「おばあちゃん、もう会えないよ。あの日、息子夫婦から『二度と連絡しないで』と言われ、35年間住んだ家を1時間で追い出された。68歳で一文無しになったと思ったら…実は7300万円の隠し財産があった。息子夫婦は知らない。私が半年前から全てを準備していたことを。」

「おばあちゃん、もう会えないよ。あの日、息子夫婦から『二度と連絡しないで』と言われ、35年間住んだ家を1時間で追い出された。68歳で一文無しになったと思ったら…実は7300万円の隠し財産があった。息子夫婦は知らない。私が半年前から全てを準備していたことを。」

玄関のインターホンが鳴ったのは、午前八時ちょうどだった。息子のトールが寝ぼけまなこで応答すると、画面には見知らぬ男性が二人映っていた。

「福祉事務所の中田と申します。高齢者虐待の通報を受けまして、調査に伺いました」

「は?虐待?」

トールの顔色が一瞬で変わった。慌てて妻のかおりを呼ぶ。玄関に現れたかおりも、事態が飲み込めずに困惑していた。

「どういうことですか?虐待だなんて」

中田と名乗る男性は冷静に説明を始めた。

「昨夜、原田英子さんから通報がありました。長期間にわたる精神的虐待、そして昨夜の深夜に自宅から追い出すという行為も確認されています」

「追い出しじゃありません!話し合いの上で!」

かおりが必死に弁明するが、中田はポケットから書類を取り出した。

「こちらに録音データの文字起こしがあります。『初日から嫌いだった』『存在自体が疎ましい』『元家族』……これらの発言は明らかな精神的虐待に該当します」

トールとかおりは顔を見合わせた。まさか録音されていたとは。

そこへ、もう一人の訪問者が現れた。

「失礼します。弁護士の若宮です。原田英子さんの代理人として参りました」

若宮弁護士はブリーフケースから書類を取り出すと、テーブルの上に置いた。

「まず、この家の件についてお話しします。名義はトールさんになっていますが、名義変更時に交わされた覚え書きにより、英子さんの居住権が保証されています」

「覚え書き?そんなもの知らない」

トールが青ざめながら言う。

「ご自身でサインされていますよ。こちらがコピーです」

差し出された書類を見て、トールは言葉を失った。確かに自分の署名と印鑑がある。

「昨夜の追い出し行為は、この居住権の侵害にあたります。名義変更の無効申し立てを行います」

「無効?そんなことできるわけない!」

かおりが叫ぶが、若宮弁護士は冷静に続けた。

「さらに、精神的虐待による慰謝料請求も行います。三ヶ月分の録音データ、近隣住民の証言、そして英子さんの介護記録もあります。請求額は一千万円です」

「一千万円……!」

トールの膝が崩れそうになる。

そこへ、トールのスマートフォンが鳴った。ディスプレイには「母」の表示。

「母さん……おはよう。トール」

英子の声は、昨夜とは打って変わって明るくはんでいた。

「驚いたでしょうね」

「母さん、これは一体……」

「言ったでしょう。選択を後悔しないことを祈ってるって」

「でもこんな……!」

「あら、何か問題でも?私は法的に正当な手続きを取っているだけよ。あなたたちが昨日言ったように、お互いに自立して生きていくために必要なことなの」

かおりが電話を奪い取った。

「お母さん!今すぐこの人たちを帰らせて!」

「あら、かおりさん。『二度と連絡するな』『警察を呼ぶ』っておっしゃってませんでした?それはご心配なく、もう連絡することはありませんから。全て弁護士を通してやり取りさせていただきます」

英子の声には、静かな決意が込められていた。

「それから、もう一つお知らせがあります。私の財産についてですが……」

「財産?」

「ええ。実は七千万円ほどの預金があるんです。でも安心して。あなたたちには一円も渡しませんから」

「七千万円?嘘でしょう!」

「いいえ、本当よ。お父さんの生命保険金、私の退職金、そして三十六年間の貯金。全部で七千三百万円。昨日、全額を新しい生活のために使うことにしました」

「そんな……聞いてない!」

「聞かれなかったもの。それに『自分の老後は自分でなんとかしろ』っておっしゃったでしょう?だから自分でなんとかすることにしたの」

英子は続けた。

「今、私は市内の最高級老人ホーム『グランドパレス』にいます。入居二千万円、月額三十万円。プール付きで、毎日フレンチのフルコースが食べられる素敵な場所よ」

「二千万円……!」

かおりの声が裏返った。

「ええ、それから遺言書も書き換えました。全財産は介護施設と子供基金に寄付します。あなたたちへの相続はゼロです」

「母さん、待ってくれ!話し合おう!」

トールが必死に訴えるが、英子の返事は冷たかった。

「話し合い?昨日、十分話し合ったじゃない。『もう家族じゃない』『元家族だ』って。あれが本音でしょう?三ヶ月も前から準備していたんですから」

若宮弁護士が書類を置いていった。

「では、一週間以内にご返答をお願いします。居住権侵害の件、慰謝料請求の件、両方についてです」

中田も続けた。

「福祉事務所としても、継続的に調査させていただきます。必要があれば刑事告訴も検討します」

二人が帰った後、トールとかおりはリビングに座り込んでいた。

「どうしよう……一千万円なんて払えない。家の名義も取られるかもしれない。母さんが七千万円も持ってたなんて……」

かおりが突然、トールを睨みつけた。

「あなたのお母さんでしょ!なんとかしてよ!」

「俺だって知らなかったんだ!」

二人の間に、初めて大きな亀裂が入った瞬間だった。

その頃、英子はグランドパレスの豪華なラウンジで、優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。

「奥様、いかがですか?」

「とても快適よ。ありがとう」

ホテルのようなサービスのスタッフが笑顔で応える。窓の外には美しい庭園が広がっていた。

スマートフォンが鳴った。トールからの着信だったが、英子は電源を切った。

「もう、終わったことですから」

静かにティーカップを傾けながら、英子は新しい人生の第一歩を踏み出していた。

グランドパレスでの生活が始まって二週間。英子は今まで味わったことのない自由と平穏を手に入れていた。

朝六時、プールで優雅に泳ぐ。介護の仕事で早起きは慣れていたが、今は自分のためだけに時間を使える。水の中を進みながら、三十六年間の重りが少しずつ溶けていくのを感じた。

「原田さん!今朝もお元気ですね」

同じフロアに住む御婦人が声をかけてくれた。元大学教授の品の良い女性だ。

「こんなに体を動かすのは何年ぶりかしら」

朝食はレストランでフレンチコース。専属のシェフが腕を振るう料理は、まるで高級ホテルのようだ。

「奥様、今日のデザートはイチゴのミルフィーユです。お召し上がりになりますか?」

「ええ、是非」

かつて息子夫婦のために節約していた頃が嘘のようだ。自分の年金と貯金で、何不自由ない生活が送れる。これが本当の自立した老後というものだろう。

午前中は施設内のカルチャー教室へ。今日は水彩画のレッスンだ。

「原田さん、筆の使い方がお上手ですね。センスがいいです」

講師の先生に褒められて、心が温かくなる。そういえば、絵を描くのは四十年ぶりだ。子育てに追われて、自分の趣味など考える余裕もなかった。

隣の席の女性が話しかけてきた。

「原田さんは最近入居されたんですよね。私、佐々木と申します」

「はい。ヨロシクお願いします」

「お一人で?」

「ええ……息子夫婦とは、まあ、色々ありまして」

佐々木さんは優しく微笑んだ。

「私も似たようなものです。娘に『施設に入った方が安心』と言われて。でも、今はここに来て本当に良かったと思っています」

午後、友人の若宮弁護士から連絡があった。

「英子さん、ご報告があります。息子さん夫婦から和解の申し出がありました」

「和解?」

「はい。慰謝料一千万円は払えないが、三百万円ならなんとか用意できると。それと引き換えに、居住権の件は取り下げて欲しいと」

英子は少し考えてから答えた。

「分かりました。三百万円で結構です。これ以上関わりたくありませんから」

「本当によろしいんですか?もっと取れますよ」

「いいんです。あの子たちも、これから大変でしょうから」

実は、トールとかおりの現状も耳に入っていた。あの一件以来、夫婦仲が急速に悪化しているという。かおりは実家に帰ることが増え、トールは仕事でもミスが増えているらしい。

お金のことで夫婦が壊れていく。皮肉なものだ。私をお荷物扱いしていた二人が、今度は互いを重荷に感じ始めている。

夕方、施設の庭園を散歩していると、顔見知りになった入居者の方々が声をかけてくれる。

「原田さん、今日も素敵ね」

「夕食、ご一緒しない?」

ここには、私を必要としてくれる人たちがいる。押し付けがましくない、程よい距離感の人間関係。これこそが私が求めていたものだった。

部屋に戻ると、古いアルバムを開いた。優馬の写真が並んでいる。

「ごめんね、優馬。おばあちゃん、もう会えないけど」

でも、涙は出なかった。むしろ、優馬にとってもこれが良いのかもしれない。両親の不仲に巻き込まれるより、平穏な日々を送ってほしい。

ある日、施設のロビーで新聞を読んでいると、見覚えのある顔が飛び込んできた。

「母さん」

トールだった。やつれた顔で、スーツもシワだらけだ。

「あら、トール」

英子は新聞から顔を上げずに答えた。

「話が……あって来たんだ。少し時間をもらえないか」

「五分だけなら」

トールは英子の向かいに座った。

「お母さん……本当にすまなかった。俺たちが間違っていた」

「それで?」

「かおりとは……別居することになりそうなんだ」

英子は驚かなかった。むしろ、予想通りと言ったところか。

「お金のことで揉めてね。母さんが七千万円持ってたと知ってから、香りの態度が変わって……」

「そう」

「母さん、もう一度やり直せないか?俺、心を入れ替えるから」

英子はゆっくりと顔を上げ、息子の目を見つめた。

「トール、あなたは私を『元家族』と言ったわね。あの言葉は、一度口から出たら取り消せないのよ。あなたももう四十歳を過ぎた大人でしょう。自分の言動には責任を持ちなさい」

トールの目に涙が浮かんだ。

「でも……親子じゃないか」

「親子?都合のいい時だけ親子なの?」

英子は立ち上がった。

「トール。私はもうあなたの人生に関わるつもりはありません。お互い自立した人生を送りましょう。それが、あなたが望んだことでしょう」

「母さん……」

「さようなら、トール。お元気で」

英子は振り返らずにエレベーターに向かった。

その夜、部屋で日記を書いた。

「今日、息子と最後の別れをした。寂しくないと言えば嘘になる。でも後悔はしていない。人生は選択の連続。息子夫婦は私を切り捨てることを選んだ。そして、私は自分の尊厳を守ることを選んだ。それでいい」

翌週、介護施設の後輩から連絡があった。

「英子さん、お元気ですか?実は、英子さんにお願いがあって」

「どうしたの?」

「新人研修の講師をお願いできませんか?英子さんの経験を、若い人たちに伝えて欲しいんです」

英子は少し迷ってから答えた。

「分かったわ。週に一回なら」

三十六年間の介護経験を、次の世代に伝える。これも私にできる社会貢献だ。

研修の日、久しぶりに介護の現場に立った。

「高齢者の方々は、私たちの先輩です。その尊厳を守ることが介護の基本です」

若い職員たちが真剣に聞いてくれる。

「でも、自分の尊厳も大切にしてください。誰かのために生きることは素晴らしい。でも、自分のために生きることも、同じくらい大切なんです」

講義を終えて施設に戻ると、佐々木さんが待っていてくれた。

「原田さん、お疲れ様。今日はワインで乾杯しませんか?」

「ええ、喜んで」

ラウンジで入居者仲間とワインを傾ける。窓の外には美しい夕焼けが広がっていた。

「乾杯!」

「新しい人生に、乾杯」

グラスが触れ合う澄んだ音が響いた。

英子は今、本当に幸せだ。誰かのお荷物ではなく、一人の人間として生きている。六十八歳にして掴んだ本当の自由。

理不尽に屈しない強さ。自分を守る勇気。そして、新しい人生を始める希望。これらは誰もが持っている力だ。

もしあなたも理不尽な扱いを受けているなら、どうか諦めないでください。人生に遅すぎるということはありません。いつからでも、新しい一歩を踏み出せるのです。

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