「鍵なら変えましたよ。ここ、もう私たちの家ですから」 長年住んだ家を息子夫婦に譲ったのは、夫の命日にお参りしたかったから。なのに、鍵を変えられ、仏壇は「邪魔」と言われ、手作りの惣菜は「衛生的に怖い」と笑われた。30年守ってきた店の味も、夫との思い出も、全部否定された気がした。でも、私はもう黙ってはいられない。あの約束を、私は絶対に取り戻す。 コメントで続きを教えてください。

「鍵なら変えましたよ。ここ、もう私たちの家ですから」 長年住んだ家を息子夫婦に譲ったのは、夫の命日にお参りしたかったから。なのに、鍵を変えられ、仏壇は「邪魔」と言われ、手作りの惣菜は「衛生的に怖い」と笑われた。30年守ってきた店の味も、夫との思い出も、全部否定された気がした。でも、私はもう黙ってはいられない。あの約束を、私は絶対に取り戻す。 コメントで続きを教えてください。

玄関の鍵が回らない。何度差し込んでも、カチッと音がしない。20年以上使ってきたこの家の鍵なのに、まるで違う鍵のように感じた。まさか、鍵が変えられた?

震える指でインターホンを押すと、長男の嫁のみ咲がドアチェーンをかけたまま顔を出した。

「お母さん、何してるんですか?」

「鍵が開かないのよ」

するとみ咲は、何でもないことのように言った。

「ああ、鍵なら変えましたよ。ここ、もう私たちの家ですから」

鍵を変えた?ここは私が夫と30年かけてローンを払い終えた家。息子夫婦に譲ったけれど、約束があったはずだ。

「今日はお父さんの命日が近いから、仏壇に手を合わせたくて来たのよ」

み咲は面倒そうにため息をついた。

「仏壇ですか?正直、あれも邪魔なんですよね。場所取るし、そのうち片付けようと思ってます」

仏壇を邪魔扱いする言葉に、手に持っていた惣菜の袋が急に重く感じられた。

私はさち子、65歳。32年前から商店街で夫の正と二人で始めた小さな惣菜屋を営んでいる。朝5時、まだ商店街が眠っている時間に店に入り、出汁を取り、煮物を仕込む。

「さち子、お前の煮物なら金取れるぞ」

そう言って笑った正に背中を押され、本当に店を始めたのはいい思い出だ。最初はお客さんもほとんど来なかった。でも、一人また一人と「昨日の煮物、美味しかったよ」「今日も同じのある?」と言ってくれる人が増え、気づけば30年以上の月日が流れていた。この商店街が私たち夫婦のもう一つの家になっていた。

30年の間で辛かったことといえば、正が10年前に突然の病気で亡くなったことだ。何も考えられないほど落ち込んだ。それでも翌朝、店を開けた。正が入院中、何度も言っていたからだ。「店は閉めるなよ。あそこはさち子の宝だ」と。

そして、私にはもう一人、支えてくれる人がいた。息子の優太だ。夫の葬儀の夜、優太は私の隣に座り、「母さん、俺がいるから」と言ってくれた。その言葉に何度救われたか分からない。

優太は真面目に働き、30歳の頃、み咲を連れてきた。

「初めまして。優太さんからお母さんの惣菜がすごく美味しいって聞いてます」

明るく笑うみ咲を見て、私は嬉しくなった。きっと天国にいる正にも「優太にいい人ができたわよ」と報告した。

二人は結婚し、賃貸マンションで新生活を始めた。ところが半年ほどした頃、優太が困った顔で相談してきた。

「母さん、最近家賃も上がってなかなか貯金できなくて。み咲も仕事をやめたばかりだし」

私は数日悩んだ。そして、正の仏壇の前に座った。

「この大事な家、思い出の詰まった家、優太たちに譲ってもいい?」

正と30年かけてローンを払い終えた家。優太が初めて歩いた廊下。三人で食事をしたリビング。庭には正が大切にしていた梅の木。手放すのは正直、とても寂しかった。でも、優太があの家で幸せな家庭を作るなら、正も喜んでくれるだろう。

私は決めた。

「優太、家賃で悩まなくていいわ。家をあなたたちに譲るわ」

優太は目を見開いた。

「本当に?でも母さんは?」

「母さんは店の近くにアパートを借りるわ。商店街も近くなって通勤も楽になるし」

優太は泣きながら「ありがとう」と何度も頭を下げた。み咲も「お母さん、本当にありがとうございます」と笑っていた。

家を譲る手続きの際、私は二つだけお願いした。

「お父さんの仏壇はそのまま残してね。それから、命日くらいは私もお参りに来てもいい?」

優太は「そんなの当たり前だよ」と言い、み咲も「いつでも来てください」と言ってくれた。大切なことだから、その約束も書面に残した。

私は安心して、店から歩いて10分ほどの小さなアパートへ移った。最初の頃は毎週のように以前の家を訪ねた。

「母さん、今日何持ってきた?」

「きんぴらとポテトサラダよ」

「やった!」

み咲も「お母さんの味、やっぱり美味しいです」と言ってくれた。私は家を譲ってよかったと心から思っていた。

でも、半年ほど経った頃から、少しずつ何かが変わり始めた。訪問しようとすると「今日は予定があるので」と断られる。それでも、新婚夫婦には二人の時間も必要だと自分に言い聞かせていた。

そして、正の命日が近づいた秋の日。私は久しぶりに優太の好きなポテトサラダと煮物を持って、以前の家へ行った。そこで鍵が交換されていることを知った。さらに、家の中にすら入れてもらえなかった。

「み咲さん、せめて今日だけお父さんに手を合わせたら帰るから」

「無理です。急に来られると迷惑なんですよ」

私が持ってきた袋を見ると、み咲は鼻で笑った。

「手作りって正直、衛生的にちょっと怖いんですよね」

32年間、私は惣菜屋をやってきた。一度も衛生面で問題を起こしたことはない。でも何より辛かったのは、私の料理を否定されたことではない。正との思い出も、私が家を譲った気持ちも、邪魔なものとして扱われたことだった。

帰り道、優太に電話した。三度目でようやく繋がった。

「優太、鍵変えたの?」

少し沈黙があって、

「ああ、み咲と相談して。母さん、悪いけどもうあそこは俺たちの家なんだ。勝手に来られると困るよ」

「お父さんの仏壇は?」

「それはみ咲と相談する」

電話を切った後、涙が止まらなかった。

夫の命日、私はアパートの小さなテーブルに写真を置き、線香を一本立てた。そして、正の好きだった酒を備えた。

「ごめんね。私、帰れなくなっちゃった」

翌日、私はいつものように店を開けた。でも、常連さんが煮物を一口食べて首をかしげた。

「さち子ちゃん、今日ちょっと薄いわね」

「ごめんなさい」

すると、返ってきたのは「味じゃないわよ」という言葉だった。

「私の顔のことよ」

その一言で、張り詰めていたものが切れた。私は涙ながらに全部話した。

「さち子ちゃん、我慢することと優しいことは違うわよ」

その言葉に背中を押され、私は法律に詳しい人を探して相談した。紹介されたのは弁護士の彩子さん。私は家を譲った時の書類と、仏壇を残すこと、私が訪問できるという約束が書かれたものを持っていった。

彩子さんは一つずつ確認して言った。

「まずは約束に反する状態をきちんと整理しましょう。家を返してもらえると決めつけることはできません。でも、この条件を無視したまま好きにしていい話でもありません」

私は頷いた。決して裁判がしたいわけでも、息子と争いたいわけでもない。ただ一度だけ、優太本人ときちんと話したかった。

それから数日後、喫茶店で優太と会った。

「優太、今日は家を返せって言いに来たんじゃないの。一つだけ聞かせて」

優太が顔を上げる。

「お父さんの仏壇まで、あなたも邪魔だと思ってるの?」

優太の目が揺れた。

「お父さんが亡くなった日、あなた何て言ったか覚えてる?」

優太は黙る。

「『俺がいるから母さんを守る』って言ってくれたのよ」

優太の目に涙が浮かんだ。

その時、

「何してるんですか?」

み咲が現れた。どうやら優太を追ってきたようだ。

「また嫌な話ですか?いい加減にしてください」

「み咲」

優太が止めたが、み咲は私を見て言った。

「もう他人の嫌なんですよ。仏壇だって置くかどうかぐらい、私たちが決めます。何度言えば分かるんですか?」

優太が俯いた。私はその姿を見て、もう十分だと思った。

「分かったわ。もう直接お願いするのはやめます」

それから、彩子さんを交えた正式な話し合いを行った。家を譲った時の約束とその後の経緯、私を締め出すために鍵を変えたこと。一つずつ確認していった。み咲は「もう名義は私たちなんだから、そんなの関係ないでしょ」と繰り返した。

その時、優太が初めてはっきり言った。

「み咲、もう黙ってくれないか?」

み咲が固まった。

「母さんは俺たちが困ってたから譲ったんだ。父さんとの大事な家を譲ってくれたんだよ。なのに、俺はいつの間にかそれが当たり前だと思ってた」

優太の目から涙が落ちた。

「父さんの仏壇まで守れなかった。そして、俺たちが間違ってた」

み咲が叫ぶ。

「じゃあ、私たちはどこに住むのよ?」

優太は静かに答えた。

「それは俺たちで考えることだ。母さんに何とかしてもらうことじゃないだろう」

その後の話し合いの末、家は私へ戻す方向で手続きを進めることになった。

しばらくして、私は久しぶりに家の玄関へ立った。新しい鍵を差し込む。そして、ドアが開いた。リビングへ入ると、正の仏壇が以前と同じ場所に戻されていた。私は座布団に座り、線香に火をつけた瞬間、涙が溢れた。

「遅くなってごめんね。ただいま、帰りました」

それから数ヶ月後のこと。店じまいをしていると、一人の男性が入ってきた。仕事帰りの優太だった。

「母さん、これ」

差し出したのは、正が好きだった日本酒だった。

「父さんに備えて欲しくて」

私は少し考えた。そして、

「自分で備えたら?」

優太が顔を上げた。

「いいの?」

「前みたいに全部元通りなんて、そんな簡単にはできないわよ。でもね」

私は店の電気を消した。

「お父さんもきっとあなたに会いたがってるわ。一緒に帰りましょう」

優太は子供の頃のように小さく頷いた。

その日の夜、二人で仏壇の前に座った。

「父さん、優太が来たよ」

「ごめん」

線香の煙がゆっくり天井へ登っていった。

それからというもの、いつもの日々に戻った。今日もいつも通り店を開ける。常連さんが煮物を一口食べてにっこり。

「さち子ちゃん、戻ったわね」

「何が?」

「いつもの味よ。あと、顔ね」

私は笑った。家を取り戻したことも、息子が戻ってきたことももちろん嬉しい。でも、私が本当に取り戻したかったのは、誰かに遠慮することなく大切な人に手を合わせ、自分の好きな料理を作り、美味しいと言ってくれる人たちと笑える日常だったのかもしれない。

「さち子ちゃん、今日きんぴらまだある?」

「もちろんありますよ」

私は笑顔で、いつものきんぴらを多めに袋に詰めた。

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