私は田中奈、29歳。食品会社の企画部で働いている。仕事も楽しく、何不自由なく生活している。ただ、一つだけ不満がある。数ヶ月前に離婚した元夫の裕二と同じ職場だということだ。
元夫とは2年前の会社のバーベキュー大会で出会った。同じアプリゲームにはまっていることがきっかけで意気投合し、交際が始まった。優しくて誠実な彼に惹かれ、28歳の誕生日にプロポーズされた時は、嬉しさのあまりその場で泣きながらOKをした。
しかし、結婚の挨拶に彼の実家を訪れた時、義母は恨めしそうに私を見て言った。
「ゆうちゃんが結婚なんて、お母さん悲しいわ。何でも買ってあげるから、結婚なんてやめたら?」
義母は夫を小学生のように扱う人だった。夫は不妊治療で生まれた一人息子で、義母は彼を過保護に育ててきたらしい。私は最初、寂しいのかもしれないと思った。
義母は結婚を認める代わりに、同居を条件としてきた。新婚早々の同居には反対したが、夫も義母の味方をした。
「母さんもこう言ってるし、将来的なことを考えたら同居した方がいいと思うんだ」
どうしても彼と結婚したかった私は、その条件を受け入れた。今思えば、あの時断っていれば、離婚することもなかったかもしれない。
同居が始まってから、毎日が地獄だった。義母は私に月10万円を入れろと言い、家事はすべて私に押し付けた。朝5時から夜23時まで働きっぱなしで、ベッドに入るのは0時を過ぎていた。夫と義母は何も手伝わず、私が家事を手伝ってほしいと頼むと、
「家事は嫁の仕事だ。このくらいの家事ができないのなら、嫁失格だ」
と言われた。義母は口癖のように「もっとしっかりした嫁が良かったわ」と繰り返し、近所の奥さんと比べては私を責めた。
結婚して5ヶ月が経つ頃には、私は心身ともに疲れ果てていた。体重は10キロ以上落ち、仕事でもミスが増えた。このままでは自分が壊れてしまうと思い、涙ながらに再度お願いしたが、
「ちょっと根性足りないんじゃない? こんなこと当たり前のことよ」
と言われるだけだった。
私はその日のうちに荷物をまとめて実家に帰り、両親に全てを話した。両親は私以上に怒ってくれて、弁護士を紹介してくれた。私は元夫と一度も会わずに離婚が成立した。義母は弁護士に「あんな出来損ないの嫁は必要ないわ。裕二にはもっと素敵な嫁がすぐできる」と言っていたらしい。
離婚後、私は少しずつ回復し、結婚前の自分を取り戻した。元夫は離婚の原因を私の浮気だと吹聴していたが、私が元気になっていく姿を見て、同僚たちは真実を信じてくれた。数ヶ月も経つと、噂も消え、平穏な生活を取り戻していた。
ある土曜日、買い物帰りに街中で義母とばったり出会った。
「久しぶりね。意外に元気そうじゃない?」
義母は挨拶もなく離婚したことを責めてきた。そして、嬉しそうに自慢話を始めた。
「裕二、もう新しい恋人がいるのよ。やっぱりうちの息子はかっこいいから、すぐに女性が寄ってくるのね。あなたは家事もろくにできないし、美人でもないから、結婚は難しいかもしれないわね」
義母のその顔を見て、同居時代の嫁いびりを思い出し、腹が立ってきた。私はある事実を教えてあげることにした。
「裕二さんの彼女さんなら、よく知ってますよ。お母さんと同級生の総務部の山岸部長ですよね」
義母は鳩が豆を食らったような顔をした。
「私と同級生って、57歳ってこと? そんなはずないわよね」
「確か57歳だったと思いますよ。山岸部長もバツイチで、確かお子さんは私くらいじゃないですかね」
私はその場を後にした。義母のあんな表情が見られて、すっきりした。
実は、元夫と山岸部長のことは、つい先日、総務部の同期から聞いたばかりだった。同期は私を気にかけてくれて、離婚後も飲みに連れ出してくれていた。その同期が教えてくれたのだが、元夫と山岸部長の関係は私と結婚する前からで、付き合って半年は経っているらしい。しかも、元夫は熟女好きだった。元々マザコン気質だとは思っていたが、まさか熟女好きだったとは思わなかった。
山岸部長に色々聞くと、元夫は私のことが好きだったわけではなく、ずっと山岸部長のことが好きだったが、彼女が既婚者だったため妥協して私と結婚したそうだ。しかし、私と結婚して少し経った頃に山岸部長が離婚し、それを知った元夫は我慢できずにアプローチしたらしい。山岸部長も離婚したてで弱っていたため、そのまま付き合うことになったという。
翌日、会社で仕事をしていると、突然廊下が騒がしくなった。何事かと思って覗くと、数人の社員に抑えられている義母の姿があった。義母は反響状態で叫んでいた。
「山岸って女を出しなさいよ! うちの裕二を食べらかした女を出せ! 絶対ただじゃ置かないんだから!」
その横で、元夫が半泣き状態でオロオロしていた。
「母さん、やめてよ。こんなところで」
「裕二は黙っていなさい! 私が全部片付けてあげるから安心しなさい」
どうやら私から山岸部長の存在を知った義母が、会社に乗り込んできたらしい。私との結婚すら渋っていた人が、自分と同い年の人との交際を許すわけがない。大なり小なり何かアクションを起こすとは思っていたが、まさか会社に乗り込んでくるとは想定外だった。
義母は暴れ続け、警備の人が通報したのか、警察官がやってきた。警察官が来てもなお暴れ続け、最終的には警察官にまで手を出してしまい、公務執行妨害で連行された。元夫は連行される義母を呆然と見送っていた。
その後、元夫と山岸部長は社長に呼び出された。同期は「多分あれだけの騒動が起きれば解雇だろうね」と言っていた。
その予想通り、元夫は解雇になった。義母が暴れた時に会社の備品をいくつか壊したらしく、その弁償代も請求された。山岸部長は解雇にはならなかったが、降格処分になり平社員になった。しかし、部長クラスの人が平社員になるのはプライドが許さなかったらしく、1ヶ月後には自主退職して会社を去っていった。
元夫と山岸部長は一緒になると思ったが、義母が関係を許さなかったらしく、2人はそのまま別れることになった。元夫からの復縁要請でこのことを知った。義母はあの後釈放されたものの、会社にご近所さんの旦那さんがいたらしく、今回の件がご近所中に知れ渡り、針のむしろ状態になった。実家にも住んでいられなくなり、元夫と義母は実家を手放し、遠く離れた土地へ引っ越したそうだ。2人とも無職なので、古いアパートを借りて、実家を売却したお金で暮らしていたらしいが、何も考えず使っていたので、もう底をつきそうとのこと。食べるものにも困っているのに、まだ2人とも働いていないと聞いて呆れてしまった。
私には関係のないことなので、面白半分に話だけ聞いて、着信拒否に設定した。私に助けてもらおうと復縁を持ちかけてきたのだろうが、あんな地獄のような生活に戻るわけがない。せいぜい根性とやらで頑張ってほしいものだ。
その後、私は相変わらず仕事を頑張っている。元夫がいなくなり、前以上に仕事に力を入れている。近々昇級試験に挑戦するつもりだ。恋愛や結婚はしばらくお預けになると思うが、いつかいい人ができれば、また家庭を持ちたいと思う。



