扱いされることなく命を救われたというのは、何とも皮肉な話だ。

一方、私の父は変わらず患者さんのために毎日真剣に手術室に立っている。母はそんな父を笑顔で支え続けている。飾らないけれど温かくて愛情深い両親。私はそんな二人の娘に生まれて、本当に幸せだと心から思っている。

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